断片の⬜︎⬜︎⬜︎②
ここはあの悲劇の災厄の降臨から随分と未来の話。いや、正確にはあれが過去で今が現在だ。何年も崩壊から時を経た今の世界で私は何とか生きながらえている。
見渡す限りの荒れた地。生命が実らないこの世界は辛うじて少ない生物が生きられる環境を保ってはいた。が、それはあくまで呼吸が出来る程度の必要最低限環境なだけである。生きる為に、生き残る為には工夫が必要だ。例えば空気だって普通に吸って吐けるものではない。そうすれば汚染された空気を吸い込んだ肺は徐々に弱まり、毒が回るように生物の生命活動を奪おうとする。だから魔法で浄化した空間を創り上げ、狭い空間でしか暮らせない。その空間から抜けて別の場所に行くならばまたまた魔法を付与した浄化した空気だけを、有害なものを吸い込まない専用の呼吸器を装着しながらじゃなければまともに移動も叶わない。しかしあくまでそれは生きれる環境を一つ満たしただけだ。
次に食糧問題が付き纏う。そんな魔法が必須な空間で昔のような豊かな資源が溢れている訳もない。荒れた地には枯れ果てた針葉樹、広葉樹ばかりの荒野が広がり、そこに徘徊するのは異形な姿のかつては動物と呼べた魔物達だ。奴等は悪食で同じ魔物や何とか適用出来たが力尽きた動物の死骸を貪り、ポコポコと泡立つ煮えたぎった水じゃない液体を飲みながら他の生命の天敵として君臨する。これがかつての世界じゃないのは直ぐに分かるだろう。
世界は死んだ。当時の巨悪達が望んだ混沌の世界と言う奴だ。
魔王サタンによって破滅したセントラルを中心に数年間でそんな魔王を召喚した悪魔達が住んでいた魔界ーーアンダーグラウンドと呼ばれる地と同様に作り替えていった。勿論全てがまだそうなった訳ではないがこれはこのアースを手中に収める悪魔やそれに組みした一部の巨悪達による選定された者達だけが活動を許された領地だ。だからそれ以外にとっては敵の本拠地みたいなもの。
そんな中で私は反逆者として追われている身で、何なら領地外に住む人間達からも私を突き出して恩赦を頂く魂胆で狙われるまるでどこかの魔女みたいな境遇に身を置いている。
しかしそれでも私は生きながらえてアースを取り戻さなければいけない。
あの時一切勝てる未来を切り開けずにまんまと逃げ延びた私が出来る償いなのだからーー。
そしてーー。
「アリスさん。帰ったわ」
「おかえりシェリー………ケホッ、ケホッ」
「無理しないで。瘴気を吸い込んで弱った肺が治るには時間がかかるのだから」
浄化魔法を組み込んで作った結界に囲まれた洞窟の中で毛布に包まり咳き込む東洋人の女性に私は背中をさすりながら落ち着かせる。
周辺の偵察とこうして野外で何とか生活するべくかなりの距離を移動しながら食糧と水を手に入れて隠れて暮らしている。
全ては一つの目的の為にだ。
かつてノーマライズ・フィアナの陰謀に嵌められた私は何とか未来予知で様々な分岐する未来の結果を覗いた。とは言っても遠い未来までを予見なんて出来ない。どうすれば彼女を倒し、魔王の召喚を阻止出来るかを念頭に置いて未来を予知してみたのだ。
結果現状の力で変えられる未来はしれていた。私が菖蒲の少女との接触しない世界は魔王は復活して私は魔王に破れる未来で終わる傾向が強く、例えそうでなくても最終的には洗脳されたオルヴェス・ガルムの聖剣に討たれるものしかなかった。
フィアナと戦えばほぼ単独では死ぬ未来しかない。良くて相打ちしか出来そうになく、誰かと共闘しても彼女を討ち倒したところで魔王に全員やられて終了してしまう。
