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◇旋律と蒼天のブライニクル◇  作者: 天弥 迅
収束へ向けて
136/155

−天才でも欺かれる④−


「これスゲェな、身体が軽く感じやがるぜ」


「肉体に電気を微弱に帯電させてますわ。それによって向上するのは気持ち程度ではありますが、元の貴女と言う素材が良いだけに反射速度の乗算が大きくなってますわよ」


得意系統特有の付与効果。が、あくまで自身に対しての強化が主となる能力なのにシルビアは他者にその効果を与える技量を持っていた。人によっては合う合わないが魔法の性質なので本来ならば拒絶反応と言う形で外傷なりを被る。だからこそ他者と戦闘による魔法が有効となるのだ。分かりやすいものはともかく肉体の内部に流す魔法は推奨すべきものではないと教育を受けるのが通例だ。


ただし、例外は存在する。根本的な魔法の理解と扱う技量が一般人よりも遥かに秀でた者同士であるならば出力を落としたら許容は出来る範囲内だ。


加えてもう一つの彼女達だけに機能する例外があった。


「更に、もうこの面子で伏せる必要はありませんから言いますが私の扱う魔法は磁力です。魔力を帯びた物体にも磁力の性質を与える事も可能です。フローリアさんにはその影響を上手く利用して地面との反発をさせてますので実際には身体が軽くよりかは貴女の動きに微力な後押しをしているだけです」


「ああ、大体そんな類いだとは知っていたさ。だがそれってあたしが本来の魔法を展開するとーー」


「ええ、意図的に干渉するのを得意とした私達が対峙すれば相殺されますわ。と言うよりかは磁力とは違った意味で反発されるでしょうね」


しかしーーと言葉を区切って互いに見合う二人の導き出す結論はただ一つ。


「相性なら抜群ですわ」

「相性は抜群だな」


能力の特性ーーいや、効力をある意味一番感覚的に共有出来るであろう彼女達は即席であろうと何ら問題ない組み合わせである。まるで歯車と歯車がしっかりと噛んだような状態を感じる瞬間だ。


残す課題であるフローリアの荒削りな部分をシルビアの経験が補い、シルビアにはなくフローリアにはある思いっきりの良さが化学反応を起こせばーー。


「これは手強いかもしれないね」


ようやく彼と互角の戦いを繰り広げられる。



「大人しく今はやられな!」


絶対攻略と言う後ろ盾の援護に多大な信頼を寄せる彼女は攻める時の勢いが更に凄まじくなる。


正面かと思いきや横に回り込んだ回し蹴りで変化を混ぜる。殺気を剥き出しに攻撃する分、見切りやすいかと考えがちだがその実意識が初動に持っていかれてしまう為にいきなり注意を逸らされると対応が遅れる。それを感じ取るフローリアは深追いをする場面でこそ殺気を強く与えて敢えて違う角度から不意打ちをしたり、敢えてシルビアに攻めさせるような引き出しを見せ出した。そこへ間髪入れずに抜群の隙間を縫って最速の雷撃が来るのだからこの組み合わせの連係は高い完成度だ。避けた瞬間から再び真紅の少女に攻められる交互の攻撃はある意味緩急も感じられてやり辛さが増す。


喧嘩が得意とする彼女も持ち前の身のこなしを向上した肉体で更に磨き、徐々に無駄を削ぎ落とした最短の剣技ならず拳技を乱打する。真の拳闘家にはまだまだ及ばないが我流を交え、殺気を剥き出しにする体技は要所要所で本物に肉薄するのを感じられる。それが一学生の魔導師であると考えればどれだけ凄いかは語るまでもない。


一切の魔法系統に頼らない純粋な肉体戦。シルビアの力を借りた身体能力を最大限に発揮した動きは速さは勿論、静と動の融合体そのものだ。


が、これだけの攻め手すら全てをいなす剣聖。仮にも彼は剣士だ。剣術とは全く関係ない体術のみでの土俵の攻防すらも対応する姿は異質であり、見る人からすれば正に才華の化身である。


