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◇旋律と蒼天のブライニクル◇  作者: 天弥 迅
収束へ向けて
148/155

断片の想い

それはそれは刹那の一瞬のお話。


最初で最後であり、原点にして始まり。


既に過ぎてしまったがようやく全ての想いがこの瞬間に集約する。断片が繋がり、一つになる彼女達の物語。


繋いで継いでいく意志だ。



「ーーすまない………貴方の願いを私は何も叶えられなかった」


崩れ落ちる桜の魔女。この最後まで下らない意地の為に優しくしてくれ、一緒に生きてくれ、幸せな時間をくれた人に返せるものがないままにぬか喜びを最後にさせてしまった彼女は泣きながら謝罪をする。


謝って済む筈がない。単なる生命以上に大事な人の宝を弄んでしまったのだ。


それも風前の灯火の縋る希望にーー。


全てを奪い去ってしまった。


「泣かないで」


しかし彼は笑ってくれた。


笑って彼女の言葉を否定する。


「そんな事はないんだ」


「え………」


唖然とするバーミリオン・ルシエラ。それが小気味良く見えて彼は言いながら彼女が腕に抱かれる赤子を受け取り、その赤子の頭を優しく撫でた。


静かな空間に産声が響き渡る。


まだ泣くことしか出来ない小さな小さな子供。ただそれは愛する人との間に出来た"カナリア・シェリー"ではない。


望まれた子ではないのだ。


それでも彼はこの誕生を心底喜んでいた。


「うん、女の子だからやっぱりシェリーが良い。君に似て不器用な性格になりそうだけどきっと美しい女性になりそうだ」


「わ、私に似てどうする? それではーー」


「確かにカナリア・シェリーは産まれなかった。だけどこの子がカナリア・シェリーじゃない保証もないんだよ」


その時、赤子が彼と彼女を交互に見て泣き止んだ。


それを見て驚く魔女とは裏腹に彼は確信したように語る。


「生まれ変わり」


「ーーっ」


「きっとこの子は生まれ変わって再び私達の元に来てくれたんだよ。だから私はこの子に変わらず同じ名前を送る」


有り得ない。と一蹴するにはこの赤子の反応を見ていると不思議ともしかしたらと考えてしまう。


ただこの魔女は現実主義者であった。


「そんな根も葉もない話………」


「夢がないなー君は。シェリーもそうならないか不安だよ」


もう僅かな灯火しかない筈の彼は苦しそうな姿を一切見せずにいつもの、桜の魔女と接する時の優しい表情を浮かべながら話す。


「ありがとうルシエラ。君のおかげで私はもう一度シェリーに巡り会えた」


「あ、………」


「本当にありがとう………」


彼女はその感謝に身体を震わす。自身の行いは間違いだったとしても誤ちではなかったのだと、報われたような気がした。


そこへ赤子がぐずり出す。まるで抱かれている温もりが弱まっているのを感じ取るように父の愛を欲しているようだ。


彼は笑顔を浮かべてあやしながらまだ言葉も通じない赤子に自分の想いを精一杯伝える。


これから先、愛して上げれない分の時間を注ぎ込むように。


「シェリー。せっかく産まれて来てくれたのに早いお別れを許してくれ。お前には父も母も居ない寂しい思いをさせてしまうだろう。そして私達の所為で危ない目にあってしまうかもしれない。だからそうなってもどうにか出来るようにと私の知識をお前に与えよう。魔法はこの世界の宝だ。使い方次第で豊かになれば世界を危機にさせる事もある。願わくばお前が間違った方向に進まないで健やかに幸せに生きていけるのを願いながら授ける。ただお前は聡い子に育つだろうから大丈夫だがその分不安も残る。友達が出来ないで孤立しないかとか、自分にしか出来ないからと無理をし過ぎたりしないかとか、押し寄せてくる世界や人の波に心が挫けたりしないかとか考えればキリがない。そんな時に話を聞いてあげれないからな。だが私達はお前を信じている。だからしっかりとご飯を食べなさい。いっぱい沢山の友達や仲間を作りなさい。我儘を言いなさい。我慢は良い事だが我慢ばかりしないように素直になりなさい。勉強は疎かにしたら駄目だよ。あまり高飛車になったりして喧嘩をしないように。もし喧嘩しても仲直りをしなさい。あ、父さんはあまり良い気分にはならないが好きな人が居れば幸せになれるぞ。ただ変な虫には気をつけなさい。お前は母さんに似て美人に育つだろうから父さんは心配だよ。好きな人、大事な人、友達や仲間を信じなさい。皆が居ればどんな苦難があっても乗り越えられる。一人で頑張りすぎないように」


