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◇旋律と蒼天のブライニクル◇  作者: 天弥 迅
収束へ向けて
130/155

−天才の到着−

時が動き出す。凍てつく空間が氷解し、熱を帯びて巡り出す瞬間は相手の思惑を瓦解させた実感に通じるものがある。


まあ、動き出したのは私に殴り飛ばされたユリス先輩の様子が大半の印象だがーー。


大量吐血したような勢いの苦悶の声を上げながら勢いよく廃墟の民家へと突っ込んで建物が崩壊していく。流石にそれで命を落とすような間抜けな落ちはないとは思うが、やり過ぎた気がしてしまう。


生きているーーわよね?


ド派手さが目立って色々な意味で手応えしかない私は恐る恐る砂埃が舞う倒壊した場所へと足を進める。


ガラッと崩れ切った瓦礫の山から音が聞こえる。


呑み込まれた細身の男性が抜け出そうと動いているのだろうか?


そう疑り深く黙ってその状況を観察していると再び瓦礫の破片が転がり出す。


そして山の中から手が生えた。


生気のある力強い男性らしい腕が何か掴める部分を探してよじ登るような感覚で上体を地上に現す。


ユリス先輩だ。


無事なのは確認出来たが、その姿はかなり不格好さが際立つ。はっきりと言えばボロボロだ。まあ、単純な拳を当てた訳じゃない一撃に加えて建物を倒壊させた中に埋もれたのだから普通に考えてそれなりの負傷はしてしまう。だからなのか痛々しい声を漏らしながらも不機嫌さを醸し出す表情が浮かばれていた。それが負けた屈辱によるものなのか、理不尽な反則魔法を前にした不満の表れなのかまでは押し測れないが少なくとも戦意は感じられない。


彼が負けて私が勝った構図として完成されている。


額から流れる血を抑えながら何とか瓦解から抜け出して深く息を吸う細身の男性。そうする事によって自身を落ち着かせていた。


ややあってーー。


「何も………出来なかったな」


「ええ、おかげで暫くこの切り札は扱えなくなったから困ったわよ」


「そんなに俺は強かった………のか?」


一言交わした後に発せられた問い。


答えに迷う時間は必要なかった。


「間違いなく貴方は強かったし、厄介だったわ」


「借り物の力だがな………」


自嘲する彼の言葉はきっともう先の未来を見据えているからこそ受け入れようとしているのだろう。


このままいけばどの道彼は今の状態を維持出来なくなる。先程見せて教えてくれた補助具を頼った肉体になり、魔法を使う事すら叶わなくなる。そして自らの目的を取り上げられ挙句にこの反旗は迷いようのない重罪だ。もはや死んだに等しい状況しか待ってはいやしない。


死ぬは地獄、生きるも地獄。


私が彼に示そうとする道はある意味彼が望む世界よりも厳しいかもしれない。


そこまで理解が及んだ事で私は後悔の念に包まれていく。



ーー筈もなく、私はとりあえずヅカヅカとユリス先輩の真前に赴いて平手打ちをした。


馬鹿馬鹿しい弱気な姿をまだ見せやがってと。


「………なんだよ」


「もう一回さっきと同じ事言ったら今度は殴るわよ?」


「既にさっき殴っただろうが………平手打ちもな?」


何回女に叩かれるんだーーと悪態を吐きながらも一応は反省の意を見せながら此方のまだ言い足りない部分に黙って耳を傾けてくる。


そう。


まだ話は終わっていない。


「既に私が編み出した外部で魔法を生成する技術は貴方も経験したじゃない?」


「外干渉魔法か………」


彼が力を悪魔から借りなければ何も残らない訳がない。既に扱ってみた姿を知っているからこそ分かる。彼は紛れもなく天才だ。だからもっと視野を広げたらきっと自分の障害すら払い除けて借り物の力すら超えていけると確信している。


