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◇旋律と蒼天のブライニクル◇  作者: 天弥 迅
収束へ向けて
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カナリア・シェリー


きっとそこに存在していたなら私の吐息は真っ白なものであっただろう。


寒い。実際に寒さを感じるかと言われればそうではないのだが、その光景を眼にするだけで自然と寒さを覚えてしまう心理作用が働く環境が広がっていた。


ただ先程までの吹雪は嘘かのように止んでいた。が、それが世界を澄んだ晴天の青空にした訳ではない。一筋の光も差さない暗闇の世界を映すだけだ。唯一の救いは蛍のように光りながらゆっくり降る小雪が辺りを照らし、そして眼前に広がるのは二人の氷像だ。時を止め、進む事を忘れてもうこの空間から抜け出せない永遠の仮死状態のまま残される悲しい最後を迎える事を余儀なくされるだろう。誰にも知られず、誰にも助けられない静かな世界に墓碑を立てる結末。決して美談ではないただただ悲しく寂しい終幕だ。


止められなかった。いや、私に出来る事は最初から無かっただろう。既に私だって生を差し出した身だ。魂のみで寄生虫のように彼女の中で行末を見守るだけしか叶わない奴が何の力になれただろうか?


もはやそんな資格すらあるかも分からないのに。


そしてこの菖蒲の少女。いいや、もう一人の私の血族。非常に受け入れ難い話だが、彼女もまた私の遺伝子を受け継いだ魔女の子である事実に何の感傷もないと言えば嘘になる。何故ならカナリア・シェリーともまた境遇が違い、あいつと私が自分勝手に望んだ結果に産まれたのだ。ノーマライズ・フィアナはあくまで私が知らないだけで他者に望まれて生を受けただけだ。どちらも結果的には私の子供、或いは複製体なのには間違いはない。この場合は結局私が産みの親みたいなものだろう。


そう考えたらこの結果はなんて親不孝なのだ。世界の変質に関わりさえなかったらただの喧嘩で済んでもおかしくないのに世界はどうして彼女達に定めを強いるのか?


自身の子供達が争って死にゆく光景なんて望んでなどいないのだ。


私達はこんな事を願ってカナリア・シェリーに誕生してもらったのではない。私からすればノーマライズ・フィアナだって世界を滅亡させる為に産まれてなんて欲しくはなかった。


だけど全てはあそこから始まってしまった。より良い世界の為に注いだあの大切な時間から。もしかしたら二人は同じ血を、遺伝子を持った者同士いずれは引き寄せ合う因果を持っていたのかもしれない。私達が考えていなくともその産まれた瞬間からこうなるのは確定していたと言われても不思議と変ではなかった。


結局は報いを受ける未来は変えられない訳だ。


神すら恨めない自業自得の末路。


非常に申し訳なく思う。産みの親だなんて大層な事は言わないが、二人には何もしてやれなかった。何故なら既にこの魂は風前の灯な状態で現世を彷徨う残滓に過ぎないからだ。私は彼女達と生前にまともに対面した時間すらほんの僅かだ。死人がそもそも口を開くだけでも奇跡だが、生憎不器用な自身が語れる事なんて彼女達に何の気休めにもなりはしない。そう分かってはいるけどもし私が少しでも親代わりに何かしてあげれればこんな結末は回避出来たのかもしれないと思うと心が痛んで仕方がない。いや、それもきっと変わるきっかけにすらならないからいつも衝突ばかりしているのだが。


もはや少し先の未来だって教えられそうにはないだろう。間違いなく私はあと僅かな時間しかこの生で満ち溢れる世界には居られないからだ。一度は世界に逆らってはみたが、やはり世界そのものには勝てない。許されない事象として私の魂を然るべき場所へ還すだろう。


