表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
◇旋律と蒼天のブライニクル◇  作者: 天弥 迅
収束へ向けて
143/155

断片の⬜︎⬜︎⬜︎①


ーー


灰と菖蒲が交差する。幾千の軌跡を描きながら火花と魔力の残滓が飛び交いぶつかり合う光景は熾烈さを極めていた。魔剣対魔刀。既に灰はその組み合わせの戦いを乗り越えたが再び乗り越えるには限界ぎ見えていた。その剣戟がいつまで続くかは分からないが、長くはないだろう。肩で息をする灰の太刀筋は心なしか揺らいでおり、対する菖蒲の太刀筋はお遊びの延長線とでも語るようなものだった。仮に灰が万全であり、魔刀ならず宝剣と鬼神の力で挑めばまだ戦いは長引いていただろう。ただし長引くだけだ。結局はあの菖蒲を前には宝剣だろうが、鬼神だろうが魔剣を真の意味で扱いこなし、利用出来る箱庭の中では消耗戦に陥るしか道がない。それ程に私達は袋小路に追い詰められていた。それだけ周到な準備がされていたのだ。


そして菖蒲の本質が私達の考えを遥かに超えていたのである。


何故なら私と光華の二人掛かりですら致命傷を与える機会が数えられる程しかなかったのだから。


身体が重い。あらゆる魔法を持ってしても通じない魔剣を前に肉体的、精神的な限界を迎えてしまった。吸収され、跳ね返された魔法を相殺するのも相まって負担は加速していった。まさか自身の魔法がそのまま返って来る事がこんなにも追い詰めてくるなんて考えもしなかったのである。既に全開で戦いが続いていた状況だ。長引く戦いに向かないのは当然。精神的にも最初から参っているのもおまけ付きだ。灰の少女には悪いがこうして辺りから魔力を掻き集める為の時間を貰わなければ戦えない。その間一人で戦わせるのだ。あの狂人を相手にーー。


ユリス先輩にあの場を任せた後、私と光華は足並みを合わせてリアンには先に試合会場へと行ってもらう手筈での移動の中、突如現れた菖蒲の少女ーーノーマライズ・フィアナによってこの地獄の箱庭に飛ばされた。予想外な出来事に困惑する中で真っ先に動けたのは光華だ。難しく考えずに邪魔をする者は斬り伏せる姿勢が私に先ずは成すべき事をはっきりさせた。ただ、このまま何も知り得ないままでは取り返しのつかない後悔をするような気持ちを抱く。何故かは分からないが、私の本能がそう訴え掛けているのだ。しかし話し合いがもはや出来る余裕はない。冷静な考えがある反面、加速する感情とやり遂げるべき使命が自己都合を蚊帳の外に追いやる。


そうして今、追いやられたのは私達だ。絶対的な危機に直面している。侮った訳ではないが、悪魔を相手にするよりも遥かに厳しい戦いを強いられるとは私も光華も想定していない。もし一人であったならばと考えるだけでもゾッとする。


だから二人で良かった。


二人で尚且つ一緒に戦ってくれているのが灰の少女で本当に良かった。


光華ッ!! ーーと声を張り上げて入れ替わるように攻守後退する。その際に空間から掻き集めた魔力を魔刀に全て注ぐ。驚く彼女だが、やがて変質していく魔刀の姿を見てその意図に気付く。それは一時的に過ぎない宝剣の再現だ。元来自然界で発生した魔力を糧にゆっくりと創り上げられていく宝剣の仕組みを利用して私の技術と光華の魔刀を元に似たような現象を再現すれば急造で絶対剣が創れるのでは? ーーと。こればかりは菖蒲の少女が魔剣の複製した光景から学んだおかげだ。不本意ではあったし、また前提が違う試みではあったが見事に成立した奇跡。


後はーー、覚悟を決めるだけだ。


魔剣ギルザイヤの前では魔法は全く意味を成さないのは既に周知となっている。だから私が扱う魔法は通用しない。何なら試しに全てを使っただろう勢いだ。


が、あくまで一般的に考えられる魔法の話。試していない魔法はまだ残されていた。


それはーー具現化魔法。


正確には魔法の定義ではない。魔力によって生み出した魔武器みたいな認識だから具現化武装だ。これは実際通用する見込みは実証されている。でなければ今頃灰の少女は丸腰で切り刻まれていないとおかしいのだから。


つまり魔剣はあくまで魔法としての術式変換されたものを吸収して跳ね返すのだ。それが魔剣として適用される条件である。まあその時点で十分に反則的なのは言うまでもないが魔武器の原点と称されるのもそんな所から始まったのかもしれない。


