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◇旋律と蒼天のブライニクル◇  作者: 天弥 迅
第ニ章 ただそうしたかったから
38/155

−天才所以に③−


「ルーファスと戦ったんだって?」

「っ?」

「彼も爪が甘いね。変に美意識が高いから足元を掬われるんだ。それでも生きているのは十分な評価に値するよ。まあ、もし相手が彼以外ならまず死んでただろうけど。特にディアナード辺りだったら容赦ないねきっと」


何処が人語に慣れていないのだ? と感じるくらい饒舌にさらさらと身内名を明かしていく。

生憎こんな状態では存分に聞いてあげる余裕なんてない。

爪が甘いとはよく言えたものだがーー。


「調子に乗るんじゃないわよッ!!?」

「ーー!」


私は抑えられる力に対して爆発的な魔力の放出をして蓋を無理矢理開ける。正にそれは間欠泉のようなものだろう。強力な呪術には違いないが、破れないとは一言も言っていない。

獲物を縛ったから安心して良いなんて誰を前にして語れるのか?

そんなんで異端の天才を名乗りはしないわよ。

辺りを囲む禍々しい魔法陣は粒子と化して端々から散り去る。そうして肉体の調子が徐々に回復、良好になっていくのを荒い息を吐きながら味わう。

さあ、ここからは反撃の時間だ。策を講じてまで固く捕らえようとする理由は悪魔と言えど人間をーーカナリア・シェリーを恐れている裏返しとも考えられる。天地の差があるならば結局は回りくどい事をしているだけ。恐らく能力差に突き放されるような隔たりはないのだろう。

若しくは余興感覚で遊んでいるだけの可能性もあるが、先程の彼女の独り言を聞いている限りでは薄い。ならば万が一を視野には入れた行為なのだと推測する。

勝機があるのだ。

ーーなんて考えは希望的観測にしか過ぎなかった。


「【二重結界】ッ!?」

「仕込みが一つだけなんては言ってないよ。あはは」


目が笑っていない笑い声を出しながら現実を突きつけられる。どうやら爪が甘い事はなく、寧ろ油断も隙も有りはしなかった。

【二重結界】による弊害。先程よりは幾分か楽ではあるが、上手く魔力を練れない。加えて呪術の封印から抜け出すのに余力がかなり削がれ、力技でどうにかするには限界があった。

しかしだ。これだけ抑え込む為に代償はかなり支払っていると見える。違いが確実に多大な魔力を消費しているのは間違いない。

それなら此方を打破する余裕はあまりないのではないだろうか? 時間さえあればアリスさんもこの場所に気付いて駆け付けるであろう。

ーーとは思えないか。


「保険を使ってしまったのは予定外だけど仕方ないな。代わりに私の使役する魔獣が遊んでくれるよ」


突如、彼女の背後から魔力の気配を感知する。あまり目にする機会のない召喚魔法だ。言葉の通り魔獣とやらを出現させるようで、その小悪魔染みた振る舞いに見える笑みに嫌な予感を禁じ得ない。

そこに短い声を上げ、何かを思い出したみたいに「そういえば」と言葉を繋げる。

すると、彼女の姿が瞬く間に変貌して今更ながらの真の姿を露わにしていく。

金色の髪と瞳。口からはみ出る鋭い犬歯よりも尖っている鋭利な牙と頭から伸びる細い二本の角。黒衣を纏う背中からは少し小さいが、鉤爪を持つ翼が生えている。それらは全て人から掛け離れた存在の証明であり、象徴でもあった。

友人でもなく、エルド・ジュリアでもない彼女の本来の性質。

一つのお辞儀をしてようやくその名が呟かれる。


「申し遅れました。私は魔天のエルドキアナ。君達人間に仇なす悪魔」


同時に雷が落ちたの如く背後に光の柱が出来あがったのであった。

色々と問い質したい単語が散らばめられているが、それ以上に片付けないといけない問題が立ちはだかる。

いや、片付けるなんて生易しいものでもない。

これは異端の天才。カナリア・シェリーのかつて無い大きな危機の直面とも言えた。


「で、私の魔獣の紹介。魔界の番犬オルトロスとケルベロスだよ」


比喩的によるのではあらず、正真正銘の怪物か又は化物が高らかに吠える。

空気が震え、風のような衝撃が身体を駆け巡り、鼓膜に痛みを与える。果たしてペットなんて愛嬌のある表現で認識して良いのかと思わせる二対の狂犬。

だらし無く涎を垂れ流す巨大な犬の輪郭に近い怪物は片方が二つ首、もう片方の怪物が三つ首。何方も飢えた猛獣の視線で私達を舐めわす。解き放たれれば直ぐ様にがぶりといかれそうだ。


「カナリア・シェリー。君は生き残れるかな?」

「く………」


先に動いたのは二つ首の怪物。荒く息を立てながら大きな足を運んで私へと近付いてくる。ふと二重結界に阻まれて入ってこれないのではないかと意識したが、なんて事なく浸入してくるのでどうやら外からは簡単に入れる仕組みになっているようだ。

