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◇旋律と蒼天のブライニクル◇  作者: 天弥 迅
収束へ向けて
133/155

−天才でも欺かれる−


朧げな視界が広がる。かつて何処かで見たような世界は霞が掛かっているみたいに記憶を曖昧にしてしまい、先程までの別の思考で上書きしようとする。


今はそれ所じゃないと。


辺り一面赤が埋め尽くす空間だった。先程まで眺めていた暗天している空は消え、夕焼けとも違った別世界に転移したと疑うばかりである。いや、実際に私は転移をされたのだとはっきり自覚をそこで覚える。


ただ何故? どうして?


いきなりの状況が混乱を招きながらもこの場所が一体何処かを明確にしなければいけない。世界の滅亡を前にして別の場所で呑気にしていられはしないのだ。今すぐにでも戻りたいのが本音である。


そんな状況の中で私は見覚えしかない風景に違和感を覚えた。


要塞のような建物が三角形を模した姿で広がり、内側は広大な広場として扱われる仕様の造り。その中央には砦と形容して良い高さの建造物。まるで何かを象徴する為にあるように聳えるそこは境界線としても機能しており、そんな砦を窓越しに眺める私は見に覚えがあった。


ここはそう。学園だ。学園の室内の廊下だ。しかも自身が通っている場所であり、いつもと雰囲気が異なるのを肌で感じ取れるくらいに今は不気味な赤一色に染められた景色だ。遙か昔に滅びた都と称しても何ら違和感がない程に異常を訴える母校。


知っているのに全く知らない世界。


ただ、いつか何処かでこの情景を確かに見たのだ。


もしその場所で間違いないならきっとカナリア・シェリーは学園と語るよりかは別の言葉で表すだろう。


地獄ーーと。


確かにここはある日、夢ーーよりかは悪夢の中で見た最悪な世界だ。広がっていたのは赤であり、血であり、仲間達の亡骸であった。正に今その光景を想起させるには十分な類似点ばかりだ。


救いがあるとすればあの鉄の錆に近い血の匂いを始めとする死の気配が全くない事。ただそれがなかったからと言ってこの場所に良い思入れは無い上にここへ誘った正体が正体なだけに嫌悪感は拭えなかった。


ようやく、ようやく思考がこの現実を追いかけ出せたがーー。


「ここは私が創り出したんだよ。シェリーちゃんくらいなら似たような魔法を使うなんて訳ないよね?」


「ーーッ」


不意に聞こえた得意げに話す声の主はやはり先程の出来事が記憶違いじゃない事を裏付ける。そこで答えは決まっているのは目に見えているが今一度、次は最初に呼び掛けた時とはまた別の感情を持って私は彼女に問い掛ける。


怒りよりも激情に近い形で。


「これはどういう事かしら? フィアナ?」


「ふふ、シェリーちゃんそんな怖い顔するんだね? ちょっと新鮮だなぁ」


「答えなさいッ!!」


煽るように反応する人を馬鹿にした態度が心底今の私を逆撫でるには十分過ぎた。


ーー落ち着け、冷静になれ。


不意に頭に響く別の声で我に帰るように私の昂る感情の波を抑える。きっとこれは誰の声なのかは答えが出ていた。


理解した直後、自身の隣から霧のような魔力の塵が集合してそこから顕界する形でその何者かは姿を現した。


淡い桜を連想させる長い髪にそれと反対の印象を抱く修道士のような黒の法衣を纏った西洋の魔女だ。


知っている。こうして私に接触するのはついこの前もあったが、珍しいのはカナリア・シェリー以外も存在する場に彼女が出た事だ。


寧ろ初めてではないか? それが意味する理由を満点で解答は難しいが、どれだけこの状況が切迫しているかを理解するのは簡単であろう。


「貴女がバーミリオン・ルシエラかな?」


「何故私を観測出来たのかは知らないが、つまり貴女が答えで良いのだな?」


「もう隠す気はないからどうでも良いよ。でも感慨深いなぁ。ここまでお膳立てするのも結構大変だったんだよ?」


「心配するな。その苦労もここで終わらせる。報われるかは知らないがな」


「それは悲しいからそうならないよう私も真面目にしようかな」


この考えられない組み合わせの二人が言葉を交わすのもおかしいが、それ以上に自身を置いて話が進んでいくのも癪に触った。まだ私はこの行き場のない激情を消化していないのだ。