それでも防戦一方に成らざるを得ない状況になるのはひとえに絶対攻略の存在だ。彼女が補う要所要所の追撃が彼に攻めの隙を与えない。逆にこれだけの戦闘で防御だけでも出来るのが異常だが、縛りがある中での戦いの限界は当然ある。


そして更に加速する攻め手。特に真紅の少女の肉弾戦が飛躍的な進化をしていく様は目を見張る。実戦をすればする程に強くなる姿を瞼に焼き付けながら操られているとは言えその表情には苦悶が浮かぶのは当然の事。


流石にここまでとは誰もが考えていなかっただろう。本人ですらここまでの接戦に喰らいつけるような慣れを覚えるとも。


一切自身の能力を封じた上での純粋な格闘戦を熟す様子はまるで神童だ。いずれは自力で到達するであろう到達点を先取りしているだけ。欠点がどんどんと削がれていき完成した時には剣聖ですら手に追えないだろう。


「(しかし現状の問題は彼女ではない)」


フローリアの猛攻は凄まじいが所詮は少女の筋力による徒手だ。まともに食らったとしても立て直しが効く程度の何の殺傷力もない力。動きにこそ翻弄されていたが徐々にそんな戦闘も目が慣れて来たら大した障害にすらならない。これは試合ではないのだから神童の完全体を待つ前にケリを付ければ良いだけの事。


ただしそれはあくまで彼女一人だけの場合だ。


つまりその援護をしているシルビアこそ最大限に警戒をする必要がある。寧ろ先に潰すとしたら目先の天才よりその先にいる天才だ。現状将の操る兵に抑えられている戦況。とどめを持っていくのは恐らく将になるだろう。定石とすら言える。ならばこのままフローリアと戦いが続けば視野を広げ出す彼が隙を減らしていき、やがては将を射ようと画策する。だから何処かで絶対攻略は一気に畳み掛けようとしてくる筈だ。


と言うよりも既にその下準備を進めているだろう。


故に彼女は基本的には最低限の援護にしか回っていない。本命を繰り出す為にはそれぐらいの集中力が必要なのである。


「(きっとあの人は真意が読めたら真っ先に私へと向かってくるのでしょうね)」


飛躍する真紅の少女も所詮は俄仕込みの戦いを強いられているに過ぎない。だからこそ要所要所で追撃をしなければとっくに彼に打破されているのは一番シルビアが見て分かっていた。


しかし一緒に攻めたとしても噛み合わずに此方の動きが鈍くなってしまう可能性が高い為、ここは思いっきり個人戦をしてもらいながら機を伺う事に専念する判断が最良だった。


ただし、いつまでも通用はしない。故にじり貧になって負ける前にガルムでも凌げない必殺たる技を使うしかないのだ。懸念としては剣聖と呼ばれる存在の命までを脅かしてしまう恐れがある事だが、結局手加減をすれば全く通用しないのでどの道こちらには選択を狭られる。


シルビアはそこまで理解している。


いずれは想定しないといけなかった何かを犠牲にする覚悟。或いは代償を伴う事を受け入れた決断力。


今回なら師の命か自身と友の命かだろう。


結論は出ている。


「(ガルムさん。貴方を信じますわよ!)」


バチィッと魔力を帯びた電撃が彼女の周囲で弾けた。小さく地からすら湧き上がるように漏れる放電は周囲すら巻き添えにしかねないくらい激しく迸る。その現象はこれまでにない強大な力を振るう前兆だ。ここまで分かりやすい魔法を今一切隠す素振りも見せないのはそれだけの高出力が勝手に溢れ出す程の最上級の一手であるからだ。


これは磁力の法則を利用した反発する勢いを一点に集約させて放つ天楼の雷撃。


名を【電磁砲(レールガン)】。


加速する力が更なる加速を呼び、音速の速さにすら数字で表さなければいけないくらいに区切る必要がある速度を出す。そこまでいけば人の能力じゃ不可避な最速の脅威であり、射出した質量の分だけ破壊力が増す正に個が産み出す兵器だ。


