−天才だからこそ③−
「大方昨日の相手だろ?」
聞く前に彼方から肝心な話題を投げ掛けられて自身も即座に頷く。そこで二人は真剣に表情を引き締めてあの時の出来事を振り返る。
「エルド・ジュリア」
「ええ、貴女の学園の生徒さん。てっきり不覚を取った私に食って掛かるもんだと思ったけど?」
「あん時は本気でぶっ殺したくなったぜ? 無様に負けやがって」
「確かに無様に負けたのは否定しないけど、言い方を変えたら彼女が桁外れの強さだったとも取れるわ」
「テメェの実力を持ってしてもかよ?」
「そうよ。何者? あんなのがミネア学園にはうようよしている訳?」
文句を言いたくなる気持ちは判るが、それは此方も同じである。
と言うかどっちの味方なのだ?
だが、「昨日も聞いたっつーの」と意味不明な言動を割り込ませてから詳しい話しを始める。
「真面目に答えるなら弱いヤツぁ数える程しかいねえよ。しかしだ。あれだけの力量のヤツも数える程しかいねえ」
要は普通に出来の良い秀才学生が集う学園である。平均値よりは1段階以上は上の魔導師が多いのだろう。流石とも言えるし、おかしな話でもない。当然フローリアが嘘を述べてもいやしない。
語った通りの事実しかないと思う。
おかしいのは数える程しかいない強さの生徒だ。
「つまり数えるくらいの才能の持ち主を貴女が知らないなんて変だと?」
「ああ、これでも風紀員しているんだ。手を焼きそうな成績の連中の情報は頭に入れてんだよ」
「一応”これでも”って違和感があるのは自覚しているのね」
ともあれ、そうなればいよいよエルド・ジュリアが何者かと言う話になる。ここまではっきりと言い切るのだから間違いや勘違いの線も薄い。
念の為に確認を取ってみるもーー。
「全然知らねえんだよこれが。最初はあんたが軽く捻るかと思って気にしていなかったが、肝心の天才様がヤられてようやく意識して”誰だアイツ?”になったんだよ」
この通り色々突っ込みたい箇所があるが、やはり謎が深まるばかりの話だ。深紅の少女からしたら気持ち悪いものだと思う。肩書きだけなら二つ名のない無名で、転校生でもない以前から在学していた学生が息を潜めていたとなるのだから。
ただそんな前提は本来有り得ないのだ。能ある鷹は爪を隠すとは聞くが、中々に難しいのである。実際私も上手くやれてないし、それが都合良く出来るのは九大貴族のアースグレイ・リアンくらいだ。それでも多少調べれば足が出る薄っぺらな壁で隠した秘密。このご時世で偽るのがどれだけ容易くないかは周囲を見渡すだけで判る。
が、エルド・ジュリアが一般人物だった場合である。
今回の件は少しばかり違和感が強い。胡散臭い。
悪魔の噂が流れて数日内に被害が起きて、重なるようにミネア学園の遠征。そこで突如としての怪しさ満載の実力者の存在。ましてや悪魔が人間に化けれるのは前回で周知しているのだ。あの実力と不気味さを考えれば可能性は高い。
後は裏を取るだけ。既にフローリアの証言だけでも十分に確定事項なのだけど。
「因みにテメェが負けた後にウチのもんに聞いたが誰も奴の事を知ってるもんはいないぜ」
そもそも存在が明確じゃないらしい。
「………裏も取れた訳ね」
不気味過ぎるあの金髪の少女。何にせよ接触する必要はある。取り敢えずは彼女は面会決定だ。もし黒ならば先日の借りは返させてもらうしかない。
ちらっと目線をアリスさんに向けると黙って彼方も頷いて同意を得る。恐らくレミア学園側が提供している中央校舎の寮に現在は滞在しているから善は急げだ。
と、こうして早速行動開始なのだが、深紅の少女の発言に私はゾッと悪寒を覚えてしまった。
「それが午前中に担当の先公が点呼を取ってんだけどその時にエルド・ジュリアなんて名前が上がらなかっんだ」
「………事実なの?」
「間違いねえ。そもそもが此方の生徒が誰一人先日の模擬戦の話題で騒いでない。点呼の時点で反応したのもあたしだけなんだ」
「一体………」
まるで霊みたいだ。存在自体を抹消でもしない限り有り得ない現象。いや、最初から居なかったとでも言わせてるくらいの雰囲気。こんなの情報操作でもしなければ納得すらいかない。だから素直な見方をすれば夢でも見ていたとしか結論が出ないが、フローリアが覚えているのでそれも違う。
補足を聞けばどうやら私の方の生徒も似た事態になっていて、唯一シルビア・ルルーシアは一緒に観戦した経緯もあって覚えていたらしい。何故かアースグレイ・リアンも居合わせていたようだが、残念ながらそちらは本人の所在が把握出来ずに確認は取れていない。
最早収集が付かない程には出鼻は挫かれている。これを被害としての扱いにするなら学園内は大半が巻き込まれたもの。
解明したいが、情報が少な過ぎる。
整理をしよう。と私は意識する。
先ずはその点呼で名前が上がらなかった件。ただ昨日の時は確かにエルド・ジュリアの名称は耳にしている。そこの矛盾が一つ。昨日と今日で何故変化が生まれるのか?
