−Normalize Fiana−
ここである少女の話をしよう。
天真爛漫で何時も訳が分からないがとにかく無邪気に自分を貫く変わった娘。それが菖蒲の少女であり、ノーライズ・フィアナと言う人物であった。馬鹿だと思ったり奇才か鬼才な意味の才能がありそうな学園で私を一人の人間として接してくれる大事な友人。よく振り回される意味では手間の掛かる妹分にすら近いだろう。カナリア・シェリーが異端の天才で居なくて良い居場所がどこになるかと言えば真っ先に浮かぶのは彼女だ。まあそれはノーライズ・フィアナ自体が魔法に疎く縁が少ない所謂才能がない存在でもはや一緒に居る私ですら魔法を忘れてしまい人間性剥き出しで向き合ってしまうからに他ない。この二人は住む世界が違うがだからこそ魔法を抜きに出来る。たまに一緒に居ると私まで阿呆に毒されてしまうが、それが息抜きで気を抜けるのだ。きっと少なからず私は彼女に感謝をしているのだろう。あまり素直に伝わると調子に乗るのは目に見えているから口が裂けても言えないが。
ともかく私の知るノーライズ・フィアナはそんな戦いとは無縁な世界で関われる友達だ。
今絶賛戦いの渦中だが。
どうしてこの場に居るかはあまり考える必要もなかった。そもそもセントラルに来ている事は知っていたし今日は本来ならばアズールの見所である決勝戦だ。目玉であり、しかも自身が通う学園の同級生と言う見知った人物が勝ち残っているなら興味がないと言えば嘘になるだろう。これを見ずにこの時期にセントラルに赴いて何をするかまである。まあ賑やかで楽しそうな場所に行きたがる性も持ち合わせている彼女が来ない筈がないのは火を見るよりも明らかだ。たまに考えが読めないから全てがそうかは分からないが残念ながらこんな状況では楽しむも何もないだろう。歓声より悲鳴が右往左往している現場は一般目線なら地獄に近い。
もしかしたらフィアナもそうなのでは? と思ったが、私の呼び声に気付いた彼女は振り向き相変わらずの愉快そうな表情を浮かべて手を振ってくる。
ーーあれは状況がそもそも分かってなさそうだ。何か心配し甲斐のない奴である。心配したら損すらするかもしれない。
こんな場面で相変わらずなのはある意味大物ではあるが、流石に今回ばかりは悠長ないつもの装いをしている余裕はない。緊急事態である。周りを見渡して嫌でも察して欲しいが、もしかしたらこれも何かの祭りごととか思っているんじゃないだろうか?
それくらい彼女は普通よりかはちょっと変わっている人物である。少しばかり補足するとすれば私が学園で初めて友人らしい友人として出会い、打算的な関係にない色々な垣根を越えた平等な存在だ。確かに面倒を見る役回りにはなってしまうが、もし普通の魔法もない世界で出会ったとしても二人の仲が変わるような事にはならないだろう。
普通の友達で普通の人間でちょっと変な性格。まあ平均を取れば普通なそんな子。
そんな彼女を危険な場所に置けはしない。私達天才が背負う役目に普通を巻き込ませる訳にはいかないだろう。
あの明るい笑顔を守るのが力を持つ者の定め。全てが終わった日常に必要な平凡を持たらす人物を大事にしなければいけない。私が彼女と他愛もない話に華を咲かせるのはそれからだ。
だからここから少しでも遠くに、早く避難をしてもらわなければいけない。こんな最前線に張り付く理由なんて存在しないのだ。運悪く居合わせるなんて持っているのか持っていないのか。
そもそも冷めた言い方をすると居たら邪魔でしかないのだがーー。
流石にそれは彼女の名誉の為に軽々しく発言するつもりはないが、駄々を捏ね出す一面を出したらその時は言おう。
うん、心苦しいが言おう。聞き分けのない方だから宥めたら付け上がる。私は知っている。
そう考えながらとにかく菖蒲色の少女を眼下にまでした所である程度順序に沿って割愛した説明をする。
で、貴女は危ないからと避難するように指示するがーー。
「やだやだ!! シェリーちゃんが頑張っているのに私だけ他人事なのは嫌だ!」
「はい、貴女邪魔!! そこら辺の置物、いや置物よりも使えないから帰った帰った!」
「何それ! 酷い!?」
がーん! って効果音が聞こえて来そうな程の衝撃を受けてあんぐり口を開けて涙目になるフィアナを見ると私の中からゆとりが生まれて来るのを感じる。きっと本音は居てくれたら心強いのだけれど、それで被害に遭ってしまったら元も子もない。
この場所に安全圏なんてないのだ。正直他人の心配より自分の心配で精一杯な戦場で自衛以上をこなせない彼女は残念ながら足手纏いにしかならないのも客観的な事実。生きていれば後顧の憂いなしだ。
