−天才は所詮肩書き②−
既に亡くなってしまった姉を重ねるのはどうかとは本人も思うが、どうしてもこの二人からは互いを守り合うような気配を出しながら立ち塞がっている風に見えたのだ。
怯えと不安と焦りを持ちながら振り払うか如く勇気と覚悟と決意を抱えている。それが隣の肉親の為にと顔に書いてある。きっと彼等は本当に脅されているのかもしれない。幼い子供達だ。悪魔だなんて存在に弱味を握られたら従う他ないだろう。
「邪魔をしないでもらいたいのはこっちです………」
「そうだ………貴方達が大人しくこれ以上先に行かないだけで良いだけなのに」
今にも泣き出しそうな震えた声で小さいながらの強気な姿勢を表す。恐らく深い事情なんて把握しちゃいないのだろう。ただただ従わなければどうなるかの恐怖に動くしかないからリアン達が悪者と認識せざるを得ない。
心中で溜め息が出る。それと同時にこんな子供達に償いきれない罪を背負わすやり口にふつふつと怒りが込み上げてくる碧髪の少年。
世界を混沌に陥れるなんて大層な名目だ。計画が成功しようが失敗しようが、こうやって意思を持って行動してしまっている二人の行く先は絶望しか残されていない。
そんな結末に納得がいく筈はない。無論一番納得出来ないのはこの兄弟達だ。従う他ないから後先も考えられずにこうするしかないなんて残酷だ。
内容は違えどきっとリアンが重ねてしまったのは彼等が失敗して不幸になる未来だと言う点だろう。褒められない事をしているかもしれない。が、分かっていても従う事で傍にいる者が救われるなら我慢するしかないと言う結果的にその選択が誤りの姿が彼には昔を想起させる。
血縁内の問題だけでもリアンは何年も後悔に苛まれていたのだ。この二人がそんな短い時間の後悔で済む筈がない。
そして碧髪の少年は姉を救えずに自分も救えなかった。
だが、それでも手を差し伸べて救ってくれた人がいたのだ。
今度は誰の番かは言うまでもない。
まあ手を差し伸べてくれた人みたいに真っ直ぐ素直に救える程器用ではないだろう。どちらかと言えばそれこそ姉譲りだと考えた彼は思わず静かに笑ってしまう。
そうか、今からしようとしているのはあの頃のディアナお姉さんと同じ行いなのかと。
「ーー!」
その姿に気付いたのか少女の方は戸惑う姿を見せる。どうやら優秀な魔導師の素質とは違うかもしれないが、将来有望なのを垣間見た。少しの変化に気付けるのはそれだけ見ているのだからだ。この場合はあまり悟られたくないから困りものではあるが。
瞬間に碧髪の少年の身体はブレた。不意をついて瞬く間に兄弟達との距離を詰める。幾ら将来性があるとは言え肉体的にも精神的にもまだまだ未熟な魔導師だ。彼とは場数も経験も何もかもが違う。気になる対象ではあったかもしれない。しかし所詮は周りにいる足止めの数合わせとして佇む敵の集団の一人でしかない。
二人が驚きに声も上げる隙も与えずに先ずは姉らしき少女の意識を奪う。造作も無い赤子の手をひねるような手際を見た少年は脚を後退させる。
そのまま他の意思がある魔導師にぶつかる。
するとーー。
「ひぃ! テメェ、下がって来るんじゃねえ!!」
「ーーッ!?」
恐怖が勝った名もない男が少年の背中を蹴ってリアンの元へと吹っ飛ばす。まさかの協力関係にある仲間に囮みたいに扱われる哀れな姿がそこにはあった。
再び碧髪の少年の前に膝を付く形で追いやられた彼は恐る恐る顔を上げた。
「………お姉さんを、は、離せ………」
「………」
声を振り絞って言うが、応対はない。聞いていない訳ではなく彼は今の一連の流れに再び怒りが込み上げてきたのだ。
単純に外道な事をした。優秀な魔導師よりかはまるで小悪党のお手本の方がお似合いだろう。そんなつまらない姿はリアンにしてみればあの頃の醜い大人の姿を思い出してしまう。
自分の身が可愛いが為に。
