‐天才とは良い意味でも悪い意味でも天才なのだ ③‐
兎にも角にも、逃げたいのではあるけど前述していた結界魔法の解除を考えれば目先の元凶を倒すのが一番だ。しかし、エイデス機関所属の魔導師にすら引けを取ら予測出来ない潜在能力の存在を相手には可能ならばしたくはないが、戦うしかないのは明白だった。
「おもしれぇ。だったらこの【無暴】をどうにかしてみろよ?」
まあ、有能な魔導師が自らやる気満々になってしまっていて止めようがなかったのが何よりの理由ではあるけど。怖いもの知らずにも程があるわ。
「気を付けなさい。昼間の連中とは比にならないわよ」
「誰にモノを言ってんだ? あいつを倒したら次はあんただかんな?」
「………」
駄目だ。変に刺激をしてしまった。もしかしたらまたこの馬鹿の魔法に巻き込まれそうだ。一応警戒する枠には彼女も入れておく必要がある。凄く意味が分からないけど。
それはともかく有能な魔導師やエイデス機関の者すら失踪するのだから相手がそれだけの何かがあるのは分かる只者じゃないのだろうけどーー。
「【アトモスフィア】」
ただへカテリーナ・フローリアもまた十分に飛び抜けた実力派魔導師だ。今はお手並み拝見といこうかしら。
両拳を中心でぶつけて間欠泉のように魔力を噴射させ、魔力の流れでしか追えない無の魔法の余波で周りの小石が揺れた。そんな不可視な事象の魔法が私には見える。
魔力が意思を持ったみたいに蠢いている光景が。
彼女は燕尾服の男性に向けて人差し指を突き付ける。すると近くにある街灯が地に刺さっている根本から抜けて物凄い勢いで襲い掛かった。
耳を塞ぎたくなる衝撃音が響いて砂塵が舞い上がるが、お構いなく次は目標の中心が爆発する。そして物体として機能している絵に描いたような光景にしか見えない建物を上空に浮かばせてーー。
「くたばれ」
握る手で立てた親指だけを真下に向けたと同時に建物は全て重力に逆らって落ちる。災害の時のような地響きを感じながらこの映る光景を素直に凄いと思い、貴族なのに品がないと呆れた。馬鹿げた強さに比例しているのだろうか? 良い所を悪い所で相殺した印象を受ける私は同じ天才と呼ばれる域であると評価する。
だけどあれであの人外みたいな奴があっさり倒れるとは到底思えない。
霧と似た空間に包まれてよく見えず向こうの状態が判らないが、深紅の少女から舌打ちしたのが聞こえる。
多分手応えがなかったのだろう。
「何者んだあいーーッ!?」
言い掛ける前に砂塵の中心から敵が一直線に抜け出して迫ってくる。面を喰らった彼女だが、臨機応変に念動力魔法で応対に掛かる。
客観視している側からの考察は、恐らく今のは先程までの物体の操作ではなく、相手事態を対象にして操作を試みた。上手くいけば相手はエネルギーの法則を無視して吹き飛ぶ予定だっただろう。
なのに燕尾服の男性は物ともしない風に無効化して猪突猛進してくる。
再び舌打ちをしながらへカテリーナ・フローリアは強く地面を踏む。そうする事で大地が爆発してその余波が相手に激突する。込められている魔力が強大で地割れすら引き起こす威力の独特な攻撃。
「なっ!?」
それすら潜り抜けて接近してきた。完全に距離を縮められた深紅の少女は肉弾戦に持ち込まれてしまう。魔法主体の魔導師はこうなると弱い。大戦時代でもないのだから身に付ける必要はないご時世でまさかこんな事件に巻き込まれるのを想定はしやしない。
幾ら実力派魔導師と言えど、華奢な学生の女の子に肉弾戦なんて心得ている筈はないのである。
案の定、許した接近戦で対処も上手く出来ずに彼女は腹部を殴られて大きく吹き飛ぶ。そして私の方へと転がり落ちる。
「あの野郎!!」
まあそれでも天才に偽りはないようで、自身の魔法を応用して衝撃を殺した。おかげで闘志は衰えるよりも燃え上がってすらしてしまう始末。
凄いのか未熟なのか。
「そう簡単に倒されてはくれないようね」
「舐めやがって!!」
綺麗だった顔に付く汚れを拭い、ギラギラした瞳をゆらりと立ち尽くす相手に向ける。臆さない勇猛さあり才能もありと、十分に二つ名に恥じない素質を身に付けている。年月が経っていく程に磨かれていくであろう。