これが解ける条件は3つ。

悪魔ーー魔天のエルドキアナを倒す。

自力で結界を破壊する。

カナリア・シェリーが倒れて餌になる。

まあ選択技は一つしかないのだけれど、問題はーー。


「そしてそこの君にはケルベロスを相手してもらうよ」

「………」


狙いはやはり私だけに留まらず、アースグレイ・リアンにも定められていた。

涼しい表情は相変わらず健在で物怖じしていない様は何かしら期待を持てそうな感じではあるが、流石に相手が凶悪過ぎて安心出来ない。更に言えば戦う気力を出していない雰囲気も帯びていて不安でしかないのだ。下手したら顔色を変えることすら出来ない状態も考えられる。

だが、この現状を打開する為には彼が戦ってくれなければならない。

最後の希望で、金色の悪魔が唯一甘く見ている存在。恐らく本人の戦意を見抜いての事であろうが、もし覆ればーー。


「アースグレイ・リアン! 戦いなさい!! でないと死ぬわよ!?」


私は声を上げて碧髪の少年に言い放つ。幾らなんでも生死が関わる事態ならば止むを得ずに立ち上がってくれる筈だ。

そう思う自身に彼はーー。


「僕には………戦えない………」


拒否をした。


「怖い………戦うのが………」

「貴方………怯えて………」


やはり見た目とは裏腹に内情は全く違うものであった。今の彼の中を渦巻くのは先程までと打って変わった明確な恐怖。

そこでどうしてそのようになってしまったのかを理解してしまう。

姉であるアースグレイ・ディアナがこの世を去った要因が呪術魔法によるものであり、思い出したくない最悪の記憶が刺激された事に。

あまり大した結果を生み出さずに二重結界の布石で終わったもので、別に碧髪の少年が目にしたそれとはまた違う魔法である。だが心の病を再発させるきっかけとしては悪くも抜群なのは容易に判る。

予め想定して企んだ訳ではないだろうけど状況が噛み合い過ぎた。

彼の中で様々な過去が呼び起こされでもしているのか、とうとう無に近い表情に歪みが発生する。唇や肩が震え、支える両足が頼りなく揺れて空いている両手が頭を抱えさせ、小さく悲鳴をあげる。

見ていられなかった。


「ああ、たまらない。この絶望に満たされた光景。餌が更なる旨味を引き出して食欲をそそらせる」

「エルドキアナッ!!」


敵意が募り今すぐにでも葬りたい衝動に駆られるが、その行方をオルトロスが塞ぐ。

彼の事も心配で悪魔も黙らせたいが、先ずは目先の障害を乗り越えなければ何も始まらない。


「やるしかないわね」


私は【簡易魔導書】を展開する。低燃費で且つ強力な力。眼前の怪物がどれだけの脅威かは肌で感じる。恐らくこの魔法だけでは倒すのは難しいだろう。加えて後には似たようなのが一匹と本命も待ち構えている。大分入念な企みだから助けの期待も薄い。

どうにかするしかないのだ。

現状の私達だけで。カナリア・シェリーだけでなく、アースグレイ・リアンの二人で。

だからお願い。

少しの間、怖かろうが戦えなかろうが絶対に生き残りなさい。過去の記憶が蘇って傷が深くなってしまっても諦めないで。


「抗いなさい。盤石をひっくり返しなさい。貴方にはそれが出来る力があるのだから」


聞こえているかは判らない彼に静かに語りかけて私は脅威へと立ち向かう。



あれは暑い真夏の頃だった。まだ幼い僕、アースグレイ・リアンが何も考えずに遊んではしゃぎ過ぎて意識が朦朧としてしまう所謂脱水症に陥ってしまった。ふらふらして目眩がしてしんどくなる。あれ程母であるアースグレイ・エミリア(旧姓 マライヤ・エミリア)に注意をされていたのに怠った結果だ。苦しいのも辛いのも甘んじて受け止めるしかない。

自業自得。

ーーなのにあまりそんな弱気になりそうな事もなく寧ろ安心を覚えてしまった。

その理由に気が付いたのは日陰の中で正常な判断が出来て現状を把握した時だ。

額に気持ち良いひんやりとした物が置かれている。水に浸したての冷たい濡れた布。反対の後頭部は冷えていはせず熱を感じるが、暑さとはまた別の言葉では表現出来ない心地よい温もりだった。

薄眼をゆっくりと開いていく。直ぐ見える先には人の顔があった。自身と同じ碧髪。麦わら帽子を被って涼し気でこんな弱った僕よりも弱々しく儚い印象を抱く少女の姿が見える。


