−唯一の天才③−
「今から数刻後。世界中を大きな揺れに襲われるだろう」
「は?」
突然の話題を一転させたような切り出しに条件反射で返してしまった。
だが、彼女は気にも止めずに事実のように語り続ける。
「それから月余。見上げる空は昼間なのに暗天になるだろう」
ある時は天気を。
「更にその後。世界はかつて無い危機を迎えるだろう」
ある時は情勢を。
「そう遠くない未来。貴女は生涯で最初で最後の絶望するだろう」
ある時は私を。
「………」
まさか。と内心の自分が呆れるように否定を望んだ。だけど魔女を目の当たりにしてこの目に映している自分がもしかして貴女はーー。と無意識に尋ねていた。
そんな有り得ないなんて事は有り得ない。何せ私はこの数日の間に同程度の事態に巻き込まれているから。
下手したら桜髪の女性はその斜め上を行くかもしれない。
彼女は微笑しながら答える。
「大方これで貴女なら判る筈だ」
「一応確認させて………それはきっとーー」
「ああ。私は魔女の中でも特異点となる存在………」
「そうね。貴女はーー」
「ーー異種魔法【予言】を操る魔導師だ」
後にも先にも知る事はないくらいな魔導師らしい魔法であった。まあ、限りなく近い力を保有する規格外は居るには居るが、また雲泥の差とも言える天才でも舌を捲く発言だった。
「とは言え、まばらな予見な上に同じ未来を見れはしない。仮に見たとしてもそれが本当に同じなのかは判らない」
「不安定なのかしら?」
「見れると言う事は変わる可能性のある未来。だから同じ結果の未来を何回も見るのは違和感がある。余程の重大な未来か、または変わってないから重複して見ているのか」
「因みに的中率は?」
「見た予言と誤差はあれど外れた記憶はないな」
「………本当に変わるのかしら未来は?」
確実過ぎる精度に本題を聞くのが怖くすらなってきた。大方先の世界を変える為に力を借して欲しい所であろう。他人を頼る以上、自身一人の力ではどうにもならない規模なのはある程度予想出来る。魔女じゃなくともだ。違うにしてもその予言にはカナリア・シェリーは関わっているのは絶対である。断る選択肢は正直言ってないのだ。
あまり好ましい状況ではないけど、それでも途中で投げ出す訳にはいかない展開図になっている。
此方も気怠げに振舞うが、腹は括った。
さて、鬼が出るか蛇が出るか。
「で? この私に何をして欲しいのかしら?」
厄介事は早めに終わらせようくらいの軽い調子で尋ねる。まあ、この質問になるまでに結構な時間を要したが。
しかし、そんなその気になってきた自身に魔女は意外な返答をする。
「実は私からは特に頼み事がある訳ではないんだ」
「………は?」
「救ってくれとかの問題はもう既に自ら達が道を間違えただけだから自業自得だ。そして世界の危機を救えなんて大層な重荷を貴女一人に背負わせる資格なんてない」
「じゃあ一体何の用だったのよ?」
「カナリア・シェリーへの忠告さ」
それだけ? と内容を聞くよりも先にそんな言葉が口に出ていた。とは言え既に幾つかの予言を述べているが。
いやだって彼女は国家反逆罪の一族で出歩くのすら縛りを抱えているのに用件がただの忠告だけだ。度合いにもよるだろうけどそれは親切心である。単に私の為にわざわざ動いてくれた損な行動だ。
反応が予想通りーー否、予言通りだったみたいに桜髪の女性は失笑する。
笑い事じゃないわよ。全く。
「おふざけに付き合っている暇はないのよ」
「すまない、だが本当に忠告しとく必要はあるのだ」
「しなかったらどうだってのよ?」
「さあな、ただそれで世界が変わるのかもしれないのは確かだ」
「忠告に従うか従わないかで?」
「ああ、貴女次第だ」
「結局頼まれるか頼まれないか選べって事じゃない」
「しかし知らないでいるよりかは知っておいて損はないぞ?」
「選択肢が狭まる感じなのは否めないわよ?」
それも貴女次第だろう。と彼女は背中を向ける。まるでもう去るような雰囲気だ。いつ再び邂逅するか分からないようなーー。
そんな中、一言だけ私に告げる。
至極真面目な空気を変えそうな声音で。
「エイデス機関に気を付けろ。カナリア・シェリー」
「!」
「これをどう取るかは任せる。それだけだ」
次の瞬間、不意に一陣の風が襲う。思わず目を閉じて僅かな時間で視界から彼女は姿を消してしまった。
「………!」
そして目を開いた頃には眼前には誰もいなく、閉鎖された空間の乱れもない何時もの校舎へと戻っていた。
最初からどうもしなかったのではないかくらいの穏やかな状態に夢でも見ている錯覚に囚われ、思考する。
エイデス機関に気を付けろーーか。
鵜呑みにすべき事なのかは判断しかねるけど、当面は関わりはしないだろうから特に悩む必要もないだろう。それに現在は悪魔への対応で怪しい動きをする暇もない筈だ。寧ろ彼等が気を付けるべきである。変に含ませた言い方がアレだけど。
まあ良いか。片隅に置いとくとしよう。
「名前………聞いていなかったわね」
