−天才所以に④−
「何で僕と姉さんのお母さんは別々なの?」
「ーーッ」
本当は既に知っているが、無垢な風を装おって聞く。答え辛い内容だから家族には聞いたら駄目と友達の執事から口止めされているのを振り切った。
案の定笑みが消え失せて誰にも見せないような悲しげな今にも泣きそうな顔をする。
意地悪ではなく、苦しめたのが適切だった。
案の定ではない。予想外だ。まさかそんなに効果覿面だとは考えてもいなかった浅はかな自分は胸の奥を針で刺された感覚を覚える。
いつもならば時間を要せずに返事をしてくれる優秀なディアナ姉さんは暫くの間俯いて沈黙をしてしまった。
快晴の空の下、わいわいと騒めく子供達の声と日陰の木の上から聞こえる蝉の鳴き声。
夏に相応しい暑さの中で肝を冷やすアースグレイ・リアンに同じ名を持つアースグレイ・ディアナはややあって口を開いた。
「私にも、判らないかな?」
「………え」
ようやく絞り出た答えは歯切れの悪いらしくないものだった。
嘘だ。判らなくてあんな表情をする訳がない。優しい姉だからきっと困らせない為に誤魔化しているのだ。
無理をさせているのだ。
それがどうしようもない罪悪感を募らせる。
「でもね?」
話は続く。僕は知らない振りをして切り出したが、彼女のその後の言葉は本当に知らない事を教えてくれるような気がして「うん」と真面目な体勢で聞き入る。
するとーー。
「私がお姉ちゃんで貴方が弟なのには変わらない」
「!」
「私達は姉弟よ。これだけは忘れないで」
再び笑顔を作ってディアナ姉さんは優しく頭を撫でてくれるのであった。
ーー
季節は夏が終わり、肌を突き刺す冬が到来した。窓の向こう側は一面が真っ白で見るからに寒そうである。しかし暑さに比べれば着込めば済む自身は過ごしやすいくらいだ。丈夫さもある方なので全然体調を崩すことなく平凡にその時期は過ごしている。
ただ冬の間は必ずしなければならない言い付けを父から命じられていた。
絶対に怠ってはいけない大事な大事なことが。
僕は屋敷の廊下を歩く。手には簡易の食べ易い雑炊と水を乗せた御盆を持って、ある一室に慎重に運ぶ。
そして部屋の前まで辿り着いた自分は一旦息を吸って吐く動作をして気持ちを落ち着かせてから扉を軽く二回叩く。
中側から「どうぞ」と声がしたのを確認してからゆっくりとお邪魔する。
その先にいるのはベッドの上で読んでいた分厚い本を閉じて此方に弱々しくも優しく微笑み掛けるアースグレイ・ディアナの姿があった。
「食事、此処に置くね」
「うん。ありがとうリアーーッ、ゴホッゴホッ」
辛そうに咳込む彼女。
見ての通り、病弱な姉は毎年冷え込むと必ず体調を崩してしまう。か弱いと言われた事に文句が出たのはこの為だ。冬になれば部屋からもろくに出れない様子を見ていると幼い僕は納得がいかない。
まあ、それももう少し大きくなれば治る体力面的な問題ではあるようであまり心配のし甲斐も意地悪な彼女を前にしては失せてしまう。
とは言え、弱っている姉は普段よりも元気がないのに無理して笑ったりするから出来るだけ此方が心配を掛けないように看病をする。
これが父から言い付けられたこと。
ディアナ姉さんが体調を治すまでの間は付きっ切りで診てあげる。
主に食事を運ぶのと側にいるだけの簡単な内容だけど、必ず他の誰でもない僕がしなければいけない。
口には出さないが退屈だ。普段は流暢に喋る彼女も体力を使うからか口数も少なくて1日の大半は同じ空間の中、無言で過ごす。苦手な相手とだから退屈さも加えて面倒さも感じるのだ。
毎年そう思っていたが、今年は違う。
やはり夏の時のあの会話が原因だ。今でも振り返って改めて悪いことをしてしまったと罪悪感を持つし、それでも優しい姉の姿に僕は苦手でも嫌いにはなれなかった。
相変わらず素直にはなれないが。
「御飯なんだから喋らないでちゃんと食べて」
「あら? お姉ちゃんに説教? 何時から生意気になったのかしーーゴホッ」
「ほら病人は大人しくして」
「………はーい」
不貞腐れながらも自覚があるからか静かに食事をする。
