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◇旋律と蒼天のブライニクル◇  作者: 天弥 迅
収束へ向けて
141/155

−これは天才ではない③−


どれだけの煙に巻かれている状態でもしっかり把握出来る利点を最大限に活かす。好機はここだろう。


脚が雷を帯びる。それを推進力にして最短で加速する事で爆発的な余波を巻き起こす。


ーー瞬電。


千鳥が鳴き響くような音を轟かせながら凄まじい速さで標的に向かう。


予定ではこれで距離を潰したら間に合う筈であったが道家の再生は速く、既に接近した自身に合わせるようにナイフを振り翳していた。


いや、まだ再生途中だ。直ぐに迎撃出来るように上体だけを優先して形成したのだろう。下半身はまだ砂みたいに粒子が積み重なっていた。


しかし、問題はない。この速度について来る道家には驚きだが、心眼には向こうの次の一手先の動きが視えて予測すら出来てる。ゆっくりと動く右手で構えたナイフ。その軌道を避けながら痛みもない左手に込めた秘策の魔法を使う。


腕と腕が交差しながらもしっかりと私の方が的を目掛けて当たりにいっている。


さあ、これならどうかしら?



「ーー【虚空の顎】」


今度は左腕が次元を歪めながら道家を呑み込んだ。


新しく命名したこの魔法の正体は全属性の融合魔法である超魔法だ。あらゆる属性を一つの力に変えるのは全てを均等な出力で合わせなければ一切成立しない高難易度の魔法だ。ただしそれだけに見合う価値を時と場合によればあるのが真骨頂である。


以前に冥天のディアナード戦でも使ったがこれはつまり消滅魔法である。全てが合わさる事は全てが無に帰ると同義であるのが理だ。物理的な存在を問答無用で消し去るのは術者からしてもあまり推奨し難い魔法であるのと同時に扱える人がどうやら私含めて数人居るか居ないかの域らしい。


そしてこの超魔法がもたらす力を今回はもう少し狭い範囲にする。まるで竜の顎のようにーー。


歪む次元。そこへ吸い込まれていく道家。粒子すらも一緒に吸い込んでしまうので再生するにも再生する要素そのものも消し去るのだから幾らなんでも限界があるだろう。


喰らい尽くす次元の裂け目が収まる時には跡形も無く消えるピエロ。カラン、と不気味なナイフだけが落ちる音がやけに印象に残った。


あっさりと決着がついた。と言うか早期を求めたらこうなる場面でしか立ち回れなかったと言うべきか力技を行使した感で否めない。反省するかしないかでは難しい。何故ならこれだけの質と量をこなした私は果たしていつまで戦えるのかが不安になって来るからだ。


ユリス先輩との死闘を潜り抜けて来た次は道家との死闘。連戦によるツケが返ってきても良いくらいには全力を尽くしている。あくまで全力は出し切るにはならないが、ほぼ出し切っている状態であろう。代替の臓器にこれ以上にない負担が掛かっているだろうし倒れてすらいる。今度はもう駄目かもしれない不安がよぎる中で不思議と限界を越え続けているから結果論は問題ないけどずっと毎回綱渡りな戦いを強いているのはこれっきりにしたい。


まだ難敵は残っているのだからーー。


「後は貴女だけよフィアナ?」


道家が再生してくる気配はない。開幕の流れはよく分からなかったが片腕を失った今、彼女が何かを対価にこれ以上あんな不気味な召喚紛いの魔法はして来ないだろうと踏んでいる。と言うか彼女が原型を失い兼ねないから色々と見てて目に毒だ。もはやただの化け物である。


ただ、油断は出来ない。


「あーあ、折角のピエロさんが………でも面白いものも見れたし良いや」


言いながらフィアナはゆらりと校舎内から飛び降りて此方へ歩んでくる。やけにその動作が私の神経を逆撫でるような不穏なものに感じてしまって嫌な予感がした。


その不可解な理由は直ぐに判明する。


そもそもがおかしい動作なのだ。


何故彼女は平然としていられる? 右腕もなく、大きな代償を払って使役する道家も居ない今、どう考えても不利な立場な筈である。それがほんの少し残念そうな感情を見せた以外に何もない。


いつも通りだ。


いつも通りでいつも通りじゃない。この血のような赤の世界以上に狂っている姿が似合っていながらこの上なく不気味だ。


一体他にどんな手を隠し持っている? あの不気味な笑みの裏で何を考えているのだ?


