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◇旋律と蒼天のブライニクル◇  作者: 天弥 迅
収束へ向けて
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−天才じゃ何も変わらない③−


人の断末魔のような悲鳴と凄まじい破壊の轟音が響き、それが私を眠りのような状態から呼び起こす。二回程瞬きをして虚な視界をハッキリさせ、激しい戦闘の跡を残した地面が見る。倒れていた訳ではないが確実に意識が遠退いていた感覚は分かる。


失態だ。理由が理由なだけに。私は毎度毎度心の弱さに意識を彼方に追いやる癖がある。前回の休んでいる間ならまだしも今は戦いの最中だ。僅かな時間の油断すら許されない場所でこの有様は失態以外に表せない。


ただ、五体満足で復帰していると言う事はさしたる支障がなかったらしい。若しくは彼が時間をくれたのかもしれない。


そんな思考をしながら顔を上げる。多分目先にはユリス先輩がいる筈だ。


居た。紛れもなくヴァナルカンド・ユリスそのものである。見間違えはない。寧ろあれだけ感情に訴えかけるような言葉を投げ掛けた相手を見間違えるのは失礼だ。


しかし、やはり私の知る彼とは違う部分が見え隠れする。先ずは頬の傷。あれは先程は無かった怪我だ。私が意識を昏倒している間に一体何が起こったのであろうか?


そしてどこか吹っ切れた様子はまだ感じられるが、また少し違うような気がした。先程は正に敵対を見せながらも全てを、全権を寄せて我が物にしたい勢いで此方の都合をそっちのけだった。それはまるで私の内情を看破した上で一番私が困る感情に、同情に訴え掛ける意味で吹っ切れたーーが適切なものだ。だが今はその先の自身の気持ちを伝えたか或いは包み隠さず蓋をしていた気持ちを開けて誇るような意味で吹っ切れた様子が適切だろう。どちらにせよ受け取り側の結果は同じなんだが、せめてで言うなら後者の彼の方が好ましく思えるくらいだろう。


何があったのか? どう風向きが変わったのか?


「………私はどれくらい………」


「そうだな。軽い恋文を読み上げるのが出来るくらいには意識はなかったんじゃないか? 三回は死んでもおかしくないだろうな」


何だそのよく分からない時間。もっと他に例えがあるだろうし、と言うか最後の一文は単に余計な一言だ。有り体に言い過ぎにも程があるだろう。まあ、それだけ情け無い自分を反省するには丁度良い時間ではあったが。


「わざわざ待っていた訳?」


「待っていたよりかは待たざるを得なかったな………」


「どう言う事よ?」


一々意味深な語り方をする癖は変わらない。


ただーー。


「さあな、………だが」


悪くはなかったさーー。


そう吹っ切れて肩の荷が降りた風に答える彼が本当に私の敵なのか疑問に感じるくらいには今のユリス先輩は考え方が変わったように成長が見えた。


何よそれ?


私は散々悩まされて思考に苦しまされたのに、折り合いが付いたかと思いきや全てを悟ったような口振りをしてるし、しかも私が知らない内にだ。


ややあって。


「自分を見つめ直すには丁度良かったかもしれないなって事さ」


肩をすくめながら微笑する。


いやいやそんな性に合わないような動作と発言なんてしなかっただろう。何が彼をそうさせたのか深掘りしたくて仕方がない。


しかしそう言うならばもしかしてーー。


「あー、勘違いするなよ? 依然として俺はお前の前に立ちはだかる壁だ」


「何を見つめ直したのよ………」


幾ら向こうの心境に変化があろうとも此方にとっての益がないのならば意味はない。寧ろ重荷を感じさせない風格はさっきまでよりも厄介さを帯びただけではないか?