次に覚えている私達。アリスはともかく周りの学生と条件や立場が同じなのに一体どんな違いが発生しているのか?
判らないわ。
あまり共通点らしいものがない現状。整理すれば生まれる疑問。と言うか情報が少ないかもしれない。ゆっくりと解決するには場所が悪過ぎる。時間が経てば周りの学生達もこの件に勘付く筈でよろしくない。かと言って急ぎたくとも肝心な騒ぎの中心が行方を眩まし、他に良い情報も現状はないのだ。
やはり足を使った人海戦術しか方法はーー。
「あ、ここに居たんだシェリーちゃん」
「フィアナ」
ここで何やら私を探しているような素振りを見せながらこの部屋に入って来た菖蒲の少女。まあしかし恐らくは大した用事はないだろう。表情の呑気さから何となく判る。寧ろ悪魔よりも重大な事案が今現在あるとは思えないのだ。
全く忙しい時に。
「ちょっと手が離せないのよ。後にしてもらえないかしら?」
「え? 何かあったの?」
「それは………」
そう言えば彼女もセントラルでの悪魔との遭遇をしていた。よくよく考えればこの場に居る皆も顔見知りだ。
ならば隠す必要はないのだろうか? 戦闘面がある訳ではないので下手に巻き込ませるのも問題がある気はするが、もしかしたら何か得られるかもしれない。
頼りにはしていないけど。
取り敢えず私は東洋人の女性に同意を貰って昨日からの不穏な流れをざっくりと説明した。
するとーー。
「エルド・ジュリア………?」
フィアナの表情から呑気さが失せる。それは何かを知っている証拠でもあり、同時に有り得ないと表現していた。
まさかの意外な確信に迫る話を彼女から聞けるなんて想像もしていなかったが珍しくも普段ならしない驚愕の反応を見せているのだ。
嫌な予感がする。率直な気持ちが空間にも顕著に出ていて自然と引き締まる。
そしてやっぱりで、案の定であるのがこの問題のお話であるのだ。
菖蒲の少女は恐るおそる口にする。
「それって………近隣で行方を眩ましている女の子の名前じゃ………」
内容を聞いて沈黙した。
例の被害者である人物。だったら昨日の金髪の少女は一体誰なのだ? 同一人物では絶対に有り得ない。
となれば答えは一つしかないのは明白。
「完璧に黒な訳ね」
「みてぇだな。んだが結局はそいつに会ってみなけりゃ何も始まらねえぜ?」
「進展はしたけど今ひとつ………か」
情報は増えたけどどれもが手掛かりにはなりはしない欠片。まるで探偵気分だ。いや、この場合犯人は絞れているからまた別の話。
答えが近いようで道が遠い。それがどれだけむず痒い事か。
私も気は長い方ではないのでいつまでもこんな所で話し合い込むのも性に合わない。隣の【無暴】も実践派なので考えるより動きたくて仕方がないようだ。そして最早少しでも早くしらみ潰しの行動が良さそうな結論に辿りつつある。
せめて頭脳派なシルビア・ルルーシアが居ればもう少し発見がありそうだから一声掛けても良いかもしれない。
「と、取り敢えず探すなら二手くらいには別れて探した方が良いと思うよっ」
フィアナの発言に異議を唱える者はいない。寧ろ納得すら出来る正論の提案でしかなかった。危険は跳ね上がるかもしれないが、捜索速度を上げるには単純にそうした方が要領が良い。
ただもう少し分担させたい私の意図を理解したかのように自分を含む天才達は述べる。
「なら私はこの場所を軸に左回りで東校舎から探すわ」
「おし、あたしは右だ」
「私は校舎の内側の周囲を一周………」
「私はシェリーちゃんについていくね」
こうして分担してのエルド・ジュリアを見つけ出す動きが決定する。本当に誰でも思いつく人海戦術ではあるが、今はこれしかない。向こうの思惑が読めないし先手を取る為には素早い対応が必要。
急がば回れである。
各々は直ぐ様部屋から抜け出す。フローリアは廊下へと走り、アリスは窓から飛ぶ。身軽な二人はきっとサボれば遅れを取るのは必然なので此方ものんびりはしていられない。
急がなければーー。
「………」
「? どうしたの?」
頭の中でそう意識しながら足を止めたままである私に彼女は首を傾げながら尋ねてきた。
当然の反応であるのだが、これには訳があるのだ。ただ根拠もない頭の片隅に浮かぶ変な勘みたいな存在ではあるが。
ふと違和感が募る。
何かが引っ掛かり、モヤモヤして、どうも不安が拭えない。
見落としている? だとしたら一体何を?