もし戦争があるならコレ一つで国が有利に働く程の軍事力となり得るものを持つ彼女がどうして次世代のエイデス機関の頂点に候補として上がるかは聞くまでもない。


端的にシルビア・ルルーシアが兵器として国家間の抑止力になるのだ。交渉材料にもなるその存在こそが全てをひっくり返す事さえ可能な絶対攻略である。


単純な比較をするならば現在の神門 光華が持つ鬼神の力にすら並ぶ破壊力を秘めているだろう。絶対剣も同様にそこの基準で比べるのだからどれだけ人間の魔法も単体としておかしいかは分かるだろう。


神の名が付く力に抗え、ある種の絶対を持つ兵器であり頭脳もある天才。それが一人の若き少女なのだから末恐ろしい。


最も、そんなシルビアに並ぶか或いは超えてしまう天才が数人身近に居てしまうのが何より恐ろしく感じてしまうのだがーー。


「これで終わりですッ!!」


発動してからは時間を要しない。何故ならばその発動までの下準備こそ一番労力を伴うから静かに用意をしていたのだ。


繊細な磁力の均一化。集約して一点に放つ事によって加速していく為に用意する軌道はその方向以外に分散させてはいけない。分散すれば土台がしっかりしていない大砲がそこにあると思って良いだろう。そんな何処に飛ぶかすら分からない兵器なんて願い下げである。


その軌道に敷かれる反発する力を半永久的に加速させ続け、やがて臨界点に到達した時に電磁砲が完成するのだ。


装填するは特注で用意したもの。磁場を自ら持つ通電性の高い鉱物を加工して造り上げた弾丸だ。手のひらに収まる程度ではあるが、多少質量を上げた所で一度射出されれば弾丸は直様に形を失い、残された衝撃波のみが破壊力を生み出すから必要なのは発射する為の条件を満たす素材があれば良い。


最上級と位置付けされるが、あらゆる面に置いてその枠から数段階引き上げられる。いずれは新時代の魔法階級で呼ばれるようになるだろう。


特級魔法とーー。


「いきますっ!!」


「任せたぜっ!」


「ーーっ」


絶対攻略の合図を聞いた無暴は後ろ回し蹴りからの飛び蹴りと言う大技を仕掛けて相手に防御の時間を作らせる。退くより押して来た少女の意外性に飛び蹴りは腕で衝撃を抑えざるを得なかった。そこへ更に空いていた足で蹴り飛ばすように放つ。この連撃が合図から僅か一瞬の間の時間を稼いだ。同時に離脱する推進力を作るが、確実にシルビアの射程圏内からは抜け出せていないのを剣聖は分かっていた。これでは真紅の少女もろとも必殺に巻き込んでしまう。そこまでの覚悟だと言うのか?


と考えたところで結論に辿り着いた。


何故ならばフローリアの離脱速度が増したからだ。


まるで何かに引き寄せられるようにーー。


「(磁力か)」


「(御明察。わざわざ彼女に私の補助を施したのはこの時の為ですわ。軽視していたツケが返ってきますわよ)」


互いが目線でのみのやりとりを交わす。が、完全に手玉に取られた彼は苦笑を返しているだけに過ぎない。視線をズラせば映るは電磁砲の充填が完了した雷撃の迸り。この状況を聖剣を無しに無傷で超えるのは至難だが、それ以前に最上級を超える力を前に隙を見せた状態から果たして無事に済むのかも怪しい。本気でぶつかろうとしている決意を感じられた瞬間であった。


ガルムは思う。


あの時、彼女がシルビア・ルルーシアに次を託す為に指南を志願したのは間違いではなかったとーー。


流香(ルーシャン)と言う人生から解き放ったのはきっと今の彼女を見れば成功だっただろう。願わくばこの大きな戦いが終わって真の自由を得て欲しいものだが、その心配は杞憂に終わるくらいにもう彼女は一人前の人間だ。


