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◇旋律と蒼天のブライニクル◇  作者: 天弥 迅
第一章 始まる物語
14/155

–天才と天災②–


「堕天のルーファスに歯向かった事を後悔しながら死になさい」

「後悔するのはどっちかしらね」


それを区切りに戦いの火蓋が切られる。

先に動いたのは彼の方であった。


「潰れなさい」

「ーーッ!」


ゆっくりと手を翳す。まるで何もない空間を押し付けるようにした動作をする。それだけの事で変化があったのは私だった。正確には自分を起点にした周囲だ。

突然身体が重みを増す。いや、それでは体重的な意味に変わってくるので言い方を変えよう。

突然重力が増した。体感でおよそ3桁級の重さがのしかかるのを覚える。簡易魔導書で底上げし強化された肉体に咄嗟の判断で障壁を展開したことで難を免れたが、もしもう少し遅ければ圧縮に耐えらずに肉体が潰れて欠片も残っていなかっただろう。そうでなくても僅かな時間に加わった負荷で身体は悲鳴を上げかけていた。

肩で息をしながら種明かしをする。


「はぁ、はぁ、重力魔法………ね」

「素晴らしい反応です。惜しい逸材ですね」

「褒めても何も出ないわ………よ!」


反撃。【簡易魔導書】に記憶された数多の魔法を速射する。基本の5種に加えて異種も含めた波状攻撃だ。質、量共に最上に近い水準を誇る火力は防御に徹したとしても容易く貫いてしまうであろう。


「2度は通じませんよ?」

「!」


余裕な口調を発しながら彼は両翼に魔力を込めて解き放つ。その規格外な質量を溜めた魔力は此方の攻撃と衝突した。

大爆発ーーと思いきや、中心で激しい渦を巻きながら最後は何事もなく相殺して消え去った。

先程の通用していなかったのもそうであるけど、今の複数の強力な魔法群を軽くあしらうのも桁外れな強さだった。流石は悪魔と言った所だ。原初魔法が全く通用しなければ普通の魔法が通用なんてしないだろう。

人間の技で倒せる相手ではない。


「もしかしてそれで終わりですか?」

「難しいわね」


落ち着いて返す私は気休めの魔法で身体を癒し、冷静に戦局を見定めながら対応策を考える。

【簡易魔導書】は万能で臨機応変に扱える便利なものだけど、それではこの悪魔を倒すには足りない。火力が足りないってのも変な話であるが、所詮、産業用や人間対人間辺りを意識した魔法だからその枠組みを超えた相手なんて想定してはいない。戦争とかに利用されたものだって今は禁止魔法として認定され、秘匿された。つまり現在認知されている既存の魔法では渡り合えない。

もっと。更に尖って秀でた強力な魔法でなければーー。

難しい。と私は答えた。それは打開策である力を持っていないからではない。

実際にある。相手が堕天と呼ばれる世界から隔離された圧倒的な存在であろうと打破する手段の飛び抜けた魔法であり切り札が。

しかし使いたくはない。使えるがあまりにも尖り過ぎて加減が効かない不安定なものだからだ。

その抑止力として【強制中断】と言う魔法が最後の頼りなのだが、残念ながらそれは何処かの誰かさんの為に浪費して暫く使用不可となってしまっている。

難しいよりは軽い危機ですらあろう。

ほんとどうしよう私。

持ちうる手札ではこの状況を打破するには天才でも難易度が高い現実に頭を悩ませる。

相手はまだまだ本番はこれからだと言わんばかりに寒気のしそうな笑みを浮かべてゆっくりと近付いてくる姿はまるで冥界への案内人だ。待っている死は刻一刻と迫っていて、もう直ぐそこまで来ている。