ーーと。


その三日月に弧を描いた口元が崩れる。


「少し見誤ってはいたよシェリーちゃん。もう少し苦戦すると思っていたからね」


嫌な予感がした。明らかに私の中で危険信号が発せられる程に違和感を覚える。理由はまだ見せていない感情を曝けたからだろう。気付けば近付いてくる菖蒲の少女からは笑みが消えていた。唯一の変化と言っても良いかもしれない。怒りや恨み嫉みとは違うカナリア・シェリーへの再定義をするように覗き込んでくる。ただそれだけの事で私は思わず後ろに下がってしまった。


同時に何かがおかしいのを感じ取る。自分でもはっきりと説明は出来ない何かを見落としているような引っ掛かりを覚えずにはいられなかった。それは次がどうなる展開かを想像出来ないままに恐らく不利になるのではないか? と言う後ろ向きな思考が強く働いているからだ。それだけの脅威が依然としてノーマライズ・フィアナから感じ取れるのであれ、


瞳孔を細めた静かに獲物を定めるような形で彼女は何てことない雰囲気のままに此方を見上げる形で発する。


「だけどあんなのは玩具だよ。あれが私の全てな訳がない」


進んで来る分だけ退いてしまう。言い切る姿に嘘偽りがないと思わせる圧力がそうさせたのだ。気圧され警戒心が更に上がりながらある程度の場所まで進んだところで歩みを止めた彼女がどうして近づいて来たかのかを私は理解した。


狙いは足元に落ちるナイフだ。全く視界に入らなかったが、確かに道家が消えた時点ではやけに印象に残っていたのが鮮明に思い出せる。


それがどうしようもなく不味い気がした。わざわざただのナイフにこだわって拾うとも思えないし、拾うと思える曖昧な雰囲気が拭えなく、仮にこだわる必要があってあれを再び手にした時の脅威がーー。


そこで私は違和感の正体に気づいてしまう。


どうしてあのナイフは魔法に巻き込まれなかったのか?


道家を呼び出した時にも私の竜の腕を貫いて負傷したのも全てはあのナイフによるものだ。単なる刃物がこれだけの意外性を見せるのか? 否である。つまりあれは単なる刃物ではない。


だからこそまたあれを必要とするのはーー。


そう直感したと同時に私は全力で回収を阻止する為に反射的に身体が動いた。気圧されてたが、そうする為の理由でそうしていたのなら本当に名演技だ。しっかりと思惑に今も尚ハマってしまう。


しかし臆するな。片腕だけの彼女に此方の攻撃を全て捌けはしないのだ。寧ろ今だからこそ最大の好機じゃないだろうか? 逸る気持ちが突き動かす原動力になると同時にこれを見逃せば取り返しのつかない展開を想像してしまい、焦りの心が生まれる。確証はないが何もせずにフィアナをこのまま放置するのは非常に宜しくないと結論が出た。


形振り構う余裕はない。慎重に行動していれば払えたであろう注意すら無視して突撃する。


「(複合魔法【疾風迅雷】ーー」


今持てる最速で閃光となってゆっくりと時間が進む世界で笑う彼女を見据えながらーー。


ーー。



「ーー駄目だシェリー!!」


そんな中で鮮明にルシエラの必死な声が耳に入った瞬間だ。


菖蒲の少女は再び口元を弧に描く。


有り得てはならない言葉を紡いでーー。



「【強制中断】」


様々な不安の予想を的中させるように思いもよらない魔法が"右腕"から放たれた。


「ーーッ!?」


身体から迸る雷と纏わる疾風が弾け、霧散してしまう。当然そうなれば加速して駆ける術を失った私はまるで両足を掴まれたか若しくは翼をもぎ取られた感覚を覚えながら全てが無かった事にされる。


文字通り魔法そのものが消失した。


ええ、これは私が一番知っている。何故なら私だけしか知らないからだ。


これは発動前に魔法事態を無かった事に出来る反則的な原初魔法。


しれっと彼女は言った。


「前に見たからね。こんな感じだった?」


それは私だけが唯一扱える魔法な筈だった。何故なら考案したのがこのカナリア・シェリーであり、基本から逸脱した複雑な術式の仕組みを捻じ曲げて色々と実証している内に出来た偶然の産物であり、伝えて出来るようなものですらない魔法。私の感覚だけがそれを再現して扱えるものだ。


が、使ったのは私でもない他の誰か。


私にしか使えないものを使った私を超えた何か。


「そんなまさかーー? それはーーそれにっ」


上手く言葉に出せない程に余裕がない。きっと私が同じ事をした時の周りの反応はこんな感じなのだろうか?