だからここで自信が踏み台になるのが本望に感じる。


ありがとう。よくやった。


君に足りないものはもはや何もない。


弟子は卒業だ。


ただーー。



すまない。


剣聖として君達の前に立ちはだかることをーー。


不甲斐ない私が君達にそんなあった筈の未来を、託したかった自由を奪ってしまうことをーー。



その時だ。


轟音が全てを真っ白にした。


視界、音、空気が物語るシルビア・ルルーシアの全力全開の特級魔法は確かに剣聖に直撃した。


電磁砲。単純な魔法では到達不可能な高出力を一点に集約した雷撃を前には跡形も残らない。


ーー筈だった。


「おいおい………冗談も大概にしろよ………」


真紅に少女が肩で息をしながら力なく膝をついた。


「ガルムさん、貴方を攻略した相手は一体どんな化け物なのですか………」


栗毛の少女は静かな声の中に絶望を溢す。


「君達は十分強く、最善を尽くした。今の一撃で確かにこのオルヴェス・ガルムは完敗をしていただろう」


自称剣聖は酷く苦しい表情を浮かべる。


洗脳されていてもその姿は確かに本音を漏らしていると確信出来る程だ。


しかしーー。


「気まぐれな聖剣とは残酷だよ」


磁場が狂い、放電する中心は一切の現象を跳ね除け、全てを無かったかのように相殺していた。


その手に持つゼレスメイアによって。


「今からが剣聖としての本領を発揮するなんてね」


一振り。軽く周囲を薙ぐだけで空間を浄化した。狂いに狂った磁場は正常を示し、放電は飛散する。白く輝く極光は周りを優しく包んでそこから始まりの軌跡に導く。


ただただ特別だった。その特別な蒼を宿す刀身は見るもの全てを釘付けにする聖を象徴し、脈動するように大き過ぎる存在感は正しく生きた伝説をそこに見たかのような印象を抱く。そんな神々さを帯びた剣の前には特級魔法すら屠られる。


電磁砲ですら聖剣ゼレスメイアの前では歯が立たないのだ。聖剣に限らず魔剣や宝剣でも結果は同じではあるかもしれない。やはり絶対性を持つ力を前には人が編み出す単純な力では打ち勝てない。


その現実を見せ付けられてしまえば魔法でしか立ち打ち出来ない魔導師は詰みだ。


やはり反則的な力である。


「ふざけんなっ!! まだ負けちゃいねぇ!」


「ーーッ駄目!!」


吠える無暴は天器を放ちながら自らも単身で駆ける。


が、それは破れかぶれの玉砕攻撃だ。既に彼女の攻撃は全て聖剣抜きに封殺された技、なのにどうして聖剣を持つ彼に通用する? 更には今の彼女は足掻いているだけだ。そこには何の殺意も恐怖もない。寧ろ怯えて泣いている獣に近いだろう。あれはあれで危ないがもはや些細な差であり、戦略性がない姿は逆に恰好の獲物だ。


一切の強みを発揮出来ないフローリアに勝ち目なんてない。絶対攻略を持ってしても覆せない勝負に挑む無暴の姿にシルビアは悲痛な声を上げるしか出来なかった。


「諦めが悪く見えてその実は勝てないと分かっているように感じるよ。ここに来て一番全てが中途半端になってしまったね」


無情にも彼は本質を突く。


七星剣は今度は聖剣の一振りで消失した。純白の輝きに当てられたと同時に最初からなかったように無に帰してしまう光景はどこぞの天才の魔法に似ていた。しかしあれは回数制限付きの代物だった分再構築出来る見返りは大きかった。


