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◇旋律と蒼天のブライニクル◇  作者: 天弥 迅
収束へ向けて
147/155

もう一人じゃない天才

懐かしい安心を覚える声の音色に意識を戻す。


誰かの声に呼ばれ誘われた場は眩い輝きに満ち溢れていた。


瞬きをしながらそこに広がる七色の鮮やかな彩りに包まれた空間を見渡す。全く見覚えはないが、その光はまるで流水のように流れを作り、ぐるぐると螺旋を描く神秘的な光景に少し酔いそうな感覚にさせながらもその虹は流れに身を任せていた。そして透き通るように澄んだ蒼の淡い光の玉が数多にも浮かび上がり、まるで蛍みたいな幻想を見せて私の身体を優しく包む。


温かい。浄化されるような気分だ。


様々な出来事があって複雑な感情が絡み合って精神は疲弊しきっていた。そんな脳が焼けそうな大量の情報量に圧迫され続けて来た感覚が今はもうない。最初から無かったかのように洗い流してくれる感じに包まれていた。それは果たして良い事と言えるのかは分からないが、この瞬間だけはその環境に甘えるしかない。


目を閉じて、ゆっくり深呼吸をしながら一体これをどう表現したら良いのか? と疑問をする。


例えばそう。これはーー


と、思考を働かせる前に私はこの現象を引き起こしたであろう張本人に尋ねる方が早いと今更気付く。


目を開く、今度は表情を引き締めながらゆっくりと背後に感じる気配へと振り向いた。


ええ、この不思議な空間にはカナリア・シェリー以外にももう一人巻き込まれている存在がいるのだ。果たして巻き込まれているのかは不明だが確かに同じ場所に居る。


「聞かせてくれるかしら?」


それが良い事なのか、悪い事なのかーー。


今は知るしかない。


「バーミリオン・ルシエラ………」


「どうやら成功していそうだな」


やはり巻き込まれたの表現は正しくなかった。寧ろその口振りからしたら巻き込んだのだろう。今度は一体どんな魔法を使ったのかは知らないが果たしてこれは助かったで良いのか? 彼女が成功したと口にするからには前向きな考え方をしたいが、それが私からすれば成功なのか失敗なのかも怪しい。そもそもが魔女と関わってロクな目に合ってないのだ。怪しんで接するしかない疑心暗鬼な状態からやり取りが始まるのもいい加減にしなければいけない。


そもそも私はあれからどうなったのだろうか?


確か私はーー。


私はーー。


ーー。


あれ?


繋がらない。前後を思い出せば繋がる筈の時系列が存在しない。いや、存在はするがーー。


「えっと、私は最後………光華に、いや違うアリスさんと言い合いをーー違うそうじゃない………え? 最後………」


「まだ記憶が混乱しているみたいだな」


頭痛を催すように頭を押さえて記憶の海を辿ろうとするが全く持って整理出来ない。混雑する情報量に翻弄されて不安や戸惑いに襲われる。この調子なら自身よりもルシエラの方が粗方把握していそうな気がしたくらいだ。何故自分の記憶の事なのに他人から聞かなければいけないのか、もどかしい気分になりながら以前に誰かがもう数多の記憶を精査するのを放棄して壊れたんじゃないかと語っていた。


もはや誰に言われたかも上手く思い出せない。何回も何回もやり直した場面ならともかく数回もいかないであろう覗いた未来をはっきりと覚えるのは流石に限界であった。


その現実は酷く私の胸を抉る。


そんな沈んだ様子を浮かべているのが悟られたのか彼女はゆっくり、優しく私の記憶を、実際の記録を示してくれる。


「貴女はノーマライズ・フィアナと一緒にあの箱庭で氷漬けになった。それが貴女の実際に行動に移した現実だ」


「ーーそう。それが真実なのね」


不思議と私は胸を撫で下ろし、安心をしてしまった。何故かと言われたら説明するのは難しい。否、もしかしたらまだ他に選んだかもしれない未来に比べたらその現実が良かったと思えたからだろう。


夢で良かったーーそんな気分だ。


が、夢じゃない現実だって別に私を幸せにする結末ではなかっただろう。寧ろ大失敗をしている。


菖蒲の少女に勝てず、皆のこれからを放って勝手に先立つようないい加減な最後を迎えたのだ。置いてかれる気持ちなんて嫌と言う程に視て来た筈なのに。


大体その後なんて予想出来る。と言うよりかは似たような未来を散々視て来たのだからおおよそはその筋書きに収まるのである。


多分世界はめちゃくちゃになる。


魔王サタンが復活する限りはーー。


そして私や皆の誰かが倒れたらどうにも出来ない結末になる。それだけこの戦いは最難関の死闘だ。いずれ収束するとかそんな次元じゃない。文字通りに魔王に世界を蹂躙されて終わる。皆が居ても勝てるか分からないくらいには絶望的な状況。