そもそも魔王を召喚するのを阻止出来ない未来しかなく、根本的に魔王に挑んでも倒せた試しはなかった。
私が死ぬ要因はフィアナか、魔王か、ガルムさん。
生き残る選択肢を取る為には一目散に逃げる状況が大半だった。が、そうすれば仲間達は確実に全滅しいずれは私も一人で逃げ隠れする長くは持たなかった。
様々な方法で未来をどうにか出来ないか試みた結果ーー。
「(何の因果か………私とアリスさんだけが生き残る結果なのよね)」
以前もそんな未来を見て最終的にアリスさんは自決するなんて救われない展開になった世界もあったが、今回はそうはならなかった。
とは言え状況は絶望的なのだけど。
「(エイデス機関が新たにーーと言うよりかは元の名に戻ったエイデス教としてこの世界に君臨して彼等は洗脳魔法によって手足となり動かされてしまっている。つまり彼等を解放するにはノーマライズ・フィアナを倒さなければならない)」
希望はある。しかし唯一洗脳されないで済んだのが私とアリスさんだけしか居なかったのだ。だからこれから私達は反撃を開始するにしても味方として心強かった彼等と敵としてぶつかり合う必要がどこかで出て来る。
一先ずはその盤面をどう攻略するかが問題だ。
オルヴェス・ガルム。織宮 レイ。ボルファ・ルナ。アルケ・フェイル。神門 光華。アースグレイ・リアン。この面々を丸々私達は掻い潜ってフィアナに挑まなければならない。
下手したらそれ以上に沢山の実力者達が立ちはだかるかもしれないが。
「まだ決め付けは良くないけど私が最後に確認した時はセラやシルビア・ルルーシア、ヘカテリーナ・フローリアは敵の中には居なかった。多分今も何処かで身を隠しているんだと思う」
「ユリス先輩も気掛かりだわ。だけど全員揃えばまだ逆転の目は見えてくる」
前向きにはなれるが、それでも戦力図は不利。幸い悪魔である堕天のルーファスや魔王サタンはこのアースを離れて別の世界に侵略を開始しているから現状は可能性がある。
「ただ、敵側に居ない以上は消息を掴めないから下手したらもう………」
体調の悪さと弱気な気持ちが働くアリスさんはあまり考えたくない可能性を口にする。
そう、あくまで都合良く解釈して残りの操られていない面々が今も別の場所で息をしている場合の話で私達は計画を進めているのだ。もし一人、二人と欠けてしまっているなら計画は頓挫してしまう。
生きている保証すらない。ただ、残っている彼等も一筋縄ではいかない優秀な天才達だ。私達が誰一人見つけられないし名前が届いて来ないのも上手く身を隠しているからって考えも高い。
今は信じて計画を進行するしかないだろう。
そしてその計画とはーー。
「前提を変える気はないわ。先ずは貴女やセラさんが知る頃に居たギルドマスター達を集結させる」
まだ軍があり、ギルドと呼ばれる機関が機能していた時に君臨していた英傑達。隠居をして世代交代をしたが彼等を味方にする事がこの長い戦いを終結させる為の切り札になる。
「正直関わりが深い人達は大体エイデス教側に居るしこの状況で数人の人物を探すのはかなり至難な技だと思う」
「ギルドが解体されてからは表立って活動はしていなかったもんね。だけど貴女から聞いた話がまだ足取りを掴める兆しになった」
「ラステル・クロードの妹。ラステル・ミミルが不足な事態に陥った時に頼るであろう元ギルド関係の夫妻………そこを辿っていけばーー」
「かなり遠回りにはなるけど仕方ないわ。こればかりはそんな知人と交流していた落ちこぼれさんに感謝するしかないわね」
まだ私は結局彼とは直接会った事はない。
どうしてこんな未曾有の危機に希望の光が現れないのか?