単純な能力としてまとめるならギルザイヤは魔法を吸収と排出。そして持ち主の生命力を奪って能力の向上化や代償の大きさによる具現化機能を備えた剣。


条件の裏を突けば絶対剣も諸刃の剣になるのだ。それも宝剣ーー天地冥道が実証している。


だから私は戦い方を変えたら良いだけなのだ。これまでにも具現化武装による戦いをして来た。が、魔法の補助をする為にしか活かせてなかった為に、ここぞと言う場面では魔法に頼る戦法になっていた。


なら具現化武装による戦い方に振り幅を広げて上げたら良い。その為の技術や材料は揃っている。


始めよう。


私の新たな戦い方をーー。





そうする事がどのような結果を導くかは以前から予想は出来ていた。忠告だって受けた記憶もある。故にあまりその力に溺れないように気をつけていた。


要するにこれまでのやり方はあくまで一部の機能を本質に近付けた魔力による武装化だ。時には腕を、時には脚を、または別の形で眼をーー。


その人ならざる領域に手を伸ばして擬似的にとは言え、大きな力を有していたのは事実だ。問題はそんな具現化をする場所、部位を増やした事によって誕生する私は果たして人間と呼べる姿なのだろうか?


本質はカナリア・シェリーだ。


ただ手を伸ばした代償が本質すら歪める結果になるとすればーー?



「ーーッア!?」


頭がズキズキする。いきなり覚醒したように意識が鮮明になる私は今がどんな状況だったのかを思い出す所から始まった。


そうだ。確か菖蒲の少女と死闘を繰り広げていたのだ。試す価値がある手段を用いて世界の滅亡を止めるべく全力で挑んだ。


そしてーー。


「シェリー!?」


焦燥感のある呼び声に揺れる視界を声の主に向けてその表情を窺う。


そこには今までに彼女が見せた事のない畏敬の念を浮かべた私ではない知らない何かを疑うような表情でいた。


きっとそれがありのままの真実であり、答えなのだろう。


私が私でなくなり、本質すら危ぶまれる代償を支払った状態に陥った示唆なのだ。


「光華………ーーッ!?」


痛む頭を抑えようとする。


するとゴツゴツとした堅い突起物が邪魔をした。これは何なのかを意識するより前に自身の髪の毛が抜け落ちていくのが分かり、その抜けた髪を持つ手を覗くとそこには異形な人ならざる手が映った。


間違いなくこれは具現化武装による変質させた龍の腕だ。が、私が意識して生み出したものからは大きく掛け離れている。まるで想像を超えた先の禁忌の姿を意志とは無関係に勝手に変化したみたいだ。


何より問題は魔法事態が解除されない事ーー。


変質した姿を維持した状態になってしまっているのだ。


その感覚は鏡越しじゃなくとも鮮明に感じ取れる。


軋むような人ならざる鋭利な爪と赤の甲殻。先程も述べた対の貫くような尖角。まだ発達途上のいつでも剥がれ落ちそうな同じく赤の片翼。野生の獣よりも凶悪な牙。更には聴覚、視覚、嗅覚と言った五感までもが人間の時に感じたそれとは全く違った。幸いまだ名残りなのか、人間としての本質が残っているから感じたものを全て人間の感覚に置換する事が出来た。


が、果たして私に人としての要素が残っているのかは否ではないか?


ワタシはーー。


ーー。


「しぇ、シェリー………その姿は………?」


灰は悲痛の表情を浮かべながら尋ねてくる。敵意は感じられないが警戒の色は強かった。


もう菖蒲は居なく、戦う必要はないと言うのにーー。


ワタシは笑って答えた。


笑っていたかは分からない。


「あはは。ダメだって分かっていたんだけれど彼女を止める為にはやっぱりやるしかなかったわ」


「………その力はーー」


「具現化を超えた魔法。なんて命名したら良いかな? 変身? 変化? 変異魔法かしらね?」


望んだ形とはまた別になってしまい、戻す事も叶わないとなればもはや変異でしかないだろう。全てはあの狂人を倒す為にした事だ。寧ろそれだけの代償を持ってして渡り合えたのだから支払った甲斐はあっただろう。