理屈ではない別の感覚が行動を邪魔してしまう。理性より本能が正しいみたいなそんな曖昧なもの。
だがーー。
「………ごめん、何もないわ」
首を横に振る。答えに辿り着かないまま無理矢理に疑問を押し退けてカナリア・シェリーは兎に角動く事を優先させた。
天才にしてはバツの悪い方針である。
◆
彼女達が散開してからおおよそ数十分が過ぎた頃。窓から飛び出して三角形になるように佇む校舎の内側をぐるりと見渡して成果が出なかった如月 愛璃蘇は北に見える校舎で待機する。そこは別れた残りの者達が左右から目指す地点でもあり、彼女はいの一番に到着する。校舎を見て回る学生達よりも圧倒的に役目を早く終えられた。
負担が軽いのもあるが、彼女は速さにおいては規格外を誇るのも重なっている。流石に全力の移動は抑えているが。
正直一人で見回った方が速いような気もしないアリスだがーー。
「ああ? あんたもう一通り見たのかよ」
「へカテリーナ・フローリア」
思っていたより速い深紅の少女の到着。学生だからと甘く見ていたが、その手際の良さに関心しながら自身の方に収穫がないのを告げる。
するとどうやら彼女も似たような結果に終わってしまったようで互いに嘆息する。
まあそう簡単にはいかないのは判り切っていたので二人ともが次の朗報を待つしかないと立ち尽くすしかないが、それも勿体無いので二人は再び問題点について議論を始める。
とは言っても先程の情報を振り返るだけだ。
互いの見解が合致して同じ量の内容を共有出来ているかの確認みたいな会話。頭脳派には見えなさそうな彼女達だが実はそうではない。本質は戦闘力の方かもしれないが、それでも並以上に水準を持つ秀才でもある。
「昨日堂々とミネア学園の学生に扮して紛れていたと目星を付けているエルド・ジュリア。そしてその名前は被害にあった近隣の村の女の子のものであり、現在名前を偽る彼女が悪魔である可能性が最も濃厚」
「ああ。ただ手分けして探したは良いが全然尻尾を掴めない。しかも意味不明な事に一部を除いて誰もが昨日のアイツを忘れちまっている。あまり周囲も頼りにはならねえ」
「頼りに………ならない………」
反復する【紫電】の2つ名の女性。初めからの当事者ではない視点から見て何を思うのか?
【無暴】は考え込む彼女に口出しをせずに言葉
を待つ。
「………本当にエルド・ジュリアと呼ばれた少女を誰も覚えていないの?」
「そりゃあどういう意味だ? まあ間違いはねえよ。この耳でしっかりと聞いてるからな」
「なら………昨日カナリア・シェリーと対戦していたのは誰?」
「は? エルド・ジュリアだろ?」
質問の意図が今一要領を得なく、へカテリーナ・フローリアは顔を顰める。確かに正確に言わせるなら名前を偽った誰かになる。が、それこそ誰にも判る筈もない。聞かれるだけ余計に混乱するだけだ。
しかし彼女が気になるのは多少違う。
「昨日はエルド・ジュリアが戦っていたと皆は認識している」
「? そうだな」
「じゃあ今日は? 今日の皆は昨日の彼女を誰だと認識しているの?」
「ッ!! そうか! そういう事かッ!!」
アリスの疑問の真意を理解した深紅の少女は直ぐ様辺りを見回して自身と同じ制服の人物を探す。
タイミングの良いことに遠目に映る廊下の先には麹色の制服を着た生徒が歩いていた。ミネア学園の生徒だ。彼女は見付けたが速く詰めよっていく。向こうからしたら訳が判らないがそんなのはお構いなく尋ねるのだった。
「おい? 昨日のカナリア・シェリーの試合見てたよな?」
圧すら掛けた脅しみたいな問いに戸惑いながらも生徒は頷く。それを知って僅かに悔やみたくなる気持ちになってしまう彼女。
これで判ったのは例の金髪の少女の存在は忘却しているのに試合自体はしっかりと周りも覚えている状況。
ではカナリア・シェリーと対戦したのは果たして誰であるのか?
見てて知らないなんておかしな話は絶対にない。何故なら異端の天才と戦ったのは確実にミネア学園の生徒なのだ。その相手の実態を他がどう捉えている?
昨日聞けばエルド・ジュリアと答えるだろう。
今日聞けば誰になるのか?
現時点ではエルド・ジュリアの名前は皆の中から消えているからその名称がこの質問から返って来るのはまずない。
だったら誰の名前が目の前の学生から発せられるのか?
まだ欠片は完成はしていない。が、欠片だけなら揃いつつある。後はそれを判るように設置していくだけ。
生徒は答えた。
「ーーさんだよ」
聞いた途端、へカテリーナ・フローリアは固まる。どんな心境からそんな反応をしたのかは定かではない。
それでも隣で佇むアリスはアテが外れていないのは確信出来ていた。
ややあって固まっていた彼女が尋ねた相手を解放させてから紡ぐ。
「その名前は間違いなくあたしの学園の生徒の名前だ」
「昨日の試合中の所在は?」
「………わかんねぇ。見ていない」
「今日の点呼では?」
「聞いた。先公も確認を取れていた」
「まずい。………多分もう被害は拡大している」
「クッソ!! あたしも術中に嵌ってたって訳かよッ!?」




