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◇旋律と蒼天のブライニクル◇  作者: 天弥 迅
第ニ章 ただそうしたかったから
31/155

− 天才だからこそ−


「ーー!」


ビクンッと痙攣に似た振盪を経て荒い息をしながら覚醒をする。まるで肉体がとんでもない負荷を体験したと推測している最初はまさか暫く眠っていたなんて考えもしなかった。

視界に映るは白い天井と眩しい蛍光灯の輝き。太陽程ではないにしても馴れてない眼球はその刺激に過剰反応をして無意識に光と顔の間に腕を挟んで妨げる。

次に襲ったのは匂いだ。普段嗅ぐものとは違い、薬品類の良いような悪いような判断の難しいものが目を細めさせてしまう。

最後に感じたのは温もりだ。それは多分自分の体温を逃がさない働きを見せる天井と同じ綺麗な真白の敷布が引き起こした結果だ。優しい触感に菌を払い除けている証明を示した日向の匂い。

このままもう少しの間居たくなる誘惑と眠りたくなる睡魔を覚えた時にようやくカナリア・シェリーは理解した。

ここは学園の中にある医務室。窓から見える橙色が差し込み、小さく風の囀りが耳に反響するのを感じながら私はーー。


「負けた………のね」


夢を見ていたような感覚の中に薄っすらと現実の結果が大きくなる。不思議と気を失った場面は鮮明過ぎて忘れられない。嫌な事や都合の悪いものとは忘れたくても綺麗に覚えてしまっているのだ。

それを受け入れるか受け入れないかで人間とは強くもなれば弱くもなる。

私の場合はどうなのかは判らないが、ただ言えるとすればだ。

あの金髪の少女は間違いなく強かった。

そしてもう一つ。


「あの地震………本当に」


真実だった。

そう口にしようとした瞬間だった。


「やれやれ。これで判ってもらえただろうか?」

「ーーッ。貴女………」


下に向けていた視線が動く。全く気付かないでいた自身はちょっとの間目を丸くして驚愕しか出来ないままに見上げた先で固まる。

姿は白衣で淡い桜髪を後ろで巻き大人らしい雰囲気を醸す中、更には眼鏡を掛けて知的さを帯びたお姉さんみたいな存在感を表面に出した医務室の先生。ーーではなく、そう見せかけた全く別の人物であり、前にも似た状況での登場。

やれやれと溜息しか出なかった。

彼女は自身の試合の敗因に関わる未来を覗く異質な人物。

魔女である。


「預言よりも変装の方が得意なんじゃないかしら?」

「大っぴらな活動は出来ないからな。身を隠す術も身に付ける必要があるのさ」

「その割には頻繁に現れるのね」


特に一目に付きやすい学園に堂々と忍び込んでいるのだから余計に質が悪い。しかも私が話の判る人物でなかったならどうするつもりなのだろうか?

疑問は尽きぬがとにかくはこうして期間も空かない内に現れるのだから何かしらの要件がある筈だ。

若しくはまたもや警告なのか?

そんな怪しむ自身の心境を把握したかのように魔女と呼ばれる彼女はその身に覇気を纏い、表情を険しくする。

ーー。

一瞬息を呑む程の肌を刺激する威圧をされた。まるで怒りの感情を形にしてぶつけているみたいなあまり味合わない感じ。これまでに散々あったのではないかと振り返ってみたが、どこか違う別のものに唖然とするしかなかった。

桜髪の女性は低い声音で言い放つ。


「何故忠告を無視した?」

「………」


剣幕に言葉が出ずに息を呑んだ。

思い返す内容は”エイデス機関には気を付けろ”なのだ。それを現状全く無視した形はおろか逆に協力関係にまで発展させている。だって世界の動きすら変わるらしいのだから軽率な行動をする私にそりゃあ言及して来るのは当然だ。

しかし言い分ならある。

無視した訳でもないのだ。


「気を付けろーー。が貴女の語った話よ。どうするかも私次第なのだから私が何しようが関係ないわよ」

「………普通なら従って接触を避けてもらえるものだが」

「逆に接触して真実を探るのも有り得る可能性だと思わないかしら?」


そうだ。あれだけ意味深に言われたら気にならない方がおかしいのだ。なら、多少は忠告から背いた形でも情報を集める為に懐ろに飛び込むのも一つの選択と言えよう。どちらにせよ避けられはしなかっただろうから後は委ねられたカナリア・シェリーの判断であり、自由であり、とやかく言われる筋合いもない。例え先の未来を予見した上での話だとしても理由を深く教えない相手の意見を丸々聞き入れる必要はないのだ。

私次第なのだ。


「忠告を無視されてそんなに都合が悪いのかしらね。ならしっかりと腹を割って話す必要があるわ」

「まだ貴女は魔女の力を信じていない訳か?」

「そうして信じさせて操るって考えも否定出来ないよね」


一回事実を証明すれば後の予知も全て正しいなんて限らない。互いの関係性が確立されていない以上、現状丸々忠告を聞き入れる体勢は主導権を握られていると同じだから信じ切りはしない。