それだけじゃなかった。その魔導師は注意が逸れたと勘違いして少年を盾代わりに魔法を放ってきたのである。人一人分くらいの大きさを持つ炎弾の魔法は中級程度の威力だろう。当たりどころが悪ければ重傷にはなる確かな殺意を持った力。あろうことか二人諸共巻き込む決断をしたのだ。卑劣よりかは非道なやり方。戦うのすら馬鹿らしくなるくらいに汚い手は逆に彼を怒らすには十分である。
当然油断もしていない碧髪の少年は直様に天器【オリンポス】で虫に煩うように振り払う。
いや、虫はそんな魔法を放ったクソ野郎だろう。
躊躇いは全くなかった。
「ーーな」
そいつは胴から上と下で真っ二つに切り裂かれた。ほんの少しの慈悲も無く、その命を刈り取るだけの犠牲になってしまう。因果応報であり、命のやり取りをしているなら当然こんな結果が何処かで生じるのは有り得た。
ただ、リアンは全く別な理由で割り切ってーー。
「言っただろう? 僕は善人じゃないと」
良い見せしめだと言わんばかりな態度を示す。
途中までの戦闘の最中の彼は無殺の戦いを主にしていた。心を奪われてまで操られている敵を前に中々出来る事ではないが、完璧な被害者の命を取るつもりなんて更々ない。しかし、今みたいな別の思惑から従う敵はどこまでが本心かも見極め無ければならない。言葉に従うなら良しだが、そうする事も出来ない相手やしない相手が出てくる想定は難しくはない。
いずれ誰かが犠牲にならなければ戦闘を放棄しないだろう。だからこそ救える奴は救うつもりではいた。
今みたいに救えない奴を犠牲にして戦意を喪失させるのは必然だ。
これもまた褒められたやり方ではないのはリアンが一番分かってはいる。だけどそんな奴の為に命を差し出すつもりも無ければ救えた人を救えない結果にするつもりも等しく存在している。
彼等は悪魔ではない。だが悪魔みたいな奴もいるのだ。今更悪魔を葬った彼からすれば大差はないだろう。
そうやって我慢して姉を救えなかった側からすればーー。
「分かったかい? 今ここで死ぬか、僕達が悪魔を倒すのに賭けて降参するかだ。優秀な君達ならどうすれば良いか既に答えは出ているだろう?」
「………」
小さいな少年を含む魔導師達は押し黙るしかなかった。誰だって命は惜しい。それに多少打算的だが、こんな実力者達ならば堕天のルーファスを倒して解放してくれるのではないか? と後ろめたさ半分、期待を半分みたいな複雑に迷う表情を浮かべる者達で溢れ返る。少年もそんな中の一人であった。
確証が、保証がないそんな不安の姿を見せる魔導師達を碧髪の少年は一瞥をする。
ここだろう。
そう考えた彼は見計らったように一拍の間を置いて自分達の正体を告げるのである。
「僕はアースグレイ・リアン。九大貴族が一人のアースグレイ家の次期当主であり、悪魔、魔天のエルドキアナを倒した魔導師だ」
「ーー!!」
一同が息を飲み、目を見開いてその名乗りを上げた少年を見る。これまでとは違う畏怖を向けた目から縋るような希望を持ち出すのものを感じ取れた。逆に私利私欲で悪魔に加担をしていそうな連中は素直に降参の意を示すように肩を落としている姿が映る。
それだけ彼等を従える堕天のルーファスと同等であろう同じ悪魔をまだ学生の身である少年が倒したなんてなれば見方を変えるのは必然だ。
が、この話は終わりではない。
何故なら悪魔を倒したのは彼だけではないのだから。
「そして向こうで戦っている仲間は僕と同じ九大貴族であり、現当主であるあの神門家の令嬢ーー神門 光華。彼女もまた悪魔、冥天のディアナードを倒した魔導師だ」
ここでもはや従う相手を間違った気持ちに追いやられる者とどんどん安堵の気持ちになっていく者達しかいなかった。
最後にーー。
「あとのもう一人はある意味九大貴族以上に有名なあの異端の天才。僕や神門さんが悪魔を倒せたのも彼女の協力が無ければ成し遂げられず、彼女も彼女で単身で悪魔、流天のヴァリスを倒した魔導師」
既に名乗った二人だけで十分な偉業なのに残された存在の話に全てが呑み込まれる。
なんだそいつ。悪魔より化け物じゃないかーー。
サラッと中傷が混じった声が漏れていて不満を覚えるリアン。しかしその結果に嘘偽りはない。当然不満を覚える人物も彼ではないのだが。
