−悲劇の天才⑤−
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カナリア・シェリーとエルド・ジュリアが壮絶な戦いをしている最中。湧き上がる学生の歓声から少し離れた木影で静観している者がいた。
常人には目で追えやしない高速の動き。だがその人物にはしっかりと見えていた。
それでどう思ったり、心境がどんなものなのかは本人に聞かなければ判らない。実力者だからこそ正確に分析判断も難しくないし、戦況がどちらに傾いているかも簡単に把握している。
しかしそれとは別に違った事で観察をしている風にすら伺えた。
果たして何なのか?
「まさか貴方まで姿を見せるなんて今日は珍しい日ですわね」
そこへ気配すらなくいつの間にか人物の側に現れたのは九大貴族が1人。シルビア・ルルーシアであった。
上品そのもの口調で語る彼女は害がなさそうに思えて悪意すら感じそうな態度で話し掛ける相手の名前を呼ぶのだ。
「ねえ? リアン君?」
「………何の用だい?」
目も合わせず冷静沈着に返す碧髪の少年。彼もまた九大貴族であるので互いが知らない訳もない。ただ偽名でレミア学園の学生として過ごしているのを知っているのはやはり頭の回る栗毛の少女が故だろう。
と思いわれがちだがーー。
「用も何も幼少からの顔見知りが声を掛けるのに理由が必要ですか?」
唯一落ちこぼれ貴族として馳せてしまう前と後も交流のあった九大貴族がシルビア家。正しくはシルビア・ルルーシア個人が今も尚接点を持っているだけだ。
「………」
友達だとかの類の単語を使わず否定し難い言葉の質問に押し黙るアースグレイ・リアン。ごもっともな意見であり、そこまで深く入り込んで来なさそうな雰囲気を醸し出しているのが余計に返答に困らせていた。
要するに彼も苦手な相手だと言う訳だ。
ここから付け加えて「それに生徒会長ですから」だなんて上手い体裁を盾に使われたら益々煙に巻けない。
まあそれでも用がないなんて事もないようで栗毛の少女はいやらしく問う。
「もしかしてシェンリンを観察しているのですか?」
「は? シェンリン………?」
「失礼。カナリア・シェリーですわ」
「………」
ややこしいあだ名に関しは無視は良いが、質問そのものまで流してしまう彼。
彼女もあまり気にはしていない様子で更に返事を聞かずとも大体は予測してしまったようだ。
反応を探る風な話し方で続けて聞く。
「最近絡まれたようですわね?」
「………まあな」
「彼女も鋭いですから大方過去の件にでも触れて来たのではありませんか?」
「………」
「どう応対したかは先程会話していた感じで判りますわ。ただ拒絶した貴方も魔導師の端くれ。少しはシェンリンの素質が気になったからこの場に居るのではなくて?」
「相変わらず推理や先を読むのが好きなようだね」
肯定こそしなかった。寧ろそうせずとも悟られているから別にどんな返答でもさしたる差はないと彼は考えて諦めた。
可愛く笑うシルビア・ルルーシアは感想を伺う。
幼少から知っている九大貴族の中でもピカイチと謳われた実力者が一体どうあの異端の天才を語るのか?
だが意外にも碧髪の少年は冷たく吐き捨てるのであった。
「大したことないんじゃないかな?」
「あらあら。辛口ですわね?」
「見る限りはだよ。制限試合が絡んでいるから力量を把握はし辛い。でもあの速さに苦戦する程度じゃまだまださ」
「十分にあれは速すぎると思うのですが」
「君はあれ以上に速く動くのによく言うよ」
などと飛び抜けた会話の応酬が広げられる。本人が聞けば怒り狂いそうではあるが。
しかし、こんな酷評をされる彼女だったろうか? 苦手な部類の対戦相手だとか制限試合の縛りがあるからとしても曲がりなりにもカナリア・シェリーは異端の天才と呼ばれる魔導師だ。
だからこそ納得出来ずに苛々する人物がいた。
「ちぃ、何してるんだあの野郎?」
「へカテリーナさん」
「………」
眉間に皺を寄せながら深紅の少女は同性を野郎呼ばわりする。その口調振りは本気のお前はそんなものじゃないだろう的な具合だ。
栗毛の少女は先程の内容を思い出す。確か【無暴】は襲撃者の件で宿敵と認めていた。自尊心の高い彼女にしてはやけに対抗意識を燃やしていたし、わざわざ合同演習先を無理矢理指定したくらいだ。
残念ながら悲願は叶わなかったが、最新の情報を握っているのが誰かは言わずとも判る。
にしてもそこまで襲撃者達が厄介な相手でもあったのだろうか? とシルビア・ルルーシアは疑問する。へカテリーナ・フローリアが共闘する印象がまずない分、余計に変な感じである。
一応同じレミア学園生として彼女も少しは知っている。以前に課外講師として来たあの有名な軍人のボルファ・ルナと途中までは良い勝負をしていたらしいし、実際にエイデス機関の人物からも評価されている話も聞いた。
それらを合わせて分析すれば現在戦うカナリア・シェリーとかなり食い違いがある。
何故だ?
