−天才は所詮肩書き−
「はぁ、はぁ………」
神門 光華は仕切り直して再び魔剣を操るレイニー・エリックとの苛烈な攻防を繰り広げていた。基本的には手に持つ魔刀を中心に純粋な剣技による戦い方になり、少ない手札となった不利な状況を強いられた。当然絶対剣も見切られてしまっている今その戦法が刺さるなんて筈もなく、かと言って決定打を互いが被りもしなかった。相手がどこまで本気で戦っているのかも分からない。ある意味時間を稼ぐ意味では全力を注いではいるだろうがこうも膠着状態なのはそれだけ打つ手が彼女にもないのは間違いない。やはり狭まれた手札で戦うには相手の実力と装備と言った単純な力量差が生まれてしまうのであった。息を切らす彼女はこの後の戦闘をどう打開するかにも頭を回す余裕もなく、ただただ戦わされている存在と化していた。
抱くのはひたすらにやり難い相手。悪魔の時よりも隙がなく、リアンの時よりも惑わされ、シルビアの時よりも頭を使わせる。つまり彼女が苦手と感じる部分を全てレイニー・エリックが持ち合わせている訳だ。たまたまそんな戦況になっただけかもしれないが、それが出来る相手がおかしいのは確かかもしれない。しかしこれ程の実力者が悪魔に従う理由も不明だ。
断言して良い。
彼の実力は単独で悪魔に並べる。
となればーー。
「その力はもしや悪魔から分け与えられているのですか?」
「察しが良いね。まあ、そうだよ。色々と便利になるからね」
「………そうまでして何をしたいのですか?」
「言わなかったかい? 世界を混沌に陥れると?」
「………」
「僕の兄がかつて同じ事を試み、失敗した。その使命を代わりに全うするのが僕の望みさ」
「力で歪める世界に何の意味があるのです!?」
大層な理由じゃないと述べていたのにそれでもどうしてそこまで拘るのかを光華は吠えながら問いを魔刀と一緒にぶつける。火花を散らせながら鍔迫り合う中。
「力だから意味があるのさ」
そうレイニー・エリックは答えた。
更に続け様の言葉はーー。
「話し合いで歪める世界程醜いものはないよ? 言葉が持つ力が一体どれだけの人を惑わせたと思う?」
「な、何の話を………」
「理解出来ないだろ? それが真理さ。逆に力は正直だ。正直だからこそ正しさを帯びる。向こうで戦っているヴァナルカンド・ユリスも同じさ。正確には力で正す奴と力で歪めるだけの差さ」
いや、分かりません。と彼女は嘆きたいが、押し返されて口を開く事を憚れた。そもそもが正しさの観点から互いにズレている気がするのだから語るだけ無駄ではないか? と疑問した所で灰の少女は気付いた。
語るだけ無駄。なら力を示すしかないのだと。
「君や仲間達の理想を押し付けるのだとすれば、果たしてその言葉でどれくらいの人が動いてどれくらいの時間が必要だい? 考えるだけ無駄だよ。自分の我儘を通すのに一番簡単なのは実力を示すのみ。百聞は一見にしかずと同じだよ」
「だからと言って貴方達のやり方は認められない」
「なら力で示すと良い。限られた中で果てしない言葉で時間を浪費するくらいなら短時間ではっきりする力を見せたら最悪その場は認めざるを得ないさ」
語るのは正論そのものだろう。敵対する存在に指針を決められるのは不本意だが、正に彼の言う事が現状に置いての一番の近道。
ならば彼女も決断をするしかない。
「確かに私も今日に至るまでをこの身と宝剣の力を持ってして切り開いて来ました。ですがそれが全て正しいとは答えられはしません」
力は必要だった。並々ならぬ人の域を抜け出し、長年に渡ってただ一つの目的に向けて受け継いでいく程に。
が、やはり更なる力には屈するしかなかった。あの瞬間の勝ち目が見えない死闘の中で抱いたものだ。勝利出来ないと分かっていながらも戦うしか考えていなかった。力を持ってしてでしか光華は示せる方法も無く、手段もなかった。
しかし、あの冥天のディアナードを打ち倒した時だ。
あの時に彼女を動かしたのは果たして力だっただろうか?
