剣聖と天剣とーー
剣聖と天剣の違いはその登り上がる頂きの場所にある。
剣聖は剣を極めた者だ。剣に愛され、剣に全てを捧げた果てに辿り着く剣士の最高峰であり、剣を扱う聖人と讃えられる存在だ。
天剣は剣を極めた者だ。剣に捧げ、剣と運命を共に生きる道を突き進んだ剣士の最高峰であり、剣を扱う天人と讃えられる存在だ。
この二つに大きな差があるかと言われれば考えた方以上のものはないだろう。否、剣に選ばれたか剣を選んだかの差でしかない。
その信じ方、在り方が到達する世界の違い。両者が違う頂きで立ってお互いを同じ高さ、同じ目線に居る。
その壮大な意志がぶつかれば果たしてどちらが上か?
これはその答えが観られる今生の瞬間であろう。
「はぁぁぁぁ!!」
「ーーッ!」
剣と剣が交差する。
片や聖剣、片や魔刀。
片や世界に三本しかない絶対剣と呼ばれる中でも更に特別性を与えられた最強の一振り。
片や自身が研鑽して生み出した唯一無二の刀で誰にも真似が出来ない最高の一振りを生み出す。
どちらもが近いようで遥か先の対極にあるような差を持ちながらもその剣と刀を振るう二人の実力は均衡を保っていた。
ただ、どう考えてもその実力の拮抗は他者の視点からしたら予想の範疇を超えていただろう。
もしかしたら戦う彼等でさえ驚き以上の感覚を抱いているかもしれない。
「(あれが神門さん? 私と試合をしていた時とは比べ物にならない強さですわ………)」
電磁砲を防がれ、更には聖剣が抜けてしまう絶望的な展開に駆け付け、そのまま聖剣を握る相手に単身で、しかも宝剣も無しに戦闘を始め出した行く末を見守る栗毛の少女は戦慄する。一度は勝利を得て更には余裕も残せた結果があるにも関わらず、今再び試合をすれば果たして前の時のようにいくかは分からない。
いや、次は勝てないかもしれないと思わせる程に灰の少女の成長に言葉を失いそうになる。
あれは成長なんてものじゃない。飛躍していると。
数日も経ってない間に何が彼女をそうさせたのか? 伸び代があるにしてもこうもいきなり別人みたいに変貌するのは有り得てはならない。
まるで魔法のようだ。限界を超えた力を引き出すシルビアの奥の手のように一気に変わってしまう神門 光華を見て嫉妬すら覚えてしまう。
自分は多大な犠牲を払わなければ到達出来ない域を彼女は数戦の戦いで乗り越えようとしているのだから。
しかしそれも無理はないだろう。何故ならそのたった数戦が彼女自身を大きく強くさせるきっかけになってしまっていた。それは過去の血の滲む鍛錬に匹敵か或いは超える激戦の中での成長だ。灰の少女に足りなかった経験であり、決断力、勝利と敗北、失う恐怖や自身に並ぶ特別な存在。そこを乗り越えた先にある未来を垣間見た結果が飛躍させた。
きっとカナリア・シェリーが歩んで来た死闘の連続と同じくらいの状況だ。
強くならない筈がない。
「(シルビアの補助も無し、しかも自分の絶対剣すら無しにあいつは実力一つで剣聖すら呑み込もうとしてやがるッ)」
真紅の少女は額に汗を滲ませながら一歩どころじゃない先を進まれた存在に焦りを覚える。
身体能力の向上も無し、周りの援護すら無くその刀一つで渡り合う事がどれだけ難しいかを嫌と言う程思い知らされた彼女からすればどうやって互角の戦いを繰り広げているか理解が及ばなかった。確かに並以上の身体能力があるのは分かるがそれにしてもあの動きは異常でしかなかった。特別な強化なんてしている様子はない。彼女は純粋な戦闘能力だけで接戦しているのだ。
あの剣聖を相手にどうやって?
