−唯一の天才−
休みの校外外泊も終わりを告げて普段の週初めが訪れる。日常業務の支度を済ませていつも通りの登校だ。
結局セントラルまで赴いてのエイデス機関の見学は断念してしまったがそれ以上に収穫はあったと思うし、同時に衝撃的な情報もあった。
悪魔が現れたり、例の黒髪の青年が意識不明になる重体だったりで彼方も問題が山積みになってきている。大人しく学園生活を送っている方が賢明だろう。
ただ平凡な日常に帰って来た割には内心は穏やかではいられはしない。何せ人生最大に数えられるかもしれない危機がこんな歩いている際も押し寄せているのに普通に生活なんて無理があるのをそうしているのだから当然だ。
故にいい加減痺れを切らした。
目の前の出来事にーー。
「そこのあなた達目障り」
私は圧を掛けて名前も知らない男子の集団に言う。有象無象達は逆に自身を知っているからか、まるで狂犬を見るような風に後退りをする。
何か自分が不良の頭みたいに扱われてないだろうか? まあ良いけど。
そうしてバラける彼等が囲んでいた輪の中心から一人の男子が浮き彫りにされた。要は虐められている彼を助けたのだ。
いや、平たく言えば私はその人物が虐められているのを目撃して我慢出来ずに出しゃばったのだ。
おかげでカナリア・シェリーの知名度は悪い意味で広がったが。
「ちっ、行こうぜ」
一人が言い出して他の者達も逃げるように去る。唯一残されたのは虐められていた男子生徒だ。
「………」
大人しそうな雰囲気に似合う静かな碧の深い髪。虚ろそうな何も込められていない透明感のある灰色の瞳。表情に変わり映えがなさそうな姿は昨日の東洋人の少女と被るが、また別なようにも思える。
端的に言えば本人の中から必要なものを全て失って残っているものがそれな具合だ。1学生がそんな大層な人生を歩むとは考えにくいけど何があるか判らないのが世の中だ。
ただそれでも先程の状況を生み出す理由にはならないから余計に苛々をしてしまう。
彼は呆然としながら此方を見つめる。
私は目付きを鋭くして文句を言う。
「貴方もいい加減にしなさいよね? 前々から虐められているでしょ? 男なんだから少しはやり返したら? じゃないとずっと虐められるわよ」
「やり返したくないよ。暴力は嫌いなんだ」
「は? だったら一方的にされる暴力は良いわけ?」
「僕はやり返せる程強くもないから」
「あんたねー」
会話を重ねる度にムカついてくる。弱気な態度も勿論だが、どうしてここまで苛立ちが増すのかには理由がある。
何故ならばーー。
「本当は強いくせに何処からそんな言葉が吐けるのかしら?」
「僕が? 僕はーー」
「惚けても無駄よ」
ヅカヅカと正面間近まで迫って人差し指を突き付けて言い放つ。
「私は知っている。学園で名前こそ偽っているけどあんたは九大貴族の中の一人」
「!」
「アースグレイ家の唯一の魔導師天才。アースグレイ・リアンであるのを」
アースグレイ家。述べた通り九大貴族の1つを担う有名な貴族だ。とは言っても今では陽の目を見ない没落寸前の落ちぶれた方で有名となってしまっている。
詳細までは判らないが、噂では以前の当主が平民と重婚した事によってとある事件が発生して立場こそ九大貴族ではあるが、輪から外した厄介者とされて煙たがれているみたいだ。
そんな中、よりにも寄ってアースグレイ家は稀代の魔導師を生み出してしまった。
それがアースグレイ・リアンなのである。流石に盛ったけど。
「何でその名前を………」
「私は初めて貴方を見た時、明らかに毛並みが違うのを感じて調べ上げたのよ。中々伏せられた情報だったけど消去法を使っていけば自ずと答えが見えたわ」
堂々と個人情報を探った事に悪びれもせずに答える。
どれだけ隠しても悪い噂は何処かで流れる。火のない所に煙は立たぬだ。さっきみたいな低脳そうな学生には見付けられないし、寧ろ見付けようともしない。だけど私の目は誤魔化せない。幾ら名前を偽って成績も下げようが天才を相手にしているのだから。
「なら君は判るんじゃないか? 僕は静かに過ごしたいんだ。詮索は勝手だけど放って置いて欲しい」
「もう一度聞くけどそれで良いわけ? 自分のせいでもないのに我慢してる結果が学園で虐められる生活って………」
「君に何が判る?」
「辛そうには見えるわ」
少し前にフィアナにも似たような事を言われた記憶がある。その時は彼女の観察眼が凄いと思っていたが、今なら何となく判るのだ。
例え表情に出してなくとも辛いだとか苦しいの感情がーー。
気まぐれではある。たまたまムシャクシャしている所に出くわしたからこんな流れになったが、それならそれで感じて思った事を言い切って少しでも考え直して貰えるように後始末はしたい。
だが彼は頑なであった。
「辛くて良いさ。僕は罪を償わなければならないんだから。この程度何ともない」
「罪? 何の罪よ?」
「君には関係のない事だよ」
「ッ。助けて貰っといてその言い草はないんじゃない?」
「助けてくれなんて言ってないから」
突き放す刺々しい口調。それを区切りにアースグレイ・リアンは背中を見せて去って行った。自分も怒りを通り越して呆れたのでこれ以上の言及もしないで舌打ちだけする。
しかし、やはりあいつは弱くはない。学内に留まらない天才魔導師の私を相手に何1つ引き下がらない態度。ムカつきはするが、逆に校内でそんな対応をする人物もいないから関心もする。
罪とは何だろうか?