否、断じて違う。力は後から追い掛けて来るように備わったに過ぎない。
灰の少女や周りを動かした天才が示したのはその異常な才能から見せる力でも神から授かるような特別な力でもなかった。
今一度、言葉を思い出す。
ーー生きて帰る為に私に力を貸して。私頑張るから。
きっと神門 光華はあの言葉があったからこそ別の道、行き止まりの筈だった未来、狭い視野を変えられたのだ。
どうしようもない危機。超えられない強大な力。
そんな状況下で皆を立ち上がらせたのは力よりも前にもっと単純な言葉であり、心だった。
或いはーー勇気。
「時には力を示す必要があるのは否定はしませんが、貴方が示す力は何れ自身を不幸にする」
「目的の先に幸福を求める気はないさ。そんな事はなってから考えるよ」
「力だけの世界に何も残りはしません。また新たな力が呑み込むだけです」
「そんな世界を望んでいると説明したんだけど?」
「なら、今がその時です!」
彼女は魔刀を仕舞う。
それが意味するのは絶対剣を代わりに使う訳でもない。
「残念ながら魔刀も絶対剣も今の僕には通用しない。かと言って魔法の類も魔剣の前には無意味だ。そんな状況で一体何をするつもりかな?」
レイニー・エリックが手にする魔剣が輝く。その中に吸収したあらゆる魔法を解放する力を持ってして灰の少女の次なる手を崩すべく振るうつもりだ。
ここまでの戦闘による力の差と天地冥道の特殊性を理解し技術で封殺出来るのを可能とした今、絶対剣を持つ天才と絶対剣を使えない天才では何方が優位かは目に見えていた。それでも戦いが形になっていた時点で光華は十分に渡り合える実力はあったのだ。ただ、技術的な部分を除いた地力の戦いが彼に傾いているだけである。悪魔の力を借りている分が差を作っているのだろう。このまま挑み続ければ敗北と言う名の袋小路だ。
しかしその差も無くせる手札は存在した。
鬼札か若しくは諸刃の剣ではあるが、均衡を崩すには剣豪の姿を捨てるしかない。ある意味では神頼みのような戦場に置いての愚行を今から実行しようとする。
「(正直不安は拭えない。あの力を扱うは即ちあの力と今度は単身で向かい合わなければならないのを意味するから)」
あれから大して月日が経つ訳でも無く、相応の成長をしたかも問われたら答えづらい。確かに新たな戦い方を見出したりはしたが、彼女が考える強さには程遠い。誰かを突き動かすような姿はないのだ。分不相応であり、保険もない蛮行を貫く度胸も弱い。
だから不安だ。
こんな自身が誰か以前に自分を、頼らないで自らの心で切り開くのがーー。
この頼られて赴いている戦場で失敗をしてまう事がーー。
不安で怖い。
存在するだけで皆を困らせてしまう力を持つ自分がーー。
そんな時だった。
ーー大丈夫よ。
「(え………?)」
声がした。
聞き覚えのある声。それが脳内に直接語り掛けてくるように。
ーー心配しないで。貴女なら乗り越えられるから。
「(貴女は………)」
間違いなく誰かは答えられる。
が、その人物は今正に戦闘の渦中だ。最初から終始周りに気を配る余裕すらない程に必死になって戦っているのを光華は知っている。だからこんな状況だとしても彼女が此方に意識を割くなんて事は有り得ないのだ。加えてこんな意思疎通を可能にする魔法を彼女が使った姿を見た事が無ければ他が使っていた場面も記憶にない。どれだけ魔法が優れていようと人の意識に介入出来る魔法は限られているし、そんな魔法を使うには思考も行動も止める必要があるくらいに負荷がある筈だ。
だから絶対に彼女ではない。
しかしーー。
ならばこの声は一体誰なのだ?
ーー 一か八かなら賭けてみたら良いのよ。私がそうだったように光華も挑戦しなさい。
まるで迷う彼女を後押しする為に必然的に語り掛けている。
そう。
その声は間違いなくカナリア・シェリーの声だ。
ただ、聞こえる声と目に見える現状からはどうあってもズレが生じてしまう。
つまり、後押ししてくれる彼女の声はこの場に居るカナリア・シェリーが直接語り掛けているものではない。これではまるで自分が生み出した虚像、或いは神の声を授かっているような幻想を見ているみたいだ。
意味不明である。
ならば何がどうなっているのか?
ーー失敗は間違いにならないわ。後悔はあるかもしれないけど、貴女の力は使わないでも後悔するくらいに強大よ?
「(………!)」
戸惑いはする。ただ、この言葉もまたあの異端の天才ならば言ってもおかしくないと灰の少女は心のどこかで無意識に納得するくらいには脳内に響く声もまた彼女なのだと本能が感じる。実証出来る術はないが、信じる信じないで言うならば信じられてしまった。それは勝手な自分の都合の良い解釈に近いかもしれないが既に神頼みをしている現状だ。今更何に頼っても同じ事だろう。
ーー不安も、恐怖も、後悔も、貴女が抱える事なのは分かっているわ。でもね?