フローリアの疑問を解決するのはきっと難しいだろう。彼女がどうやってあの剣速と彼の聖剣の後押しがある剣戟と渡り合えるかと言えばそれは当人のこれまでの戦って来た道則が上手く噛み合っているとしか言えない。
そもそもが同じ絶対剣を持つ者同士でぶつかり合う事自体が根本的に実現した歴史が無い。が、絶対剣が強いなんて事は持つ者からしたら想定済みであり、その強さを発揮するには持ち手が振るう必要がある。正直剣術の技量だけで言うならこの両者の間に差は殆ど無いのだ。だからって聖剣相手に絶対剣を抜かない、抜けない戦いは厳しいものがある。
しかし、その手前での死闘の経験がオルヴェス・ガルム相手に活かされていた。
魔剣ーーギルザイヤの全力を引き出して苦戦を強いられたレイニー・エリック。
彼の実力が本物だったからこそ光華の技量が更に大きく増した。加えてアズール戦で相手をして来た者達の技術も吸収している。
純粋な剣速ならば居合抜刀を扱う彼女の右に出る者がいないのにことごとく見切られてしまっていたのは記憶に新しい。問題は何故見切られているのかだ。
否、全員見切っている訳ではない。正確には太刀筋を読んでいるが正しい。特にレイニー・エリックに関してはほぼ読み切られていただろう。あれだけの二刀の乱舞を全て捌ききられてしまっては彼女も認めざるを得ない。それらの反省点が上手く昇華されているのだろう。逆に長い時間刀を握っているからこそ相手の剣筋を読む事に関しては身に付けるのは難しくはなかった。
ただ誰相手にも同じ事をするのは容易とは言わないがこれまでの経験や鍛錬の成果を全て引き出せばオルヴェス・ガルムが相手でも戦うのは不可能じゃない。相手が剣士として戦っているからこそ読み切れるのが前提だが。
だからこの均衡する状況は何らおかしい展開ではない。
しかしこのままずっと続くかと言えばまた話は変わってくるがーー。
「(長くは続かないだろうな。相手は聖剣を使うが剣士としてが本領じゃない。あくまで魔導師だ)」
うっかり誤解しがちな要素だが、純粋な剣士としてが彼の売りじゃないのには細身の男性は気付いていた。
そもそも聖剣使いであって剣聖じゃないとも当人は述べているにも関わらず、最高峰の魔導師なんて響きを持っているのだから剣術だけの相手ではないのだ。
当然光華にも言えはするが、ここが彼との差だと言っても過言ではない。
単純に全てを高水準に鍛えている者とその人生の大半以上を剣術に注いだ者。追い付けて超えれるかもしれないのはどう足掻いても剣術だけだろう。寧ろそれすらもしかしたらの可能性に過ぎない。
だからこそ彼女は魔導師が本業のシルビアには負けた。
だからこそ彼女は魔剣に頼ったレイニーには勝てた。
だからこそ彼女は直近の格下相手に手こずった。
ただ今の光華ならそんな相性を覆せる手札は持っているがーー。
「(神門さんは連戦に継ぐ連戦だ。それも最初からずっと全力で戦っている)」
共に行動をしていた碧髪の少年は彼女の状態を粗方把握しているから分かる。
既に魔法すら斬り伏せる絶対剣ーー宝剣は無い。そしてそれを無くしても補える力であろう鬼神の力を使う余裕すら残していない。もう十分に貢献して戦い抜いたとさえ言えるところから相手が相手である。
光華からしたらどれだけの試練が待っていると嘆きたくもなる。
だからこのまま戦い続ければいずれ押されていくのは彼女の方だろう。
それでも十分過ぎる実力を見せているが。
「参ったね。こっちは聖剣を使っているんだけれどね」
苦い笑みを浮かべながら戦う辺り、手加減は全くしていないだろう。それだけ打ち放たれる一合一合の力強さと勢いがあるのだ。