本当にそれだけの話。


だからどうしようもないのだ。


諦めが付いてしまっている私にーー。



「いや諦めてはいけない。まだ貴女が居る」


ふと、そう話す魔女を見て複雑な心境になった。


だって私が覗いた未来が全て視た通りになるならもはや詰みだ。何十、何百と視た未来に希望はなかった。あと少しでだなんて惜しい展開すらなかった。あるのは世界の終わりか或いは私の終わりばかりである。もしかしたら私が終わった未来には平和になった世界だってあるのかもしれないが、生憎私の居ない未来を覗けはしない。だから何の確証も保証もないままに私が欠けてはそれは失敗と変わりないのだ。


だったらーー。


「もう………お手上げよ」


弱音じゃない。事実だ。


これが限界なのだ。


「シェリー………」


「最善を尽くそうと、最善を尽くした。この身を、魂を燃やし尽くしてあらゆる事を試した。でも無駄だった」


「ーー」


「無理だった」


きっと私とフィアナが氷漬けになってから始まった未来予知。無自覚に無意識に発動したのだろう。以前からそうだった。


初めは彼女を避けてみようとしていた。だけど聖剣を前にしたガルムさんに苦戦を強いられて何とか倒した頃には魔王は復活。フィアナが仲間達を始末していき私一人だけではどう足掻いても勝ち目がなく、次に彼女を優先的に倒そうと光華と立ち向かうがやはりあの子は強過ぎた。私を対価にしなければ倒せはしない。何回も人を辞めた笑えない結果しかなかった。似たような展開を何度か試みたからこそ分かる。まるで一心同体のようにカナリア・シェリーとノーマライズ・フィアナはあらゆる事に置いて平行線だ。傾かない天秤の両端に二人は居るようにしか思えない。どの動き方をしても最後には私は彼女と戦う脚本になる。多分そうなるように舞台を作り上げているのだろう。過程は変えれたところで結果は変わらない。まるで未来は収束すると有体に

告げられていた。


だったら未来を変えるなんて無理だ。


そんな叶いもしない絵空事の未来の舞台にまだ私は上がれと言うのだろうか?


まだ希望があるから諦めるなと言うのか?


「もう………どうしたら良いのか分からない」


失敗した未来を思い出し、震える肩を両手で抱く。その震えはまた失敗したくないと言う恐怖から来るのだけは理解出来た。でなければこんなにも言う事を聞かない身体は変だ。


まだやって見なければ分からないなんて愚直で真っ直ぐな私はとっくに居ない。


何をやっても無駄と知ってしまった私が何を原動力に立ち上がれと言うのだろうか?


そもそも既に氷漬けになって終わってしまった今、やり直しすら効かないと言うのにーー。


「先に結論だけ話そう。貴女はまだ終わってはいない」


そこまでの期待はなかった。が、逆に彼女は期待を大にしている対照的な様子であった。


「ーー? 意味が分からないのだけれど?」


「私の、魔女に伝わる秘法を使えば貴女はほんの僅かな時間を遡る事が出来、今の仮死状態からも脱却が可能になる」


全く聞いた事のない魔法だ。いや秘法ならまた違うのか? しかしその話を鵜呑みにするとしたらそれはーー。


「つまりーー時間遡行?」


「ああ、今はその為の術式を展開中だ。後は貴女が思い描いた過去に戻るのを意識しながら唱えるだけで良い」


だからーーと彼女は続けて光の向かう方に振り向く。


眩しい光だ。極光の輝きはあらゆる世界に通じるような異次元の道標。様々な可能性を秘めた通路。


これが時間を、時空を超越する魔法。


残された道標。


「貴女はまだ終わってなんかいない」


少しばかりの驚きがあった。まさか未来の次は過去だなんて何でも有りな一族だ。確かに既に終わってしまった私に残された最後の希望だろう。どれくらいの時間を遡るのかにも左右されるが未来でも夢でもない現実に舞い戻る事は出来る。


最後ならず最期をやり直せる。


出来るけどーー。


それで何がどう変わるのだ?


解決するのか?


未来が変わるのか?