だが、見返りはない。寧ろあんなにあっさりと自信の研鑽された力があしらわれる事に精神的な痛手すら覚えてしまう。ただ単に反則で異常なだけだ。


彼女の表情が珍しく泣きそうな程に歪みながら最後、自分の編み出した代名詞を繰り出す。例え暴発して相手諸共散ろうが構わないくらいに本当の玉砕覚悟でだ。


それで負けても良い。一矢報えれば好機は到来し、自身じゃなくとも誰かが次に繋げてくれると信じながらーー。


フローリアは拳を突き出す。



しかしそれさえも。


「残念ながら一度見た魔法なんでね。聖剣のズルい所は都合の良いように相手の魔法すらも味方にさせる力を持っている事なんだ」


「ーーぁぁッ!?」


暴発に巻き込まれたのは寧ろ真紅の少女だけだった。彼には爆風の余波だけしか届かずにその前髪を僅かに揺らしただけの結果しか残らずに彼女は爆炎に呑まれながら吹き飛んでいく。


有り得ない。


そう口を抑える栗毛の少女は言葉を失う。


それなら確かに気まぐれだと、相手を選ぶと言う訳だ。


こうも反則的な能力ならば並の相手ーー否、並以上ですら一切勝負にならないのだから。


都合の良い力。


特級魔法も、天器も、異種の下法すらも聖剣が全てどうにかしてくれる戦いなんてそれはもう戦いにすらなっていない。


つまらないお遊戯、茶番だ。


抜かれない相手は茶番に付き合う程暇じゃないと有り体に言われていたのだと知ってしまった。


ただ、ならばまだ一縷の望みはあるのではないか?


「(そうですわ。私達はこうして彼に、聖剣に向き合う舞台を用意している。つまり、聖剣が認めた証拠。幾らなんでもあの反則を振るうのに何の代償も無い訳がーー)」


そう淡い期待を抱くが。


「残念ながら代償はない」


「ッ!?」


「確かに絶対剣には相応の要求はされる。魔剣ならば己れの生命を、宝剣ならば己れの技術無しには砕け散るようにね。だが、聖剣は特別過ぎるんだ。唯一の代償はいつでも抜けないくらいだよ」


「そん………な」


「失敗はいつでも抜けない聖剣を持って死んでしまっては元も子もない以上、持ち主には相応の研鑽が求められてしまうから必然的に剣聖を目指してしまう事だね。ある意味呪いだよ。抜ければ関係ないのに抜けない以上頼りに出来ないから持ち手が勝手に強くなってしまうのが」


もはやそれは呪いなのだろうか? が、持ち主がそう言うのだからそうなのだろう。


選ばれた以上、それに相応しい存在にならなければいけないとこれも洗脳の類に入る現象なのか、血の滲むような研鑽を強いられる。


道が決められてしまうのはある意味残酷だ。きっと彼が自称を名乗るのは聖剣を使ってしまった時の圧倒的な強さを知っているからなのだろう。いつまで経っても聖剣を超えられないのならば剣聖と名乗るに値しないと。


だから磨き続けるしかない。己れを、生涯。


「絶対攻略なんて肩書きも絶対剣の前には絶対性はありませんね」


敵わない訳だ。才能なんて付け入る余地もないくらいに埋まらない溝がある。ずっと見上げて追いかけても追い付けない。時間よりかは歴史の域で差を離されているのだからその距離を縮める事もそもそも最初の始まりから負けているのだ。