すぅー、と吐き出された吐息。一気に喋り過ぎた疲れからだろう。


まだまだ言い足りなそうだが、次の言葉が直ぐに浮かんで来なくて笑って誤魔化す。


そして彼は赤子に"シェリー"と呼び掛けてーー。


「お前を愛している」


そう言った時、赤子が彼の小指を握った。


まるで何を伝えているのかを理解しているように笑い返すのだ。


彼の身体が一瞬震えた。きっと今のやり取りがどれだけ彼に喜ばしい事であり、同時にこれが最後の切なく悲しい事だろう。傍目で見るバーミリオン・ルシエラは酷く心を締め付けられた。


これが唯一の親子が一緒にいられる時間だなんて切なすぎる。まだまだこれからだって言うのに二人はこれで最後になるだなんてーー。


あまりにも残酷な未来。未来を覗かずともこの瞬間を見たら分かってしまう。


あんまりだ。


彼等は最後の時間なのに笑って彼女は逆に涙が目尻に溜まる。


そんな彼女に彼はーー。


「ルシエラ。後は頼める………か?」


そっと魔女に抱いていた赤子を差し出す。


驚かずにはいられなかった。


「ーーっ」


「私の知人を頼ってくれ。可能ならばこの子の成長を見守って欲しいんだ………私の代わりに」


断れる筈はなかった。が、そんな資格が果たして自分にはあるのだろうか? と言う迷いが赤子を受け取るのを躊躇させていた。手が最後まで動かない。


身勝手な理由、この赤子から不可抗力とは言え父と母を奪った起因になった自分にカナリア・シェリーを幸せな未来に導けるのか?


震える手、不安を帯びた泣き出しそうな表情。


こればかりは予知する魔女にも描けない未来であった。


しかしーー。


「君じゃなきゃ駄目なんだ。君にしか頼めないんだ」


「ーー私にしか?」


「だってそう………だろ? シェリーは私と母さんだけの子じゃない」


「ーーッ!?」


もう満足に抱くのも限界に近いのか、無理矢理押し付けるような形で赤子を引き渡す。


そうじゃない。


しっかりと自覚して貰いたくてそうしたのだ。


彼女だって間違いなくーー。


「君にとっても、この子の立派な母親だよ。ルシエラ」


「ーーッ」


その言葉が全てであった。赤子を優しく抱きしめる。


震えは怯えから感動のものへと変わる。


「頼めるかい?」


「あぁ………ああっ」


決壊が止まらない涙。自分の過ちだと思っていた事すら彼の一言によって救われた。


抱える赤子は軽い。軽い筈なのに何故かこの世の何よりも重たいものであり、大事な命であり、愛すべき我が子になった。


そしてーー。


「ちょっとズルい事言っちゃうが………最後に聞いてくれないか?」


「………何だ?」


赤子を大事に抱く姿の魔女。


その彼女の淡い綺麗な桜髪に指を通し、流れ出る涙を掬い上げながら彼はーー。


「君を愛している。ルシエラ」


愛の告白をした。


彼女が叶わないと思いながら待ち焦がれた一言。


呆気に取られる姿を見て苦しそうにだが彼は笑いながらーー。


「多分君から告げられても私は良い返事は出来なかっただろう。だけど………私は………」


最後に赤子の額に指を当てる。そこから優しい魔力の光が溢れ出て、まるで蛍のような綺麗な輝きを灯しながらーー。


それは魂の灯火。彼の終わりを意味する魔法である。


バーミリオン・ルシエラは沈痛な思いを胸の内に隠し、彼が安心して逝けるように笑い返す。


「母さんと同じくらい君の事も愛しているよ」


「さ、最後に………ズルいなんてものじゃないぞ」


「はは、笑っている君はやっぱり美しい………」


その瞬間ーー。


彼の手は力無く地面に落ちる。



「い、っしょの………じか、ん………を、ありが………とう」


それが彼の最後の言葉であった。


ただーー。


その表情は幸せに安らぎの余韻を残したままにーー。

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