私にーー。


「………戻った私に何が出来るのよ?」


「ーー」


ふらふらと力の入らない足取りで魔女の前に立つ。尋ねた質問に返事はなく無言を貫かれたが、私は構わずに弱々しい力で彼女の両肩を掴んで揺らしながら話を続ける。


一方的な吐露を。


「さっきも言ったけど既に終わってしまっていた私が覗いていた未来はどれも失敗に終わってるのよ。今更まだ諦めないなんて悪足掻きをする心すら折られてしまった。だからあの場所に還ったところで結果が変わるような展開にはならない」


そう。


この話はそこで終了なのだ。


彼女には悪いがあの地獄の現実に戻り見たくない世界の行く末を見守りながら最後を迎えるくらいなら私はこのままで良い。


ここで終わりで良い。


だってそうじゃない? 何百に及ぶ未来を覗いてどれもが最悪な結末なのを知っていて心が死んで、壊れそうでもう諦めてしまったカナリア・シェリーがどんな心持ちで皆を引っ張っていけば良いのか? 考えるだけで余計に沈んだ気持ちになるだろう。


だろうじゃない。そう、なのだ。


私がもう一度立ち上がる為には一体何が必要なのだろうか?


「教えてよ………ここからどうすれば大団円で締め括れる未来に出来るのかを」


ゆっくりと足元が崩れていき膝を付く。


ただただ疲れ切って生きて未来を掴む気力を失ったカナリア・シェリーがそこに居た。


もはやそれ以上の言葉が出ない。何かを絞り出して発言しようにも唇が震えて上手く喋れない。


私には何も出来やしない。


そう思いながら押し黙る。



「………少し私の話を聞いてくれないか?」


するとようやく黙っていたバーミリオン・ルシエラが口を開いた。


随分と重々しい雰囲気を醸し出したのを感じて私は俯いていた顔を上げて彼女を見上げる。


そこには少し泣き出しそうな笑みを浮かべた姿だ。これまでの魔女とは全く違う表情を浮かべながら語り出そうとしていて思わず目を見張る。


そしてあれは私がまだ生きていた頃の話、と前置きしながらいきなりーー。



「当時、私は君の父親が嫌いだった」


「ーー!」


本当に唐突な訳の分からない告白だろう。しかし、ある意味気になっていた話でもあった。時と場所が場所なだけに後回しにするのを余儀なくされた私の知らない過去で魔女と一緒に私を産み出した父親の真実。


自然と耳を傾けずにはいられなかった。


「いや、正確には研究者が嫌いだったんだがな………当然彼もその枠組みに入っているから最初はかなり毛嫌いしながら研究に協力していたよ」


そうか。一族を魔女狩りと言う名目で追いかけ回されていた挙句の果てに無理矢理協力しているのだ。仲間の命を根こそぎ奪われた組織の一員を良くは思う筈もない。寧ろこの手で八つ裂きにしてやりたい感情を内に秘めているだろう。尊厳すら踏み躙られるかもしれない研究にいやいや協力するかもしれない中で穏やかにいられはしない。


そしてその矛先の筆頭として一番身近に居たのが父だったのだ。


最悪の邂逅であろう。


「いつもヘラヘラしながら色々な質問をしてきた。好きな食べ物は何か? とか、どんな本が気に入っているとか、魔女じゃなかったら何がしたかったのか? と煩わしいくらいにとにかく隙あらば会話を求めた」


結構お節介を焼くような印象が私が父に思う最初の感想だろう。何処ぞやにも似たような東洋人が居たがこの場合は更に上をいく。


穏健派なのも頷けた。


ただ、相手がどれだけ良き人格者であろうと対面する彼女からしたら気が気でいられない。


既に相当な溝が出来ているのだから。


しかしバーミリオン・ルシエラの表情にはそんな時期すら懐かしむ柔らかいものが浮かべられている。その時点で悪い関係性は最後には氷解したのは容易に想像出来た。憎まれている彼女を父は一体どうやって紐解いたのだろうか?


