−悲劇の天才⑥−
ただその割には崩れない余裕の表情が何とも底知れない畏怖を形取らせるが。
とは言え、有利な局面を作り上げているのは間違いないのだ。形成を逆転させる奥の手なんてものを隠しているとしても考慮していればさしたる恐怖もない。常に余裕を見せているのが裏目に出てしまう展開だ。私は警戒をするだけであり、攻め手を緩めはしない。仮に何もなかったら単純に押し切るのみだ。
そして一番判り切っている事項として巻き返せる程の決め手は制限された試合が限りなく邪魔をする以上、結局大した破壊力の技は使えない。もし現在の彼女の速さが更なる飛躍を見せたりしても問題にはならない状況と自負出来る。
即ち相手は八方ふさがりなのだ。
決着を付けさせてもらうわよ?
凍結した地が歪さを目立たせる。上乗せで変化させていくそれは金髪の少女の動きを弱体化させる為のもの。加えて試合場にのみ限定させた軽い雨を降らせる。これは少しでも滑り易くしようとしたのと向こうが対策するなら火の系統を使うであろう予測から火に強く氷に相性の良い水を利用した。
詰まる所、さっきは意外性を突かれたが遠距離の分はカナリア・シェリーにある。後は簡単にひたすら数で勝負に出れば時間の問題で、息をつく間も与えずに畳み掛ける。
「さあ。吐かせてもらうわよ」
「ーーッ」
一発一発に重みはないが、当たれば身体能力を鈍らせられる雷撃の球体を軽く二桁単位で出現させる。足が封じられても彼女には魔法を切って無効化する技術を見越した上での数だ。念を入れて上空には氷柱を待機させ、逃げ場を無くすように凍結の地がせり上がっていく。黙っていても何は相手を覆いこむ形へとさせる過剰な域の体勢。
まあ、最悪審判が静止を掛けて勝敗を決める一方通行の展開だ。
今度は私が不敵な笑みをしてーー
「これで終わりーー」
の止めを刺す。
「ーー」
筈だった。
「はーーッ」
問題はなかった。足を封じ、逃げ場を塞ぎ、魔法を押さえ、がんじがらめに身動きさせない万が一をも与えない運びをした。
底を把握はしていなかったが、決して手を抜いていないのは戦闘の最中で感じた以上、奥の手なんてあってもなかってもあの場でどうにかなりはしない。
最悪の想定をして外部の誰かが横槍を入れないかまで気を配り、何もないと判断すらした流れは勝敗を左右したりしない。
全てを裏切って彼女に通用しなかってもその瞬間に私の負けが決まる訳でもなく、次善策すら視野に入れていた。詰めすら悪くない状態の王手直前。
だからこそ予定は狂ったとしても狂いはしないのだ。
それでもーー。
予想だにしない事態とは起こる。否、知ってはいても真に受け切れていなかった自身の警戒が裏目に出てしまう。
手遅れになってしまった今更、ふいに脳裏にあの言葉が過る。
ーー世界中を大きな揺れに襲われるだろう。
「な………何がッ!?」
まさかこんな局面で地震に見舞われるなんて運命は予期していなかったのだ。
唐突過ぎる焦点が定まらないような強弱の激しい揺れ。足元も覚束ない自然災害は辺り一帯に牙を剥き、全ての意識がそちらへと持っていかれる。辛うじて片膝をついて安定しているが、こんな時に地を凍結させた事によりしがらみ着くものが単なる冷たく固い滑る物質にしてしまったのに後悔の念を抱く。
