–孤独な天才②–
ーーその時だった。
「そこまでにしたまえ学生諸君」
一同が唐突な制止の声に動きを止めていつの間にか分け隔てる2つのグループの真ん中から少し後ろに陣取った位置でさも試合の審判とでも言える人物ーー黒髪の青年に目を向けて驚愕した。
私も含める一同が。
「なっ!? 誰ですの貴方は!?」
真っ先に判りやすいくらいに声を張り上げて問うたのは金髪の公女であった。取り巻きはこの明らかに校則を破った罰則ものの行為を見られてしまった事に焦りを募らせ、固まるしかない始末だ。だからこそ彼女が代表して聞いた。主犯格である自分こそが一番分が悪いのに大したものであるのは認めよう。
「俺が誰かなんてどうでも良いだろ? それよりも何があったかは知らねえが、その構図を黙って見過ごせる程俺は甘くない」
「ど、どう言うーー」
「可愛い娘さんを大勢で虐めるのは良くねえって言ってんだよ」
黒髪の青年は多少荒っぽい口調で叱るように述べた。どうやら曲がった事が嫌いな人物である。
と言うか可愛い娘さんてもしかして私の事?
協調性のない私は今の現状よりも変に言われ慣れない言葉の方に意識する。嬉しくないと言えば嘘になるけど何かチャラけた雰囲気があるし、あまり好みではないから複雑なのが残念だ。
それにしてもどうやって彼は私すら感知出来ない出現を可能としたのか?
「あ、貴方が何処の誰かは存じませんが、見られてしまった以上黙って貰うしかないようですわね!?」
と、ここでテレス・ミレイはそんな事を言いながら魔法で実力行使に出ようとする。
待って待って。それは流石に不味いでしょ? 学生内のトラブルならともかく、部外者相手に魔法なんて使えば犯罪になるわよ? 絵に描いたような悪役振りが様になっているからって困惑したらこうまで引っ込まないのか?
幾ら何でもそこまでの事態の面倒事に巻き込まれるのはよろしくない。悲しいが、絡まられて最初は自分を標的にして危害を加えようとした相手を止めようと行動に移る。まさか逆に守る事が始まるなんてどんな展開やら。
ーーが。
「う………」
「おっと。あまり手荒にはしたくないが、大人しくしてなお嬢さん」
その必要もなく、金髪の公女はふらっと物理的な現象を介さずに意識を失って倒れたか若しくはそんな風に見えた。端からは凄く呆気なくヤラレてしまっているその姿はいつしか私に吹っ飛ばされた時と被った。前振りの台詞と呆気なさの意味で。
取り巻きはそんな光景にあたふたし始めて、とりあえず彼女を抱えて一目散に逃げる非常に情けない姿を見せて去って行く。
別段そこまで追い詰めたり咎めたりしようとは思わなかったようで彼もそれを見送ってうんうんと頷いていた。
この様子だと問題にはならないだろう。彼方も流石に最初から全部話していたら罰則を受けるのは判っているだろうし。
とりあえず私はそこら辺について何も無く終わると把握して安心する。
「危なかったね君」
「別に危なくはなかったんだけど」
結果として助けて貰ったのに相変わらず不器用な自分は本音をありのままに告げる。本当は不器用でなくてただの言語不足ではないかと意識していると、黒髪の青年は「ごめん、ごめん」と何故か謝る。
その理由は次の言葉で理解した。
「危なかったのは彼方の方かな? 下手したら君が加害者になってしまう意味では間違ってはいないんだけどな」
「確かに………」
彼の言う通りだ。正当防衛で反撃するのは良いが相手は私からすれば素人以下の魔導師。どれだけ抑えてもある程度の被害が出てしまうのは明らかだ。転び方を知らない人に転ばせるようなものだから怪我する確率は高い。となれば下手したら自分が悪くなってしまう可能性もあるのだ。
天才なんて言われているのだから相手が多人数でも教師達からしたら言い分次第で状況が変わる。
そんな意味では彼に助けて貰ったのは有難いとは思った。
ただ、どうせ再び私に何かしら仕掛けてくるのならここで少しくらい痛い目にあって欲しいのもあるから余計だとも思うが。
「もしかしてあんたが校外から来るって言う特別講師かしら? 見た感じ納得出来る実力者に見えるけど?」
「俺か? まあ間違ってはいないが、単に連れ添いみたいなもんだから正確には違うぜ? しかし一学生の君に俺の実力が判るのか? まだ何も手の内なんて見せていないのに」
戯けながら彼は言う。惚けたり、ふざけているとも取れるがそれは自信の表れでもあるだろう。私には隠せはしない。
先程のテレス・ミレイユの謎の昏倒だってもう解は出ている。
加えてーー。
「それ以上私に近付かないでくれるかしら?」
「あらら」
この発言に黒髪の青年は驚いた声を出す。
正確には相手は動いてなんかいない。でも今の返事で確信をした。