「嘘だ。そんな凄い人がいるわけ………」
まだ知っている事の少ない少年からすれば目で見たものが全てと言わないばかりに否定をしようとする。
「いるさ。彼女はいつだってひっくり返して変えて来た。今回だってね」
が、それは当時のリアンも同じようなものだっただろう。信じられない連続を見せた存在。
彼の時も、神門 光華の時も彼女と言う救世主が居合わせていなかったら成し得なかった偉業。彼女の力と奮い立たせる心がなければ今この場にいなかっただろう。
そう。
正に英雄だ。
次世代に語り継がれる魔導師は誰かと問われたら間違いなく最初に浮かぶのはーー。
「覚えて、胸に刻み、行く末を見届けるが良い」
気付けば周りから戦意は失われていた。そして彼等の視線の先は碧髪の少年も見る異端の天才とヴァナルカンド・ユリスが戦っているであろう場所。もう目先の戦いがどれだけの未来を変えるかになる。もはや自分達の存在がちっぽけに感じられる程の力強い魔力がこっちまで流れて来てしまえば後は各々が信じる可能性に賭けるだけでしかないだろう。
そしてリアンは言う。
未来を変える可能性を背負う友の名をーー。
「カナリア・シェリーだ!」
こうしてこの場の戦いは決着が付く。
◆
「………!」
空気が震える感覚に襲われる細身の男性は肌がピリ付く。戦い自体も佳境になっていく程には時間は経過しているだろう。相手も相手だ。一筋縄ではいかないだろうし、まともな地力の勝負ならば勝ち目も薄いくらいの天才達だ。だからこその時間稼ぎだが、まだ足りない。にも関わらず周囲の展開は劣勢になる一方。つまり彼等を本気にさせてしまったのだろう。このままでは他が抑えきれずに会場の堕天のルーファスの所まで進軍を許してしまう。まだ悪魔の所在は知られてはいないが、天才の彼等を前に時間を与えれば気付かれてしまう。
だからこそこの場で切り札とでも言える手段を彼は使った。確かにカナリア・シェリーと言う人物は想像をいつも飛び越えていく天才だ。此方がどれだけ万全を喫しようが所詮は二度も同じ手を見せれば戦略が小細工になってしまう。今はそんな小細工を小細工に見せないように上手くあの手この手で撹乱をしているがやがては突破されてしまうのは目に見えていた。本人は必死になっているが、それは余力を残す上での戦い方の時点で必死ではない。どれだけ余力を残せるかは戦いながら考え、次々と新たな可能性の扉を開けて単調な流れを変えていく姿にユリスは何とか見せかけの余裕を表すだけで精一杯。
やはりと言うか、だからこそ異端の天才なのだろう。
出せる手札が、引き出しが限界になりだした彼には唯一カナリア・シェリーと言う人物にだけ有用な絡め手を使った。
彼女はその一見高飛車な性格や常人を超えて特殊な領域にまで踏み込む天性の素質を持ちながら意外にも人の持ち得る感情面に対しては年相応以下な部分が見え隠れしている。普段から監視対象として分析しない限りは、身近で接していなければ分からない時間の掛かる一面だ。
単純に言えば幼い面が多い。
すぐに怒る、反応する、自分勝手、得意気になる。と言った部分は普段から分かりやすい。まあ、人の色みたいな個性とも考えられるから一概にそれだけで判断するのも早計かもしれないが、ユリスは数日前に決定的な姿を見てしまった。
理由は分からないが、あの落ち込んだ姿。
落ち込んだ姿ってだけで解決して良いかは議論はある。しかし傍から見ていてもあの一面は異常だ。あれだけ感情の浮き沈みが激しいのはまだ精神的に安定をしていない証拠を示唆する。幼い面と推理するには浅はかだとしてもそれに並ぶくらいには感情的な案件は弱点に近付くと予想するのは必然である。
ただ、どんな内容でああなったかは知らない。よほど傷付いたのか辛い話を聞いたのかは確認出来ていない以上、大雑把な判断で何かしらの揺さぶりに弱いとだけに絞る。
長く接していた訳ではないが、そこら辺は学園生活の中でのやり取りで彼は考える。
最初に浮かんだの矜恃の高さ、だ。