魂が徐々に薄らいでいくのを感じる。少しでも強い風が吹けば全てが吹き飛んでいきそうだ。


だからあとほんの少しだけで良い。このどうしようもない残酷な結末を変える為の一縷の望みを叶えさせてくれ。それだけ叶えば私は満足だ。


彼女なら、カナリア・シェリーならきっと大丈夫だ。ようやく全てを話しても問題ない段階に来た。これまでま色々あったが今の彼女なら全てを受け止められる。もしこの先どんな苦難が待ち受けていても乗り越えていける筈だ。これからは一人でーーいや、彼女の仲間達と共に切り開けると信じている。


私みたいな未練の残滓は必要ない。カナリア・シェリーが映す未来が本物の世界だ。救いようのない負の連鎖なんてここで終わりにさせる。次の新たな未来に遺恨は残さないで綺麗に有終の美を飾ろう。


覚悟なんて死ぬ前から当に出来ている。


ーー筈だったのだろうな。


正直まだ生きたいと未練がある。


こんな状態になるまでまだ心残りを残しておくなんて私は相変わらず昔から不器用だ。いつか彼にもそう言われた気がする。


そっと動かない氷漬けの少女に触れる。冷たいがまだ生が感じられた。そんな彼女の姿に心を燻られた。


綺麗な金糸雀色の髪だ。腰まで伸びる煌びやかなそれを何度櫛でとかしてあげたかったか。お前を娘としてしっかりと触れていたかった。


だけどこうも思う。"ああ、お前は全く私達に似つかないな"と。最初から誰の道でもない自分だけの道を選ぶ決意の表れなのか? それともたまたまなのか? この金糸雀はあいつの好きな色だ。まるでお前は産まれて来る前からそれを知っていたかのように彼が愛した人に似ている。そこだけが唯一寂しく思う。私の入る隙間が無いように感じられてしまった。


それでも、お前が悲しまない未来を生きていけるなら良い。こんな身勝手な魔女なんて忘れて幸せに生きてくれれば私もあいつも本望だ。


首を横に振り、迷いを心の底に仕舞う。


さあ、これが最後の私から出来る唯一の助力になるだろう。


最後まで助かった点。と言えよう。


それは菖蒲の少女が魔力の残滓に過ぎないバーミリオン・ルシエラには何も出来ないと侮っていた事だ。確かに介入する余地はない状態で私に出来る事なんて知れている。だからこそ魔女自体を正確に知り得てない故の侮り。


死人に口無しではない。まだ死人にだってやれる事は多い。寧ろ死んでから本領を発揮し出しているまである。


きっと、或いはカナリア・シェリーは過去から未来まで誰もが到達し得ないこの世界での異端の天才だ。そんな彼女にそもそもしてやれる事なんてほぼ無いに等しい。ただし相手も同様なくらいに驚異的な資質を発揮している。


だから私から助けられるのは一つ。それは魔女にしか与えられない未来予知をも超えた最終形態魔法。術者にしか観測出来ず、マザーすら演算予測で測る事が不可能なもの。その秘術を彼女に伝えるだけだ。そして魔法を発動してもらうのみ。なんて事はない。ここまで隠し通していた奥の手であり、切り札を使ってもらう場面が来ただけだ。これは誰にも、あのノーマライズ・フィアナでさえも予想はしないだろう。それくらいにそもそもが確証出来るだけの効果を私も知らない。この私も先祖から授けられただけであり使用をしていないのだ。


一か八かであり、魔法が成功したからと言って結末が変わるかは分からない。保証すらない未来だ。だけど賭ける価値はある。少なくとも同じ結末だけは回避出来るとは確信している。


なあそうだろ? お前なら、お前達なら変えられるだろう?


どう転ぶかは貴女達にかかっている。


始めよう。菖蒲の少女の言った終わりであり、始まりであるのならそれはカナリア・シェリーだって同じだ。


だからここから繋ぐんだ。


未来をーー。



「いいや、まだ未来はある」


そう語りかけながら時は動き始めた。

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