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◇旋律と蒼天のブライニクル◇  作者: 天弥 迅
収束へ向けて
145/155

断片の⬜︎⬜︎⬜︎③


随分と長い夢を見ている気がした。いつ目覚めた世界に私は戻るのか不安になる程に目を背けたくなる現実じゃないような現実になり得る結末を視てきた。そんな境界がぐちゃぐちゃになりながらも夢ならば覚めて欲しい願いと現実から逃避したい本音が入り混ざって一体私はどうしたいのかを自問自答する。誰の目にも止まらない私だけしか理解していない確かな世界だから文字通り自分の胸に聞くしかないのだ。


そう、本当に私は、カナリア・シェリーは何がしたくて何を成し遂げたかったのか? 夢を見る時間が長ければ長い程に曖昧になっていく。


私は覚悟を決めて望んだつもりで精一杯足掻いた。が、どうしてだろう? いつしかただの理由になっているような感覚を持ち、永遠と試行錯誤をしながら諦める理由を探していたかもしれないと心の何処かで語りかける自分がいる。或いはほんの僅かな可能性がないかと散々視て失敗しかしなかった未来に無駄に縋っていただけかもしれない。


これが愚かなのだろう。


きっと私は未来から戻って来たかのような状況。いや、覗いている間の時間軸だけが氷のように世界を待たせて私の意志で進行を再開させるか決めている。つまりそれは望まぬ世界を変える為に過去を書き換えるまで歩き出すのを許さない正に神の所業に及ぶ行いだ。個人が勝手にする範囲を悠に超えた烏滸がましい強欲。都合良く世界を振り回す最低最悪な我儘。だってあくまでそれは私にとってのより良い世界へ導く行いなのだから自分以外の結果を全て歪ませてしまうのがどれだけ勝手か。そして一度きりしかない世界を幾重にも分岐させるのはもしかしたらどこかでしっぺ返しを食らう可能性すらあるだろうと考えている。いや、既にそれは発生しているのやもしれぬ。何故なら自分が何回も同じ光景の始まりから未来を作るのは想像以上に精神に負担を強いていたからだ。もはや数えるのを忘れた通算三桁以上の回数のやり直し。下手したらもっと多いかもしれない。


それはそれだけの数を失敗した結果の上に成り立つ世界であるのだから、私は世界を数百以上も歪ませてその失敗した未来に向き合わないまま何食わぬ顔で見捨てた人達に平然と淡々と作業の繰り返しをして実験のように世界を作り替える。あれだけある人が"無くなったものは戻らない"と言っていたのに私はもはや前の未来で居なくなった筈の友や知人を見ても何も感じなくなり、ひたすら未来を崩す敵を討つだけが己れの中で果たさなければならない使命としてあるだけ。まるで羊皮紙を何回も破って書き直すくらいの気軽さで行う未来改変はいつしか私から罪悪感や後悔の念を無くし、失う事に動じない冷徹な心を作り上げていく。何処でか、気付けば誰かが死んでも私は瞼すらピクリとも動かない。驚かずに平然とこれは駄目だったんだと口にするだけだ。そんな繰り返しをひたすら続けていた。


だけど今度こそ手詰まりだろう。と言うよりかはそれだけの未来を覗いた結果、私が選び抜いたのが、世界が動くのを許した未来の先がきっと相打ちなのだろう。これは随分と前から決まっていた事だ。いつ視たかは忘れたが、昨日や今日の直近で視た未来ではない。ただ忘れたと言ったようにこの状況になるまでは一切理解していなかったのは否定しない。もししっかり覚えていたのなら私はフィアナの裏切り行為にあんなに動揺なんてしない。まるで予想をしなかった反応をするくらいには記憶を彼方に置いていたのだろう。


何故? どうして?


決まっている。既に答えは出ている。


多分それは私の心が折れて壊れた証なのだ。断片化されて繋がらなくなった記憶の欠片。朧気に浮かぶ記憶違いに近い現象に留まり、別の思考で上書きしながら平静を保っていたのである。その結果が未来から目を背けたままこの状況にしたのならばもう手詰まり以外に他ない。


私は諦めている。


もっと別の最善は沢山あっただろう。或いはあったのだろうか? 現に断片の記憶の中にはまだ未来を、希望の灯火を延命させる道が確かにあった。少しでも足掻くのであれば私はそっちに繋がる未来を選ばなければならなかった筈だ。そうしなければならない筈なのだ。


しかし、やはり私の弱さが限界を迎えたのだろう。


数多の失敗の量に押し潰され、逃げ続ける未来の果てに辿り着いた現実に希望を打ち砕かれ、道を閉ざされ、選択肢が失われていき何を選ぶのも億劫になってしまった。


誰かを救えば、誰かを見捨てる。


その結果が何も選ばないままに私が知らない未来の私へと背負わせた。今となっては要所要所に変化はあったが、それが本当に未来を変えられたかと言えば違う。


微々たる変わり様は奇跡とも言える程の変化に感じてしまう。だとしてもその程度では立ちはだかる巨悪には、巨悪達の思惑であり、大きな未来を変えるには全く足りない。


そう眼前で凍る菖蒲の少女に告げられた。そしてそんな私も氷漬けになっている。


どう言う状況だ?


俯瞰して見るような位置から眺めているカナリア・シェリーの状態は果たして何なのだろうか? これまでにない自身を客観視する感覚は未来を覗いた時ですらなかった。何故なら私の活動が停止したらそこで未来は閉ざされるのだから当然の事象だろう。だが、今回はいつもみたいな展開ではない。


つまり、終わりなのか?