最悪、諸刃の剣だろうが原初魔法を使わざるを得ないかもしれないと腹をくくろうと決めた。

そこへ。


「おいおい。息巻いて出しゃばった割には押されてるじゃねーか?」

「! へカテリーナ・フローリア……」

「まああたしだってどれだけの力量かを弁えてはいるけど、手詰まりなんだろ? あんた一人なら」

「手段が限られてきて悠長には出来ないわね」

「何処まで天才なんだよ………」


呆れた笑いを溢しながら彼女は数本前に出る。その立ち位置は自身の隣であった。

となれば答えは判る。


「本気? 死ぬわよ?」

「どの道何もしなければまずい状況だろ? だったらあたしはあんたに賭けるぜ?」

「………」

「あんたが切り札だ。同世代相手で悔しいが認める。だから使えるならあたしを使え。使ってあいつを倒せ」

「成る程。実力派らしい考え方ね」

「頼りにしてるって事だよ」


言いながら彼女は自身の持てる魔力を最大限に解放する。一般とは比べ物にならない量を異種魔法に注ぎ込む。そうする事で辺りの物質は全て【無暴】の支配下となる。瓦礫から樹木に大地が一斉に個に牙を剥く。それでも倒せないにしろ足止めにだってなるし、何処かで致命打を与えられるかもしれない。

頼りにしたいのはどちらなのやら。

今の会話で少しばかりだがカナリア・シェリーはへカテリーナ・フローリアと距離を縮められたような気がした。生きるか死ぬかの場で命を預ける信頼行為がそう思わせるのだろう。

戦友とはこんな相手の事を言うのか?

ただ、後になってよくよく考えれば手詰まりの要因を作ったのは彼女なのだからそれくらいするのは当たり前なのでは? と良い気分を台無しにしてしまう未来があったのは言うまでもない。


「わ、私も………」

「フィアナ………」

「こんな時にいつまでも、………黙って見てなんて………」


震えた声で精一杯の気持ちを述べる菖蒲の少女。この三人の中で一番場違いである彼女が怖くて苦しくても勇気を振り絞っている。震えるのは声だけでなく身体の上から下まで。まるで寒気を催しているように見えた。

意識を保つのすらやっとなのかもしれない。 それでも確かな強い意志を持って微々たる歩幅で前に進む。ある意味では天才でも超えられるか判らない凄いものであろう。

不思議。このイカれた現実よりも誰も寄せ付けない風格を持ってしまった自身の隣に肩を並べている光景が何よりもおかしくて面白い。

対等。まさにそんな言葉が当て嵌まる。当たり前だとしてもやはり毛並みの違う私からしたら非日常で不自然な場面だ。また違った意味で安心を覚えてしまう。これなら悪魔なんて怖くも何ともなくすら思える。

まあ、元々怖じ気づいている訳でもないけどね。


「無理はしないでよ?」

「無理なんて、ガクガク………し、してなんて………」

「判った判った」


判ったのは相当無理してる事である。地震に見舞われたかのように揺らす身体を見れば聞かずともだ。よくそれで立っていると思う。にしてはそれ以外が相変わらずな調子なので嘘臭くすら見えた。


「で、どうすんだ? 彼方は余裕そうな感じで待ってくれている内に考えとかねえと」

「そうね………とりあえず解放してる魔法を抑えて温存して頂戴」


聞いてくるへカテリーナ・フローリア。とは言っても下手な魔法では焼け石に水だ。倒す計画で立ち回ってはいるが、これ以上の火力のある魔法は2人すら巻き込み兼ねないのでそろそろ結界魔法を直接解除するやり方で作戦を練っても良いかもしれない。彼女も単純に魔法の才が秀でているからフィアナと協力してそっちに集中してもらえればじり貧な戦い方でも道はある。それが通用しないなら、いよいよ危険を承知で奥の手を使うしかないが致し方ないだろう。