勘弁して欲しい。


「つまり、貴方を倒せって?」


「ああ、見つめ直したのは考え方であって立ち位置はまだ変わりはしない」


あくまで敵。


全然理解が及ばない。まあ私は知らないのに勝手に自己完結した発言ばかりなのだから分からなくて当然だ。分かるのは彼も彼で考え込んで複雑に絡まっていた感情が単純なものになったくらいだろう。


私は余計混乱しているけど。これが振り回されると言うやつか。


「今一度言うが、俺の気持ちに変わりはない。俺が勝てばお前は俺と一緒に世界を変える事に協力してもらう」


「分かっているわよ」


「もしお前が勝てば俺はお前と一緒に世界を変える事に協力する。それだけだ」


字面では差がないようには見えるが、それは天と地ほど違うだろう。


ヴァナルカンド・ユリスが望む変革に私が加担するかカナリア・シェリーが望む変革に彼が加担するかはそもそも目的にズレがある以上内容が同じでも考え方も結果もまるで別物である。


どちらが主導権を握るかだ。


私が望む未来のカタチはきっと彼の行いよりも遥かに難しく、修羅の道を行くだろう。


その考えを読み取るようにユリス先輩はーー。


「賭ける価値があるか、俺に証明して見せろ。それに比べたら俺を打ち負かす事なんて容易いだろう?」


「どんな局面で人を試すのよ………世界一趣味が悪いわよ?」


「かもしれないな。何せ俺は後輩思いの先輩だからな」


「一応今貴方の好感度が凄い勢いで下がる自覚あるかしら!?」


いつもなら私が叩く軽口を、専売特許みたいなものを奪われてしまった。


果たしてそれは思いなのか?


それともーー。


「さっきの答えはもう出たのか?」


「………」


何の答えか? は確認するまでもないだろう。それで私の感情は大きく揺さぶられてしまったのだからとぼけたりも出来はしない。


答えは出たのか?


その問いに対する私の返事は出来てるかもしれないし、出来てないのかもしれない。まあ唐突でこの状況下で"はい"か"いいえ"で即答する程の図太い神経は今の自身には持ち合わせていない。


好意に臆病で真実に臆病で自分自身に臆病な私は答えを出す事を躊躇う。前に進む為に背負うのが辛いからだ。救えるものを拾い上げていくだけなら、カナリア・シェリーだけが苦しむのならば構わない。


だけどまたこれは別だ。他人の辛さを受け止めたりしながらも掻き分けていくのはどうしようもなく残酷な選択なのである。


要は嫌われたくないのだ。


そう、ヘカテリーナ・フローリアの時から少しずつその気持ちが強くなってきたのを覚えている。実際はきっと冥天のディアナードとの戦いからか或いはそれより前から気付かないくらいの小さな変化をしていたのかもしれないが、確かに嫌われたくないと意識し出したのはそこからだろう。


不用意に他者を傷付けてしまった事で酷く敏感になってしまい、ハリボテの自分を見透かされて呆れられるのも怖くなった。


今回は嫌われている訳ではない。寧ろその逆だ。


好意を抱いてもらっている。


きっとそれはとても素晴らしく幸せなのだろうけど、カナリア・シェリーの考えは違う。


好意に二つの種類がある。見返りを求めるのと求めない好意だ。見返りを求めない人種を見た記憶は少ないが、見返りを求める人種はそこら辺にいる。


彼の好意は見返りを求めたものだ。どんな形であれ答えを欲して自分についてきてもらいたい。


つまり、その見返りが彼の意志にそぐわない場合だとどうなるのか?


それは嫌われる可能性が出て来る事を示唆する。あくまで最悪の展開ではあるが、他人の気持ちに応えられないとはそう言う裏返しの部分を持つ。答え一つで私が他人を不幸にさせる行いだ。自身の言葉に責任を持つ事がこんなにも苦しいなんて想像もしていなかった。


彼の器の広さならばどう転ぼうがーーと甘い考えもない訳ではない。しかし現状の立ち位置を考えたら単純な解しか出ない。


だったら私はどうしたら良いのか?


どうしたいのか?


