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◇旋律と蒼天のブライニクル◇  作者: 天弥 迅
第一章 始まる物語
13/155

–天才と天災–


悪魔。空想上の存在とされている主に過去の宗教上で用いられる悪しき存在。または神に仇なす悪神や邪神がそれとなる。堕天とは天使から落ちたものを意味しているが、だからこそ悪魔の意味合いも持つのであろう。

知る限りの文献では遥か昔に【大いなる戦い】と呼ばれる戦争があったらしく、今では考えられない人と魔族と総称された異人の争いが数年にも及んだらしい。

結果、魔族は負けてこの世界から追放され封印された。それもそもそも本当に実在した話なのかも怪しい何世代も昔の事で、文献に目を通した私も半信半疑だった。

なら目の前にいる奴は何だ? その答えはとうに聞いているのに内心ではそんな疑問しか浮かばない。

彼は言った。

堕天だと。

この世界から隔離された魔界の悪魔だと。


「おやおや、意外に驚かないお嬢さん方なのですね?」

「………十分に驚いているわよ」


驚きのあまりってのはこんな場合に使うのだろうと私は実感した。まだ減らず口が返せるだけマシなのだろう。後ろにいる二人に目をやると自身より酷い有様になっていた。そんな彼女達を見て笑えたりなんてとても出来ない。

多分皆が確信しているのだ。

コイツは本物なのだと。


「なあに。貴女方と何ら変わりない種族ですよ」


悠然とした態度で述べる言葉が嘘でしかない。

どんどんと伝わる。彼から吹き出る深遠な黒ずんだような闇の魔力。そして禍々しく、神秘的でもありそうな覇気を纏い、絶対的な存在を誇示させていた。あれだけ正体を明かすまでは感じなかった気配なのに。

そしてーー。


「ただちょっと我等の方が上位なだけ」


ボアッと彼の魔力が拡散した。それだけで周りに衝撃波を飛ばし、全てを吹き飛ばすだけではなく、蠢く闇が何もかもを呑み込もうとする。

馬鹿げた魔力だ。抑えていたのを解放しただけの所業に障壁を展開せざるを得ない始末。もし全開ならどれだけの被害が出るのか想像すら恐ろしい。

そんな最中。私は解放した意味を理解する。理解して納得して明確になる。

静かに闇の嵐は晴れ、その中心にいる堕天のルーファスの姿が露わにされた。

深海を連想する濃い青、または桔梗の長い髪。そこから覗く金色の瞳は獣よりも鋭く、化物よりも不気味なもの。背格好も幾分か密度を感じさせ、大きく見えた。

しかしそれは大して問題にはならない。何より私はおろか、残りの二人も映る視界で一番着眼するのはーー。


「………翼」


ノーライズ・フィアナが絞り出して発せたのはそれだけだった。だが十分に役目を果たしてくれたと言えよう。

毒々しい印象を抱く紫の両翼。鋭利な鉤爪は人間なんて容易に裂けそうな凶器であり、それこそ紛れもない証明で証拠。

これが真の姿。悪魔で堕天のルーファス。

畏怖する象徴。恐れる脅威。震え上がる災厄。滅亡の権化。そんな塊とでも例えられそうで、菖蒲の少女は勿論こればかりは威勢の良い深紅の少女も押し黙る。

違うのは私だけだった。


「言ってくれるじゃない? 差別主義は気に入らないわ」

「それは失礼。言われないと判らない事もありますから」

「言えない雰囲気を纏い過ぎてるのが原因よ。普通の人なら口すら開けないわよ?」

「ほう。貴女はその普通じゃないと?」

「あまり好きじゃないんだけどね」


会話が成立していた。まるで対等な存在同士みたいに互いが日常口調で語る光景は端から見れば違和感そのものだろう。自分でも驚きではあるが、出来てしまうからどうしようもない。

とは言っても多少なり怖じ気そうにはなる部分だって無い訳ではないのだ。しかし内の何処かでは理性が全てを制御して自分を平時にさせている。「大丈夫だ。私なら平気」と圧倒的な規格外すらも許容範囲に受け止めているのだ。

