−【空虚の欠片】−
見渡す限り暗闇の世界。何処が地で何処が天かすらも判らず、壁もなければ立体さも曖昧である怖く悲しい場所。世界が終わればこんな場所しか残らないのではないかと浅はかな考えでも的を得そうな程に酷く不安を覚える。そんな所に何故いるかも知らないし、何でこうなっているのかすら思い出せない。付け加えるなら自分が誰かすらも朧げだ。
カナリア・シェリー。そうだ。確かそうだった筈。絞り尽くして出たのは名前だ。ただ果たして自分の名前なのか? と問われれば変な間を作れる気がした。
私はカナリア・シェリーなのか? これも全て閉鎖された空間に身を置くから認識力すら奪れてしまったのか?
一切何一つ判らない。
目の前に小さな女の子がいた。と雑な表現しか出来ないのはそれが顔を靄で覆われた風に隠されているからだ。だが、体格辺りの輪郭だけで何となく小さな女の子である答えを導き出すのは容易ではあった。
誰だ? こんな場所に居ては寂しいだろうに。と思いはしてもそこまでしか私には許されなかった。
身体が思うように動かない。なのに傍観だけは可能なこの現状の感覚を私は幾度と無く体験してきた。体験だけしかしなかった。これを何と呼ぶのかは判る。判るが、そうしてしまうとこの光景が全て硝子みたいに割れてしまうのを何らかの意思が自身に教える。
故に言葉に出せない。
出せない理由は知らない。
そんな時、顔の無い少女ーー正確には光が少女の形をしたような存在に動きがあった。
蹲っている。表情が見えない分どんな事情でそうはしたのかの真理は計れないが、何となく泣いているように見えた。
可哀想に。傍観しか出来ない私は感情でしか行動が叶わない。
と思った矢先に今度は立ち上がって旋律を刻むような足取りをした。多分あれは喜んでいて笑っている。まるで此方にも伝えるように身振り手振りで行なっているのだ。
忙しい女の子だ。先程まで抱いていた気持ちを返して欲しいものである。
そう思いながら眺める彼女に不思議と懐かしさが込み上げてきた。どうしてだろうか。ろくな姿も拝見出来ていないのにあの表現力を成す光に包まれる女の子が凄く眩しくて羨ましい。
直に触れて話して聞いてみたい。
貴女は何でそこまで豊かな姿を映せるのかを。
表情が伺えなくてもはっきりと私にも感じるその振る舞いをどうすれば出来るか。
いや、出来るかを教えて欲しいのか?
違うような気がする。しかし気がするだけでそれ以上の事は判らなかった。
諦めて暫く観察していると感情と言うあらゆる種類を表情していた。
喜怒哀楽。全てを曝けている中でそれにある一定の法則が決まっているのを発見した。発見なんて素晴らしい言葉には至らないかもしれない。
悪く言えば嫌でも判っただ。
あれは1人だけでは成立しないもので、誰かが居るからこそ可能なそれだ。
だとすれば誰かがそこに居るからそうしているのか? だが居るのは女の子1人だ。正確には見ている私も含まれるが干渉したくても無理な此方からしたら数には計測しない。
そもそもよく考えてみろ。場所も場所だがまず第一に脳裏を過ぎらせる必要の疑問があるではないか。
私はーーカナリア・シェリーは一体何を見ているのだ?
問題は簡単で解答は難問と困った状況。
そこへ再び女の子に動きがあった。唯一入ってくる情報源は彼女しかないので一挙一同を見逃すまいと注視する。まあ、情報が入っても判ることなんて知れているのが辛い。意味を見出せない世界と光の存在だけを傍観してどうしろと言うのだろうか?
しかし今度はこれまでとは違った行動をした事で全ての謎が一度影に消える。
代わりに新たな謎を背負った。
女の子は此方へと視線を移したのだ。
これも正しいのかは表情も判らないから何とも言えないのだけど、先程から不思議と理解出来るこの感覚が確かに私を見ていると告げる。
ただ理由には辿り着けない。自身を認識していたのも驚きだがそれ以上にその行為が不思議であるのだ。
一先ずは何もして上げられないので見返すだけの空間でどれくらい時間が経ったのだろうか? 長くも思えれば短くも思える変な間。
そして女の子は手を振った。誰に? 私に? だろうか? この場に居合わせるのは2人しか居ない中でのそれは必然的にやはり私に対して行なっていると考える。
素顔が見えない女の子の行為には一体どんな意味が隠されていたのだろう?
と、唐突に彼女は背を向けて走り出す。僅かに虚を突かれた自身は遅れて動く訳のない身体に追い掛けるように命令をした。
何故かは判らない。しかし、縋る気持ちが湧き出る感覚がするのだ。あの女の子との決別は考えられない。居なくては困ってしまう。
非常に不安な感情に襲われ、どんどん離れていく姿が酷く悲しくさせた。
お願い。行かないで。
だって私はーー。
が、そんな願いは叶うこともなく薄れていく存在を認識しながら辺りが唯一の光源とも言える彼女を消して。
視界は本当の意味で暗黒に堕ちた。