馬鹿馬鹿しい。


天才の答えがこれだ。


ちょっと近道した所で終点に行けなければ意味がない。


ただ何も答えが出ない程には彼女も絶対攻略を名乗ってはいなかった。


「結論、聖剣ゼレスメイアさえ攻略出来れば全ては覆る。そうですわね?」


「そう、最初から答えは出ていた訳さ。聖剣が無ければからっきしだとね」


「言葉遊びだと最初は思っていましたが、まさかそんな単純にして一番難しい結論だったのですね」


「本当は抜けないままか、仮に抜けたとしても私は君達には抜くまい意志だったんだけど中々どうしてか、洗脳って厄介だよ全く」


「寧ろここまで来ると貴方を懐柔した相手が本当にどうなっているのか気になりますわね。まさか聖剣はその時は抜けなかったのですか?」


「聖剣は抜けたさ。抜けた上で抑えられたのだから本当に私らが戦わなければいけない相手の底を測れなかったのが悔やまれるよ」


「貴方が勝てなければ、一体誰が勝てると言うのですか………?」


衝撃的な事実は予想はしていた。ただそれが真実ならば真っ向から力技で剣聖を捩じ伏せた事になるのだからそんな戦闘力のある魔導師は陣営には存在しないだろう。


唯一あるとすればーー。


「もしかしたらシェンリンなら………」


「おすすめはしない」


「どうして?」


「禁則事項だから説明は出来ない。それよりもこの絶対的に勝ち目のない状況の中、君はそんな他者への希望を抱いている余裕があるのかい?」


既にフローリアは瀕死に限り無く近い状態。そしてシルビアもまた多大な魔力を犠牲に無駄撃ちに終わってしまった疲労困憊だけが残る状態だ。


ガルムも聖剣が抜けてしまった今、向こうに勝機がないのは理解はしている。が、僅かでも出し抜かれて欲しいと願いたい彼に出来るのは伝えられる範囲の情報と諦めさせない為の挑発。


もしもまだ彼女が諦めていないのならば未来はある。せめて敵であっても精一杯の手助けをしたいのだ。


「絶対ですか………確かにそんな煽りをされたら挑まない訳にはいきませんわね。この呼び名が廃る」


「君の事はよく知っている。当時から誰よりも英雄に憧れていた君が一番諦めるのを嫌っていたのを」


既に言葉の端々からまだ闘志が、戦意が折れていない事は理解していた。寧ろ最悪を想定しながらも次の誰かに繋げようとする勢いで思考を巡らせてすらいた。


再び昔を思い出す。


ーー君はどうして強くなりたい?


彼が問うた言葉である。


エイデス機関の次代を掲げる以上は明確で壮大な目標となる指針が必要だ。でなければ心半ばで支えがない人は止まるか終わってしまう。だからこそ何かが彼女を動かすたる理由を持たなければならないのである。