打たれる度に剣を手放しそうになる彼は距離を取りたくとも離させてくれない彼女の鬼気迫る気迫に何とか耐えているようにすら見えた。
否、鬼そのものなのだ。
「はぁ、はぁーー」
「ただ、少しずつ剣筋が鈍くなって来ているね。既に相当な修羅場を潜り抜けた代償かな?」
肩で息をするのを見て確信したガルム。それにすら応対しないか或いは余裕のない光華は重くなる身体に鞭を入れながら抜刀斬りで剣速だけでも補う。
横一閃の斬撃。しかし読み切られて受け流される。それが綺麗に彼女の体勢を崩して大きな隙を生み出してしまった。
受け流されてはそもそも返刀が使えない。
そこを聖剣使いが見逃す筈もなく、滑り込むように懐にまで入って空いた手で掌底を放つ。
「ーーぐっ!」
肋骨辺りから鈍い音が聞こえる。身体的に華奢ではあるが、頑丈な筈の鍛えた肉体を持ってしてもその一撃は重い。彼女の泳いで弛緩した箇所に滑り込みの勢いを乗せたのだ。加えて一般人が放つ力ではない一流の天才の一撃。倒れはせずとも唇の端から血が漏れるように滴るくらいには痛手を負っていた。
「ーーそれでも闘志は衰えない。剣士としては拍手喝采だが、女性としては少しばかりか弱さは欲しいところだね」
「弱さを、盾に………貴方が手を抜くようには思えませんッ」
「正解だよ。今の私には何も期待は出来ない」
膝を付く彼女へ問答無用の聖剣が振り下ろされようとしていた。遠慮など皆無。明確に無慈悲に命を奪おうと振るわれる。
何とか灰の少女は身を捩って一振りから逃れるがーー。
「ーー魔法ッ!?」
その先に救いはなかった。
「防ぐ、避けるの動作をさせるだけでも君は消耗するが、満足に刀を触れない君が魔法を防げるかな?」
風の刃に襲われる彼女はその魔刀を盾代わりにするが彼の言う通り、全てから身を守るにはあまりにもの数と刀で解決する力技がなかった。既に後手の中での致命打と底を付き添うな体力の判断力では身体と心が不一致になり、その守りを崩す。
たった一撃。しかしそこをしっかりと弱点として利用していく戦い方にはある種の賞賛を皆はした。
いやらしい戦法だと。
強かと表現しても良いかもしれないが、剣聖がやるとなればずるくも感じてしまうだろう。
「さあ、魔法だけじゃないよ」
「くっ!」
否応無く剣戟に付き合わされる光華は辛うじて防御が間に合うが肋骨から感じる痛みに上手く踏ん張れずに先程までの膂力で押していた姿は何処にもない。つまり攻勢に出れなかった彼女の力強い攻めが排除された事により完全に彼の勢いに呑み込まれてしまっていた。こうなれば流れを変えるのは困難を極める。
僅かな判断の失敗。それが連戦による疲労から来るものと相手が此方陣営かつ聖剣使いであるが故に発生した弊害だろう。
これは勝敗を大きく左右する。
ただしーー。
「交代だ。神門さん!」
決してこれが一対一の真剣勝負ではない。
「おっと、意外な対決ーーいや、巡り合わせになったもんだね」
「貴方には借りがありますからね! 今返させてもらいますよ!」
「やれやれ、こんな返し方もあるんだね」
巨剣が間に割って入り、ガルムと光華を隔てさせる。地を割る衝撃波にリアンは声を張って碧髪を揺らし、純白の剣士もまた前髪を揺らしながら苦笑いで語る。
この二人の間柄は殆ど昔の話だ。リアンの母と姉が亡くなってからの学業を休んでいる間、一時的な教育係として彼から指南を受けていた。丁度その時、シルビア・ルルーシアとも知り合う。
今こうして立ち上がっている舞台の背景には二人のおかげもあるのだ。彼等の差し伸べた手が、語り掛けた言葉が、立ち止まって塞ぎ込んでいながらも直ぐに歩き出しても大丈夫なように補助してくれた助けが。