自身の眼で見ていないから一概に決め付けは出来ないがもしかしたら特別か或いは一定下の条件でしか実力を存分に発揮出来ない事情があるのだろうか?
「う〜ん、私的にシェンリンがこれまでまともな勝負をしていたのは多分これが初めてですわ」
「実戦不足か………不慣れだから苦戦を強いられる。と」
「ああ? んな馬鹿な。あいつはーー」
途中まで何かを言いかけた深紅の少女だが、事情を弁えて口を閉ざす。やり切れない態度をしてはいるが、下手にお喋りをするような人物ではなかった。
正直その先を聞きたかったから敢えて鎌を掛ける言い方をした栗毛の少女だったが、流石に無理を押そうとはしない。
それは同じく碧髪の少年もではあるけど、彼の場合はあまり興味を抱こうとすらしなかった。訳有りなのは自分もなのだから誰にあっても不思議ではないくらいの態度を貫いているのだ。
と、そこへ対戦する彼女達の局面を変えるような動きがあった。
それまでは近接ばかりをしていたエルド・ジュリアが唐突に魔法を発動したのである。してやられたのが観ている側にも伝わる天才の一瞬の硬直。
あれでは反撃はおろか防ぐのも難しい。
3人の少年少女は各々が内で語る。
「(無理だね)」
「(まんまと嵌められましたわね)」
「(チィッ………)」
異端までは及ばないが、天才達の裁定は一様なものであった。
これで流れが金髪の少女に傾いて結果が見えて来るだろうとーー。
だが想像していた以上の結果を招くのがカナリア・シェリーの本質であるのを彼等は見抜けていなかったが為に驚愕する。
「舐めんじゃないわよッ!!」
絶望的不利な状況の中で彼女は九大貴族の傍観する場所まで轟かせる声を出した。
そして覆す。
「なっ!」
「あ………」
「マジかよ………」
天才達も遠くから観ていてある程度は分析していた。そこで、確かに纏う気配は剣客に見劣りはしないが叩けば埃が出るような浅知恵なのは誰しもが感じていた。
細かく説明すれば綺麗すぎるのだ。一合だけの振るいであれは剣技よりかは剣舞にすら近い型のみを追求した実戦向きではないものと。まあ、発展して魔法を組み込んだから上手く機能したが相手もすぐ様理解していたに違いない。
しかし今のは明らかに剣舞とは別物であった。
明確な型とも取れないくらいの我流さが際立っていた扱い。
結論から言わせると彼女は先程のエルド・ジュリアと似た事をーー否、同じ事をしたのだ。
迫り来る魔法を避けるでも防ぐでもなくただ単に切り落とす。
器用であればそれくらい出来るのでは? と考えられそうだが、傍観する天才達からすれば幾ら何でも天才過ぎるだろ? としか思えなかった。
今一度掘り返す。
カナリア・シェリーは剣技に精通していない。我流と述べたが、実際は見たものを真似しつつ自分のものとした。
それを可能とするには相手と同等の反応速度が必要だし、初見から使うならば更なる上にいなければ出来ない芸当だ。もし彼等が彼女の立場であるならば、素直に即答で言うであろう。
絶対に無理だと。
ただそれは異端の天才も変わらない筈なのだ。正確には眺めていた段階では到底そんな動きをする素振りは全くなかった。本人の必死さも感じていたから手を抜いていたとは思えない。
なら何で可能とした?