「苦痛だったよ。過激派だろうが穏健派だろうが私の一族を殺めたのは彼等だ。そんな奴等に仕方なく加担する屈辱が態度に出てしまうのは必然だった」


「ーー」


「だが彼は諦めなかったよ。私がどれだけ突き放そうとしても時には怪我をさせてもいつも笑っていた。まあやり過ぎた時は流石に笑みにも困ったものが滲み出てたが」


因果応報と言えばそうかもしれないが、よくよく考えたらそれで私が父を悪く言っていた時に叩かれていたのよね。複雑だわ。


しかし、いつも笑っていたーーか。私とは正反対な印象を覚えてしまった。何故なら今の自分を客観視してみれば答えは出る。


きっと笑う余裕すらないくらいに焦って、怒って、悲しんで、落ち込んで、怖がって、混乱して、そして擦り減って擦り減っていつしか心が壊れてしまった私にはそんな要素は一切ないだろう。


笑ったとしても精々気が動転しておかしくなった時くらいだろう。


父が光を差すなら私は影だ。互いに向き合う事が叶わない背を向けた者同士。


「やがて彼の熱意と言うか気持ちの強さに根負けした。私に対して研究対象としては二の次で友好的になりたいのだと」


以前に人はそう簡単には変わらないが、変えてしまえば元にも戻らない話を私はガルムさんにしてリアンをどん底から引っ張り出した記憶がある。ただ、それよりも父の行った事は遥かに難しい事だ。恨まれている存在を相手に一体どれだけ真っ直ぐ真髄に向き合っていたのだろうか? 一度失った信頼を取り戻すなんて話じゃない。


私には、真似は出来ないだろう。


「最初はおはようやおやすみ………今日は晴れだとか雨だとかに返事だけするぎこちない会話にもならない会話だ。私も意地があったのだろうな。素直に自分を出せはしなかったのだよ」


「………不器用なのは見てて分かるわ」


"ああ、間違いない。"と笑って返す魔女の雰囲気が誰かに似ていた気がした。


確かあれはーー。


「どれくらいだろうな。長かったような短かったような時間を経た中でふと向こうからどうしてこの計画に参加しているのかを話してくれた」


「何て話したの?」


「始まりこそ歴史魔法に興味があったようだ。先人の知恵を語り継ぐ為に様々な分野の見聞を広めていたら勧誘されたようだ」


父の原点はまるで考古学者のそれだ。まあ優秀な人だった訳だろう。どこかで評判を聞いた悪い組織にまんまと利用されている風に受け取れた。


多分優しく、甘い人物だわきっと。


ただ、目の前の彼女に対しては唯一の救いのある話し相手だったかもしれないと考えていると次の言葉が意外なものであった。


「そこで出会った人物が居たらしい。それは彼の後に伴侶となる筈の女性であった。最初は永遠と惚気話を聞かされたよ。誰も聞いていないと言うのにな」


筈のーー。筈でなかったならばその人が事実上の私の母親になるのだろうか?


考えた事もなかった。


ただ、うーん。まあ父が居るなら母も居るのは自明の理であろうが私からしたら変な感じだ。だってカナリア・シェリーは創り出された人工生命体なのだ。それも魔女の遺伝子を受け継いでいるのだから今話す父の伴侶は正直私からしたら赤の他人でしかない。


でなければ私には母が二人もいる事になってしまう。


「そうして研究を一緒に進めていく中で二人は新たな命を授かった。もしその生命が産まれたならきっとそれが………カナリア・シェリーと名付けられていたのだろうな」


先程からそうだが、既に複雑な気分になる。


何故なら過去形で語ると言う事はーー。


「ああ、だが子供に彼等はーー彼は恵まれなかった。当時の流行病に侵された彼女は身籠った命と共に先立たれたのだ」


カナリア・シェリーは一度死んでしまった。


と言うより誕生しないままに終わってしまったが正しいか。


え、私の名前って産まれなかった赤子につける予定だった名前なのが一番驚きなんだけど?


同時にその名を私に付けた父にはある意味恐怖すら感じるだろう。加えてそんな大事な名前を私が受け継いで良いのかもある。


どれだけ重いのよ。


「きっとその時だけ初めて悲し気な表情を浮かべたかもしれなく、見ている私も心が締め付けられた」


なんとなく。なんとなくその時点で彼女の心が父に傾き始めているのを把握した。それが何から来るものかはこの後の話を聞いていれば自ずと分かるであろう。


ただ、先程私が誰かに似ていると思っていた者の正体が判明した。


それは、アリスさんだ。


何処らへんが? と聞かれれば具体的に説明するのは難しいが、きっと不器用で上手く言葉にして気持ちを伝えるのが苦手なのに人一倍想いが強いところとかがだろう。


そんな誰かと重ねて眺めていると魔女はーー。


「彼女が逝く前に約束したそうだ。"私に負い目を感じなくて良いから貴方のやりたいように最後まで貫きなさい"と」


死の瀬戸際に一体どれだけの人が他者の未来を応援出来るだろうか。


「そこで私は彼の目的を聞いた。自分みたいに幸せになれる機会を失わないように魔法の研究をして皆に幸せになってもらおうと。戦争や災害、または病なんかを吹き飛ばして明るい未来を描ける魔法を研究したいと」