一応は異端の天才として騒がれてしまっている周知の事実だから比べられる対象次第では煮えたぎらない何かが感情に乗るとしても不思議ではない。とりあえずは納得いかなければ追求してしまう。
簡単に例えたら挑発に乗りやすいだ。
ただ聡く、変に落ち着きを取り戻すくらいには場馴れした経験があるのはこれまでの経歴から予測出来てしまうのであまり効果はないだろう。寧ろ失敗した時の返って調子尽かせる危険性の方が高い。
そこは女性の一面が影響するかもしれない。特に負けず嫌いな雰囲気を醸し出す彼女だ。刺激して更に力を増す可能性はあるだろう。赤い薔薇には棘があるようにあの天才は薔薇か或いは火薬みたいな存在だ。
と、そこで女性と言う部分に着目してみたユリスは色々と振り返りながらカナリア・シェリーと言う人物とあまりその分野でのやり取りに触れた時間が少ないのを感じた。そもそもそう意識してないのだから今更な感じではあるかもしれない。しかし興味がないとは思えないのもある。何故なら容姿、性格、風評。どれを取っても高嶺の花みたいな印象が拭えないくらいには持つものに魅力があるのだ。ちょっと高飛車な性格以外ならば惹かれる要素の方が多い。もし誰かに彼女から距離を縮めるような展開があればその心は勘違いだとしても意識しない筈がないだろう。
ところがそんな彼女は人の悪意には敏感なのに好意には疎い。良くも悪くも真っ直ぐな性格だからか、言葉にしなければ思い至らない。元来回りくどいのを嫌うから余計だ。一番はっきりと表現を表に出すのが難しい好意は新たな魔法を生み出すよりも理解するのが苦手そうだ。
好きを好き以外で現すと伝わらない残念な駆け引きになる。
それを今までどれくらいの人が挑戦しただろうか? もしこれでそこそこに経験があったのならばユリスの見立てが悪かった。それだけの話だ。
故にまだこの瞬間になら賭けれる。彼女を監視する目的でレミア学園に潜入したが偶然的にも、運命的にも邂逅をしてしまった為に築けた先輩と後輩の関係になった事が大きな揺さぶりを呼ぶ。
つまり同情を乞う。悲劇も絶望も怒りも悲しみも復讐心も負の感情の全部を止めようと、受け止めようとするカナリア・シェリーの優しさに付け込む。
すると果たしてどうなるのか?
答えは簡単だ。
ヴァナルカンド・ユリスと戦えなくなる。
敵でもなく、先輩でもない異性の存在として認識する事への困惑が彼女の脆い心を刺激して平静を保ってられなくなる。いや、彼からしたらそれで攻撃の手が緩めば良いくらいの悪あがきだ。
そしてそれだけでもない。
細身の男性があの異端の天才に対してどういう感情を抱いているかを伝えたかったのも紛れもない本音である。もしこれが彼女との最後の対峙する機会かもしれないのだからせめて答えを出したかった。
思えばなんてことのない偶然に邂逅した先輩と後輩だ。特別な出会いでもなんでもない筈のごく普通の物語を描いていた筈だ。
が、彼と彼女の立ち位置が、生まれた環境が、住む世界の差が、望む運命が二人の出会いを特別なものに変えてしまったのである。
ユリスはいずれ敵になると分かっていながらもその異端の天才の姿が、自身が持たないものを全て持っているような生き様が、彼女の傍に立てる居場所をくれたのが、敵になった今でも救い上げようとする真っ直ぐな心が彼には太陽よりも眩しくて月よりも綺麗な輝いて見えてしまった。
だから彼女は彼の特別になる。
特別で眩しくて輝いて綺麗で手を伸ばしたくて近くに居たくて話していたくて笑いたくてーー。
それが好きと言う気持ちになった。
全てが上手くいくなんて甘い幻想はない。この気持ちを奥底に引っ込めて潔い悪役に徹しても良かった。ユリスにとって世界かカナリア・シェリーかの天秤でしかないのだ。
釣り合わない両方を求めるのは傲慢で強欲。
それでも望んでしまった。
望んでしまったが故にーー。
「困るな………彼女を誑かすなら時と場所を弁えてくれないと」
「………ッ」
両方が手の中からこぼれ落ちてしまう。