捻くれたーーいや、卑屈な考えかもしれない。が、どんな状況でも自分を保つ必要はある。冷静に論理的に合理的に常識を持った意識で行動をするべきだ。


「そう………だな。虫の良い話だったと今把握した」


意外にもあっさり身を引く姿勢で彼女は非常に残念そうな素振りをしながら納得をしてしまう。もう少しばかり口論が続くのではないかと思っていた分肩透かしな気持ちになるけど理解の早い相手だと言う訳だ。

ただ会話の節々から感じる妙な情動は何だろう? 先程の怒りを含んだ声音の言葉もそうだ。他人相手に語りかけるものとしてはちょっとばかり強制感を感じるし、やはりわざわざ自分の立場を危うくしてまで忠告する理由が結局は判らないのだ。

どうにか思惑を看破しようと思いながら次の言葉を発する為の内容を考える沈黙の間が僅かのそこへ小さな囀りが木霊した。

優しく可愛らしいそれが鳥の啼き声だと理解するのは簡単であった。

その状況で魔女から静寂を破る。


「知っているか? この鳴き声の主の名前?」

「? いきなり何の話よ?」


問いは完全な話の脱線をした雑談みたいなもので脈絡もない。おかげで変な思考入って気が抜けてしまう。

怪訝な態度を示す此方。しかし桜髪の女性は尻目にしながら囀りに耳を傾けて表情を和らげる。

その姿はまるで聖母であった。

優しさに満ちて幸せな余韻にでも浸るように警戒も何もせず油断だらけで空間に身を委ね過ぎている状態。そんな顔が出来るの人なのだと意外に思ったのと同時に疑問が浮上する。

魔女であり、反逆者であり、よく判らない未来を予見してしまう存在が縛られているのに近い不憫ですらある彼女。同情とかではないけど並ならぬ才を得てしまった者として多少は共感を出来はする。

あまり褒められた生い立ちではないのは既に世界が証明しているし、少なくとも優雅な人生は歩んではない筈だ。

なのにどうしてそんな顔をするの? 出来るの?

古き事を懐かしんでさえいる幸せな雰囲気を出す存在を前に私は口を開けて掛ける言葉が見当たらなくなってしまう。

そこへふいに彼女は述べる。


「カナリア」

「………え?」

「鳥の名前だ。良い名前じゃないか?」


何の悪い冗談だ? と一蹴をしようとも考えたが、真面目に嬉しそうに語るのを見てどうにもならなかった。

疑り深い自身でも流石に今の発言が嘘だとは思えなく、下手に返せない。

代わりにーー。


「貴女は?」

「ん?」

「名前よ。鳥の名前よりかはそっちの方が知りたいわね」


最初出会った時に叶わなかった事。唐突過ぎて聞く余裕もなかったし、私の名前だけ筒抜けなのも釈然としなかったからここで尋ねる。

名前を知るか知らないかでも信用なんてものは大きく変動するのだ。寧ろ関係を明確にしなければ忠告されて信じれはしない。

それにどうにも彼女は自分を知っている節があるので名前を聞けばもしかしたら何か忘れているのを思い出すなんて話も否定出来ない。

まあまず有り得ないだろうけど。

だって私は彼女との面識を持った覚えはないのだから。

過去を遡らずとも瞬時に判る。絶対に出会ってなんていないのだ。この数日の間の接点しかない見知らぬ人。断言しても良い。

何故ならカナリア・シェリーにしっかりとした知り合いなんて親族以外にはただ1人しかいなく、確実に魔女ではなかった。残念ながらどうしようもない現実である。

だからこそかもしれない。

和らげていた表情に曇りを見せてしまう彼女を覗いて凄く申し訳のない気持ちを抱いてしまった。

間違ってはいない。が、何処かで見落としていた場合、こうして名前を聞くのは完璧に忘れてしまったと証明してしまっているとも言えるから複雑だ。失礼であるし、酷く傷付けてる最低など忘れ女と罵声を飛ばされても文句は言えない。

ただ確かめなければならない。まずは互いに繋がりがあったのかをと、繋がりがないが何で私を一方的に知っているのかを。


「ルシエラだ」

「ーーッ」

「バーミリオン・ルシエラ………私の名前だ」

「………そう」


結果初耳でしかなかった。当然と言えば当然ではあるが、誰よ? みたいな台詞で返すのは幾ら何でも憚れた。そこまで非情な対応をしようとも思わない。

でも仕方ないのかしらね。

桜髪の女性を落胆させたのは紛れもない私だ。罪の覚えがなくとも、この場面でそうさせたのは事実。悪い事をしたつもりがなくとも、否、してなくても納得のいかない結果を招くのは少なくはない。