ただまだ若過ぎる。年齢もだけど実戦とかに対する経験値が浅いのだ。仕方ない事ではあるだろうけど事実に変わりはない。
言い出せばカナリア・シェリーなんてもっと経験値は皆無だ。実戦らしい実戦もだけどこんなトラブルや昼間の事件も初めてであった。きっとへカテリーナ・フローリアの方が色々と上手だろう。
しかしーー。
「交代。私がやるわ」
その差を埋めるのは難しくない。
「あん? 出来るのかよ?」
「まあ大体要領は把握したし、後は戦いながら調整していくわ」
嘘くさいように聞こえるかもしれないが、カナリア・シェリーはもう粗方の戦い方を見て身に付けてしまった。昔からこの眼で見たのを大体は真似出来るし、場合によれば本家を超える時すらある。これも天才所以の特技なのだ。
何て事はない。残りは身体で覚えれば完成である。
私は前に歩を進める。構えたりはしない。型にハマればそこからどんな事をするかを読まれてしまうからだ。まあ、構えない状態から出来るものも限られているから一概にこれが最善ではないが読みにくい筈だ。
大半は失敗して終わってしまうけどね。
「見せてあげるわ。天才の本領を」
「ハッ。お手並み拝見させてもらうぜ?」
面白そうだからか真面目に相手の力量を感じ取ったからかは判らないが、交代が成立していよいよ出番となる。
ふと振り返ると少しばかり不安げな表情を浮かべながら此方を見つめる菖蒲の少女と視線が合う。
私は薄く笑みを浮かべて安心させるように述べる。
「心配ないわ。誰だと思ってるのよ?」
そうして内の魔力を放出する。深紅の少女が体現した噴射するものではなく、穏やかで静かに身体から湯気みたいに放たれる。比喩に聞こえるが、実際視覚で捉えられる濃密さだ。
濃いとは凝縮されたからと言うよりかは持っている魔力の質が良い意味での表現である。質が高ければ高い程に魔法の質も上がるから当然出力は強い。同じ魔法でもそこで大きな差が目に見えて変わる。
加えてそんな質の高い魔力を持つ者は【無暴】みたいに特殊な力を発現したりもあるのだ。
なら自分は? と尋ねられたら返答に困る。何故なら自身にとって特殊な魔法の基準が判らないからである。
敢えて答えるなら今から使う魔法がそれかもしれない。
カナリア・シェリーの考案した原初魔法第ニの特異事象。
「【簡易魔導書】」
何もない空間から数多の本が出現する。そのどれもが魔力を帯びている。生きている魔導書とも言えるそれらは私の周囲を旋回しながら指示を待つ精霊みたいですらあった。
召喚魔法の一種。全然他者が使っているようなものには思えないが、これは自身の力量から生み出せる作られた創作召喚だ。可能な範囲で実現出来る自分だけの召喚体。一般的なのは実在か、または空想上の模範から生まれる擬似生物の呼び出しが関の山だが、私はまたそこから外れた枠組みのもの。
効力は魔法名のまんまで、詠唱の手順を省いて魔法事態を呼び出す。それだけなら大した事ではない風に捉えがちだけど、全く勝手が違ってくる。
まず詠唱して、呼び出された魔法が完成して、発動に渡り発射されるのが一連の流れ。中には詠唱破棄や、意識だけで行使する無詠唱なんてのもあるが、全て過程を経ての時間の消費が生じる。複合魔法やら同魔法を合体させて何倍にも出力を増加させる融合魔法等の手の込んだ種類に関しても似た事を言える。寧ろ多少の時間を要する場合が多いだろう。
そんな段階を追って使うものを魔導書はすっ飛ばして完成品を直接際限無く放つことが出来る。
例えばーー。
「(融合魔法ーー【ボルト】)」
念じてすぐ様一つの魔導書が貫通力のある雷の槍を刹那の間に発射する。その速さは銃を撃つ感覚に近い。
まとめた説明をすると簡易魔導書は使役者の扱った事のある魔法の簡略化した記録を引き出すのだ。最速最短で発現するそれは出力が衰える事はない。
しかもこれにはまた別の優秀な点がある。
「………」
燕尾服の男性は軽い身のこなしで避けるが、続け様に私は同じ魔法を次は複数放つ。一息付く事すら許されない連撃で畳み掛けて一気に潰すのが賢明ではある。