幾ら器用で見て真似出来るくらい有能な天才でも根本的な反射神経まで複製は有り得てはならないのだ。
唯一考えられるのは何かで補う。それ以外方法はない。
だとすれば一体どうやってーー。
「いや待って下さいですわ。もしかして私達はとんでもない見落としをしていたのでは………」
「見落とし?」
「ああ? 何をだよ?」
始めに気付いたのはシルビア・ルルーシア。それが本当に間違いでないのなら全てに合点がいくくらいにある意味で一番重要な事。
彼女が苦戦を強いられたのも根本的な作業を怠ってしまった結果であるのだ。
だからこそ驚愕せざるを得ない。
未だに謎が解けない2人に栗色の少女は一つだけ質問をする。
「貴方達が戦闘をする時に最低限やっておく必要があるのと言えば?」
問われたアースグレイ・リアンとへカテリーナ・フローリアは要領を得られない内容と思いながらも手順の課程を振り返る。
すると同じ瞬間で彼等は理解した。
「そうか………そうだったのか」
「いや待てよ。納得はするけどよ………それが正解ならあいつは………」
「はい、一言につきますわね」
九大貴族である3人は声を揃えてこう発言した。
カナリア・シェリーはやはり他者とは比べられない領域の規格外の天才だと。
◆
いやはや。真面目に危ない所であった。見様見真似の技が成功しなければこうやって呑気な体勢ですらいられはしなかっただろう。
うっかりでは済ませられない論外な過ちだ。まさか自身でも驚く単純な抜けをするなんてーー。
魔法を文字通り斬り抜けた場面でいち早く私が気付けたもの。
それはーー。
「まさか補助魔法をしていなかったとはね………」
身を守るべくの基本。特に制限化の中、唯一縛りがないから確実にしておかなければならない対応だ。あるとないでは現状の戦闘力が半減してしまう程の死活問題。
確かにやり辛いにしてもこれ程かとは思っていたのだ。すっかり制限を設けられていた影響で抜け落ちていたわ。
だけどようやくまともに戦える。
「へー、気付いたんだ」
どうやら向こう側はとっくに見抜いていた。まあ、黙っていたのに対して苦情を出したりはしないが結構強かである。今になってみると最初に見せていた無邪気で純粋そうな雰囲気は影を潜めている。
本番はこれからだが相変わらず油断の出来ない不気味な相手だ。
ただ多少なりとも攻略法は掴んだ。
「随分と余裕ね」
「そうかな? 時々焦ったりしてるよ?」
「正直なのーーね!」
「!」
歩く感覚からの踏み込み。されど魔法で強化された身体の弾みを活かした加速は易々と金髪の少女の懐へ侵入を可能とさせる。先程との動きの落差に驚きを隠せない様子で瞬時に目付きを変える。
そこで交差する木刀。僅かな間の拮抗を経て押し返した私は魔力を込めた得物を薙いで斬撃の衝撃波を繰り出す。
単純な魔法よりかは質が落ちるが何回も同じ事をするよりかはこんな多彩な戦法で攻める方が効果的だろう。
引き出しの豊富さなら自信がある。
しかしそう簡単には流れを作らせるつもりはなさそうで、よろけて崩れた体勢からすらはねのける。散々見せられてきたから虚を突かれはしないが、やはり此方が全力を出していなかったとしても彼女は十分に強い。
長引かせるのは得策ではないと感じた私はすかさずに雷撃の槍を放ち、相手に見えない所で地を急速に冷やして凍結させていく。
忽ち凍り付いた大地へと変えることで私はエルド・ジュリアから現時点での脅威的な力である速度を奪う。凍る表面を蹴り上げても摩擦抵抗が弱くその脚力の強みやあの特筆する反射神経も効果は激減してしまうのだ。
魔法の制限、限られた空間。その中でどれだけ意表を狙い、知恵を振り絞るかで勝敗が左右される。
結局身体強化魔法を施さずとも解決した問題だったのだけれど。
「あちゃー、いつの間に………」
「これで貴女の長所は意味を成さない。魔法での力比べなら受けるわよ?」
もう一度述べるわ。魔法なら追随を許さない。この土俵に持ち込めた瞬間に自身の勝ちは決まったようなものである。