「もう大丈夫? リアン?」


アースグレイ・ディアナ。

僕の姉である。

優しくて頭の良い立派な存在。裏を返せば素直になれそうにない苦手意識のある長女。


「う、うん。起きるね」

「まだ無理をしなくても良いのよ?」

「………大丈夫だって」


今回もまた僕は素直でいられず、恥ずかしさを感じながら起き上がる。

その先にはアースグレイ家の庭園で遊ぶ子供達の姿。他の貴族の者達や平民の一部達だ。

今日は会合とか呼ばれる貴族と平民の交流会。僕達の当主の父上ーーアースグレイ・クリフが度々行う催しである。

隔たりを無くす為と、当時はよく判らないながらも子供達は皆んなと遊べる楽しいものくらいで意識していた宴会的な日。自身も同じく色々な歳の近い子供達と遊ぶのが楽しくて仕方なかった。

普段年齢が近い存在と言えば先程まで膝枕をしてくれていたディアナ姉さんくらいで、後は大人ばかり。しかも僕は彼女に対して色々と纏う雰囲気が違うのとその母であるアースグレイ・セシル(旧姓 ベルモート・セシル)の此方に見せる態度が接し難くしていたので普段が息苦しく感じていた。

父とは血が繋がっているのだが、母が違う環境。それが生まれた頃からの日常だったから特別な事には思わなかったが、こうやって催しを開いて遊んでいるとやがて普通な事ではないのに薄々と気付いて来る。

ちょっとした興味本位でよく遊んでいる貴族の友達にお願いしてその友達の家に仕える執事から聞き出した話によれば本家と分家作る為なのが理由で、現段階では何方が本家で分家かとは決まっておらず大きくなった僕と姉のどちらか片方が本家になり、片方が分家となって本家を支える為に母が違うのだと全く理解が及ばない事らしい。

ただ何となくだが普段の別の母であるセシルさんが自分に対する扱いと、髪の色以外は性格も魔法の才能も似つかないディアナ姉さん。

彼女達は家族ではあるが、敵であるのだと少なからず感じた。

味方は厳格に見えて息子に甘過ぎるエミリア母さんだけーー。


「駄目よ。体力があってもまだリアンはか弱いのだから大人しくしていなさい」


だと思う。

立ち上がろうとしたら彼女に手を掴まれて敢え無く座る長椅子から解放させてくれなかった。


「か弱いって………僕より姉さんの方がそうじゃないか」


不満を覚えた僕は文句を漏らす。

何故なら麦わら帽子の少女の指摘は間違っているからだ。

体力だけじゃない。身体の丈夫さも魔法の力も全て此方の方が強くて姉は逆にそれらが一切ではなくとも殆どが皆無だ。

長時間歩くのも耐えらず、よく病気に罹り易く、魔法を使うのも精一杯。か弱いで言うならば正しく彼女だ。

その分の代わりみたいに頭は良くて、貴族らしい礼儀作法等を心得て大人のような内面を持っている。まるで父みたいだ。

ただそれは子供達の中では何の役にも立たず、寧ろ周りから浮いてしまうものであった。多分近しい年齢との会話なんてしているのは僕くらいなものだろう。それ以外は大人としか話している所を見ていない。

故に周囲からは仲の良い姉弟と評判が上がっているのだ。こんなに苦手なのに端からはそう見えてしまうなんて不思議で仕方がなかった。


「私は良いの。今まで私の膝で寝てたのは誰?」

「………」


意地悪だ。確かに大人染みた振る舞いをしている筈なのに自身とのやり取りの時は幼い少女ーー意地の悪い姉を演じている。

きっと庭園で遊んでいる子供達と同じ感覚で合わせて相手をしているのだろう。実際正解だけど、弟である僕をそうしてからかって遊ぶのが楽しいらしい。

だから苦手なのだ。

恥ずかしがる弟を見て何が楽しいのやら。


「ほら? 誰か言ってみなさい?」

「僕だよ………」

「よく言えました。なら無理はしないよね?」

「………うん」

「よし、偉い偉い」


頭を撫でられて敗北する。

大して年齢が離れている訳でもないのにあやし方が相当離れた年下を相手しているような感じである。まあ、普段の彼女を眺めていればそんな風に思えてしまう。

苦手意識はある。が、こうやり取りをしているとディアナ姉さんの言葉に反論や否定が出来ない。他の兄弟は喧嘩したりするのが普通みたいだけど僕達はそれがない。完全に上下関係が決まっているのだ。

さっきの文句だってごくたまにしか出ない珍しい現象である。しかし言葉にしても次の瞬間に並べられる台詞に返せずにお手上げ。

そんな意味では弱いのは此方かもしれない。

だが今日は暑さもあって意識を失って目覚めたばかりのせいか、少しばかり子供扱いをする彼女に今度は僕が意地悪をしたくなった。

いつものお返しだ。


「姉さん………」

「あら、珍しい。貴方から話し掛けて来るなんてどうしたの?」


笑みを浮かべるディアナ姉さん。基本的に会話の始まりは彼方からがお決まりになっているので言葉通り珍しいのである。何でかは知らないが上機嫌でそこに水を差すのを躊躇させるが、意を決して聞く。



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