絶望の幕開け
破滅の行進曲は奏でられる。
それは止まる事を知らずに広がっていく。
都市は瞬く間にあちこちで火を上げ始めた。逃げ遅れた市民は嘆き、戦いは苛烈よりも終息していく。それは悪い意味での沈静化だ。暴れ回る者達が既に破壊の限りを尽くして。足掻く正義を掲げし者達には覆せない戦況に移って行ったのだ。勿論優秀な天才達ですらこの状況は覆せない。なす術なく追い込まれていくしかなかった。
可能性を秘めた彼等。
灰と碧の天才は疲弊した状態からの消耗戦。時間と体力だけをひたすら奪われて進行するつもりが退行を余儀なく迫られる。敵の思う壺だ。
栗毛と深紅の天才はもっと状況が悪かった。両者が戦える状態ではなく、未だ身を隠した場所から何も打開する計画を立てられないままに身動きが取れずにいた。
しかし、かの英雄と呼ばれた天才達はその遥か上をいく過酷な事態かもしれない。突如現れた未知の脅威はこれまでのどの敵よりも強く、攻略の糸口が見えずに手も足も出ない惨状を招く。
剣聖が敵になり、エイデス機関に収容していた犯罪者達は解き放たれて圧倒的に戦力も人数も足りない。
全ての流れが絶望的だ。
どれだけ優秀だろうと偉業を成そうと巨悪の前には敵わないのを示されてしまう。
そして異端ですら乗り越えられない未来。戦場から引き離され、希望の光すら届かない世界に閉じ込められてしまった。
が、まだこれが終わりではない。
そう、終わりではないのだ。
アズール試合会場中心ーー否、その遥か上空。暗天する空にてセントラルを一望するのは一体の悪魔。漆黒の翼を広げ、暗黒の魔法陣を描き、この惨状に歓喜を見せた牙を晒す程の笑みを浮かべる。
彼は待ち望んでいたのだ。この時、この瞬間を。
大いなる戦いから長き時間を経てついに彼の悲願が一歩前進する事だ。
それは人間界ーーアースを手中に収め、次なる世界へ駆け上がること。
その為に費やした時間。その為に犠牲にした同胞。
堕天したあの時からずっと待っていた。
「ああ、ようやく忌まわしき神界ーーデウスへの道標が出来ます。もはや誰も邪魔をする者はいない。覇王も龍王もいない今、止められはしない」
唯一の懸念であった異端の天才も気配を消した。あれに拘る少女もついでに消えたのは僥倖だろう。協力してくれたのは感謝を覚えるが、いつ牙を剥いてくるか分からない狂人だ。制御出来ない存在をいつまでも味方にしておけない。
きっと悪魔より悪魔らしいだろう彼女は。
風の流れが変わる。雨による湿った匂いと火に包まれた街の焼けた匂いを堪能しながら彼は深淵の魔力を放出する。それは数多の魔導師の魔力を引っ張ってきたもの。
フォーリンアークエンジェル。
ルーファスと契約した者達は悪に染めた代償に目的の大きさに比例して力を得るが、契約者であるルーファスの意思で魔力を収集させる事が出来る。
だから彼は優秀な魔導師を攫い、利用し、契約をした。多大な魔力を得て魔王召喚の礎にする為に。
さあ、後は災厄を顕現させるのみ。
空を埋め尽くす雲のような魔力の集合体。それに呼応して暗黒の魔法陣が街並の広さに肥大化し、これ以上にない輝きを放つ。
そしてーー。
「来たれ、我等が大魔王ーーサタン」
世界が終わり、新たな世界の変革が始まる。
「私の勝ちです」
誰に語るでもなく、空から堕ちて来る巨大な存在を背に感じながら両手を大きく広げて魔王の産声に拍手喝采した。