そして導くのがオルヴェス・ガルムの役目だ。


返って来た言葉は単純であり、予想外だった。


ーー私は、英雄になりたい。絶対的な窮地、誰もが絶望する瞬間でも諦めずに切り開ける大半が知らない歴史の裏に埋もれたあの人のような真の英雄に。


何故あの黒の侵略者で隠された立役者を知り得たかは分からない。が、きっとどこかでその背中を見たのだろう。彼女の輝く目がそれを如実に表している。


更に彼女は言った。


ーー私は大戦させない為に誰もが知る英雄として、仮に戦いが起きたとしても絶対に終結させる英雄になりたい。


確固たる意志が絶対性を持つ。聖剣に選ばれた彼にはまさか自信が絶対になろうだなんて考えもしなかった。


険しい道だろう。世界は、人は非常にも残酷で無慈悲だ。潤沢に行く筈がないのくらいしか絶対は保証出来ない。


出来ないがーー。


「(私が期待してしまったんだよね)」


まだまだ芽吹くには程遠い天才。しかし抱く渇望は間違いなく魅せていた。その誰かを動かす心は既にあの時から咲き誇っていただろう。


後は彼女の道標になるだけだ。


例えそれだけは洗脳されても従う訳にはいかない。


小さな栗毛の娘に約束したのだから。


ーーじゃあ私が英雄への方舟になろう。いかなるどんな時も君の夢を守りながら。この剣聖の名に誓って。


「君の英雄譚はまだ始まったばかりなのだから」


「やれやれ、これでも無茶を押している状態だと言うのに」


シルビアは破顔しながら師の困った我儘を受け止める。



直後ーー。


ゴアッと、


「ーーッ」


大気が震えた。


「これが奥の手ですわ………いつまで保つか分かりませんが今はこの身が尽き果てるまで貴方と全力で戦い続けますわ」


身体から溢れる雷の魔力が辺りを見境無く削る。まるで制御を諦めたような暴走する力は確かに絶対攻略に力を与えている。


やがて彼女を包む白光の雷は彼の専売特許を奪うかのように純白に迸る強化魔法となる。


彼は手に持つ聖剣が揺れるのを感じた。眼前の相手に対する敬意なのかまたは警戒心なのか不明だが、こうして他者に聖剣が意思を示すのは限りない危険信号の表れだ。


つまりそれだけの脅威があの力に、栗毛の少女にあるのだ。


或いはそうなろうとしている。


とうとうその髪すら染め上げ、栗毛を白金に変えた姿は完成系なのだろう。異形な変貌とまではいかないが、真の姿を晒したかに見える聖人を連想させた。


それを眺めるガルムは息を飲み、一滴の汗を垂らしながらも口元を歪めて歓喜する。


「まだ飛躍するか、シルビア・ルルーシア」


「限界突破【リミットオーバー】。ここまで試すのは初の試みですが、ここで終わるくらいなら挑戦するのも悪くありません」


アズールの時、彼女が神門 光華との試合で見せた能力だ。が、その時とは比べ物にならない程に肉体を限界を超えて引き上げている。


否、現在も越え続けいるのだ。


その負債も説明していた。間違えれば廃人にすらなる可能性があると。


そんな代償に釣り合う力を栗毛の少女は引き出している。純粋な身体能力は勿論のこと脳すら強化する所業により、人には到達出来ない未知の領域に手を伸ばす。


飛躍なんて優しい。これは進化だ。


人の枠からはみ出た新たな可能性がそこにあるのだ。


「な×××。そーーには、ーーこのーー◯◯が、ーー×◯%でーー」


「? 何を言っているんだい?」


「ーー×、すみません。活性化した脳から送られてきた言語を口にしたらどうやら私以外には通じない状態だったようですね。本当はその言語の方が効率的なのですが、生憎伝える術がない」


「笑えない冗談だ。以前より思考力も大幅に向上しているだなんてね」


「本来様々な見識を深めてゆっくり成長していくのですが、今凄まじい速度で成長してます。こうして景色、音、言葉、あらゆるものを細部まで分解して組み込んでの繰り返しをする事で現代の知識よりも先の未来に前進しています」


「今の君は一体何年先の未来を見ているんだ………」


「およそ10年は先ーーただ、それ以上を今求めても仕方ありません。あくまで貴方に勝つ為に到達すべき期間としての情報を取り入れているだけですわ」


僅かな時間制限の中、聖剣を超える為に必要な肉体、知識、経験値を引き出す作業。今の彼女ではなく、今後未来で成長している彼女の力に一時的に追い付こうとしているのだ。


よく10年早いと言われるが、ならば10年経てば良いだけだ。が、普通は10年先を前借りは出来ないから今を努力するしかない。しかしもし前借り出来るならば? そんな事を考え続けた結果、シルビアは電気系統で肉体を活性化させる術を編み出した。


要は何が足りないのかさえ分かれば良い。ただそれが出来れば苦労をしないのが人の能力の限界だ。個人差もあるが、今すぐ10年分進化するなんて不可能で努力が必要な時間が存在する。


近道なんかない筈だ。


あるとすればーー。


「(どれだけの代償を支払うつもりなんだ?)」


確かに今の彼女は剣聖に、聖剣の絶対に並ぶまでの潜在能力を持っているだろう。が、あくまでそろ仮初であり、この先まともでいられるかすら分からないツケを支払わなければいけない。


それは互いに不本意な結果でしかないだろう。


絶対攻略らしくない行動だ。


しかし、それでもシルビアは笑っていた。


「ご心配なく。かの英雄は一度は力を失っても再起しています。私だって生きてさえいれば可能性は無くなりはしません」


「ーー!」


「だから、一先ずは貴方を止めますわ。無茶をさせてるんですからしっかりと貴方も役目を果たしてもらいますわよ? 今後もーー」


それ以上は語る必要がないと言わないばかりに彼女は動き出す。


気付けば消えていた。


見失ったと同時に強烈な衝撃が走る。


雷を散らせながら地を蹴る轟音が耳に届く時にはガルムは既に宙に蹴り上げられた状態だった。今の一撃で彼の胴からメキメキッと何かが砕けるような嫌な音が響く。二、三本とはいかない肋骨が折れ、もしかしたら深刻な部分すら傷をつけてしまっているくらいにただの強化された蹴り上げに多大な負傷をしてしまったのを知るには遅過ぎた反応だ。