怖いのは寧ろ悪魔を目の前にしても変わらない私自身かもしれない。


「とりあえずあんたが普通じゃないのは判ったわ。だけど何故今更になって現れたのかしら?」


諸々とカナリア・シェリーの問題点の議題は一旦隅に置いて本題に入る。

ある意味当然の質問だ。過去の文献が正しいのだとすれば世界から隔離した魔界に封印された流れな訳だ。何世代も前の話だがこの時期に彼が此方側に来れるようになる理由が不明である。まさか封印が弱まったなんて事はないだろう。隔離なんて言葉をそんな生易しい表現で相手も使いはしない。だから何もなければ恐らく永遠に封印出来る効力のものな筈だ。

何もなければ。

その解は案外あっさりと悪魔の口から述べられた。


「大方予想はされているのでしょう? 我達も詳しくは把握しかねますが、封印の力を此方側から何者かが弱めたようです。故に力ある魔族の上位種の一部はこの世界に体現出来たのです。まあ、落ち度は其方側なんで恨むなら同胞を恨むのですね」

「さり気無く重大な事態を軽く言ってくれるわね」


やはり見立ては粗方間違ってはいなかった。魔界側から封印を解けはしなくとも逆からの行動は十分に有り得て納得出来はする。ただ犯人はどうやらこの世界にいる人間側の誰かなのは由々しき事態だ。当然それが可能なのが私達の方であるしかないけどいまいち真意が読めない。

国家はおろか人間側全体に反旗を翻してまでこんな凶悪な存在を呼び出して放置する理由は何だ?

正直得はないと思う。それも悪魔側が弱まった封印を貫いて此方に来た目的次第ではあるけど。

一応そこも流れ的に軽い調子で聞いてみた。

後悔しかなかったけど。


「目的ですか? 我等を世界から隔離した罪は重いですからね。一先ずはこの世界を破壊させて無に帰しましょうか? と考える他の悪魔は沢山いるでしょうね。私はまた別の意思がありますけど」

「聞くまでもない問いだったわね」


確かに此方側に現れた悪魔は堕天ルーファスだけではないのは範疇だ。彼の言葉に嘘はないだろうし、ざっくりと括れば世界征服を目論んでいると考えれば良い。

元々がそれに沿った戦いを過去にしていたのだから。


「じゃあ貴方が言う別の意思は何? 多分貴方でしょ? 優秀な魔導師を狙っているのは?」

「はい。堕天のルーファスがそのようにしております」

「それをしてどうなるの?」

「魔王の礎………と言えば判りますか?」

「ごめん。御伽話過ぎるわ」


魔王って。人間が創造した架空の存在でしか聞かないわよ。まさかの実在してしまうなんて流石にびっくりするわ。

ただ礎と言う事はまだ復活はしていないとなる。幻想的な発想なら魔王を復活させれば完璧に世界は終焉に向かうのは明らかだ。きっと眼前の悪魔なんて比にならない存在だろう。それがどうしたら魔導師を狙う理由かはさておき。