「貴女達一体何の話をーーッ」


「気付け、カナリア・シェリー。全ての黒幕だこいつは。悪魔から世界の滅亡………そしてお前に降り掛かる火の粉を撒いた張本人だ」


「ーー!!」


危機感を煽るくらい捲し立てられて告げられる真実は処理するのも理解するのも呑み込むのも全部が唐突過ぎた。確かに騒ぎの節目節目で違和感は募っていたし、ルシエラからも黒幕の狙いをある程度看破して知らせてはいた。が、仕掛けたり仕向けていた犯人がこの菖蒲の少女が答えだと言うならば色々整理が付かない。


確かにこの状況下の構図が見せる答えに筋が通るのは間違いない。が、彼女が? なんてこれまでの経歴を考えたらあっさりと信じるにはまだ準備が出来ていない。何故ならば魔女の考察も東洋人の予測した容疑者にも浮上しなかったのだ。候補に挙がる要素が一番無かった存在がいきなり黒幕だなんて受け入れる方が無理がある。そんな彼女が犯人に成り得る伏線が果たしてあったのかを探るのすら大変だろう。


あったのだとしても結局誰も疑いを掛けていない以上、こうやって明かされない限りは気付くのはもっと先だっただろう。


確かに無理はあるーーが、いつだって準備が間に合った事もない。それでも今回の真実に至ってはかつてない驚愕に陥る。私が視野を広げるきっかけを与えてくれた友達が私を追い詰める存在だなんて正直まだ信じたくすらない。


だってここで初めて出来た友達を信じられないならーー。


私は一体誰を信じたら良いの?


赤の光に照らされ血を浴びたような色合いに光る菖蒲の髪を細い指でとかしながら彼女は口を開く。


「駄目だよバーミリオン・ルシエラ。物事には順序があるんだからちゃんと説明して上げないとシェリーちゃんが困るでしょ?」


「笑わせるな。初めからこの筋書きを入念に用意していたのだろう? 白々しい」


「だからしっかり説明する必要はあると思うんだ。納得してもらえるだけの設定があった事実をね?」


彼女達の掛け合いは本の中から抜け出した域の話だ。まるで作者と読み手がああだろう、こうだろうと言い合う中に物語の中の人が混ざり込んだようだ。だったら私は主人公なのか? 勘弁願いたいやり取りである。


設定? 彼女が黒幕だって考えられる証拠があの出会った日からこの時までにあったと言うのか? 先程も答えは出た。仮にあったとしても私も周りも気付けていないのだ。


そもそもだ。俄かには信じ難いのが本音である。何故なら何の疑いもなく私はノーライズ・フィアナと学園生活を過ごしていたのだから怪しむ理由なんてある筈もないし時通り妙な言い回しや雰囲気を放つ事はあったかもしれないが、それが証拠になりはしないだろう。もしそんなやり取りが答えだったならどうしようもない難易度だ。


しかしもし彼女がそう言う距離感で動いていたのならば辻褄が合って来る部分が表れる。ただ、事実この状況を生み出した人物が今更虚言を吐く要素があるだなんて淡い展開を期待するのは不可能だ。


だったら私は彼女を敵として認識するしか選択肢は残されていないのだろうか?


あの始まりも、手の掛かる後輩みたいな姿も、我儘に振り回される時も、おふざけにムキになった事も、浅く直感みたいな雰囲気が楽しくて笑い合った瞬間もーー。


全部、全部ーー。


「天才でも欺かれるんだよシェリーちゃん? 私だって貴女との学園生活は嫌いじゃなかったからそれだけは信じてくれたら嬉しいなぁ」


そうあどけない笑みを、真っ白に見えて真っ黒な邪悪な表情を浮かべながらもはや覆らない筋書きを、ここに至るまでの経緯を彼女は語るだろう。


きっと長い長いノーライズ・フィアナが企んだ私の知らない側面の舞台をーー。


それをどんな表情を浮かべて受け止めたら良いのか分からぬままにーー。


無情な真実が。



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