「答えはまだみたいだな」


正解。


答えなんて直ぐに出るのならば苦労はしないだろう。何せ初めて抱く感情だらけだ。考える時間なんてあってもあっても足りないくらいに迷う決断。


いつぞやの誰かさんが描いたお話をくだらないと、有り得ないような夢物語と一蹴したが、今の状況は正にそんな作り話を想起させる。


中々馬鹿に出来ないものだ。まさか、なんて事態はいつも付き纏ってきた筈なのにいつもいつも悩ませる。


しかしーー。


ある程度の答えは出ている。


「ええ、そうよ。いきなりそう言われて困るのなんて目に見えているし、更にはこんな土壇場の戦場みたいな場所で明日の未来も危ういと来た。考えないといけない事が山ほどあるのよ」


そうだ。ここで刻一刻と迫る危機を迎えようとしているのだから正直色恋沙汰に心躍らす余裕なんてある訳もない。吊橋効果でも狙っているつもりなのかと問いただしたいくらいだ。


「しかもよくよく考えれば私と貴方の関係はまだ始まったばかりよ。それが簡単に結ばれるような積み重ねがあると思っているなら大間違い」


何年も噛み合わない人達だって身近に居る。あれは流石に異例ではあるけどまだそれだけお互いに知らない事ばかりだ。じゃなければ彼が敵側になるのもある程度分かってる筈だ。


そう、まだまだ知らない事ばかりである。


もっと知りたい。って聞かれたら否定はしないだろう。だからと言ってこれから知る為に関係性を深めるには私は慣れていないし、この現状の立ち位置が悪過ぎる。


「だから答えは全て後回し。そもそも私が出す答えは貴方達の計画を阻止する前提であるのだから貴方に主導権握られたままの訳にはいかないのよ」


どのみち負ければ私に選択肢がない。今更だがそれに気付いた。つまり彼の質問は言わば保険みたいなものだ。良い答えが出ようが出まいがここで私に勝ちさえしたら全ては彼の思うがままなのに変わりはない。


ただ、そこに私の心があるかないか。


「それでも勝敗が付けば諦めも付く。今は無理でも時間が解決して貴方の求めた結果に追いつく、と半ば確信している」


「鋭いな。否定はしないがそこまで狡賢い算段は立てたつもりはない」


「後付けって前置きをしたら全て丸く収まるのだからそこがユリス先輩のせこい一面よ」


とにかく平等じゃない。ならば平等にする為には必然的に私の提示する条件の角度を上げるしかない。


「詰まる所勝つか負けるかよ。ややこしい心理戦や駆け引きは止めて純粋な勝ち負けに徹しましょうかしら?」


「まあ持ち掛けた手前だから信じられないかもしれないが、争わないで解決出来るならそうしたかったと言えば信じるか?」


「残念。私にも譲れない信念はあるから貴方が折れない限り争わない道なんてもはや無いのよ。信じはしても貴方もそれは不可能だと思っていた筈」


「そう、だなーーそれこそ後付けか」


「ええ、ここまで盛り上げて置いて今更考えを歪められないわ」


ここらで良いだろう。結局互いのやり方は平行線なのだから崩して解を得るしかない。これは一度しっかりと決着を付けなければいけない戦いだ。


大丈夫、まだ余力は残っている。と自身の状態を再確認して私は毅然とした構えを取る。彼もこれ以上は無粋だと理解して仕掛ける姿勢を見せた。相変わらず隙はないし、手の内が未知数だらけだ。


いや、伺うな。攻めろ私。初見に弱いと思われている相手の未知の手札を切らして後手に回りはしない。


もはや話し合いの先に理想はない。あるのは交わらないお互いの我儘だ。


迷いを振り切り、道を開く為に私は吠える。


同時に雷と風が付与されるように纏わり、辺りすらも侵食していくのは複合された災害の魔法そのものだ。並の努力じゃ辿り着けないだろう速度へ誘う疾風迅雷。


「それは通用しない」


が、彼が生み出した魔法の糸が絡み付く。既に対策が可能な力だ。付与して駆けるまでの隙のある初動さえ封じてしまえば動くに動き出せない。正に籠の中の鳥みたいな状態だ。


しかし、籠には出入り口がある。


貴方があの時私に見せたように抜け出せる方法が。


寧ろ至極当たり前に考えついて良かったくらいの発想だったが、焦りと戸惑いの中で押し寄せる数多の情報量が邪魔をした。


糸って当然操る人がいて操作出来る事に。


「ーーッ。気付いたか」


私の魔法の動きに違和感を覚えたユリス先輩は即座に魔力の糸の解除を行う。聡明な判断ではあるかもしれないけど焦った様子までは隠せなかったのは細めた目と僅かに詰まった口調から感じられた。