全く見えない。これでは聖剣の力を借りる暇すら与えられはしない。あれは振るう事で発揮される権能だ。幾ら強大な力を持っているとは言えど使わなければ意味がない。


つまり、栗毛ならず白金の少女もまた真正面から聖剣を攻略する手段を選んだのだ。


「聖剣を使わせずにする方法の一つ。持ち手が追い付けない速度であれば良い。そこがそもそも無理のある所業でしたが今の私には不可能ではありません」


「(不味い。立て直しが………)」


「一つ。貴方から聖剣を奪い取れば効果は発揮されない一番分かりやすい攻略。恐らくは聖剣を奪われた時に洗脳魔法をかけられたのだと予想出来ます」


あくまで聖剣と持ち手が揃ってこそ真価がある。ただでさえ気まぐれなのだから全ての条件が整うまでの道のりが長いのが唯一の弱点であろう。


「そして最後、それはーー」


「ーーッ、この程度じゃまだ私は………」


全てを言い切る前に彼は言葉を失う。


何故ならシルビアの姿は完璧に消えていたのだから。


「(また見失った? いや、幾ら速すぎても気配は無くせやしない。これではまるで織宮君の能力だ)」


確かに目で追いかけて捉えるのも至難の業ではあるが、これはそんな次元の話じゃない。対象そのものを認識出来なければ聖剣はおろか誰もが攻略を不可能とさせる。


一体彼女は何をーー。


と、そこでガルムは気付いた。途端に聖剣を握る力が弱まり、同時に剣もその輝きを失う。


単純に戦う必要が無くなったからだ。対象も見失い、戦いにならなくなれば必然と人であろうが絶対剣であろうが戦意を抑える。


つまりーー。


「逃げるが勝ちーーそれも一つの攻略。いや、しっかりと此方の力を削いでの撤退だからまだ作戦の内なのかもしれないか」


胴を抑え、溜め込んでいた口内の血を吐きながら膝を付く。


そもそも戦わなければそれ以上の犠牲を生み出さない訳だ。ある意味当たり前ではあるが、先程まではその余裕がなかったのだ。


「洗脳された私が違う相手に狙いを定めてしまうのもあるから出来れば私を洗脳から解放するか、或いは戦闘不能に追い込むのが理想ではあった」


しかし聖剣の力が強すぎたあまりにその計画を遂行するのが困難になる。だからせめて痛み分けに終わらせて撤退する事で立て直しを図る。実際周囲には真紅の少女も気配がないからそれが答えだ。


ただ深傷を負わせた分有利なのはどちらかと言えば当然彼女達。ガルムがまだ洗脳から解放されていない以上、立ちはだかるのを想定したとしてもこの展開は最適ではあっただろう。


見事な判断だ。現にただただ蹴り上げられただけの負傷がまるで貨物列車に轢かれたような衝撃で傍目から見ても戦闘を続行するのは無理がある状態である。


が、一つだけ間違っているとすれば。


「ツメが甘いか。そもそも洗脳が解けない以上、多少の負傷があったとしても動ければ剣聖の脅威は変わらないのだけれどね」


足の一つでも折る方が効果は絶大だったかもしれない。


と、そこで何故彼女がそうしたかの意図について一つの答えが浮かぶ。


そう言えば役目を果たしてもらいますよ、と。


深くまでは分からずとも目下計画の要素に組み込まれた結果だと分かってしまった時に一杯食わされた気持ちを抱く。


「恐ろしい天才に育ったものだね。シルビア」


今は敵としての対象だが、味方で良かったと心底思えた瞬間である。



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