消化に良い控え目な量の雑炊にも関わらず、自分なら少し時間があれば平らげるものを彼女は倍の時間を掛けてようやく半分しか食べれていなかった。
本当に良くなるのだろうか? と疑問になりそうだ。もしかしたら周りは不安にさせない為に嘘をついているのではないかと疑いたくなるくらいな光景である。
そんな風にまじまじと眺めているとディアナ姉さんと視線が合う。
これは何か話さなければいけないような空気に包まれてしまい、兎に角現状思っていた事を口にするしか出来なかった。
「食欲ないの?」
「………ちょっと手を動かすのが辛くてね。食べ終わるのもう少しかかりそう」
「お腹は空いてはいるの?」
「うん、全然食べられるよ。遅くてごめんね?」
そんな言われ方をしてしまうとまるで急かしてしまっているようではないか。
だけど狙って言っているようには見えず、事実を述べているのは間違いないだろう。
ならーー。
「じゃあ僕が食べさせてあげる」
「ーーえ?」
意外そうな表情で見つめて来る彼女に照れくささを覚える僕は半ば無理矢理手に持っていた匙を奪って代わりに扱う。
「………」
「? 口開けてくれないと食べられないよ」
円滑に食事が進む描いていた予想と異なり、もしかして食べるのが遅い理由を別の嘘で誤魔化していたのではないかと思ってしまう。
ーーと思いきや、姉は何やら意地の悪そうな顔をし出した。
それを見て僕は嫌な予感を抱く。
「あーん。って言って?」
「………は?」
「ほら、食べさせる時はそう言うでしょ?」
「ちょっとそれは………」
「何よ!! 食べさせてくれるって言ったのはリアンじゃない!! 言ってくれなきゃ食べないんだからっ!!」
えっと。病人なんだよね?
凄い剣幕で喋る彼女は頑なであった。頑なよりかは我儘で横暴ですらある。
普段の大人染みた気配は見る影もない。
はあ、と溜め息を吐きながらも言われるがままに付き合うしかなかった。
「あ、あーん」
「あーん」
「ゆっくり噛んで食べなよ」
「判ってるわ。はい。あーん」
「………あーん」
そんなやり取りを数回続けているといつの間にか皿は綺麗に片付いた。「ごちそうさまでした」と言った頃には自身の顔は真っ赤に染まっていたと思う。
所要時間は数分である。まさかこれを狙ってわざとしていたのではないかと思わせるくらいだ。
僕を恥ずかしがらせるだけの行いに満足したかのように横たわり掛け敷布で口元まで隠す彼女。してやったりなにんまりした薄目で此方を覗く。
「お行儀が悪いよ。姉さん」
「はしゃいだら疲れちゃった」
「全く………」
すっかり病人として甘えきっている姿に頭を痛くしそうになる。しかし、だからこそ今の内に甘えているのではないかとも考えさせた。実際年齢だって自分とは一つしか変わらないのにとても真似出来ない節度ある姿勢と態度を普段はこなしている。
言い付け通りに動けない彼女を看病している僕よりもさぞ息苦しい空間に身を置いているのだろう。その反動がこれだと言うのなら仕方がないと納得さえしてしまう。
今は甘える姉でいさせておこう。
と、結構考え込んでいると不意に服の裾を引っ張られている事に気が付いた。
勿論犯人はディアナ姉さんだ。
「どうしたの?」
「眠たくなってきたわ」
「じゃあ寝ようか」
「寝付けない」
うん。意味が判らない。眠いのに寝付けないなんて矛盾している。これはまたまた変なお願いを聞き入れなければならないと既に予想出来た。
そして「どうしたら良いの?」と聞くと案の定とばかりなのか、しめしめとなのか誘導案内をするかの如く彼女はこう言った。
「私が眠るまで頭………撫でて欲しいな」
「………えー」
露骨に嫌そうな反応をしてしまった。一応姉が貴女で僕が弟なのに立場的に反対なのではないのか?
こればかりは文句を言われても困る。
しかし次の瞬間、やはり自分は彼女の我儘に従うしか他にないのを思い知らされる。
「お………お願ーーゴホッ、ゴホッゴホッ」
「あ、あ………」
間の良い咳である。が、演技や真似事のものではないのを何となく察して取り敢えずは早く良くなってもらう為にもやるしかなかったのだ。
にしても今日はやけに態度が横暴気味なのは何故だろうか?