何故ならその間の抜けた声は彼のいる方角からではなく、私の真後ろから聞こえたものなのだからーー。
「幻術………ね。かなりの高度な技術を要する珍しい魔法。東の大陸に伝わるものだったかしら?」
「スゲェな。初見で見破られたのは初めてだぞ?」
そこを区切りに視界にいる彼は砂のように散会して消え去る。そして私は後ろに振り返ると消えた男が自分の存分に発揮出来る魔法射程内の少し後ろでニヤついて立っていた。
「いや、ちょっと舐めていた。綺麗な可愛い子ちゃんだが凍りの薔薇みたいな鋭い棘を持っているぜ」
「正直最初は半信半疑だったわ。浮かんだ魔法が幻術なのは予想していたけど」
「だったら何故?」
「貴方が恐ろしい程に気配や足音を消していたから」
そう。始めに突如現れた時は気配だけでは無理がある登場だった。だからすぐ様に魔法の類いであるのを予想して次にどのタイミングから効果を受けていたかを考えて判らなかったから、状況を変えずに溶け込める魔法として幻術系統に派生した魔法だと考えた。故に金髪の公女の謎の昏倒も納得はした。
だけど幻術を意識した上で気配を探っても全く引っかかりはしなかった。逆に不自然な程に消された空間に違和感を覚えたのだ。
だから私は鎌を掛けたのだ。その理由にしても単純である。
「幻術とは言え、本人に見せかける精度が高いのだから投影されている貴方は本物と同じ。それを観察していると要所要所で感情の起伏を見せているように見えて深い場所では波一つないような冷静な自分を維持していた。もしかして結構危ない人だったりする?」
「………はっ」
「?」
「ハッハッハッハッハッ!! スゲェ。本当にスゲェよ! こんな僅かな時間で俺をここまで見破れるなんて怖さ通り越して感動だわ!! 惚れてしまいそうだ!」
「いや、それはちょっと勘弁………」
「連れないなー。まあ、何となく雰囲気で判ってたけど」
結構自分でも怒らせてしまうような発言をちょいちょいしているのに彼は怒るよりも凄く嬉しそうにしているのだった。
まあ、惚れたりはしないけどそんな黒髪の青年を私は嫌いにはなれない人物であった。これを例えるなら自分の凄さを本当の意味で理解して褒めてくれているようなものか、或いは異端過ぎるのに距離を取るんじゃなくて寧ろ近付いてくれるからかだ。
確かに私は彼の魔法や実力を看破したけど、それが全てじゃないのはこの反応で判る。まだ底が見えない、只者じゃない風格。
私の居場所が普通に感じてしまうのが何よりも嬉しくてたまらなかった。
「名前は何て言うんだ?」
「カナリア・シェリーよ」
「ああー。例の超天才少女か! なるほどな。確かに異例と騒がれるくらいはある。時代が時代ならギルドマスター級の逸材だぜ?」
ギルドマスター。今は解体されたギルドの長を務める世界に数える程しかいない化け物と謳われた者達。
褒められて何だけどやっぱり私はそんな天井人の世界の住人なのを改めて痛感する。
表情を曇らせる自分を見てか、彼は首を傾げながら尋ねてきた。
「どうした? ギルドマスター級でも不服か?」
「違うわ。貴方が言ったように時代が時代なら私も喜べたかもしれない。だけど今の時代にこんな才能があっても意味がないと思っただけ」
これだけの力を一体何に使う? 肩書きはあっても輝かせる場所は存在しない。思う存分に発揮出来なければ宝の持ち腐れと何ら変わりはしないのだ。だったらあっても困るだけなのである。
時代が違うから余計に浮きだって周りから遠ざかれるし、今回みたいに妬たわれて変な報復に巻き込まれて最悪私が悪いみたいな結果になっても文句すら言えない。
そんな息苦しい場所であと数年我慢しなければならないとなると人間の精神では耐え難い。
化け物とさっき表現したけど、一層心まで化け物になれたらどれだけ幸せなのかとすら思えた。
何処まで行ったって精神は多少大人びいただけの一学生。才能とは無関係に劣等感を覚えて苦痛となるだけなのだ。
「才能なんていらないのよ。これなら落ちこぼれの方がまだ良いわ」
言ってもしょうがない事だけど、私みたいに特別そうな彼になら漏らしても良いと思って愚痴った。
同情でも良い。この苦悩を理解してくれたら少しは気が楽になれると考えたから。私を可愛い子ちゃんと見てくれたし嘘でも優しく宥めてくれたら良いなくらいな自分でも情け無く思う理由だ。
だけどーー。
「おいおい。贅沢な悩み過ぎるぜ? シェリーちゃん」
黒髪の青年は嘘をついたりはしなかった。
「こんなのあいつが聞いたら多分女の子でも拳握って殴るぞ?」
「お、女の子を拳で?」
次の言葉は耳を疑った。
何処の世界に女の子をグーで殴る輩がいるのよ? 有り得ないわ。
しかしそのあいつとは一体何者なのだろうか?