その答えはやはりーー。
「ノーマライズ・フィアナ。一体どんな手段を使ったのかは知らないけど別の世界から此方へ来る為の特殊なゲートと言うものを封鎖していた。そして今は別世界を侵略しようとする魔王と戦っている」
これが魔王がこのアースに居ない理由だ。どこまで先手を打っていたのかとあの菖蒲の少女には完全敗北を喫しているが、それだけラステル・クロードが脅威なのは頷ける。と言うよりかは彼の単体的な意味よりも彼の元に集まる正義があらゆる困難を打ち破る絶対的な矛なのだ。だからこの世界に残した彼の正義がまだ現状を打開出来る唯一の可能性とも言えよう。
その為にもーー。
「まだ私達が負ける訳にはいかない」
「ええ、だけど………時間は有限じゃない」
曇る表情を変えない彼女はしっかりと現実を見据えて楽観視はしなかった。
寧ろ確実にその計画を達成する為にこんな事を言い出す。
「シェリー。私は置いて貴女だけでも動きなさい」
「は? 何を言っているの? 貴女も必要な仲間じゃない? 今更ーー」
「じゃあ一つだけ聞かせて欲しい」
神妙な面持ちで彼女は尋ねてくる。
その先の未来を見通せる力を持った双眸で。
「シェリーはきっと私なんかの呪われた魔眼よりも遥かに遠い未来をーーいや、沢山の人達の未来すら覗いていると思っている。だからこれが最善の策か或いはこれしか一番被害の少ない未来だと考えている………違う?」
「それは………そうだけど、わざわざ貴女の眼と比較しなくても」
「問題はそこじゃない。ただ形は違えど同じく未来を見通せる者として貴女の力の危険を感じているの」
説得力がありそうな前置きだ。気持ちが分かると言うものからくる予測なのだろう。
流石は如月 アリスだ。
だが、これ以上はその危惧した事情を暴いては欲しくなかった。
しかし彼女は確認してくるだろう。
「貴女は何回失敗しているの?」
それは何回失敗した未来を見ているのか? と言う訳なのだろうが、失敗した未来を見る為に未来を見なければいけない以上は何回失敗したかの問いも同じ意味にはなる。
「………」
その質問に私は沈黙を貫いてしまった。
何故ならーー。
「実ははっきりとした回数を覚えていない程にシェリーは途方もない未来を視てきたんじゃない?」
「………ええ、だからようやくここまで来たのだし私に任せてくれればーー」
「いい加減にして」
「ーーッ」
咳き込む為か、あまり強い声量ではなかった。しかし、その言葉に込められた感情は確実に私に対しての警告以上を持って伝える怒りであった。
もうしっかりとアリスさんは私がどんな状態かも、どんな思考で動いているのかも理解しているのだろう。
「私と貴女で見れる未来は字面だけは似ているけどその中身は丸っきり違う。私は人によって覗ける未来と覗けない未来があるし状況に応じては未来が見通せない時だってある。その理由はその変わる未来が環境を大きく変えたり、または大量の人数に影響を及ぼす場合は幾つもの未来に分岐してしまうから整理出来ない未来になってしまう」
彼女はその魔眼を持ってして個人の先を視る事に特化している。それは私のような沢山の未来を投影する予知とは全く別のものだ。若しくは彼女の上位互換とも言える。
「貴女が観た未来の話の一端を聞いただけでも私は分かってしまう。貴女が視る未来は危機から逃れる為にわざわざ視る残酷な未来。視えない先の事に怖がっていた私だけどもし全てを視れるのならそれが何を意味しているか分かる?」
まるで私を畏怖している眼だ。今の話の流れを説明しているアリスさんが改めてどんなに語る言葉が異常で聞いている私が平然としている現状をおかしいと投げかけている。
それはーー
「目を背けたくなるような起きてはいけない現実になるであろう未来をしっかりと脳に刻んで避けていく。それをずっと………ずっとだよ?たった一度でも気が動転してしまうような残酷な光景を覗く行為を何度もだなんてそんなの普通耐えられる訳がない。自分が実現したくない未来を何回も何回も視れてしまう力がどれだけ恐ろしいか」
両手で寒さに耐えるように身体を抱く姿は想像するだけで恐ろしいと物語らせていた。
そうだ。
本当ならあの姿のあの状態は私がするべきなのだ。
なのにどうして私は立ち止まれないのだろうか?
上手く説明は出来ないが、私はこの力を使って全てを取り戻すと決めたんだ。
だからーー。
「それでもーー視ないと全てが」
そう言い訳染みた言葉を垂れようとすると凄い剣幕で勢いよく私の胸倉を掴んでカナリア・シェリーの意志を真っ向から否定する。
「どうして嫌な未来を覗けるの!? そんな事をずっと出来る筈がない!」
いつもは平坦な一面しか見せない彼女がやけに感情的になっていた。まあ、情緒が崩れ出したら割と一番感情を覗かせるのは知っているからそこまで不思議ではないが、珍しく他者の心情に対して真髄に向き合って話しているような気がする。
「大丈夫よ。今までもやってきたんだから」
しかしそんなに心配されたところでここまで来たら余計なお節介だと私も苛立ちを覚えながら返す。
本当に何がそこまで変なのだ?