そんな疑問を抱きながら暫くの間、ディアナ姉さんの綺麗でサラサラな髪の毛の触感を感じながら優しく撫でで上げるのであった。
どれくらいの時間が経過したかは曖昧であるが、知らず知らずの内に彼女の静かな寝息が鼓膜を刺激してようやく眠りに落ちている事に気が付いて僕は一時的に解放をされたのである。
「早く身体良くしなよ?」
聞こえていないと判りながらもボソッと僕は呟いて、一先ず片付けなければいけない空の皿を持って部屋を退出した。健やかに寝ている彼女は満足感を得た緩んだ表情を見て現状の自分は世話の焼ける姉だと思いながら静かにドアを閉める。
「ふん。ようやく出て来ましたわね」
「ーー!」
出た直ぐ目の前には紫色の装束姿をした高貴なご婦人が不機嫌そうに此方を見下ろしてそう述べた。
その敵対心みたいな感情を遠慮なくぶつけて来る人物はある意味では本当に敵であり。
ーーまたある意味では実の家族であった。
「セシルお母様………」
「止しなさい。貴方みたいな下民が気安く母などと呼ばないで欲しいですわ」
「申し訳ありません。次から気をつけます」
「虫酸が走る態度ですこと」
どんな対応でも良い方向には傾きはしない。以前から判ってはいるが慣れないもので、どうしようもなく風当たりが厳しいのを幼いながらも理解して堪える苦痛は辛かった。
彼女はベルモート・セシル。
ディアナ姉さんの産みの親で血は繋がってないが、僕の義母である。
何故こうも辛辣な絡み方をされるのかと言えば前々から耳にしている本家と分家の都合だ。将来的に何方が本家になるかで立場や地位が変わって来る未来を背負っている自分とディアナ姉さんは親同士から敵対関係。
それだけならまだマシなのだが、問題は現時点での互いの位置関係だろう。
一応貴族として扱われるマライヤ家ではあるけど元々は平民の成り上がり。当主にあたる父のアースグレイ・クリフのお目に適って貴族の地位を確立しただけのまぐれ家系の申し子が僕だ。
事実上、長男。加えて重要視される魔法の素質に関してはマライヤ家の自身の方がベルモート家の姉より優れている。故にこの先の本家と分家を決める道なりは此方側が優勢な状況にあるのだ。
病弱で、才能がなくて、優し過ぎる少女の彼女が本家の当主の座を受け継ぐには荷が重いのが本音だ。
当然そんなのを宜しくしない連中の一人や二人は出て来て仕方がない。
故にーー。
「ーーうっ!」
乾いた音と頬に衝撃が走り、身体が泳いで御盆が転がり落ちる。
叩かれたと気付くのに時間は掛からず、何の感情も湧かなかった。いや、もう慣れたとも言えるかもしれない。
「忌々しい。下民が少し才能があるからって情けでも掛けているのかしら?」
「………」
何も言い返しはしない。以前に否定等の意見を挟んだら「生意気」と更なる暴力が降りかかった経緯もあって学習した。
反抗的と取られるような真似は無駄に消耗するし、何を言っても現状の関係では聞き入れはしないのだ。それだけ彼女は本家の立場に拘っている可哀想な人物。唯一救いがあるとすれば娘のディアナ姉さんには手を上げずにいる事だ。当然と言えば当然であるが、次期当主として代表を予定している財産的な存在だから流石に機嫌を損ねる訳にはいかない。
何より碧髪の少女は大人達の場に顔を出す機会が多く、もし頬を少しでも腫らしていれば忽ちに原因が表沙汰になってしまう。そうなればアースグレイ・クリフの目にも届き問題発展するのは容易に想像できる。
ベルモート・セシルはそれを恐れているのだ。
だからこそ様々な抱える鬱憤の矛先が集中してしまっているのかもしれない。
「貴方がいるからあの子は………あの子は………」
「………ごめんなさい」
悲痛な声と一緒に何回も乾いた音は反復される。
一方的で理不尽に責められるが、僕はそう返した。即ち彼女の言葉を肯定したのだ。
悪いのは自分。そんな事に意味があるのかと問われると難しい。仮にこれまでの件を父に報告すれば次からは頬を赤くするのも暴力や罵倒に合うのは無くなるだろう。だけど、矛先が変わるだけでそれが姉さんになる可能性は大いに考えられる。
それだけは避けたかった。あんな病弱な人がこんな目に合う光景だけは見たくないのである。
辛いかもしれない。しかしきっと彼女はもっと辛いのだと思ってしまうと不思議と耐えられたのだ。