正面にはガルムが、背後にはシルビアが。
そして時間を進めてくれた彼女の声が。
「ここが僕の正念場だ!!」
アースグレイ・リアンが天器を両手に握り構える。
が、正念場として立ち上がるのは彼だけじゃない。
「負けっぱなしは性に合わねぇ。借りってんならあたしも返させてもらうぜ」
犬歯を見せる獰猛な笑みが狂気や殺意を超え、真っ直ぐな力強い覇気となる。
「へカテリーナッ?」
燃えるような真紅の髪を掻き上げながらリアンの横に並ぶ無暴。駆り立てられた闘争心は見る人からすれば輝きにすら見えるようなものがある。
熱を当てられ、仲間が全力でぶつかる光景を見守れる程に落ち着いてられないのが彼女の性格ではあるが、この状況では大きな勢いを付ける為の後押しだ。
「時間を稼げ。俺と神門が戦えるようになるまでは無理をするな。総力戦で畳み掛ければ剣聖だろうが、頂点だろうが、絶対剣だろうがただの障害だ」
その後ろから灰の少女に肩を貸す細身の男性がざっくりな指示を出す。しかしその内容には未来しか見えない希望めいたーーいや寧ろ出来て当然のような勝利の約束に近いものがあった。
それも彼ならばこそだろう。
手札が揃ってさえいれば超えられないものなどない。
飛べないなんて言われれば違うと声を大にして言える。
今の状況は超える前提の高い壁でしかない。
そんな風に表現された以上は純白の騎士も黙って笑っている訳にはいかない。
「軽く見られたものだね。本音は倒して欲しいけどもそんな軽く見られては私も黙ってはいられないよ」
「あんたが最強なのはこんな俺でも知っている。だが、最強がいつから無敵になった?」
「ーーッ!」
「既に無敵じゃないのはあんたが敵に回る事で証明されている。だから今度は俺達が証明する………ただそれだけだ」
灰の少女を栗毛の少女に預けた彼は純白の剣士に向かって宣言する。
そしてーー。
「僕達は貴方を前にしても立ち止まっている暇はない!!」
「最強は他に預けている。テメェに負けている場合じゃねえんだよ!!」
「いずれ決着を付けましょう。だから今は皆で倒して世界を救わせてもらいます!!」
「これだけの戦力で負けたら潔く【絶対攻略】の名を捨てますわ。残念ながら攻略させてもらいますけどね!!」
アースグレイ・リアンが。
へカテリーナ・フローリアが。
神門 光華が。
シルビア・ルルーシアが。
巨悪ではなく巨正を前に超えるつもりで、超えるしかない姿勢で挑む。
そんな彼等の気迫と覚悟を見たオルヴェス・ガルムは震えた。
いつからそんな感覚を失っただろうか? 畏怖や憂虜、懸念と言った状況は多々あったがこんなにも昂る気持ちを持ったのは随分と久しい。一種の頂点に到達した彼が見下ろす事はあっても見上げる事なんてなかった。
ただ、今は立ち向かう彼等の姿がとても輝いて、眩しくて恋焦がれるような希望への渇望を感じた。
これがもしかしたら私の望むーー。
「………面白い」
剣聖は笑った。いつもみたいな表面上に貼り付けたものではなく心の奥底からーー。
その震える感情が彼を駆り立てる。立ちはだかる壁としてじゃない。今の彼もまた挑戦者となり彼等に挑む。
「剣聖にして聖剣使いの魔導師ーーオルヴェス・ガルム。新たな英雄への資格を持った君達を迎え撃つ!!」
聖剣の一振りが凄まじい衝撃波と風鈴のような美しい音色の旋律が奏でられる。それはまるで彼の意志に従うかの如く呼応していた。
初めての自身の望みに応えた聖剣を心から喜び、力強く握るガルムは構えた。
ここからが最強の全てだと言わないばかりにーー。
「いざ参るッ!!」
激闘が始まる。