だからこそ悠々と説明する彼女の台詞が異質に思えた。


「シェリーちゃんが編み出した力だよね? でもシェリーちゃんしか扱えない道理はないよ」


言っている意味は分かる。分かるが実際はそれすら他人には出来ないのだから覆らない事柄だった。精々ユリス先輩ならやがては出来そうだが、簡単に再現出来るかは別問題。


だって優秀な魔導師一人の一生分を初めから与えられた状態の私だからこそ辿り着いた集大成の一部みたいなものだ。自分と彼女では積み上げている土台がそれこそ一生分違う。その差を無い事にされるのは理解が追いつかないだろう。


そんな有り得ない事態はもう一つ存在する。寧ろ衝撃的には前者と同じくらい驚愕しているだろう。


無いはずの右腕で魔法を使った。


理解が及ばない。


失った右腕がどうして戻っている?


「あと、これ? ふふーーいつでも元には戻せたんだよ? でもそれじゃあ芸がないからね。びっくりしたかな?」


いつからか、気付かない内に彼女が失くした右腕は完治と言えるように元通りであった。治癒魔法にしてもこればかりは魔法医学の権威ですら顔負けだ。その彼女ですら失くしたものは戻らないと語ってすらいた。いや、消滅はしていないから元には戻せるかもしれない。問題は何故それが可能かなんて精査する余裕がないくらいに今の一瞬で起きた出来事は情報量が多過ぎた。


私はさぞかし間抜けに見えたのだろう。ピエロになったのは寧ろ私自身だ。そして調子を取り戻したフィアナはよく見掛けた無邪気な笑みで饒舌になる。


「まあ、そろそろ種明かしでもしようかな? そもそもこの空間にシェリーちゃんを連れて来るところから頭を働かせないと駄目な事に気付いてない」


「この………空間に?」


指摘される案件は重々承知していた。かと言ってそれがどんな不利な状況になるかが分かれば苦労はしない。何せ自分が似たような箱庭を作った時に有利な条件なんて言えば周りに影響を及ばさない程度だ。ならば彼女達の目的を考えれば大体は真逆の趣向になるんじゃないか?


推測に間違いがないならーー。


「そう。不思議じゃなかった? わざわざシェリーちゃんを隔離して戦う必要なんて実はあまりないんだよ。私からしたら騒ぎは増えた方が好都合なんだし」


だろうね。貴女が黒幕なんて設定じゃなきゃ頭も働かせたわよ。まるで対処されない為に色々と労して考える隙を与えるつもりがなかったみたいじゃない。


「だったら何故ーー」


いや、ここが私にとって都合が悪くなるように仕組まれているのだ。打算が、勝算があるから彼女も姿を現した訳だ。最初に述べた魔天のエルドキアナと似た展開を強いられている。


言われたではないか。あの時すら呪術や結界を造った張本人はフィアナ自身だと。ならば今回だってあの状況と同等以上の不利な展開を強いられるのは必然だ。


どこかで突破は可能と慢心していたのかーー。


「この作られた空間では私の決めた規則が一つだけ適用される仕組み、だと言えば多少は想像出来るかな?」


語られる菖蒲の少女の言葉は私の予想の斜め上をいっていた。


それは何でも有りな彼女専用の箱庭だ。まさか、これも私の魔法を真似た結果なのだろうか? ならば再現なんて優しいものじゃない。完璧な上位互換の箱庭を創り出している。自身がそこまで可能な事すら考えて生み出した訳じゃないが、寧ろ何故そこまで考えていなかったかの方が問題になる。