変異魔法ーーとは言っても正にキメラだ。交わう事のない形と形が重なり、異形となり化け物となる。


それが何を意味するかと言うとーー。


「だけどもう戦いは終わりでは?」


「いいえ、まだ私が残っているーーぐっ………」


「シェリー!?」


脳が侵食されているような痛みが走る。何かがひび割れるような実感を持ちながら全てが私ではない誰かに支配されていく。


あの東洋人の言葉を振り返る。


もしその力に染められるか或いは呑み込まれたりしたら化け物って比喩で止まっている貴女はいずれ正真正銘の化け物になるーー身も、心もと。


それが今なのだろう。もう二度と元に戻る事の出来ない何者でもない怪物。


押し寄せて来る巨大な感情とは違った本能の波。


暴れ足りない。破壊したい。何もかもを潰したい。破壊衝動が私の身体を動かそうとする今の状態はとても危険だ。


とにかくまだ残している理性が本能の波に逆らう。


ただ、長くは持たない。


「もう身体中の全てが人が維持出来るような状態の作りではない………わ。勿論こうして自我………を保っていられるのもね」


鋭利な腕が眼前の灰を屠れと軋む。金色の瞳が敵だと警告する。牙が喰らい尽くせと口を開く。角が貫けと更なる硬質化をする。穿てと翼がはためかせる。


そして心の底から湧き出る知らない私が神門 光華を殺せと命じる。


そうはさせない。


「ここまでは皆を助ける為に、この世界を救う為に踏ん張っていたけど………流石に限界みたい………うっ………」


巨悪を倒して今度は自身が巨悪になるなんて笑えないだろう。それでは戦ってきた意味が無くなる。


菖蒲の少女ーーノーマライズ・フィアナすら撃破した私が新たな世界の敵になればもはや魔王に手を焼いている場合ではない。


そんな世界にする為に私や皆は戦って来たのではないのだ。


だからーー。


「このままだと私は自らの力を抑えられずに暴走してしまうわ」


「シェリー………」


ここに彼女が居て良かった。


「見ていたなら分かるわよね? 今の私はこの世界を歪ませるくらいは造作もない人外の力を有している」


「待って下さい。そこから先は聞きたくありません」


変な人だ。フィアナと戦う時は全然迷いのない意志を貫いていた癖にーー。


思わず私は笑いながら優しい彼女に告げた。


まるで貴女なら私は構わないと受け入れるようにーー。


「だから私が私で無くなる前に貴女が止めて」


「そんな………」


「くっ………貴女の天地冥道で斬ればきっと大丈夫」


菖蒲を倒す為に私は彼女の宝剣を再現した。どこまで本家に近付いたのかは不明だが、そんな未完の絶対剣でも怪物になる前の自身くらいは魂ごと斬り結んでくれるだろう。


「貴女を、シェリーを、友達を斬れなんて………」


首を横に振りながら私から後ずさっていく。


が、それを私は許さない。


光華の手を人成らざる手で優しく握る。


決意を固めてもらうべく、そして友として最後の御別れを込めて。


私が私でいられる内の最後の我儘を貫く。


「今………この世界を救えるのは光華だけよ………」


「だけどッ!!」


「お願い………貴女にしか頼めないわ」


「………」


押し黙ってしまう灰の少女。表情には迷いは見えるがこの現実を受け入れようと自身と戦っている感情が見え隠れする。


流石は神門 光華。運命に選ばれし者。


私と違って貴女は道を間違えないでそのまま真っ直ぐ運命を切り開いていきなさい。


それならばーー。


ワタシもーー。


「ッ! ーー斬りなさい!!」


もう限界だ。


そいつを殺せ。


でなければお前が死ぬぞ。


いいえ、私がーー許さない。


お前は、私は世界をこの手に出来るだけの力が。


関係ないわ。私が欲しいのは力でも世界でもない。


黙れ。


あなたこそ口出ししないで。


この身体は私の、我のものだーー。


「こぅか………お願ぃーーはやくっ!!」


私の中にいる怪物がいよいよ表面化してきている。これ以上は不味いと握る手を離して少し突き放す。もしあれ以上触れ合う距離にいればそのまま傷つけ兼ねない。


霞む視界。もはや半分以上は人の視力が見せる世界ではなくなっていた。


このまま真っ暗になって呑み込まれてしまう前に自分の最後を見届けたい。


「………ッ」


天地冥道を構える灰の少女。


その表情は苦痛に悩まされたものから剣士のーー強気決意を持ったものへと変わる。


そこには怒りも、悲しみも、苦しみすら持たないただ私を斬る事だけを目的にした使命感に満ち溢れていた。


何も語らない。まるで言い残す事はないか? と問い掛けられているような眼差しだけが向けられる。


私は僅かに呆気に取られた。


だが決断してくれたのだと理解してホッと安心をした私は最後の今生の別れの言葉を告げる。




「ーーありがとう」


その感謝だけを告げた直後。


カナリア・シェリーは終幕を迎えたのだった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