私と言う存在はこれまでもそんな理不尽と向き合ってきたのだから。まあ、今回の出来事は飛び抜け過ぎているけど。

口にはせずとも答えは出した。彼女も諦めが付いたように受け止めて割り切った姿勢で再び雰囲気を変える。

正にそれが決別の瞬間とでも言いたげに。


「忠告なんてのが甘かった訳だ」

「………は?」

「甘くて、曖昧で、重大さが足りない軽いもので貴女が素直に応じなんてしない。想定しなければならない判断の失敗だ。先程までの事は忘れてくれ」

「いや、忘れろって………」


えらく一方的な言い分に困る自分だが、次の言葉に私は困るを通り越して困惑を覚える。


「忠告は訂正しよう」


困惑も生温いかもしれなかった。


「これは警告だ。貴女はもっと自身の立場を自覚するべきだ。軽率な行動を控えてもらおうか」

「な………」


呆気に取られる。後から込み上げてくるのはどうしようもない不快感だろう。本性を現したような振る舞いは明らかにこのカナリア・シェリーを縛る為にしている。

ちょっと優しく語れば図に乗りやがって的なのが裏にある改まった命令。

しかしどうしても従う必要性を放つ言葉は無視すれば良い方向には転ばないであろう意図が込められている。

先の世界を見通せるなら尚更だ。私の選択一つで数多の綻びが、亀裂が生じてしまうのが露見しているのだ。正直このまま無視出来そうな空気は今ではなさそうだ。

恐らく宜しくない未来を迎えてしまうのかも。鬼気迫った口調からして嘘やハッタリでは片付けられない。さっきの不躾な質問はバーミリオン・ルシエラの内で踏ん切りをつけさせるだけだったようだ。かえって事態は悪化しただけかもしれない。

どうすれば良い? 相手の意志は関係無しに警告とやらを放置すれば身に降りかかるのは不幸の類。逆に従ってもこれから先も似たような件が発生すれば再び聞き入れる他ない。だが、それは魔女の言いなりの操り人形になってしまう結論に至ってしまう。

妄言に賭けて一切考えないのが得策? でも既に数日前の発言が本日実際に起こっている。加えて自己紹介が自己紹介だ。割り切ってしまうのは五分五分。後の祭りなんて落ちが一番馬鹿らしいから自身の人格を尊重したら妄言で片付けるのは難しい。

最悪なのがこれまでの一連が全て自作自演だった場合が手に負えない。わざわざ私1人の行動を制限する為にそんな手間を掛ける必要があるのか? なんて考え方をすれば過るのは魔女の放った言葉だ。

自覚しろだの軽率な行動を控えろだの言われた後で自作自演の可能性に賭けるのが最も愚かな気がする。それすらも考慮していそうな気配がしてしまうのだから余計だ。

まさか寝起きでこんな二択に追い込まれるなんて目覚めが悪いにも程がある。

本当にどうしたら良いのかしら?

と、ここで揺らぐ私に彼女は更なる追い打ちを掛ける。


「素直に応じてくれれば全ては上手くいく。貴女は警告さえ守れば保証を得た生活を送れるのだ。悪い話ではないだろう?」

「ーー!」

「カナリア・シェリー。後は委ねれば良い。呑気に、のうのうと、普通の人生を歩む為の条件だ。頭が良く、論理的で、理性的な貴女なら判る筈だ」


誘惑にも似た条件を突きつけられた感じだ。話の流れからして桜髪の女性が魔女だろうとなかろうと私に対して損する事をさせない気持ちが少なからず伝わる。

従った方が良いのかもしれない。どのみちエイデス機関からの要請は危険存在との相対なのだからその先の協力関係にもあまり良い兆しは見えない。

そして判っている事だけで判断するなら此処は従っても問題はない。別に全ての警告を聞き入れる必要はないのだから次の警告が自分の都合に悪いものならそれは無視したら良い。何処まで行っても私次第だ。判っている。

今は素直に従えば良い。

そうすればーー。


「さあ、約束しようじゃないか。素直に大人しくしているとな………そうすればーー」


手を差し伸べてきた。救いの手みたいに取れば何もかもが知らない内に解決してしまいそうな楽な道の提示。言葉だけを信じるならこれ以上にないくらい簡単な約束。

何もしないだけで良い。普通にしていれば普通の生活が保証される。それが天才に生まれた私にとってどうしようもないくらい眩しいもの。それこそ縛られずに過ごせる怠惰に近い生き方。

望んでいないなんて嘘はつけない。

単純明解。魔女は魔女のように望みを叶えてくれようとしている。


「貴女を救ってやれる」


甘い言葉が耳の鼓膜を刺激する。


「………」


さて、ここで唐突かもしれないがカナリア・シェリーについて語ろう。

私は天才だ。生まれて物覚えが付く頃には魔法のまの字すら知らない同年代をかけ離した異才の片鱗を見せていたのは言うまでもないくらいに周囲には認知されていた。

広まり、知れているのは異端の天才の呼び名だけでカナリア・シェリーではなかった。





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