そんな氷の地も地震により徐々に亀裂を入れていく。割れて大きな溝が出来あがっていくであろう予測をしながら何とか回避しようと考える。が、厄介なのは魔法関与ではない自然現象相手では不意打ち過ぎてどうにもならない。と言うかそこまで冷静を務めてもいない。
ただ必死なだけだ。
売りでもあった理性的な感情が何故こうも困惑を引き起こしているのかは恐らくあの桜髪の女性がこの時点で色々な意味で本物だったからなのが大きな割合を占めているであろう。
私の頭はあの場面の走馬灯が蘇るだけの状態だ。
とは言え数刻後と曖昧であった予言に対して結局はこうなる未来は変わらなかったのかもしれない。心構え一つで到底変わりはしない事象はやはり予期しえないものである。
ーー。
地震が発生してから僅かな間。長いようで短い時間の揺れは徐々に収まる気配をちらつかせ、慌てて対応せずともやがては落ち着くと判断出来始めた自身は余裕を取り戻しつつあった。
立ち上がるのはまだ無理のある雰囲気だが、身に危険が及ぶ程の事態に発展もしない。ここは黙って静観するのが正しい。
最終的に混乱を招く災害ではあったが被害には繋がらない小規模な顛末に安心を込めた一息を吐く。
それが不測の事態が割り込んでいたからだとしてもカナリア・シェリーの最大の油断を招いてしまう。
情けない話だ。数々の不測を乗り越えた私がよもや間抜けな瞬間を見せてしまうなんて。
まさかーーだ。
「う………」
「………あはは」
まさか試合を続行して攻めて来ると微塵にも思わずに不覚を取ってしまうとは普通に考えたらあり得ない流れだ。
しかし、もしこれが実戦で生死を賭けた戦いなら正しい行いである。結局は根底に”試合”だと切り分けていたのがこの結果になったのは言うまでもない。
全くの意識外からの殴打。多分木刀による脳震盪に陥り、地震が収まっても視界はグラグラと揺さぶられて三半規管が上手く機能しない。
あまり経験しない現象に否が応でも受け入れてしまう自身はあっという間にーー。
世界が暗転してしまう。
こうなったのは一体誰のせいかなんてのは聞くまでもないだろう。
カナリア・シェリーが悪いのだ。
悲劇に見舞われたのは否定しないが。
◆
「おいおいッ! ふざけんなよっクソが!!」
「品性がありませんわよ。お気持ちは判りますが結果なんてものはいつだって残酷なものです」
「納得いかねえんだよっ!!」
毒付く深紅の少女をたしなめる栗色の少女を不満を荒げて返すのは無理もない。遠くない最近の過去にある悪魔との戦いを一部始終拝見しているのだ。あれに比べたら此度の試合なんて緩いも緩いお遊びみたいな戦いだ。逆に言えばお遊びだと意識付けがあったからこそ招いたものでもあるが、宿敵と宣言したすぐ側から不覚を取る彼女を見てそんな悠長な考えは出来はしない。
落胆、呆れ、怒り、驚き等の感情が渦巻いて抑えられない獣を思わせる姿を滲みださせる。
対するシルビア・ルルーシアの方は平常運転だ。何事も結果を重要視して受け止めて考える彼女に戸惑いは一切ない。負けは負け。例え勝算が高かったあの天才がこんな始末を見せようと信じられない目では見やしない。寧ろ善戦した上で不利になっていく状況の中、想定外の事故が起きようとぶれずに特攻した金髪の少女を賞賛する。油断して隙を与えたカナリア・シェリーが悪いのではなく、自然災害をも勝利の糧にしてもぎ取ったエルド・ジュリアが凄いのだ。
そう言った解釈をする点では実戦派な考えを持っているのではないだろうか?