「にしても貴方って何でも喋るわね? 良いのかしらそんなに余裕ぶって?」

「と、言いますと?」

「忘れていないかしら? 過去に敗者になったのがどちらなのかを?」


もう情報は十分に手に入れた。後は当初の予定通り結界を解く方法である元凶を叩くだけだ。例え相手が何者だろうと私には関係ない。


「どうやら貴女も普通ではないようですね。人間の身でありながら悪魔を、堕天を前にしても崩れない振る舞い。素晴らしい逸材です」

「自覚はしているわ」


まさかお褒めの言葉を貰うとは、何処まで行っても自分は異例な存在であるのは否定出来はしないようだ。

そうなのだからこそ彼は金色の眼光を強く向けて笑みを浮かべながらーー。


「なら我等と共に世界を変えてみるのは如何でしょうか?」


誘ってきた。この天才を認めた上で対等に見た立場で。

一瞬目を見開いて間の抜けた表情をしてしまったのを自覚しながら我に返って口を開く。

いきなり過ぎるわよ。


「はあ? 本気で言っているの?」

「ええ。我等とて障害は無いほうが良い。しかしながらその力の芽を摘むのも惜しい」


嘘ではないのだろう。だけど胡散臭い話である。先に相手は優秀な魔導師を魔王の礎として狙っていると答えている故に余計と怪しくしかない。そもそも彼が悪魔なのを念頭に置いて対応しないと駄目だ。油断や隙を見せられない。

警戒心が窺える敵意の目付きを鋭くして返す私を見てルーファスはそれでも笑いながら条件を提示してきた。


「貴女だって退屈か、窮屈ではありませんか? 持て余す才能なんて有っても意味はない。では有効に発揮出来る環境を作ろうではありませんか」

「貴方に出来るっての?」

「はい出来ます。貴女の居場所を作る事が」


居場所。カナリア・シェリーが求める一つの願い。周りから浮かないで蔑んだり妬んだりされない普通の一部として組み込まれる空間。

眩しすぎる理想郷みたいな所ではないか。自身が籠の中か、或いはそれ以外の大半が籠の中かの区切る線引きが無くなる世界。

そんなあれば良いなと思っていた理想が首を縦に振れば実現する瞬間に居合わせている。いきなり過ぎる提案に平常心で聞き入れる異常な自身は想像していた。

叶った先にある居場所に立つ私を。

人のものではないが、限り無く近い手が差し伸べられる。「さあ、此方側に」と言葉を聞かずとも伝わる誘いの手だ。掴めば全てがひっくり返るであろう。

天才カナリア・シェリー。その肩書きが正に失われる場面。誘うは遥か昔に封印されていた悪魔で堕天のルーファス。


「………」


息を呑むような静まり返った一拍の間を経て私は沈黙を破って答える。

手を伸ばしながらーー。


「悪くない話ね」

「では答えはーー」


差し伸べられていた手が動き、私の手を掴もうとした。これで交渉成立と言わんばかりの流れの展開。

時間が止まったかのようにすら見えるこの瞬間。着実に迫る文字通り魔の手。

それをーー。


「お断りよ」


力を込めて払い除けた。何なら魔力を帯びさせて悪魔の腕ごと切り落とすくらいの勢いで手刀をお見舞いした。

残念ながら彼の腕が地に落ちる事はなかったけど。


「ッと。危ないですね」

「あら? 張り付いた笑みが消えて魅力的な顔が台無しよ?」

「心にもない事をッ!」


堕天のルーファスは怒る。呼応するように魔力が暴れて嵐となって吹き荒れる。いよいよ化けの皮が剥がれてきたような雰囲気だ。

そんな中でも自身は余裕な態度を崩さないで攻撃的な魔力を此方も同じ要領でぶつけて均衡させる。

バチバチィと、雷に似た擬音。互いの魔力が衝突して弾け合う音だ。これはそうそう真似の出来ない化物の領域にいる者だけが可能な芸当。学生同士の魔力をぶつけ合う押し相撲が極限まで達した技。

暴風の中心で悪魔と人間は会話をする。


「愚かな………みすみすと好機を棒に振りますか?」

「言い方が既に三下染みているわよ。悪魔さん?」

「小娘が。楽に死ねはしませんよ」

「私が? 死ぬ? 冗談は存在だけにしてもらえるかしら?」

「人間風情が舐めた口を!!」


彼の闇の魔力が収束する。先程までの交戦とは比にならないものが襲い掛かるのは容易だ。無論此方もいつでも迎撃出来る体勢で挑む。

天才と天災。どんな結界に終わるのかは予測すら難しい対戦の組み合わせ。

見守る観客は果たしてどんな表情を浮かべているのだろうか?

流石に相手に不足がない分、気にする余裕もないけど余波で死んだりはしないでよ?




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