そして父もまた自分よりも他の誰かの為に未来を見据えて立ち止まらずに前を進む道を選んだ。


簡単な事じゃない。


「真っ直ぐだったよ彼は。そんなぬ真っ直ぐな彼を見てしまって私は心が揺らいだ。………初めての感覚だったよ。散々苦しめられた研究者の一端なのに私の中で彼は恨むべき対象から別のものに変化した」


「つまり………」


「多分………私は惹かれたのだろう。逝った妻には申し分ない気持ちがあったがそれでも弱い自身はその惹かれた心を大事にしたくて胸の内に秘めた」


残されたものが少ない彼女にとってと父に対しての同情心がその選択を選んだのだろう。これがまた別の環境でならば甘酸っぱいお話にもなるのだろうが、中々どうして世界はこんなにも残酷か。


もう既に答え合わせはされてしまっている。私が聞いているのは結末を知った後の過程を聞いているだけだ。


だから私はしっかりと知らなければいけない。


「結局本人の前では素直にはなれなかった。だけどいつでも彼に協力出来るように準備はしていた。私だって絶滅寸前の一族の生き残りだ。この血脈が途絶えたとしても彼によって後世に語り継げられるならと」


父からすればそんな気遣いは必要なかったのかもしれない。多分打算的に動く人ではないのだ。寧ろバーミリオン・ルシエラが素直に心を開くだけで満足してしまいそうな程に根が良すぎる。


ただいつまでも続くような平和で幸せな世界は存在しない。


今がそうであるように。


「しかし、そんな穏やかな日は大戦が始まり出した事で崩れていく。そこに関しては同胞が血迷ったおかげで私はおろか彼にまで迷惑をかけてしまって罪悪感を覚えてしまったよ。皮肉な事にな。だけど彼は優し過ぎた。私を放っておけばこれ以上巻き込まれる事はないのに彼はそれを拒んで私と逃げる道を選んだのだ」


「ーー」


「きっと彼は約束を守り抜く為に世界を敵に回す事を決めた。正直私だけなら表から去るのも可能な魔法を持っていたからそうすれば彼も追われたりはしなかった。勿論全てを伝えたさ。そして貴方は平和に生きて欲しいとな。が、またしても私はずるい選択をしてしまったのだ」


「何て言ったの?」


「彼が言うんだ。それは自分も君の事を忘れてしまうから悲しいーーと」


「ーー」


もしかして私の父って天然で口説く感じの人かしら?


聞いている私が恥ずかしくなるような台詞を口にするが、恐らく本心なのだ。最愛の人との約束と魔女と過ごした日々を自身の命と天秤に掛けるまでもなく真っ直ぐに答えを出した。父からすれば当たり前の行いなのかもしれないけど少しばかり私は複雑な気持ちではある。


もっと自分を大事にして欲しい。多分これは私の我儘だ。もしかしたらカナリア・シェリーが父と一緒に過ごしていたかもしれない未来を想像するとそう考えてしまうのは仕方ないだろう。自身の父なのだから。


「聞いた瞬間にもう私は揺らいだ決意を引っ込めてしまったよ。その選択が愚かだと気付かずに………いや、気付いていたのに」


「ーー」


「ノーマライズ・フィアナは私達が決断をして人工生命体を産み出したと言っていたが少し違う。決断をせざるを得ない状況になってしまったのだ」


「追い詰められたのね………」


幾ら彼女も未来を覗けるからと言って八方塞がりになってしまったのだろう。


まるで今の私のように。


「ずっと逃げられる筈がなかったんだ。エイデス教に加えて執念深い貴族達から。逃げ場を無くした時には既に彼は刺客に襲われてどうしようもない負傷をした」


あまり喪失感を味わうような感覚はない。最初からーー私が産まれる時には父は存在していないのだから実は居たんだって事実程度にしか思えない。


しかし、どうしてかカナリア・シェリーはどこかで温もりを頂いた気がする。


何故だろうか?