実力派である【無暴】が不服して実戦派である【絶対攻略】が納得するなんとも言えない互いの価値観。
果たして二人の背後に佇む碧髪の少年はその灰の双眼で何を見るのか。
「チィ、胸糞悪い。テメェのトコの相手にこれはぶつけさせてもらうかんなぁ?」
「私側の学園の生徒をはけ口に扱うのは止めてもらえませんか? そもそもシェンリンを倒したのは其方の学生なのですが」
「知るか!」
「貴女はどちらの味方なのですか………」
理解しがたい彼女の振る舞いに呆れて溜息を吐くレミア学園生徒会長。
そんな二人を無視して未だに試合場を黙って眺めるアースグレイ・リアン。思惑を読み取れない無表情のままではあるが、それでも何かを思っているのは判る。
栗毛の少女は察したのかぶつくさ不貞腐れる深紅の少女を無視して興味を彼へと移す。
「貴方はどう思いますのかしら?」
「………何がだい?」
「シェリーですよ。ここでこうやってしてるのも彼女に興味を持ったからに他ならない筈。さっきも無理だと思った局面を打破してのけた異端の資質に目を見開いていたではありませんか?」
「顔に出ていたとでも?」
「いいえ、しかし見透かせますわ」
「………やはり僕は君が苦手だよ」
肩を竦めて嘆息する。他者との関わりを極力避けて感情を鎮めているのにこうも断言されるのはあまり良い気分ではないが、他ならぬ彼女がきっぱり言い切るのなら間違いではないのだろう。
事実彼がこの場にいる理由にはカナリア・シェリーの存在が関わっているのだから。
数日。否定して拒否して拒絶して傷付けて振り払った相手にも関わらず何故アースグレイ・リアンはそうしているのか。
その答えの一端をシルビア・ルルーシアは語る。
「僅かに接した記憶しかありませんが、貴方の姉と彼女は何処か似ている」
「………」
「失礼な物言いかもしれませんが、シェンリンがふと見せる感情が被るんです。それは貴方もよく判っているのでは?」
「感情………ね」
反骨する単語。だが彼は本人に理性の皮を被った化物だと述べた。流石に辛辣な言葉だったとは思うが、溝を深める意味でも的確な発言だった。
そんな退けた彼女と姉がどうしたら被ると言うのだろうか? 自身の中に残る記憶とすり合わせても全く否なる。外見は勿論、性格から才能も育ってきた環境すら類似はしない。極論真逆ですらあるかもしれないのだ。
ただ一つ共通する点があるのを除けばーー。
碧髪の少年は首を横に振って否定する。
「あんな感情表現の下手な奴は似ても似つかないよ。姉さんと同じだなんて僕は認めない」
「そうですか………」
「でも確かに彼女は天才なのだけは認めるよ」
「!」
「素質は九大貴族ですら霞むだろうね。負けたのは事実だけど次ってなれば話にならない差を見せられるだろう。要は経験不足なだけで一度でも経験すれば弱点ではなくなる。初見殺ししか通用しない」
それも引き出しが豊富になれば通用はしないだろうと彼は冷静に分析する。こればかりは天才の質が違う彼女には判らないものだ。結果を意識するだけではなく、過程から結果までを重要視する差である。
だから未だに過去の後悔に囚われたままなのだろう。互いに一癖二癖あるからこその食い違いだ。
しかしそれでも栗毛の少女は苦笑を禁じえない。
「何か変な事を言ったかな?」
「いえ………でも珍しいとは思いましたわ」
碧髪の少年の長所が自身を縛り付けるなんて滑稽としか言えない。皮肉にもとすら形容出来るそれは流石に本人を前にしては曝けだせはしないから濁すしかなかった。
故に彼は怪訝な目をするが、彼女はこんな時は絶対に答えないのは昔から知っているので追求はしない。
代わりに気にしてないと言わないばかりに背を向ける。
会話はここで打ち切りのようだ。
ふと一度試合場へ目を向けて担架に乗せられるカナリア・シェリーを覗く。
そこに何かを重ねているような面影をしてーー。
「ーーやはり似ていないよ」
それだけ残して後にするのであった。
「………」
後ろ姿を眺めながら栗毛の少女は僅かに悲痛な表情を浮かべるが、これまでアースグレイ・リアンを変えられる機会のあったかもしれない時間を費やさなかった自分がこれ以上口出しをしない。
資格がないのだ。それは深入りするにはそっとしておく時間が必要だと後回しにしていたツケだ。
危うくしんみりとした空間となる所を切り替えてシルビア・ルルーシアはまだ納得のいかないしかめ面をしている深紅の少女に話し掛ける。
と言うかいつまで根に持つのだと呆れた様子になる彼女。結局決まった勝敗なのだから今更変わる訳なんてない。
そう諭してみたら【無暴】は首を振り否定する。
頭に疑問符が付く。いまいち理解が難しいへカテリーナ・フローリアの振る舞いではある。更には言葉を口にはしようとしていないから余計に判りかねる。
が、それも無理はない。要所要所で対応はしているが今の彼女は柄にもないような真剣さで思考の海を漂っているのだ。
記憶の引き出し。どれを開けても出て来ないモヤモヤした感覚を持ちながら今になってとある謎が浮上してくるのである。
エルド・ジュリア。アイツを私は知らないーーと。