しかし【無暴】も同様の手方を使っていたが、あっさりと接近を許されたので易々と通用はしないだろう。
「ーー!」
案の定、雷の槍の隙間を潜り抜けながら距離を縮めてくる。素早い移動に中々照準が合わせられないで瞬く間に眼前に敵が現れた。
肉弾戦では魔導師には分が悪いを通り越して勝ち目がない。
これでは先程の二の舞だ。
右手を握り、此方へ伸ばす手は完璧に女性の顔面を捉えている。燕尾の服を着ている割には全く持って紳士的ではない攻撃だった。
だが私は笑みを浮かべる。何故ならこうなる展開が狙いなのだから。
「残念。魔法しか脳がないと思ったかしら?」
「!?」
飛んでくる拳をかわして相手の腕を掴みながら語り掛ける。相手も驚いたようで動きが硬直するのを見逃さない。掴む腕を担ぐようにしてそこから片足で地を蹴り上げて全身のバネを活かして人一人を投げる。
背負い投げと呼ばれる技であり、東洋辺りの武道だ。相手の力を上手く利用して成すので多少の力とコツさえあれば女性にも出来る極めて有用なものだ。
加えて私は投げる際の一連の流れに魔導書から身体強化魔法の補助を施され増した力で相手を宙に投げ飛ばす。
その体勢なら絶好の的でしかないわよ。
「(水魔法ーー【バインド】)」
檻と言うべき水に包まれる燕尾服の男性。これ自体は特に損傷を目的とはしていないので、更なる連続魔法を行使する。
「(氷魔法ーー【フェンリル】)」
複合魔法【カルマ】。融合魔法【セイクリッドエッジ】。土魔法【ブレイカー】。異種魔法【剣聖乱舞】。風魔法【サイクロン】。
僅か1秒弱の間にそれらの最上級に匹敵するものから元々昔は最上級認定されていた魔法が次々と襲う。全てが収束し、大爆発を起こして浮かぶ敵は抵抗の術もなく重力に従って地へと墜落する。
これらを使うにあたって自身の負担する魔力は無し。生きている魔導書が自動で適した魔法を再現しているだけなので実質の欠点は一切ない。
相当反則級な技なのは誰からしても明らかだけど何より馬鹿げているのは再現された魔法の種類だ。
「おい!! おかしいだろッ!? 何で異種魔法まで使えやがる!?」
深紅の少女は驚愕しながら叫ぶ。二つ名持ちの才女でも魂消る芸当だったようだ。
彼女の述べる通り今では基本魔法の5種や、その派生魔法を誰でも扱えることが可能であるが異種魔法だけは例外。あれは偶然の産物とまで言われているくらいに特殊で生まれもった魔力の質が関係するので真似てもそれは真似にはならない。どれだけ再現しようが違う人が使えば全く別物の魔法が出来上がるだけ。
と、それが一般の場合だ。
決して不可能ではないと考えた私は中等部の時に実証した。何せ例外な才能を持ち合わせているのだからその気になれば何てことない難易度だ。
周りからすればそれが途方もない努力の末の上にある届かない領域らしいけど。
「………」
沈黙を貫いたまま地に無惨に倒れる敵の姿があった。ピクリとすら動く気配もない。ちょっとやり過ぎな魔法の連射と考えもする。
しかしだ。あれだけの攻撃で五体満足なのも十分におかしい。普通なら肉体が残っているかも怪しいのだ。まあ想定していたから使ったのだけれど。
嫌な予感しかしない。
と、そこでーー。
「危ない危ない。私でなければ死んでいましたよ?」
ムクリ、と不気味な動きをしながら立ち上がった燕尾服の男性は軽い口調でそう言った。あれでは無傷であるようにしか見えない。
絶対におかしい。このカナリア・シェリーを持ってしても底知れない脅威を感じてしまう相手。こんなのは未だかつてなかった。
私は尋ねる。
「何者? 到底普通の人間とは思えないわ」
「貴女だって人間とは思えない力を持っているではないですか?」
「質問に答えなさい。一体何者なの?」
急かすと相手は愉快そうな笑みを浮かべながら
礼儀正しく一礼してこう答えるのだった。
「申し遅れました。私はーー」
それは一瞬耳を疑いたくなるような真実味に欠けるもの。全てを知らずとも聞くだけで震え上がる最悪の象徴だった。
「この世から隔離された魔界の悪魔。堕天のルーファスでございます」