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◇旋律と蒼天のブライニクル◇  作者: 天弥 迅
第一章 始まる物語
16/155

−天才と天災④−


考えているとオルヴェス・ガルムはこう答えた。


「そうかもしれないね。並大抵の人では生きることすら諦めたくなる重荷だ。押し潰されて絶望してしまうだろうし、正気でいられもしない。何なら世界の敵にすら成り得るかもね」

「でも彼女はこうして戦っていると?」

「うん。アリス君は折れずに歪まずに悪に立ち向かっている」

「何の為に?」

「本人に確かめる事だね。私も全知ではないんだ」


肩を竦めて微笑する。その様子だと彼女の心配は御無用のようだ。知っていない割に何処からそんな信頼が寄せられるのかは謎だけど。

にしても色々とここまでやってこれた経緯が気になって仕方がない。

と、そうこうしている間に動きがあった。


「【バジリスク】」


口ずさむと同時に蠢く紫電は地を這いながら悪魔に襲い掛かるその様は正に毒牙を持った蛇だ。

あれは魔法の制御で行われる操作を駆使した技術ではあるが、あれ程に乱雑な動きをさせながらもしっかりとした制度で使うには相当な熟練が必要になる。身体の一部みたいとはよく言うそれだ。そして高密度な魔力が込められた魔法となればこれ以上に脅威なものはない。

堕天のルーファスも苦い表情を露わにしながら脱出を図る。

私なら左右では振り切るには難しいと判断して別の突破を考えるだろう。一番簡単な方法としては上下への対応。宙なら幾らでも逃げ場はあり、そのまま逃げ切れば良い。まあ地に進む手段も選択肢の一つだが、そもそも逃げ場が作られていない中で紫電を乗り切るのは不可能だ。

次に意外性を狙うならば正面突破。最初の接触を避ければ後は一直線に使役者に向かい叩く強引な方法。

彼が選んだのはどちらでもなくてどちらともだった。

最初に上空へと距離を開けてから突如の急降下。振り切ってからの重力を味方にして目にも止まらない速さで東洋人の少女に突っ込む。

紫電が追跡するよりも先に彼女に攻撃が繰り出される方が速い。

だがまるで動きを見せないアリス。反応が出来ないなんて事はないだろうが、今一行動が読めない。

どうするつもりだ?

カナリア・シェリーは目を逸らさずに双眼で見落とさないように観察していた。

するとーー。


「【瞬電】」

「なっ!?」


ぽつりと呟いた頃にはそこに彼女は存在していなかった。気付けば悪魔の後方へと移動しており、交差した風な光景が広がっている。

接触があったのかなかったのかすら判らない状況に戸惑うばかりだ。あれだけ見据えていた筈なのにまるで捉えられていない。一体何があったのだろうか?

沈黙する二人を交互に覗きながら答えを探す。

直後。


爆音が空間に鳴り響き渡った。


「ーーッ!?」


更に遅れて衝撃波が身体を駆け巡り、若干背後に怯んで下がる。間近で巻き込まれた堕天のルーファスは大きく吹き飛んで近くの瓦礫の山に突っ込んで埋もれた。

と言うか鼓膜が破れるかと思ったわ。突発的過ぎて耳を塞いだりして遮断すらする間もない。何がどうなってるのよ?

変な木霊が余韻する感覚に不快を覚えていると今の影響を介さない様子の純白の青年は笑みを浮かべていた。

コイツ耳栓をしているわ。

判っていたのなら教えろよ的な目で睨む私を無視して彼は説明をし始める。


「あれは音速を超えた証拠さ」

「どういう意味よ?」

「だから音速を超えて移動した影響の衝撃波の音だよ」

「誰が?」

「彼女が」

「どうやって?」

「魔法を利用した高等技術で」

「………嘘でしょ?」


身体強化顔負けの所業である。物体をそのように加速させて行われた実験は聞いた記憶があるけど、それを人間が生身で実行するのには流石のカナリア・シェリーでも驚きを隠せはしない。音速の速度を出すのもだが、耐えられたのも十分に凄い。魔法で肉体を強化していたとしても並大抵の負荷ではない。外部以上に内部器官へも相当な負荷を抱える筈だ。