まだ成人もしていない少年の背負うものはどれだけの重みなのだ?
本当に色々な意味で毛並みが周りとは違い過ぎていた。
悲しみと後悔と絶望が混じった罪に取り憑かれた存在。果たしてその道の先には一体何がーー。
「おはよう。シェリーちゃん」
「!」
そこへ私を呼ぶ可愛らしい声が耳に入り、思考を中断させる。
振り返る先には平和ボケの中心にいるのではないかと思わせる去って行った碧髪の少年とは真反対の幸せそうな笑みを浮かべる菖蒲の少女であった。
見ていたら苛々も何処かに飛んでいくような毒も棘もない純粋無垢な彼女に微笑で返す。
「何で笑っているの?」
「別に。面白かったからよ」
「………さり気無く酷いこと言ってる?」
「違うわ。それよりフィアナはアルベルト・リアムって知ってる?」
アルベルト・リアムとは学園での彼の偽名だ。微妙に語呂が本命に近いが誰も判るまい。この私ですら気付いたのは名前を知ってから暫く経った時である。
虐められているのに騒ぎや問題にはあまりならないからそんな情報も掘り下げなければ把握は出来なかった。余程騒がれるのを嫌がって本家直々に学園に圧力でも掛けているのだろうか? 調べるのにすら骨が折れる作業だった。
そこから先は現時点ではまだ判らない。ただ、わざわざ他の上位学園すら入れる才すらあるのにこのレミア学園に在学しているのだ。
とある事件とやらが全ては鍵を握っているのは確実だ。それが彼をああさせる程のとんでもないものなのだろう。
人一人を変えるのは並大抵の事じゃない。
今回は自分が配慮して自重する以前に本人が触れないで欲しいと宣告している。
正直関与しない方が良いのは間違いないが、目の前でまたあんな場面を見て従えるかは自信がない。苛々もするし、常識的に見過ごせないし、正義感ではないけど自分もよく虐めに近い状況に置かれてるのを重ねると放ってはおけなかった。
まあ私は反撃するが、それ故に何もしない彼を見て腹を立てるのかもしれない。
「知っているよ」
「そうなの?」
「何か聞いといて意外そうな反応だね?」
ごもっともな話だ。だけど色々と穏便に済ませているから興味がない限り知っているなんて他の学生では考えられない。
しかし意外と言えば、それこそ菖蒲の少女が返す解答であり、納得出来る答えだった。
「だって私同じ教室だもん」
「あー、成る程」
知っていなければ逆におかしい。自身も流石にそこまでの情報を把握はしていなかったから虚を突かれた。と言うか調べている段階で何故気付けなかったのか悔やまれる。
まあそれなら話は少し早いだろう。
私は教室でのアースグレイ・リアンもといアルベルト・リアムについて尋ねる。
「うーん。話をする機会はなかったからそんなには知らないけど、簡単に説明するなら当たり障りない人ってことかな?」
「友達とかはいないの?」
「私の知る限りはいなさそう………。最初こそ周りが話し掛けたりしていたけどいつの間にか誰も寄り付かなくなってたね」
やはりそんな感じか。詮索をされない為に友達とかを作らないつもりだから歩み寄る人をも拒んでいるのだろう。それで尚且つ当たり障りない人物で通しているのだから対人関係も下手な方ではないみたいだ。でも虐められるなら下手でもあるのか? 雰囲気的には私よりは騒がれないなら普通なのか?
何か同じ天才でもそこに差があるのは癪に触るけど。
「急に何で?」
「いや、ついさっき他の男子に虐められていたから」
「え? そうなの? 全然知らなかった」
「最近まではそれもなかったって訳かな?」
幾ら当たり障りないとは言え、いずれ何処かに綻びが生じるのは孤独な人間ならば仕方のない話だ。どれだけ労しようが限界はある。
一先ずは疑問するノーライズ・フィアナに事の経緯を説明した。
「………そうなんだ」
「ええ。だから何か他に判ったらーー?」
話している最中に何故か彼女は私を無邪気そうではないいやらしく気持ちの悪い笑みをしながら見ていた。此方は結構真面目に言っているのにどうしたらそんな反感を抱きそうな表情で聞けるのだろうか?
意味不明な態度に理由を顰め面で質問するととんでも解答が返ってきた。
「まさかねー。でもシェリーちゃんは逞しいから敢えて反対が良いのかもね」
「どういうことよ?」
「いやいやみなまで言うな。異性を気にするのは悪いことじゃないよ」
「………は?」
「乙女から押し引きするのは色々と大変だと思うけど頑張って!」
「ななな………」
ようやく意図を理解した私は図星でもないのに顔を真っ赤に染めてしまった。それを見て益々ニヤつきだす彼女に最上級魔法を放ちたかったが、余計に意識してしまったのが拍車を掛けてしまいとりあえず否定をするしか出来なかった。
「応援してるよシェリーちゃん!」
「ちっ、ちっがぁぁぁぁぁうッッ!!」
話す相手を間違ってしまったと心底思う。