終わった後の魂だけが離れていくものか? だとすればもう引き返せない。これは事実上の臨死だ。決まった現在をやり直しは出来ない。今の私が未来なら変えられても引き返せない今を変えられはしないのだ。確定された今が進む未来は確実に破滅へと向かうだろう。カナリア・シェリーが居ない事がどれだけ影響するかは何となく分かる。視て来た未来でさえ、私の行動一つで大きく進行方向が変わるのだ。そんな影響力を有する自身が不在な事実はまた違った形で世界を変貌させる。


つまり、終わったのだ。


失敗したのだ。


終わりを迎えたのだ。


ーーと、そこで酷く自分が歪んでいる気がした。


何故私は安心を覚えてしまうのだろうか?


いや、考えるまでもないだろう。私は終わりのない果てしない未来を終わらせたのだ。どんな結果になろうがこれで予知なんてする必要がなくなった。


ああ、ようやく終わったのだ。


長い長い迷路を越えて覚めて欲しい夢から覚めて目を背けたくなる現実に終止符を打った。出来るだけ覗きたくない光景から離れ、全ての声から耳を塞げるこの箱庭を墓場にした。


なんて酷い幕引きだ。この舞台を眺める観客がもし居たならば不評の嵐だろう。何せ役者が舞台から降りたのだから。


貴女は嘲笑うかしら? フィアナ?


貴女の願いはこれで叶ったの? 私はこの先の世界を見届けられはしないだろうけどこれで重たくのしかかった重荷を下ろせた。


後は皆に無責任に世界を預けてーー。


だから貴女が私に勝ったかもしれないが、私は私の役割を全うして満足した。後悔はない。やれる事は全てやって諦めが付いたのだ。


ただ、どうしてか。最後の貴女とのやり取りの応酬で見せた表現が上手く浮かばない感情だけが今も尚、先立とうとする私の手を掴んで離さない。深い意味があるのかないのか分からないのに不思議と引っ掛かりを覚え、擦り切れた私の心を刺激し、最後にさせるのを躊躇させる。本当にそれで良いのか? と私が私へ問うのだ。


どうして?


何が気に食わなく"大嫌い"と言って退けたのだ?


何が"だから"なの?


何で"世界で一番"なの?


何故"相変わらず"なの?


貴女は私にどうなりたかった? 貴女は私をどうしたかった? 貴女は私へ何を伝えたかった?


貴女にとって私は何だったの?


疑問が疑問を呼び、より一層死を受け入れる手前で引き止める。その謎だけが踏み止まらせる鍵になっているのだ。


このまま終わって良いのか? とそんな不安を抱きながらもそれでももう全ては終わってしまった諦めも強くなる。


ーーそんな時だろうか。


前にも見た事があった暗闇の世界。確か私が私と邂逅した場面に瓜二つな空間でまた同じように淡い小さな光が現れる。見覚えはあった。懐かしくも感じながら光に当てられて私の中に巣食う負を、闇を、絶望を和らげてくれている気がしたところで以前にも似たような状況があったのを思い出す。


あれから随分と経った訳ではない。だからこそあの時誓った自分の言葉を忘れてはいない。


筈だった。


あれ? 私はどんな道を突き進むつもりでどんな未来を描くつもりだったのだろうか? もはやそんな指針すら見失なうくらいには立ち上がっては躓いたのだろうか?



諦める?


だってやれる事を全てやったのだから。


まだやり残しがあるわ。そんな他人に預けた未来を嫌ったのは誰?


理想と現実は違うのよ。


貴女は、カナリア・シェリーは天才でしょ? 理想なんて叶えるのは難しくないんじゃなかったの?


天才かもーーね。でも、私は皆を全て救う英雄ではないわ。


甘えないで。だったら何故もっと早くに諦めなかったの?


それはーー。


前が出来たなら今回も出来る。それが貴女でしょ?


無理ーー嫌。もう耐えられない。耐えられる訳がない。


それでもまだ貴女はーー、私はーー。


少し、ほんの少しだけ進もうとした。瞳にあの頃の私を宿し、髪すら逆立とうとする程の力が吹き出してその感情を言葉にしようと、口を開こうとした。


しかし、すぐさま忘れていたい残酷な記憶が戻る。それはまるで"人はそう簡単に変わらない"を容易く捻じ曲げてしまうような絶望で、有り得たであろう数多の未来だ。成功談より失敗談がカナリア・シェリーを深い深いこの空間よりも暗い感情に支配させる。


私は俯き、目を閉じて首を横に振った。


それは手を差し伸ばした光への拒絶を意味する。


もう駄目なのよ、と言葉にはせずに表現で見せる。すると光は悲しげな弱々しい輝きになっていくのが感じ取れた。酷く申し訳ない気持ちが込み上げるが今更奮い立ち、再び再起出来るような希望はもはやない。根こそぎ未来に奪われてしまった。


だからやはり終わりなのだろう。


今度こそこの私の物語に行き止まりがあり、世界はともかく私の人生は幕を閉じる。


そうするのが一番だ。



ごめんなさい小さな私。


謝って済む問題でもないだろうけど。


ごめんなさい皆。


身勝手な結末にしてしまってーー。


ごめんなさい。



光は最後の灯火を放つように強く発光した。



「ーー」


声がした。


私は目を開く。見開いた。


初めてこの空間に割り込む私以外の声。まるで私を迎えにでも来るような呼び掛けだ。


それは天へでもあの世でもない、自身がよく知る場所の帰還を求めるものだ。


それはある意味最も地獄であり、それはある意味最もーー。



「いいや、まだ未来はある」



その光は七色の輝きに変わる。


私を優しく包みながら魔女はそう言ったのだった。



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