ーー貴女の知る私達がそんな些細な失敗に挫ける天才じゃないのも分かるわよね?
ーーだから、弱気にはならないで。私達がそばにいれから。
これだ。まるで私が目指す心を突き動かす力を体現した人物の雰囲気と似ている、いや全く同じだ。こんなに奮い立つような感覚を教えてくれたのは光華は一人しか知らない。
現時点で断定出来る答えはない。
が、この後押しを受け入れるか拒むかには答えを出しても良いのではないだろうか?
あの異端の天才が絶対的な神格者と言う訳ではない。寧ろそんな意味でなら灰の少女こそ神格者であろう。またはそれに並ぶ存在だ。しかしカナリア・シェリーの言葉は迷いを晴らしてくれる絶対的な確信があるのだ。
「(正確には私が信頼を寄せている方が正しいか)」
だからこそこの語り掛けてくる言葉の主が彼女自身か或いは彼女の特別な力がそうしているのだと考える。
そうして信じてしまうならばもう答えは一つだろう。
ーー上手く、絶対剣と鬼神を使いなさい。何故その二つの力が貴女に宿るのかをよく考えながらね。
「………」
それ以上の声は響いて来なかった。
時間にしてどのくらいだったのか? 相手に動きがない以上、まるで時が止まっていたかのような瞬間の出来事だったかもしれない。
決意を、決心をする為に誰かがくれた一瞬。だが、その僅かな時間を与えてくれただけでも十分であった。
無駄には出来やしない。
神門 光華は今一度絶対剣である天地冥道を握る。最初の時点では全く使うつもりはなかったが彼女の言葉を意識することで自然と手が伸びた。
「ふ、結局は頼るしかないだろう。通用しないと分かりながらも君はーーいや絶対剣を持つ者としてね」
煽るように魔剣を向けるレイニー・エリック。
確かにその言葉に間違いはない。
しかし、半分だけ。
「残念ながら私には絶対剣が全てではありません。そう教えてもらいましたから」
「なら今から何を見せてくれるのかな? 稀代の天才さん?」
「そう言えばそんな呼び方もされていましたね」
クスっと笑う灰色の少女。もはや彼女からしたらその名称にこだわる理由は無くなっていたからだ。何故なら天才とは他に居たし結局は天才なんて肩書きに振り回されている内は天才でも何でもないと教えてくれた存在がいるから。
天才は所詮肩書きに過ぎないのだ。
それでも胸を張って天才と名乗れるのが本物。
まだ光華は未完成な天才。ただこれから本物になるであろう本物の天才。
「ーー!」
空気が変わる。一方に流れていた風が波が止まり、まるで逆に動くような何者かの思惑に沿って操作されていく。ピリピリや重苦しいと言ったざわめきを感じる空間は先程までとは打って変わる様。いきなり檻の中にでも閉じ込められたみたいに視界が狭くなり、その要因を発生させた存在が気持ち以上に大きく感じてしまう圧迫感に包まれたレイニー・エリックは表情を変える。強張り、並々ならぬ重圧に魔剣を握る手が強くなって身体が勝手に後退する程に脅威を抱いていた。
何が起きる? 何が始まる?