それに治療法の可能性もある。


「貴方の脚だって治せる天才は存在するわ」


「ーーッ! 皮肉を味わえとは随分酷な希望だな」


分かっている。貴方が長年その結論に至らない理由、理屈では分かっていてもついて来ないものがあるから選ばなかったのくらい。


今更虫が良い話だ。彼にも彼女にもーー。


それでもだ。


あの普段は適当そうな振る舞いをしている彼女が人の命に対しては真髄に真っ直ぐ向き合いながら全力でいるのを知っている。


権威と言われるまでに上り詰めた理由がもし彼の語る過去が背景になっているのならばーー。


「絶対にあの人は貴方を助ける。あの人は無くなってしまっていないものは必ず取り戻すわ。ユリス先輩も先ずは世界をどうこう言う前に本人に文句の一つでも言ったりしてから考えなさい。まあ間接的なんだろうけど今の反旗を上げた貴方でもその資格はあるのだから」


救いややり直しは必要な世界だ。


彼女にも貴方の抱える憎しみにもーー。


「憎しみを溜め込むだけにしないで。その気持ちを伝えて受け入れてもらって昇華してあげる機会を、救いを与えなさい」


誰にだって失敗や間違いはある。歴史だってその繰り返しだ。数多の失敗の積み重ねがあって成功があり、新しい未来を切り開く。その為にも失敗を許す世界は必要なのだ。


「………そうか………ハハ、俺に必要だったのはもしかしたら世界を変える力とかじゃなくーー」


そう区切ったユリス先輩は全てが繋がって納得したような表情に包まれながら柔和な笑みを浮かべた。


目尻から涙を落としながら。


「救いだったんだな………」


それを見た私も微笑し、ようやく調子が戻った。


良い方向に向かってくれると、もう心配する必要はなさそうだと。


「協力はするけど何を語り、何を伝えていき、何が最善かは自分で選びなさい。困っているなら遠慮なく誰かを頼って前に進みなさい。過去を苦しんだ分、未来を楽しむ権利はあるのだから」


「ああ………それがお前が願う道ならば」


「別に私の言う通りにーーってそうか、賭けは私の勝ちだからか」


「そうだよ。全く、勢い任せな癖に好き放題言いやがって」


「だから可愛い後輩の我儘よ。先輩なんだから素直に従いなさい」


「後輩に従う先輩ってなんだよ」


軽口。だが前のそれとは全く違う種類のものに変わっていた。


ようやく折り合いが付いた話。


その頃合いで遠くからカナリア・シェリーの名前を呼ぶ声が聞こえた。どうやらケリが付いたのは向こうから近付いて来る彼等も同じらしい。


即ち大勝利である。



「ーーと、喜びだいんだけれどまだ前哨戦なのよね実際問題」


「随分時間を掛けたからな。休む暇もないぞ?」


「誰の所為よ、誰の!?」


他人事みたいに言うけど、こうなれば貴方も一蓮托生なのを分かっていないのかしら?


ある意味良い具合に目的を達成された雰囲気が出てしまっているから試合に負けて勝負に勝った気分である。


ただ、お互いに軽口もここまでである。


「正直俺の役目はそこに尽きる。だからどんな形で試合会場に介入するかは不明だ」


「足止めってもしかして他でも似た状況になっているのかしら?」


「いや、奴が唯一警戒していたのはお前と、あの聖剣使いだった」


素直に答えてくれたが、些か驚きは隠せない。ただ、ある意味納得する反面も存在する。


正確には戦力を個人ではなく、団体目線から考えれば分かる事だ。あまり自負するつもりではないが、カナリア・シェリーと言う存在を中心に形成される一派とオルヴェス・ガルムと言う存在を中心に形成される一派で見れば当然その背後の戦力もまとめた図式になり、頭さえ抑えれば機能が著しく低下するのは必然。


そして既に流天のヴァリスを差し向けている時点で厄介者扱いはされているのは確定だ。恐らくオルヴェス・ガルムも聖剣使いとしての脅威を理解している上でのものだろう。あの時一目散に退く判断ができたのは多分彼の存在が大きかった筈。