と、そこへーー。
「今までって? その数える事すら放棄した貴女がどれだけ心を擦り減らしたかなんて想像するのは容易い! 私とあの時約束した言葉を覚えている!?」
「ーーッ!?」
押し黙る私は必死にあの時の約束とやらを思い出そうとする。
が、思い出せない。どれだけ巡らせても思い出せるのはぼんやりとした過去のアリスさんだ。きっと様々な未来を見過ぎだせいでどれが正確な過去かすら上手く思い出せないでいる。
悔しいが私は首を横に振る選択をした。
「はぁ………今のが嘘だって事すら考えなかったね」
「ーーッ」
「何で存在しない記憶を無理矢理思い出そうとした理由を説明出来る?貴女ならもう結論は既に出てるんじゃない?」
理由、結論。確かに未来を取捨選択しながら繰り返して辿り着いた私が普通なんかじゃない事は分かり切っている。
私はーー。
「きっとシェリー…貴女は一度壊れてしまっている。下手したら一度じゃ済まないかもしれない。その未来予知の力が貴女を最悪の運命から救おうとする度に貴女の感情を削っている」
悲しそうな表情を浮かべながら覗き込んでくる彼女を見て考えるのはどれだけアリスさんをそんな表情にさせたかの記憶だった。
そうだ。こんなのは一度や二度じゃない。あらゆる可能性を模索して最後に勝つ為に私は最善を願いながら最悪を視てきた。そうすれば必ず誰も犠牲にしない未来があると信じて。
アリスさんが死んだ。織宮さんが死んだ。フローリアが死んだ。リアンが死んだ。シルビアが死んだ。光華が死んだ。ユリス先輩が死んだ。沢山の人の未来が失われていく世界は私を一層と絶望に追いやる。
そして最後には私が死ぬ未来を覗いた。そんな誰もが不幸になるような未来へ絶対にさせない為にどうすれば良いか?
決まっている。全ての結末を視れば良い。何をすれば最善で最高なのかを理解すれば誰かを失う事はない。
皆が笑って歩める未来に向かうだろう。
その筈がーー。
「きっと最後まで持たない。貴女が救えなかった後悔と貴女しか知らない貴女の頑張りを分かち合える仲間は居ない。誰も知らない苦しみと責任を背負いながら一人で戦い続ける貴女に限界が無い訳がない。ヒビが入って瓦解していく硝子のようにいつしか壊れてしまう」
誰が聞いてもそれは悲しい足跡だろう。誰にも出来ない事をしている以上は誰にも理解されない。そうして成し遂げた先に見える答えが果たして自己満足で足りる結果になるだろうか?
答えは否だ。多分見返りとかそんな問題ではなく、そこまでの過程で私が自己満足のままに達成出来る精神力があるかどうかだ。ここまで潔癖なくらいに最善を求めようとする自身が心を擦り減らさないなんてそもそもおかしい。
何より未来を覗いた解釈ではいるが、果たして実現しないで済んだ未来なのか? もしかしたらあの先にも未来は実際は進んでいて私がその未来の道を閉ざしたからそこで終わってしまった世界が存在しているのではないか?
若しくはーー。
「ずっと昔からそうしていたのじゃないの?そうし続けて限界が来る度に壊れてしまっていたんじゃないの?」
幾重にも失敗した未来の記憶。
どこか都合の悪い部分を上手く忘れるくらいなら確かにしてきたかもしれない。ただ思い出せない中に彼女が言うような一度私がめちゃくちゃになってしまった可能性は否定しきれない。
そう考えると怖くなってしまった。
「私が知っているあの人は、ラステル・クロードはただ目の前の事にがむしゃらなだけ、だけど貴女はどうなるかを先に知った上で救おうと躍起になっている」
「だってーー」
「貴女の未来で私は何回失われた?私以外は何回不幸になった?何回間違えてしまった未来を観た?」
「ーーッ」
数えてたらキリがない。考えているのはどうやって終わりを大団円にするかの手段だけだ。そこまでの失敗に振り向いている余裕はない。
なかった。
だから私は数々の失敗に心を動かさなくなってしまったのだろう。
未来の価値を安くしてしまった。
その自覚をした私に彼女は哀れみながらーー。
「もし、貴女が成し遂げる一回の未来の為に百を、千を、万を超える失敗の未来を予知して心を犠牲にしているならそれはもう止めて…」
今にも泣き出しそうでまるで私の分まで悲しく、辛い感情を表しながら心を凍らせた私に向かってーー。
「私達を最高の未来にする為に貴女自身の心を壊さないで………」
それからの記憶は無かった。
だから私は「ああ、またこれも失敗した未来を覗いた故の結末か」と考えたところで世界は真っ白になる。