「ああ。お前とは違って真逆の落ちこぼれだったからな。天才の悩みなんて聞けば怒るだろうな。その力寄越せとも言いかねない」
「ど、どれだけ欲しているのよ?」
とりあえず力を得たい貪欲な落ちこぼれなのだけは判った。自身とは正反対で無縁な印象ではあるが、果たしてどのくらいの落ちこぼれだったのだろう?
「んあ? 並の落ちこぼれじゃなかったぜ? 多分今の魔導学園の診断テストすら受からないくらいにはな」
「………それって魔法を使えるの?」
「0ではないが、限りなく近い感じ?」
いやいや、それは使えない。幾ら何でもそんなに落ちこぼれだったとは思わなかった。そりゃあ私の悩みなんて贅沢なものだ。だけど仕方ない話だ。住んでいる世界が違うのだから共有出来きはしない。
無いものねだりをしているだけだ。
驚きはしたけど、やはりそれで納得は無理な相談でしかない。
「まあ、あいつは落ちこぼれでいる方が天才よりかは余程良いだろうけど」
「? どういう事?」
「苦労して手に入れるからこそ価値のあるものが世の中にはたくさんある。あいつは落ちこぼれで才能がなかったらこそ、ひたすら努力を積み重ねられたのさ。そうして得たものは周りすら大きく変えてしまうとても大切なやつだ。ある意味では天才をも上回るかもな」
「? ………?」
いまいち要領の得ない言葉だ。一体黒髪の青年は何を私に伝えたいのだろうか? そもそも話に挙がるアイツとやらは落ちこぼれなのか天才なのかすら判らない。
返答に困る。把握出来たのは落ちこぼれの仲間が居て彼は相当評価しているだけだ。私からしたら情報が少な過ぎる。
だから尋ねてみた。
「で、ひたすら頑張っているその人は何を得たの?」
「そうだなー。シェリーちゃんは7年前の騒動を耳にしているか?」
「え? ええ。【黒の略奪者】による暴動よね。今では破棄、解体された軍とギルドが共同戦線を張ってどうにか鎮圧した大戦級の事件」
「詳しいな。んまあ、大戦に参加をしていない俺だから何とも言えないが、実際その事件は大戦よりも過酷なものだったと思う」
ある時は合成魔獣の大群が押し寄せたり、人の心を操る魔導師によって仲間が暴走するのを止めたり、または大切な仲間が目の前で死ぬ手前の光景をただただ見ているだけしか出来なかった事やら様々な地獄とも言える世界を目の当たりにした。と黒髪の青年は真面目な趣きで語る。
当事者だからこそ体験して思った感想は確かに過酷さを物語っているのはまだ学生の私でも充分に判るし、理解出来てしまう。
だがそれが此方の質問とどう関係するのだろうか?
「その首謀者ってのが尚質が悪い危険な奴で常軌を逸脱した化け物だったんだ。ギルドマスターや俺達が束になっても歯が立たない強さ。幾らお前が天才でも絶対勝てはしねえ」
「恐ろしい化け物ね………」
それは紛れもない程に異常だ。私はともかくギルドマスターは所謂、国家軍事力単位ーー国を支える柱な訳であって、彼等が勝てないなら国が堕とされるくらいに深刻な事態。即ち束になって勝てないなら世界の危機を意味する。
よく撃破出来たものだと感心すらできよう。
………。じゃなくて。
「だからその落ちこぼれさんはどうなったのよ?」
いい加減痺れを切らした私は少し苛立ちながら催促する。
幾ら何でもそんな規模の話にその人物が関与する隙間は有りはしない。それでも何かしら繋がる部分はあるのだろうけど、聞きたいのは結果だ。あまり期待はしていないから仮定はすっ飛ばして欲しいのである。
だが自分の考えや予想は次の言葉であっさりと崩される事になってしまう。
彼は自信満々に、誇るようにアイツと呼ばれる人を語るのであった。
「首謀者を倒して今の平和な時代を作ったのは落ちこぼれのそいつなのさ」
「………嘘でしょ?」
予想の斜めよりも更に鋭い角度の結末に驚きを禁じ得なかった。