そんな未知の力を前に挑発した行為が裏目に出てしまったと感じた彼は向こうの出方をもはや伺いもせずに前に出る。待ってなんていられず、時間稼ぎなんて悠長な作戦すら神門 光華の次の一手の前には無意味だと悟るからだ。加えて逃げるなんて算段を実行すればこの戦況の局面はおろか、計画すら打ち砕く可能性を感じさせた彼女を前にその選択肢は入る余地がなかった。生きる、ただそれだけの為ならば良かったかもしれないだろう。が、それをしてしまえば自身の言葉を否定してしまうだけではなく、潔く先に逝ってしまった兄のレイニー・アーノルドにすら顔向け出来ない。そんな様々な思考を刹那的な数秒の内に判断して彼は最短最速の動きで目覚めようとする単なる天才や悪魔すら超える鬼を止めようと選んだ。これは偶然にもあの絶対攻略の二つ名を持つシルビア・ルルーシアと同じ答えにほぼ同じ思考時間のものだった。つまり、負けない為の一点に置いては彼もまた最良の選択をしたのは間違いなかったのである。
ただ、何もかもが同じ状況ではなかった。
「目覚めよーー」
ここがアズールの試合の舞台でもなかったら神門 光華の心境もあの時とは全く違ったものなのだから。
「ーー冥神鬼」
顕現するは巨刀を担ぐ鬼の化身だった。
◆
少し離れた位置まで移動を余儀無くされた碧髪の少年は不意に発生する強大な力の波動を肌で感じ取り振り返る。囲まれた状況の多人数を相手に余所見をするなんて命知らずと言えるが、生憎そんな好機に付け入る敵はいなかった。
誰もが注目してしまう程にその力は桁外れで規格外。まだ敗退した訳でもないのに魔導師達の意思を削ぐには十分過ぎる程に。
これまでにない莫大な魔力、大気を震わす重圧、何よりも普通とは違う神々しい気配。そう、正に神がそこに現れたような状態だ。注意が向くなんて当然である。
そしてリアンもまた戦慄を覚えずにはいられなかった。丁度彼は光華が鬼神を現界させた時には席を外していた為に肝心な部分を見逃していたのである。つい先日試合をしたばかりの後で新たな奥の手だなんてどれだけの実力差があったのかを痛感する反面、味方としてこれ以上にない存在。彼女の影響を受けた敵が戦意を鈍らせるまでに戦況を揺るがした。ジリ貧に近い流れが変わるのは読めた。
逆に考えればそこまで宜しくない状態なのもあるが、長引かせるだけ向こうには得しかない。ならば一気に畳み掛けるべきであるとほんの一瞬の空白の時間の中で巡らせた思考により彼は判断をする。
「天器。フォーム【餓狼】」
おかげで決め手となる技に繋ぐ時間が貰えた。それも注意が散漫になった魔導師達だ。この広範囲に及ぼす攻撃をそんな彼等が上手く防げる訳もない。不意打ちと言えば不意打ちではあるが、この際手段を選べないだろう。そもそもこの戦いにはなんの正当性とかもない勢力対勢力の図式だ。アズールみたいな戦いとは全く違う。
案の定油断をした隙間に付け入る形で囲んでいた魔導師達を撃破。ただ、どうやら操られただけの魔導師なのを感じたリアン。
相手には単に悪魔に操られた人と悪魔の意志に賛同して敵対している人の二種類に分けられる。前者はあまり考えての行動はせず与えられた命令に従う単純なものだが、小細工に振り回されない忠実な駒か機械に近いので真正面からの戦闘ならば厄介極まりない。そして後者はどういう経緯からかは定かではないが、自ら意思を持って悪魔に従う魔導師。取引か何かあったかも不明、しかしある種別の操られ方をされている彼等はしっかりと前線から少し下がった位置からの支援をする戦い方をする。まあ当然の人間の心理なのかもしれないだろう。ただそろそろ戦況的にも押され始めているのを感じ取れない程馬鹿じゃない分その攻撃頻度を減らしている。もう戦える人数も随分と減らした相手に万が一の負けもない彼はそのままの流れに離れている魔導師達に接近する。
「や、やめてくれ!! 私達は脅されていたんだ!!」
「そうです。私も命を握られて………」
「僕は家族をっ」
「俺はーー」
「あたしはーー」
懇願するかのように殺到する魔導師達。
馬鹿か。そんな言葉一つで動かされている時点で既に術中にハマっていると気付かないのか? そもそも操る術を持っているのにどうして彼等だけ操られていないのかを考えれば答えは容易に想像出来る。
脅されている奴がいないとは言わないが、協力している奴がいない方がよっぽど変だろう。
何方にせよ、だ。目先の同情を間に受けて世界が終わるくらいなら喜んで恨みでもなんでも買おう。それくらいの覚悟はリアンには出来ている。
理不尽に抗うと決めているのだから。
「邪魔するなら容赦はしない。僕は誰かさんみたいな善人ではないからね」
睨みを効かせ、相手を一蹴する。彼がどれくらい本気なのかを知るには十分なくらいに情けのない冷徹な声。選択肢は邪魔するか邪魔しないかであり、それ以外の道は許されない。そうなれば敵はこの押され始めている戦況から何を選ぶかは決まっているだろう。
もし利益の協力関係にあるならば退く筈だ。仮にも優秀な魔導師達と思われるのだから。
もし尚も邪魔をするとすればーー。
「だ、駄目だ。貴方を足止めしなければいけないんだ………」
「そうです。………堕天のルーファス様の邪魔はさせませんっ
「………」
リアンの威圧をも無視して立ち塞がる少年と少女。何方もが彼より僅かながら幼い風貌であり、その容姿の類似度から恐らくは同じ血筋の兄弟と予想出来た。
悟られない程度にこの構図に目を見開く彼は思わず自身の昔と重ねてしまった。
兄弟で姉と弟。実際の所はどうなのかは分からないが、自然と意識してしまったのである。