理由は大前提に魔法に置いてはカナリア・シェリーを超えはしないと浅はかな考えがあったからかもしれない。


「適用したのはーーこの箱庭では私は死なない。例えどんな事が起きてもね?」


「ーーッ」


反則だろう。それを聞いた時点で私は勝ち目がなかったと知らされるのと同義だ。道理であんな無茶苦茶な事が出来た訳だ。


首をナイフで刺しても死なない。腕を落としても復活する。


正に不死身だ。


「………遊んでいた訳?」


「心外だなー。あ、あと勘違いしているようだけど道家の本体はこのナイフだよ」


追い討ちをかけるように更なる衝撃的な事実が告白される。


「ーーな」


「私の魔力、血肉を喰らって力を発揮する………だからこの空間では凄ブル相性が良いんだよ」


ナイフに見えたそれはいつしか一本の剣に変わっていた。見覚えはないが、確実に本性を曝け出した凶々しい漆黒の刀身。或いは黒曜石の剣。邪気を剥き出しにする意志を持ったーー否、実際に持っていたそれは説明をほんの少し聞くだけで全貌を明らかにさせるような魔に染められし剣。災害ならず災厄を呼ぶ事を約束された代物。


あれはまさかーー。


「ようやく気付いたかな? これはナイフじゃない。絶対剣の一つ。魔剣ギルザイヤだと?」


必要な魔力を得た剣が本当の姿を現した。


あの稲妻を散らす如く輝きを増す黒曜石のような光ならず闇は脅威だ。


振るわれる前に止めなければならない。


迷わず持てる最上の手段を行使する。



「凍結空間ーーッ」


しかし時既に遅し。


私の全てがひと薙ぎによって終わる。


「ーー無駄だよ? この剣に魔法は効かない」


「な………」


唖然とするが、答えはとうに分かり切っていた。


あの漆黒の刀身を見た瞬間から。若しくはそれよりも以前から。


「消滅魔法にすら耐えた剣だよ? 寧ろそれすら己の力にすら変える対魔法特化型の魔剣。絶対は覆りはしないんだよシェリーちゃん」


ここに来てとっておきの奥の手、いや既に使われてはいたが存在を明確に現した。何より魔法が通用しない剣とは相性が最悪だ。しかも吸収して力を増す時点でこれまでの戦いも全くの無駄な事になってしまった。


「凍結空間すら効かない………なんて」


絶対剣とは言え、無条件で全てが発揮はされはしないし落とし穴的な要素がある筈だ。しかし先程の意味を考えれば分かる。ギルザイヤは持ち主の生命すら脅かし、その代償に圧倒的な力を振るえる魔剣の原点だ。ならばこの空間ではどうだろうか? 死を克服出来る場所でならば無尽蔵に生命力を与え続けられるのだとしたら常に最大限の能力を発揮出来、消滅魔法や空間凍結すら無効化しても不思議ではないし弱点の影すら見えない。が、当然だ。代わりに命を差し出しているなら超魔法だって防げてもズルいとは思わない。


有り得ないのはそもそもこの空間なのだからーー。


つまり最初から私は詰んでいる訳だ。


ドッ、と疲労感が押し寄せてくる。乱れた呼吸を整えながらも重くなる身体は自然と膝を着かせてしまい、汗の量が増していく。


「あれ? もう気力すら限界かな? ま、あれだけ強大な魔法を使えば無理もないか」


「ーーッ」


連戦に次ぐ連戦とまではいかないが連戦の中身が濃い。限界が来るのは必然だ。これまでも限界は幾度となく迎えてはいたが今回は比にならない。使える魔法を全て注ぎ込んだ私に残された手段は無きに等しいだろう。仮にまだ余力があったとしてもーー。


「だけど残念だったね? 私は無傷。魔剣はたっぷり貴女の力を吸い尽くして真価を発揮出来る状態。最初から結果は決まっていたんだよ」


「な、何でそれを………それは確か………」


そもそもがギルザイヤを何故彼女が手にしているのか? あれはユリス先輩と一緒にいたレイニー・エリックが持っていたのではないか?


ならば考えられるのはーー。


「気付いたかな? 彼が手にしていたのは魔剣の模倣品だって? まあ正確にはこのギルザイヤが産み出した剣だから一概に偽物ではないんだよね」


どこまで規格外なのだと苦虫を噛んだ表情になる。しかし形状すら変え、その力が道家を創り出しすらするのだから模倣品を創り出すのも不可能ではない。光華も騙される訳だ。


ただどう結論付いたとしても眼前にあるのは紛れもなく魔剣ギルザイヤだ。絶対剣そのものだ。それをどうにかしなければ私はおろか皆も危険だ。


そう、危険過ぎる。


ノーマライズ・フィアナは異常だ。今の彼女を相手にして打破出来る魔導師が想像出来ない。才能が云々の枠にはいないのだ。戦い方、考え方、あらゆるものが常人のそれとは掛け離れている。


こんな、こんな人間だったの? 貴女は?


