−天才所以に−
魔法の強化を肉体に付与し、それなりの力を持ってして開けてみると意外にも軽くあっさりと開いたのに僅かに驚きが出る。
まあ、ノーライズ・フィアナが入れるくらいなのだから当然か、と些か失礼な風に納得した私は開いていく隙間から差し込むまた違う種類の人工灯に目を細める。それだけでもこの場が普通の場所と違う特別な扱いなのは直ぐに把握した。
学園の地下。一体どれだけの人が知っているのかは不明。
同時に再三と疑惑みたいな引っ掛かりが押し寄せる。理由は浮かばずどうしてなのかは勘でしかない。
ただこれさえ解答が出れば全てに合点がいきそうな風には思えてしょうがない。が、その為にはあと一歩足りない。枝分かれの中心点にある核が判明せずに足掛かりだけがどんどん増えている訳だ。
思考を張り巡らしてスッキリしたい所。
だけどそれは目先の光景に中断を余儀なくされてしまう。
「あ、貴方………」
「………」
話し掛け、無言を貫くは少年。
海のように静かな碧の深い髪に様々なものを諦めてしまっている虚ろそうな何も込められていない透明感のある灰色の瞳。涼しい顔だなんて響きの良い言い方が似合うが、実際は何事をも受け止めたくないが故に作られた表情。
正直嫌いだ。何故なら求めたら手に入るものを自分から拒絶して手放している姿は無い物ねだりの私よりも質が悪いのだから。
挙句の果てには手を差し伸べたのにも関わらず手を出さなかったのが気に食わない。此方とらあらん誤解を受けながらも放っておけないと思ったからした善意を無下にされたのだ。
何よりも許せないのは彼が最上級に近い天才であるのに矜恃も自身をも見捨てているからである。
まるで私の悪い所だけが具現化してしまったような存在を見てられなく、腹が立つ。
このアースグレイ・リアンが。
「奇遇ねとは言わないんだ」
「じゃあ運命とでも言えば良いかしら?」
「止めてくれ。気持ち悪い」
「知ってる。けどムカつくわね」
と、軽口を叩いている場合じゃない。何故か彼を見るとそんな言葉ばかりが先に出てしまう。本当に自分で言ってて気持ち悪い。まあ、素直な挨拶の代わりであるのは間違いではないだろうが。
それよりもだ。
どうして碧髪の少年がこんな場所にいるかだ。立ち入り禁止の看板が掲げられていた訳でもないが、普通なら訪れないし、訪れようと思わない。迷い込んだ所に居合わせたにしては都合が良過ぎるし、そもそもここは学年的にも違う。私達の校舎は隣だから個人的な用がない限りまず来ない。
怪しい。
不自然で怪しくて逆に違うと考えるくらいアースグレイ・リアンがこの場にいるのが疑問だ。
取り敢えずはその理由も気にはなる。場合によれば確信に迫る可能性もあるくらいだが、真っ先に確認しておく事項がある。
それはーー。
「フィアナ………ノーライズ・フィアナを見掛けなかったかしら?」
「ノーライズ? ああ。あの菖蒲の女子生徒か。生憎だけど今日は見ていないよ」
「………おかしいわね。ここに降りていったんだけど」
「ここにね………」
「何よ? 含みのある言い方ね」
「いや、ちょっと僕も始めて目にする場所だから」
「………そうなの?」
聞く限りでは結局迷い込んだようなものらしい。正確には私みたいにこんな場所があったのか、と似た考えで訪れたらしい。
頻繁に出歩く学年の校舎ではないが、二人が知らないとなると少しばかり違和感が募る。
「本当にこんな場所あったのかしら?」
「確かにそれに関しては同じ意見だね。先程の君の質問も混ぜればここはおかしい場所だ」
そう。もし正式な通路だったとしたらフィアナより自身が先に辿り着くのは変な話だ。
一本道の同じ通路を歩いていたのだから最終地点のここで遭遇していないと言うことは自身と彼女で進んだ先の空間自体が違う可能性がある。
「まさか私達だけがたまたま浸入出来てしまった?」
「物騒な言い草だね。何か心当たりがありそうだけど」
「………」
ええ。こんな特殊な結界に近い魔法をわざわざ使う理由を持つ人物なんて現状一人しかいない。
いや、人物ですらないかもしれないが。
「(ただ………仕掛けてくる気配もないわね)」
浮上した敵の狙いが今一理解出来ない状況。単純に閉じ込められただけとも言えて、何にせよあまり宜しくはない。
息を潜めて隙を窺っているのか? それとも二人を閉じ込めて別の標的を狙うのか?