結局魔女と予言の情報は得たが、ある意味一番必要な情報は教えて貰えなかった。向こうが知っているのに私が知っていない変な不公平さだけ覚えながら一先ずは帰る事にしようと踵を返す。
いや、返しはしない。
唐突な出来事で私はすっかり忘れていた。
そもそも自分は来賓室に呼び出されていたのである。危うく普通に下校しようとしていたわ。全く持って色々と面倒である。あの魔女の相手だけでも十分に疲れている為に帰りたい衝動に襲われるが、何とか止まる足を動かして進む。
と言うか先程のやり取りで経過した時間は真面目にどれくらいなの? 下手したら待ちくたびれてお帰りになっている可能性すら有り得てくるわよ。変に陽がまだ沈んでないからそこら辺が判らない。
帰ってない事を祈るしかない。まあ、その時はその時でサッと帰れるから個人的には大した支障はないのだけれどね。
魔女と接触が終わってから数分で自身は出来事をすっかり切り替えて来客へと意識が持っていかれる。要領が良いのか物事に対する注意が散漫なのか。
一先ずさて置きーー。
「魔女の次は誰なのかしらね?」
流石に冷めた気持ちの方が強くなってきて口に出しておきながら誰でも関係ないどうでも良い感を放ちながら扉を叩く。
返事が聞こえ、私はそのまま室内へと入る。何処かで聞いた声質だ。
ただ、そこで嫌でも片隅に置いていた彼女の言葉が一瞬で中心となり、脳内に浮かび反復した。
エイデス機関に気を付けろ。
「やあ、シェリー君。先日振りだね」
「貴方は………」
純白の甲冑と羽織りを着こなし、腰に伝説の剣を携えるた爽やかで大人びいた青年。九大貴族の一人であり、またエイデス機関の一員である人物。
オルヴェス・ガルムがソファーに腰掛けていた。
頃合いを計ったような来客に結局は驚いてしまう判りやすいカナリア・シェリーである。
「随分遅れたね? いや、ここは早かった方かと言うべきかな」
「ーーッ!」
見透かされていたような言動を聞いて我に返る自身。警戒心が急激に上がり、思わず身構えそうになった。何せ反逆者を見逃したのだから私も反逆罪に問われ兼ねないのだ。
先程の件を見透かしていたのならば立場が危うい。そして何より魔女の忠告した組織の人物が予言に当て嵌まるように登場したのである。
気を抜いてはいられなかった。
「そんなに睨まないでくれるかい? 別に敵じゃないんだから。今日は前の話の報告さ」
「報告?」
「どうやら織宮君と君は知り合いのようだからさ。容態くらいは知らせとこうかと思ってね」
「わざわざ貴方が来て言う必要はあるのかしらね?」
「鋭いね。まあ一先ずは前回の話さ」
やはり目的は他にもあり、ついでにみたいな話を苦笑いしながら彼は語るのを若干不満気に私は聞く。
時間にして寸刻程度の内容だっただろう。
結論から言わせてもらうと黒髪の青年は何とか峠は越えて落ち着いているようである。どうやら彼の知り合いに医療魔法に秀でた人がいたおかげらしい。後は何だかんだで交戦していた悪魔を退ける術があったからこそみたいだ。もし退けられていなかったら発見した時点で命はなかったかもしれないのが調査の見解。
それ程に現場の跡地は原型を留めていなかった有り様らしい。詳しくは判らないから想像するしかないが、過酷な戦いを繰り広げていたのは間違いないようだ。
次に今の所の悪魔の動き。まあそこは自分が調べていた結果と大きく掛け離れてはいないようなので問題はない。
しかし未だに居所が掴めない分、被害者達も見つからないのでエイデス機関は色々と周りにも支援を求めている。
とは言っても公表するまでは至っていない。現時点で普段は人間を模倣した姿で活動していると考えているから(実際にルーファスは偽装していた)下手に公表すれば悪魔を刺激させるかもしれなく、大衆も混乱に陥る可能性が高いので水面下でしか動けないのだ。
中々四苦八苦な状況である。
「エイデス機関は言わば少数精鋭。聞こえは良いけど人海戦術が出来ないのが悩みでね。度合いにもよるけど少しでも信頼ある人物には声を掛けて仰いでいるんだ」
「それで私って訳?」
「実力も申し分ないから協力はしてもらいたいね」
普通なら光栄な事だ。魔導師なら誰もが憧れる有名な組織で、こんな機会に借りを作っておけば後々得するのは明白。馬鹿だろうが、冷静だろうがここは認められた力を発揮すべく応じるのが得策だ。
恐らく彼は私がエイデス機関に見学しようとしていたのも把握した上で持ち掛けた話だと思う。更には織宮 レイの知り合いで異端の天才と評価され、悪魔との対峙も経験しているから打ってつけの人材だ。
互いに悪い話ではない。
ーーだが。
「幾つか質問があるわ」
「おや? 何か不服かい?」
意外な返答だと思うオルヴェス・ガルムは値踏みされている事を気にも止めずに率直な疑問をしてくる。
確かに私も別に普通に2つ返事を本来ならばしていたに違いない。
あの魔女の忠告がなければ。
「まず此方の話になるけど、私がエイデス機関に見学に向かった理由の一つの質問をこの場でして良いかしら?」
「答えられる範囲なら」
「貴方達の首脳って誰なの?」
「ーー!」
爽やかな彼の表情が引き締まった。