その笑みを浮かべる双眸に怯えを抱く。私の中にいる明るく変だけど友達想いな優しい少女が透けていき、ドス黒い闇に変わっていく。


だけど負けられない。


まだーー。


私はーー。



「ーーッまだ、まだッ!!」


「し、シェリーッーー」


ルシエラの悲痛にも近い声は途中で掻き消されてしまった。


気力を振り絞って立ち上がると同時に奥底から新たな力が、蒼色の魔力が内から溢れ出てくる。


これは私が窮地、または決着を付ける節目節目で湧き上がってくる謎の力。が、幾度と無く助けられたこの力は確実に絶対的な危機を乗り越えさせてくれた。


だから今回もきっと。


その蒼を持ってして波動を振り撒く。赤の世界すらも包み込むように綺麗で澄んだ蒼が支配していく。


同時に周囲は気温が下がっていった。


その変化に気付き、僅かに後ろへ下がる菖蒲の少女はそれでも笑っていた。


「そうか、これがシェリーちゃんを救っていた秘密だったんだね?」


まるで私の未来はとうに潰えていたかのように語る彼女に返すのはこれを最後にしても良い全力の魔法だ。通用するのかしないのかは分からない。多分絶対剣を前にしている以上は期待は出来ない。


しかし足掻くしかないのだ。例え今私がこの場で終わったとしてもフィアナだけは刺し違えなければ全てが終わるだろう。未来予知ではないがそんな予感だけはするのだ。


手に纏う蒼が冷気を放つ。絶対零度の蒼氷は不思議と温かい。本当は冷たい筈なのに私の味方で有り続けるように心を安らげてくれる。甘い果実を手にするような力の源はそのまま剣となり、荊となり、薔薇となり、辺りを氷の世界へと変える。


菖蒲の少女が創り出した空間だが、今この瞬間だけは私の国と表明出来た。雪が降り、雪結晶が煌めいて絶対零度の絶対領域を広げていく。吐息すらすぐさまに凍る程に冷たい世界。もはや溢れ出す魔力は堰き止められやしないくらいに半分暴走していた。これがもし箱庭じゃないセントラルの空間で行えば確実に都市そのものの機能を停止させるだろう。既にこの地獄の学園は真っ赤ではなく真っ青、或いは真っ暗闇だ。山で遭難したら映るのはこんな景色なのだろうと思わせる程に極寒が呑み込んでいる。当然だ。あの鬼神の力すら上回ったのだからもはや神の力と受け止めて良い代物である。何故私が扱えるのかは不明ではあるがこうなれば誰にも止められはしない自然災害ーーただの災害だ。


しかし吹雪が荒れ狂う学園の舞台で菖蒲の少女は立っている。


その身はまだ凍てつきはしない。


ただ時間の問題だ。


「魔剣でもずっとは無効化出来ないようだね。まさか先に根を上げるのが絶対剣の方だなんてシェリーちゃんは化け物か何かかな?」


「ーーどうでも良いわ。貴女さえ倒せればなんでも」


刺し違える覚悟だ。きっとこの魔力も私の願望に呼応して持てる力を最大限に反映してくれている。


だから彼女の見立ても正しい。


「でもシェリーちゃんも駄目になるよ? 自分でも分かってるよね? 無尽蔵に湧き出るとは言ってもずっと貴女を守る為の力じゃないってくらいは」


有限な力があるからこそ人は制御下に置ける。だがもしそれが有限じゃなかった時どうなるかなんて難しく考えないで良いだろう。


「ええ、この力の行き着く先は私を呑み込んでしまう結末。文字通り全てを止めてしまうのだから自身も当然止まってしまう」


そんな事は言われないでも自身がよく知っている。だって私が一番この力に助けられているのだ。手に余る能力を求めても応えてくれるなら代償は支払わなければならないだろう。


この身を捧げる事になっても。


その意志が感じ取れたのかノーマライズ・フィアナはシラけた表情を浮かべて溜め息を吐く。あれはきっと諦めて観念したものだろう。


「あー、そう言う事か………つまらない最後にしちゃうんだね」


「結構よ。貴女に勝てるなら」


冷たい言葉だ。感情すら凍りつく気持ちになり、まるで昔の私に戻っていくようだ。そんな自身を見て彼女もお手上げだと両手を挙げる。


「制約は私が死なない。つまり活動が停止するのは死なないままに生きるが、動けはしない。と言うよりかは抜け出せない氷の牢獄に閉じ籠められる。流石に魔剣でどうにかならない以上は詰みだよ。しかもこの空間を解除も出来なくなる上にシェリーちゃんもこの場所で心中なら終わりだね」