全く読めない相手に加えてこの薄暗い空間での精神的な負担。更にはこの場にはいない菖蒲の少女がもしかしたら狙われたのではないかと言う不安。
それでも尚、冷静でいられる自分はどうにか抜け出そうと考える。と言うかまだ閉じ込められた訳ではないのだけれど。
案外勘違いなだけかもしれず、悪魔の介入なしに起こった別の事態な可能性だって残っているのだ。
そこまで悲観的になる事もないだろう。
「何をしているのか知らないけどこんな場所にわざわざ物好きだね」
「貴方こそ悠々と徘徊しているわよね?」
「ここは静かそうだからね。今学園は少しばかり五月蝿い」
「寮に引きこもってなさいよ」
追加するなら彼がカナリア・シェリーと同じくらいに冷静な対応なのが原因だ。軽口を叩いているのも相手が相手だから出来たようなものである。
癪だが、やはり天才肌なのもある。どんなに周りから虐げられて落ちぶれた貴族扱いされようとも流石はアースグレイ・リアン。
隠し切れようのない溢れる才を抑え込むのはこの場に置いては不可能であるのだ。
「で、貴方はどうするつもりなのかしら?」
「どうするも事情が判らない僕からすればやりようがない。まあ、辺りを確認はしときたいね」
「出来る事をするまでね」
「君が話してくれるなら別に変に動いたりはしやしない」
「何時私がこの状況に心当たりがあるかなんて言ったかしら」
「見れば判るさ。落ち着いてはいても深刻さがどれだけかが声量から伝わる」
「あらそう」
気付かぬ内に看破されながらも惚けた様子で返す私を見て気分を害したのか、それ以上は口を開かず沈黙した。多分このまま話さなければ会話が続かずに各々が勝手に動き出すだろう。
だから伝えよう。あまり本意ではないが、本人も情報の開示を求めている。これ以上は話さない方が不安を煽るのは彼と言えど避けられはしないのだ。
私は取り巻く事件について簡潔な説明をした。悪魔、エイデス機関、エルド・ジュリアと今重要な部分だけを切り取って声量だけでは読み取れない所の深刻さを伝えた。
「ふむ………」
驚いた素振りはない。恐らくは前々から何処かで不穏な動きがあるのは掴んでいて、それらがこの問題に繋がり納得したのだと思う。一応九大貴族なのだからそこら辺の火の粉に対してはある程度は警戒していたのだろう。
残念ながら被害に巻き込まれているかもしれないが。
まあ、後は眼前の天才はどう動くかだ。仮にもエイデス機関の機密部分でもある話だから知った以上は勝手な行動は慎んでもらいたいものだ。
願わくば協力もして欲しいけど。
「期待しないでくれ。厄介ごとはごめんだからね」
「予想していたわよ。ただ、協力する気がなくても邪魔にならないようには従ってもらいたいわね」
「それは約束するよ。で、どうする気だい? 異端の天才?」
碧髪の少年は腕を組みながら視線だけを此方に向けて尋ねる。
一先ずは手綱が握れた。言い方はさておき、この状況下で予期せぬ想定外が多少は緩和されるであろう。
次は本題だ。結構な時間を食ってしまっているから巻きで動いていかなければ事態が悪化するのは必然。早めに手を打って対策をせねばならない。
兎に角この場の脱出が最優先。安全かも定かではない空間と外界の様子が窺がえないから留まる理由はないのだ。しかもフィアナの行方も気掛かりだから一刻も早く出る必然がある。
だが焦った所で状況が好転もしないのは把握している。既に闇雲に動いた結果がこんな意味不明な謎の場所なのだ。再び考えも無しに駆けて二の舞になりたくはないからここは何かしら策を練って的を絞った方が良い。
時間がない。情報が欲しい。何を優先して動くのが合理的なのか判らない。もう少しで見えてきそうな答えが出ない。
時間が欲しい。だけど時間がない。どうすれば良い?
異端の天才と呼ばれたカナリア・シェリーは非力ではなくとも無能でなくとも限界はあった。特に一人でこなすには立ちはだかる壁が大きい。一人での自問自答は果たして正しい答えが出ているのかすらも判断が叶わない。
そう。そんな時もある。
一人とは大変で苦しいのだ。そしてこればかりは私だけの問題ではなく、周囲にも影響を及ばす惨事。諦めたり放棄なんて出来ないのだ。
だからこそ自身はなりふり構わない。
それが私に足らなかったものだ。
息を吸って、吐いて、決心した言葉を口にする。
「貴方の意見を聞かせて。どうしたら良いと思う?」
簡単な事かもしれない。素直にそう言えば良かったと片付けられる台詞。だが何年もずっとして来なかった愚行。
だってする必要がなかったから。全てが一人で出来てきたと思い込んで大切なものから目を背けたが為にしなかった。多分その方が圧倒的に楽であったのだ。周りに求める行為が苦手で難しく、嫌だった。
今でも抵抗はあると思っている。他とは違う自身が同じ事を、当たり前な事をして良いのか?
いや、違う。怖いのだ。
孤独を味わうのが。
自分から求めなければ孤独じゃないと言い訳も出来る。けど他者が拒否すればそれは一人であると認めてしまう羽目になる。
だが駄目なのだ。きっといつまでも怯えて逃げていたらいけないのだ。
「貴方の力が必要なの。お願い………」
人は簡単には変わらない。しかしそれでも人は変わっていかなければならないのである。
それが成長なのだからーー。
「………」
口を閉ざすアースグレイ・リアン。
此方の話を聞いて一体何を思ったのか。意外だろうと情けなかろうと構わない。彼が結局意思を曲げずとも良い。
ただ今この瞬間だけは協力して立ち向かって欲しい。
同じ力を持った天才としてーー。
切実に願うのみ。危険な事もあるので無理強いまではしたくないし、本音は前述もしたが巻き込みたくはない。
だがほんの少しでも良いから頼むと、私は心中で吐露した。
そんな矢先だった。
ギィッ、と扉の鈍い音が響いたのは。
「あ………」
背後から可愛気のある驚きを示した声。聞き覚えがある。何故ならつい先程まで隣を歩いていた人物の声であるのだ。