そう予想したら現状はーー。


「不味いわね………あの人少し前から消息不明なんだけど?」


「それは分からない。こればかりは俺はカナリア・シェリーを監視する以外は把握してない内容が多い」


なら堕天のルーファスか、或いはそこに準ずる何者かが彼を狙ったと考えるしかない。ここまで来て姿を見せない以上は前向きな姿勢でいられはしない。


最悪生きているかも怪しいし、生きているのが確定したとしてもーー。


「今から彼を助ける時間はない。自力で抜け出してもらうしかないでしょう。一応隠れ蓑は知っていたりするのかしら?」


「不明だ。幾つか落ち合って指示を聞いた場所はあるが、それが隠れ蓑だったらお前達も苦労はしない」


「でしょうね。当てを付けて向かった所で徒労に終わるのならば確実に現れるのが分かっている試合会場を包囲する方が固い」


「ああ、それだけは奴も語っていた。大魔王を復活する為にはあの場所である必要と皆既日食の時間でなければいけないと」


あの場所である必要は分からないが、場所と時間以外にもはや足りない部分がないらしい。となればもはやあちこちに仕掛けられた細工も撹乱させるべくして用意された偽装の線で確定だろう。まんまと踊らされているのが癪に触るが、やはり最初からこの状況に誘い込む形を望んでいそうだ。


それはそれでどうにも腑に落ちない感覚が残る。


数々の人員を総動員して捜査網を決行したのだ。ちょっと前までならあの剣聖も出回っていたしーー。


ん? いや、待てよ。


「嫌な予感しかしないわね」


「どういう意味だ?」


「上手く表現出来ないんだけど、どうにも考え出したらキリがないくらい此方の動きが筒抜けと言うか操作されていると言うか………」


今でこそ、時系列を逆に辿っていく形で俯瞰したら結果に行き着く布石が上手く打たれているようにしか見えないのだ。


まるで私達の動きを間近で観察されているみたいなーー。


そうこうしている間に光華とリアンが此方に合流して来た。流石にユリス先輩を警戒する表情を見せるが、そこは多くを語らずに割愛させていただいて今は納得してもらう。


一先ずは今の状況を整理する。猶予としては試合会場に間に合う余裕は十分にあるが、それ以外の対処をしようとするまでは無理がある。そもそもが手探りになるのだから素人の面々が闇雲に捜査した所でって話だ。割り切るしかないが、無いものは無い。今あるもので何とかするのが最良の判断と結論付いた事でーー。


「じゃあ、このまま試合会場に」


「そうだね。まだ会場にも観客がちらほら入り出したくらいだ」


「後は悪魔を見つけ出して大魔王の召喚を阻止する………ですね」


私は頷く。どれだけ精巧に姿を隠そうが絶対に見つけ出してやる。


世界を壊させはしない。


「………残念ながら俺はここで降りだ」


「怪我………ね」


「ああ、瓦礫に圧迫されて骨が折れてしまったみたいだ。それにどの道契約の効果が切れてしまう可能性もあるから現状参戦した所で足手まといになりかねない」


確かにいきなり戦えない状態になればただ単に被害に巻き込まれるだけかもしれない。そして現段階でユリス先輩の立場がどう知らされているかも分からない以上は一々誤解を解くのも面倒だ。


情報的な意味では欲しい人材だけど仕方ない。


と言うか契約関係にあるのならば見えない共有感覚みたいなので探知出来ないのだろうか?


視線を向けるが、彼は首を横に振る。


「悪魔自身やその他の契約者は分からないが、少なくとも俺にはそんな能力は一切ない」


「逆は案外有り得そうだから怖いわね………」


「だけど考え出したらキリがありません。だったらユリスさんには剣聖を探してもらう側に回って貰いましょう」


「ついでに貴方が引き連れた者達も任せますよ?」


「お前ら先輩をコキに使い過ぎだぞ………」


不満を返す細身の男性だが、何やら光華とリアンはまだ彼を嫌悪する気持ちが強そうで厳しい言葉が発せられる。


流石に仕方なさそうだ。ユリス先輩もそこは受け止めているからか、それ以上は語らずに素直に提案に乗った。


「なら行ってこい。周りはきっと天才の到着を待っているぞ」


「ええ、全てが終わったらさっきの件から片付けるから覚悟しときなさい」


「ああ、気長に待つさ」


そうして私は灰の少女と碧髪の少年を引き連れて急ぎで試合会場へと向かう。


結界も丁度そこで解除されたーー。

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