これはダリアス・ミレーユの時と同じやり方だ。規模が全く違うが、死なない相手との経験値は生きている。


「魔剣はもう動かないし、その力………まさか私の魔力まで凍らせていくなんてね」


どうやらそんな現象が彼女には降りかかっているらしい。が、それなら冥天のディアナードの時も説明がいくだろう。あれが炎を凍らしていたのではなく、魔力そのものすら凍らせていたのだ。確かにそこまで異次元な能力じゃなきゃ魔剣や鬼神には対抗出来ないだろう。


「仕方ない。じゃあ最後に私の独り言で締め括ろうかな?」


「………」


魔剣の光が弱くなってきた。ギルザイヤもまた凍り付いていく様を見せながらその活動を停止させていく。


同時に私も温かく感じた魔力が寒くなっていくのを感じた。


もう身体が動かない。だから言葉も上手く発せない。


そんな中でもまだいつも通りを崩さずに菖蒲の少女は喋る。


「私の目指す終着点。それは魔法が無い世界だよ」


語り出す声に耳を傾ける。何処かでそんな言葉を聞いたような気がするがあまり思考が働かない。


「私は魔法が大嫌いなんだ。魔法みたいな手品とかは大好きだけどね?」


初耳だ。魔法の力によって産み落とされた彼女のそれは自分そのものを否定するように話す。


「下らない争い。下らない破壊。下らない人工生命体。下らない魔法の歴史。下らない魔導師の権威。こんな過ぎた力が無くたって人は生きていけるし、寧ろ魔法が無い世界を進んだ方が楽しい未来が待っているかもしれないのに………下らない」


「有りえない………わ。馬鹿ね………」


唯一過去にも返したであろう言葉を漏らす。いつだってこのようか真面目なやり取りに関してはお互いに噛み合う事がなかった気がする。


やはり決定的に私達は違うのだろうか? 相容れられない存在同士なのだろうか?


正直、カナリア・シェリーとノーマライズ・フィアナは全く違う世界を歩んで来た。一緒の境遇なのかもしれないが、育って来た環境が違い過ぎて全く別の思想に変わってしまったから対峙する事になったのかもしれない。


もし少しでも私が、或いは彼女が譲歩すれば結末は変わったのか?


だけどフィアナは首を横に振った。


相変わらず頑固な性格は変わらない。そして絶対に私に譲歩したりはしない。まるで恨みや妬み、その他の負の感情を覗かせながら目の敵として見て来る。


そして悲しそうな、泣きそうな表情に無理矢理笑みを貼り付けながら一言ーー。


「相変わらず夢がないね。シェリーちゃんは」


ええ、知っているわ。いつも貴女は現実的な私の考えを否定しかしない。だけどフィアナの理想を夢見る考え方は何故か真っ向から否定は出来なかったわ。


だって私もーー。


そんな意識が途切れそうな中で思考していると最後に彼女はーー。



「だから私は貴女の事が世界で一番大嫌いだよ」


「ーーッ!」


何故かその言葉はカナリア・シェリーに突き刺さった。あれだけ対峙し合っている中でも友達だと友交的に見えて友交的じゃないが、こんなにハッキリと言葉で突き放す言い方は初めてかもしれない。


一瞬、心の奥底で何かが熱を帯びて揺れ動く。果たしてこの感情は一体何なのか? 今の言葉に私は何を抱いたのか? 気付けばほんの僅かな間だけ私は私を取り戻していた。極寒に晒されて身も心も凍てつこうとする中で弱っていた灯火が輝きを放つように。


だがそれでも身体の機能は再起はしない。


暴走する魔力も止まりはしない。


ただ死を受け入れる心が待ったを掛けただけだ。差し出した代償を引っ込めるには些か遅すぎた。


その時に私は菖蒲の少女がいつも傍に居た姿を見せていた事を理解しーー。



「じゃあねシェリーちゃん」


まるでまた再会するのを確信しているかのように気軽な死別の挨拶で締め括りーー。



「ふぃ………あなーー」


そうして世界が閉じた。



最後に僅かに動いた腕を彼女に伸ばしながら。




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