なんて事ない対処だ。


魔力の糸を利用して逆に電流を流せばその行き先は自ずと彼に向かう。手から離れた魔力を繊細に操作するなんてのは離れ業でも何でもない不可能な所業。つまり、私の動きを封じる為に作る包囲網には何処かに手元から離れてない糸が存在する。でなければそもそも電流を流した時点で放散するだろう。魔力をある程度伝達し続けるからこそあの身体すら切り刻む鋭さと身動きを取れなくする仕掛けが成立するのだ。どのみち選択肢としてはこれが最適解だろう。


「これがもし高硬度な本物の糸だろうと結果は変わりないわ。もうその技は見せ過ぎたわね?」


妨げる障害物が無くなった事で風と雷による侵攻が開始された。私自身が音の速度に並ぶ事で発生する余波と一緒に彼に牙を剥く。


「全くだ。すっかり懸念し忘れていた。お前が初見技にしか弱くないのを」


「ーー!」


筈が、後一歩のところで届かなかった。


まるで絡み付くように身体が地面に捉えられる事によってーー。


仕掛けだ。いつから組んでいた陣かは分からないが、踏むか通過するのを条件に動きを止める為だけの魔法。本来なら注意を払っていなければならないその罠に気付けなかったのはやはり初見であり、この場面まで一切足元からの戦略を意図的にしていなかったからだ。


心眼を発動していれば初見でも看破出来た代物。しかし、そこまでを計算した仕掛け。もし心眼状態ならばまた別の対応に持ち込んできただろう。


ただ、これで素直に封殺される訳にはいかない。


「まだよ!」


「なっーーぐっっ!?」


疾風迅雷とは大層な名を付けているが、その実は雷と風を操る魔法だ。それを複合化することで爆発的な加速を生み、通った先に雷と風の残滓を残していく。衝撃波の方が主な攻撃ではある。


それが止められてしまうのならば複合化を解除する。するとどうなるか? 正確には元の雷と風の魔法に戻してしまえばどうなるか?


答えは簡単。


ただの上級魔法が襲い掛かるだけだ。


「どう? 何も初見が苦手なのは私だけじゃないのを思い知ってもらったかしら?」


「………馬鹿か、それは無理矢理暴発させているんだよ。まるで嵐の被害に巻き込まれた気分だ」


「嵐の内側って意外と静かなのよ?」


軽口を言いながらも仕掛けを解除して魔法を乱発する。初級から上級を質より量で放つ事によって回避行動と考える時間を与えない。


ともかくは好機だ。戦いが始まってようやくの魔法による攻防で軍配が上がって手傷を負わせる事に成功した。致命打としては弱いが流れを掴める方向に持って来れたのは大きい。


これで打てる布石が増えるのだから。


「確かに今のは一杯食わされた。普通の発想じゃ考えられない自殺行為だからな。だがまだ俺は動ける以上その調子で魔法を振り回して良いのか? まだ本命が控えているぞ?」


「手を抜けって言いたいのかしら? それくらい切羽詰まってたりする?」


「お前の余力は有限って教えているんだ」


必要な回避以外は振り払うように魔法を破壊していくユリス先輩の様子を伺う。喋る余裕はあるようだけどそれ以外はまだ上手くまとまってないように見える。この会話の応酬も少しでも戦闘速度を落とさせる為のやり口なのが読み取れた。


だけどお生憎様。


もう貴方相手に後先考えた配分をする余裕がないのは此方も同じだし、貴方を超えないと本命に辿り着けないのだから遠慮なくいかせてもらうわ。


そろそろ彼が弾丸のように放つ魔法の対処に慣れて来た辺りで私は一つ手札を切った。






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