動き始めてから止まるまでの全ての反動。

アリスは何の犠牲もなく成し遂げた。

要領は真似できたとしても進んで実行しようなんて到底考えられなかった。

至近で受けた彼はたまったものではないだろう。


「がっ! ………化物めッ!!」


瓦礫を吹き飛ばして立ち上がる堕天のルーファスは頭部から緑の液体を垂らしながら悪魔が言うべき事ではない言葉を発する。

化物は貴方でしょうに。


「確かに魔眼の力は脅威で邪眼も上乗せされたとならば私に勝ち目は薄い………」


着実に追い詰められているのに何処か不気味な余裕をーーいや余裕はないが、勝機みたいなのを見つけているように感じる。


「ですが!」


案の定寒気がする笑みを浮かべ、行動に移す。


「!?」


旋風が巻き起こった。激しい戦闘の末に荒れた地の大小様々な物質が飛び上がり、砂嵐と化す。

無造作に暴れる砂塵は悪魔の姿を消して見失なわせてしまった。

それによる弊害ーー。最初に彼は説明していた。


「お、魔眼の欠点をついたね。洞察力が鋭い」

「欠点?」

「あの瞳は見えている存在の思考や未来や過去を見通せる力。千里眼やらと類に近い」

「なら………」

「ただし対象たるものを見なければ力は発揮されない。漠然とした未来とかではなく、あくまで個人にしか対応できないわけさ」

「姿が見えなければ個人としての認識で扱えない?」

「正解。だから魔眼は意味を成さない」

「でも彼女の速さならーー」

「仕掛けてきたらね。彼方が浅はかな考えで動く低脳だったら返り討ちだけど」


言われて気付く。流れ的に戦闘を繰り広げるばかりだと思っていたが、よくよく考えてみると堕天のルーファスは先程述べていたではないか。

まだ我は死ねないとーー。


「砂塵も単純な逃走の為の目眩しだったのね」

「聖剣も反応しないからもう完璧に逃げたようだね」


そんな会話をしてる内に旋風は弱まって収まる。

当然悪魔の姿はなかった。


「やれやれ。結局してやられたね」

「呑気過ぎじゃない? 逃すべき相手じゃなかった筈よ?」

「深追いは禁物さ。昔と違って今は人命を最優先な時代なのだから」

「聖剣は飾りな訳?」

「否定はしないよ。聖剣が使えるからって私は剣聖ではないんだ」

「頼りないわね」

「お手厳しい一言だ」


まあでも犠牲を伴う勝利が果たして良いのかと言われたら天才の私は正解ではないと思うから責めすぎたりはしない。オルヴェス・ガルムも自分を下げた言い草はしているが、確実に実力者たる人物だ。きっと何かしら別の意図も踏まえての考えなのかもしれない。

ともあれ何とか乗り切ったのだから一先ずは良しとするべきだろう。犠牲なく事なきを得たのだから贅沢は言わない。


「………逃げられた」

「!」


気を緩めた頃合いで音も無く眼下に現れた東洋人の女性に驚く。ただどう見ても少女に見える。

どれだけ存在感消すのよ。常時発動は一番厄介でしかないわ。


「遠くない内にまた衝突するさ。………っと失礼。本部から通信だ」


純白の青年は一礼して席を外した。

必然的にこの私と【紫電】の二人だけとなる何とも言えない空間が完成する。


「………」

「………」

「………」

「………」


沈黙。ひたすらな沈黙の中、少し離れた場所で聞こえる彼の声だけの場に困る他なかった。

いやいやどうしたら良いのこれ? 普段一人で無を送るのは全然気にならないし、誰かと一緒でも会話しているから問題ないけど。

中々どうしてこんな状況に慣れない自分は果てし無く長い静寂な時間である。お喋りがしたいとかではない。でも好むか好まないかで言えば明らかに後者だ。無駄に頭が回る分余計に気になってしまう。

これならオルヴェス・ガルムが動きに便乗して退散すれば良かったが、もう逃げるに逃げれない。と言うか何も出来ない。

あーもうどうしたら良いのよ!?

内心あたふた。挙動はキョロキョロと端から見れば単なる人見知りな風にしか見えないカナリア・シェリー。

こうなれば切り出すしかない。

私は珍しくも相手を気遣う天才らしからぬ立ち回りをした。

それは一般的には普通な行いなのだけど。


「エイデス機関のアリスなの………よね?」

「うん」

「エイデス機関って大変?」

「それなり」

「悪魔………どうだった?」

「普通」

「………」


会話終了。絞り出した話題は僅か十文字未満の返答だけと悲しくさえなってしまった。

いやいやもう少しくらい広げてよ。折角繋げていこうとした私の過程が台無しになったじゃない。

変に後ろを向いて頭を抱える自分。こんな困った展開は史上初だ。生きていてどんな絡みでもここまで短く切れた記憶はないぞ。

何か話し掛ける前よりも悪化したような空気に精神的な大怪我を負う。まだ先程の悪魔と戦っている方がマシにさえ思ってきた。

ほんと人の本音って数秒もしたらコロコロ変わるものだと自嘲していると、予想外にも今度は彼女から言葉が発せられた。


「貴女は誰?」

「………」


抑揚は感じられないが、一応気を使ったものなのだろうか?

しかし自己紹介もしていないからある意味当然な流れだと無理矢理納得しながら聞かれた問いに私は答える。

答えるしかない。


「カナリア・シェリー………よ」

「そう」

「………だけ!?」


とうとう心の声が表に出てしまった。

だってここ数日でも結構名乗ったけどこれ程までにあっさりした返事はなかったわよ。大体があの噂のとか、例の、みたいなお決まりな言葉が付いて来たのに、目の前の彼女は二文字だけの返しで何の質問だったかを判らなくさせるような対応だ。

確かに喋りそうな人間性には見えないけども。

いかんいかん。相手の雰囲気に呑まれるな。戦闘時と同じよ。自身の進度を保って対応するのだ。

単なる会話でかなりの神経を擦り減らすハメになる流れ。

「そうだ」と私は気になる質問を投げかける。


「………どうして貴女はそこまでして戦えるの?」


私的な事に入り込んだ話だと思う。聞いても良いものかと言えば多分よろしくはないだろう。特殊な人であればある程に深入りはするべきではない。だがそれ以上に興味があるのも否定は出来ない。故に話題が他に浮かばない私は聞くのだ。

至って真剣に。もう一度尋ねる。

何故戦えるのか? 何が突き動かすのか?

暫しの沈黙を経た割に特に嫌そうな素振りも見せずにアリスさんは答える。


「諦めないで戦って守り抜いた人と何も言わずに今も尚見守ってくれている人の為に私は私でいるだけ」

「………」


サラッと当たり前のように述べるのにとても重みのあるものに感じた。

簡単なことではない。全ではなく個の為に応える彼女も、彼女にそう思わせる誰かさんも。それでも彼女も誰かさんも普通にやってのける。

私はありのままの本音を溢す。






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