だから今は嫌われても良いから彼女には言う事を聞いてもらうしかない。
明日には忘れてそうな気もするが、それも明日があればの話である。
「そういや一緒に来ている友達は? とにかく今貴女に出来る事は無事に生き延びる事だから友達もしっかり避難させてあげなさい」
「そう、だね。………今どんな状態かまだよく分からないけどシェリーちゃんがそう言うなら………仕方ないね」
う、もう少し押し問答があるかと心構えしていたらやけに素直で真面目に凹んでいる様子が手に取るように見えてしまい罪悪感が湧いてくる。想定より聞き分けが良いのが意外過ぎてあんぐり口を開けたくなるのは私だった。
しかし、仕方ないのだ。
必要なのは今ここで語るのじゃなく、無事迎えた明日の世界で語り合う事なのだからーー。
さあ、これ以上時間を割いている余裕はない。世界の危機は待ってくれやしない。
早く行かなければーー。
区切り良い言葉で締め括ろうと口を開こうとした。
その時フィアナは何かを口に出していた。
「相………ず………だね」
「ーーえ?」
聞こえた言葉は酷く断片的なものであった。
あれ? 上手く聞き取れなかった。いや、無理もない。この状況下で周囲の慌ただしさも広がり、収拾も付いているか危うい騒ぎなのだ。不意にボソリとボヤかれたら何を言っているか分からないのは必然だ。普段は声量は小さくない人の筈だが珍しく聞き取れない程度に感じた。何か文句の一つでも言ったのだろうか? まあ彼女からしたら私の判断は仲間外れにしているようなものだ。自分がしなければならない以上に何かをしたいと思いながら除け者にされる気分は分かっていても良い気分じゃないだろう。多少の小言は甘んじて受けよう。やけに素直に従ってくれる分も。
だからと言って聞き直そうとは思わない。聞き取れはしなかったが、口の動きはしっかりと見ていたのである。わざわざ何回も文句を言われたくもないし
聞き返す手間を省略する為に彼女の口の動きから前後の言葉と繋げて読み取る事でそのまま返事をするつもりで自身の中で復唱した。
普段は意味分からない事しか話さない菖蒲の少女が果たしてどんな真面目な事を口にしたのか?
つまり、ノーライズ・フィアナはこう言ったのだ。
相変わらずーー。
無知だねーーと。
「ーーは?」
無知とはおろかであり、知恵がない事だ。
文句や小言とはちょっと違った。いきなり唐突。しかも辛辣であり、何処からその台詞が浮かんで来たのだろう? と間抜けな返事しか出来ない内容だった。
いや、確かに無知な自覚はあるけどそれを今ここで言われる流れではなかったし、状況的に無知なのはどちらか? と言いたいくらいだ。一体どこが無知だと、おろかだと聞きたい。
やはり相変わらず変わった性格をしている。これだけ身を案じているのに。だから私は疲れを覚えるのだろう。翻弄されて、振り回されて、いきなり私の理解が及ばない事を突拍子もなく言い出す。相変わらずは寧ろ向こうに適用されるのだ。
それ所じゃない場面でも一切変わらない。幾ら友達とは言え分からず屋みたいな部分をずっと言うのならば無理矢理にでもどうにかする必要を考えるくらい手が掛かる。今の発言もきっと新しい手法みたいなものだろう。
はあ、と溜息を付きたかった。
やれやれと頭を抱えながらーー。
ーーえ?
今何て言った?
ゾクッと身震いを覚え、ハッと目を見開く。読み取りが正しいのならば確かにそう言った筈だが、その言葉が意味するものよりもその言葉をどうして貴女が言っているのだ?
ここに来て彼女の口から突拍子もなく出ては一番ならない出来事だ。
私にとってその言葉はーー私が見て聞いた走馬灯の瞬間のような予知の台詞で存在したものだ。全く身に覚えがない映像が幾重にも流れる中で誰が言ったかも分からなかったが、あの時に感じたのは悲鳴や諦め、嘆きや苦しみに痛み、怒りや絶望が立ち込める悲壮的な情景だった。
予知だとしたら決して実現されてはならない終幕の序曲。カナリア・シェリーが今こうして悪魔を止めるべく、世界を守るべく動く理由そのものだ。未来を切り開く為に予知の未来を変える為に頑張っている。
その中に紛れていたのが菖蒲の少女が口にした言葉だ。
あの予知はきっと私にとって都合が悪い世界。即ち現実に起きた時点で自身の向かう未来が最悪に近付いている示唆だ。だから絶対に今偶然に出てしまった言葉だとしても絶対に聞いてはいけなかった。
更に嫌な予感はする。
果たしてこの状況で偶然に彼女の口から漏れたものなのか?