私が誰かを助けたり、仲間を大事にしたい気持ちを抱いたりするのは居ない筈の彼の影響を受けたからだと考えてしまうくらいに何故か父の存在が傍にあるような気がする。


「助かる見込みはなかった。何故なら助けてくれる人々が皆敵だからな。どうして世界は理不尽なんだと嘆いた」


「ーー」


「私はどうなっても彼にだけは幸せな未来を築いて欲しかった。これ以上彼が不幸になる理由なんて何処にもなかったのだから」


「ーー」


ここからだ。


ここから色々と動き出した筈だ。


だってここから私が始まったのだからーー。


「だから心残りがないかを尋ねた。もしかしたらこんな私でも最後に彼の力になれるなら本望だし、せめて幸せに逝ってもらいたかった」


「ーー」


「だからかな? 弱り切った彼の口から思いがけない言葉が出て来たのはーー」


そこで彼女は目を閉じて一呼吸間を置く。勿体振る様を見せ付けられて私は焦ったい気持ちが強まる。


果たして父の最初で最後のような我儘は一体何だったのだろうか?


最愛の人ともっと一緒に過ごしたかったのか? それとも今度は違う未来を見てみたかってのか? はたまた別のものか? 死の間際に求めた願いとはーー。


ややあってルシエラはそっと目を開き、私へ向けて優しく微笑みながら言った。



「産まれる筈だった娘ーーシェリーを見たかったと」


「ーーそう」


なるほど。確かに産まれていれば彼にとっても世界一幸せな瞬間であり、進んでみたかった叶わない未来であろう。


少し拍子抜けだった。いや、残念の方が近いかもしれない。


だがそれがどうして私に対してそんな表情で言い放つかは分からない。


聞く余地もないままに話は進む。


「やはり我慢していたのだ。幾ら最愛の人と約束した事をやり遂げる道を選んで前に進んでいても残して来たものに未練が無いわけなんてない」


「………でしょうね。割り切って生きているだけでも充分に凄い事だわ。死の間際の混濁した状態で少しの本音くらいは出るわよ」


それが人間だ。正常な人間の思考だ。どうしようもない願いだと分かっていても口にするくらいの我儘は許される。


「でも失った人をどうにかしようなんて無理だと彼も理解していた。失った代わりを用意しても所詮それはどこまでいっても似ているだけの亡くなった娘ではない赤の他人だ」


彼女の言う通りだろう。そして亡くなった者が元に戻りはしない。他人の受け売りだが一番しっくり来るだろう。


しかしそれでもーー。


「偽りの存在でも私は叶えられる。幸い人工生命体を創り出せる環境を準備していたからな」


そうか。それが私だったのかーー。


本当に私は死んだカナリア・シェリーの代わりとして生まれ落ちた偽りの存在でしかなかったのだ。


だから魔女はあの時父の事を悪く言わないでくれと怒ったのだろう。本当の意味で彼に非はなかった訳なのだから。


拳を作って強く握る。悲しみか怒りか分からない複雑な感情が支配する。


とんだ思惑で誕生したものだ私は。真面目に世界を救う為に奮闘していたのすら馬鹿馬鹿しくなって来た。


「すまなかった。私の我儘が貴女を産み出したのだ。それも身勝手に、貴女にカナリア・シェリーを演じてもらう為に」


「………最低だわ。今更そんな話を聞かされるなんてね。聞かない方がマシなくらいよ」


何故話したのか? もうこれ以上聞いた所で何か意味を見出せもしないと言うのにーー。


いやーー。


まだ少しした疑問が残ってはいる。


以前に私が彼女から聞いた話だとーー。


「失敗だったんだ」


「ーー失敗?」


「語弊を招く言い方になったが貴女はちゃんと産まれ落ちた。私の遺伝子を組み込んで産み出したのが問題で本来産まれる筈だったカナリア・シェリーの要素が貴女には全くなかった」


言われてみればそうだ。ただ準備段階でそんな予定ではなかったのだろうからそもそもが企画倒れである。


つまり父の希望を叶えられないままに終わってしまう結末だった。私が産まれた唯一の役目すら無意味だったなんて。


そんなのあんまりだ。誰もが不幸になる結末だなんて。


無駄に落ち込む羽目になった私。


しかしここからバーミリオン・ルシエラは予想外な言葉を発する。



「だが彼は喜んでたよ」


「ーーえ」


ここからが一番伝えたい事だと言わんばかりに魔女は私を真っ直ぐに見て言う。


「信じるかは貴女次第だ。今からは彼の言葉をそのままシェリー、貴女に伝える」


私が覚えている筈もない産声を上げていた時の最初で最後の父と私が邂逅した瞬間。


一番大事な瞬間の時間を私はどんな形になっても聞かなければならないと感じた。


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