よし、それでいこう。

悪魔の相手は私。結界の解除は2人に。


「ーーな感じでお願い出来るかしら?」

「確かにあたしのこの魔法じゃ今は厳しいか。適材適所ってやつだな」

「で、でもシェリーちゃんが………」

「自分の心配だけしなさい。私は現状で勝つのは難しい展開だけど負けもしないから」

「そこは間違いなさそうだな」

「悪魔が更に強くならなければね………まあ時間稼ぎ程度に考えて頂戴。貴女達に託されてるから」

「う、うん。それまでの間頑張って耐えてね」

「だから自分の心配をしなさい」


その言葉を区切りに私は悪魔に向き直る。深紅と菖蒲の少女も同時に結界の方へと駆け出した。

作戦会議は終了。

第二回戦である。


「ふむ。結界を解いて逃走を図る気ですね」

「誤魔化す気はないわ」

「それを許すとでも?」

「逆にさせるとでも?」

「笑わせる!」


言うが早く堕天のルーファスは一直線に低空飛行で突き進む。

狙いは結界の解除に向かった2人ではなく、カナリア・シェリー目掛けてだった。邪魔されて調子を崩されるよりかは先に手のかかる自身から片付けるようだ。

将を射んと欲すればまず馬を射よ。この場合どちらが頼みの綱かは難しいし、どちらが将かも微妙かもしれないが目的が結界の解除なら私が馬だ。彼も瞬時に見極めて狙いを定めている。定石の判断だが、しっかりと囮役として機能してる面を考えればさして気にすることでもない。

だから真っ向から此方も挑む。


「所詮人間である貴女に止められますか!?」


言いながら悪魔は駆ける勢いを味方に鋭利な異形の腕を薙ぐ。生身の人の肉体なんて紙のように裂いてしまえそうだ。

生身相手ならーー。


「だから負けた相手でしょ? その人間ってのは」

「ぬっ」


鈍い音を響かせながら相手の前進を止める。

交わるのは彼の腕と自身の腕。ただし此方もそれなりに対抗出来る耐久力のあるものへと変貌を遂げていた。

薄く光る銀のような鱗とも甲殻とも言える完璧に人間のそれではない同じく異形の腕。これもまた空想上の存在と言われている圧倒的な力の象徴の塊。

人々はーー否、悪魔ですらこう呼ぶだろう、


「【竜の腕】」


東洋ではよく崇めたり神ともされている神聖なる生物。扱えるようになった時は半信半疑な感想であったが、こうして悪魔相手にもひけを取らない力がある以上本物なのだと認めるしかない。

しかし、実際に竜の腕と入れ替えている訳ではなく外装を極度の魔力で想像して具現化させた肉体強化魔法なので大したものでもない。ただ名前を借りるだけでもその強さを実物に近付ける効果はある。神聖な存在なら尚更増すであろう。もしこれがただの自分の腕を強化しただけならきっと同じ結果にはならない。

名前を使う事で意味と役割を持たすのは魔法にとっては必要不可欠なのだから。


「そんな事まで出来るとは………」

「あら? これを知っているのかしら?」

「形に多少の誤差はありますが、魔界にも似た存在はいます。我等は【ドラゴン】と呼びますがね」

「出来ればお目にはかかりたくないわね」

「御心配なく。彼等は深い眠りからまだ目を覚ますには最低でも何百年は掛かりますから」

「規模が違うわね」

「今はそんな話を悠長にしている場合ですーーかッ!」


拮抗していた腕の交差は無理矢理に解かれてお互いに一旦距離を空ける。

すかさずに私は風の刃を練り上げて十字に放つが、悪魔は上手く両翼を広げて上空へ昇って回避をして雷の雨を降らす。下手に避けて流れ弾に被弾しないように周囲から磁力を使って引っ張りだした金属類を展開して避雷針の役割にさせて逃れ、返しの形で反発させたそれは速度を上げながら襲い掛かる。

しかし、全てを業火で焼き尽くされてそのまま此方も燃やし尽くそうとするのを大気の水分を集めて作り出した球体とぶつかり相殺。乾燥感が酷い空間の中、降り立つ存在と視線を合わせたまま緊迫の圧力が継続される。

5秒。体内の酸素を入れ替えて私は土から暴れ狂って飛び出す鞭のような蔦を使って相手を拘束しに掛かったが再び重力の魔法で全てがひしゃげて潰される。

構わずに空間の影響を受けない魔力の衝撃波で貫通を狙う。残念ながら威力としては乏しく堕天のルーファスの片翼に弾かれてしまった。

だがそれによって生み出される死角から鋼鉄級の【竜の腕】を振るって肉体を抉り取ろうとする。

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