必然じゃない突拍子のない変わった人物だからと決め付けて無視して良いものなのか?
動揺と焦りが見え隠れしてしまう。そんな困惑する私を置いて、彼女は相変わらずな無邪気な笑みを見せながら語り続ける。
ただ今はその姿が悪魔のように見えてしまった。
「悪い夢でも見ている気分そうだね? でも大丈夫だよ? その考えは間違っていないから」
何が大丈夫なのだろうか? まるで私の思考を見抜いて見透かしたような言い方にどう理解したら良いか全く分からないままに会話の流れを無視した返事をする。
「いやフィアナ………そんな話している場合じゃーー」
しかし彼女の一方的な言動は無視するにはこれまでの活動している物語の核心に迫っていく勢いのものであった。
「もう私はーー舞台に立つんだよ? それがどう言う事かまだシェリーちゃんはこの展開の筋書きが分からないの?」
舞台? 筋書き?
何の話だろうか?
いきなりどうしたらその言葉を使えるのか?
いずれにせよ聞き捨てられない単語が私を煽り立てる。今一番意識している要素を詰め込んだ内容をどうして彼女が話すのか?
何故彼女なのか?
一体フィアナは何を言いたい?
眼前にいる少女の存在が陰を帯びて朧げな風に映ってしまう。それは自身が知るノーライズ・フィアナから掛け離れた者としての姿を曝け出していた。
「ノーマライズ・フィアナ」
「ーー?」
「今更だけどそれが私の本当の名前だよ?」
「ーーなッ!?」
「ごめんね? 急な編入した時に一部名前が抜けちゃったんだ。だから何? って感じだろうけど」
今更過ぎで、しかもこんな状況での事実を聞かされる身にもなって欲しい。色々と此方の精神的に宜しくないのだ。
ただ、傷付いただけだ。
そして確かに今聞いたところでだからどうなのだと言うのだろうか? 当然嘘をつかれていたのは嫌な気分になるが話の流れでは全然関与が伺えない。
あるとすればようやくーー。
ようやく自分に嘘を付かずにいられるからなくらいだろう。
尚更訳が分からない。
もしそうだとするなら貴女はーー。
「何でそんな事を今ーー?」
「つまらない質問をするんだね? シェリーちゃん」
対峙ーー。これが適切になってしまうかもしれない立ち位置の表明を見せだす菖蒲の少女。いつものどこか気の抜けた様子はなく、寧ろ気が抜けない雰囲気を纏う。
そんな中突き付けるような問いが来る。
「それとも、貴女もまだ分かってないのかな?」
貴女も?
も、とは複数を示す。だが今この場に居るのはカナリア・シェリーだけだ。私以外に居ない誰かに向けてなら他の場所に居る誰かなのだろう。
だとしたらそれは誰に向けての問いだ?
いや、問い?
答えが返って来るのを前提に投げ掛ける疑問符じゃないのか? まるで私を見ているようで見ていない別の誰かに問い掛けているのを想起させずにはいられない嫌な予感がしてくる。
つまり彼女が問うている相手はーー。
色々な考えを巡らしていた次の瞬間ーー。
私はいよいよ何かを自覚せずにはいられなかった。
「予言も大したことないね。ルシエラ・バーミリオン?」
「ーーそれはッ!?」
そんな設定は存在していない筈だ。
私以外に知る人物が居ないと決め付けていた前提が覆り、よりにもよってフィアナの口から出る事に驚愕をした。
そしてその隙が災いする。
唐突な浮遊感。実際には浮いてはいないが、身体から力が抜け落ちそうな感覚に襲われる。同時に周囲に浮かび上がる深緑の光と無数の文字の羅列。この場にいる私達を何処かに転送する魔法陣だ。全く警戒していなかった彼女の魔法による動作。まさか初級魔法ですらやっとの記憶しかない友人への油断が犯した失敗だ。かつて偽者の彼女は見抜けたのに自分を偽っていたのを見抜けないとは皮肉である。
遅れて気付く私には防ぎようのないものであった。