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◇旋律と蒼天のブライニクル◇  作者: 天弥 迅
収束へ向けて
118/155

−天才達の舞台⑤−


手札はある。と言うより反則的な魔法は何個かあり、それらを使えば間違いなくユリス先輩であろうと打破するのは容易だ。ただ、回数制限が完璧に定まるくらいに強力過ぎる故に使いどきが極めて難しい。あくまで現状を突破するのは必須ではあるがそれが直接世界の滅亡を止める訳ではない。寧ろその瞬間こそに輝く魔法達を使うのは今じゃないのだ。


困った事に厳選して使っていくしかないだろう。


後は光華とリアンに被害がいかないようにーー。


そう考えながら彼女達を視界に入れようとするが。


「余所見をしている場合か?」


「くっ………」


眼前まで迫る彼に肉弾戦を強いられる。これはこれで此方の苦手な分野の一つ。正しくは扱えるが実戦で試みて来る相手にまともに優位を保てる技量は持ち合わせていない、だ。組み技で投げ飛ばすくらいなら可能でも一度見せたものが通用する状況は極めて少ない。


「意外だな。そんな武闘派には見えないが」


か弱い少女を相手に急所ばかりを的確に狙って来る打撃技に息をする暇もないまま往なし続ける。何て奴だと声を上げたいけどそんなどころではないくらいに暴力が襲い掛かる。


普通膝や肘とかの露骨な暴力をするか?


単純な拳や蹴りではなく、割と私が見覚えのない種類の攻撃ばかりなんて初見殺しも良い所。独特な足運びからの掌底、殆ど地を這うような体勢からの水面蹴り、何の工夫もしない目潰しや宙を踊るような回転蹴り。喧嘩みたいな技をすれば精通した格闘技の攻撃方の多彩さには苦悶の表情しか浮かべられない。


「それも心眼か?」


「ーーッ」


返せない代わりにその金色の眼を持ってして答える。


初見に反応出来ない対策としては最大限の効果を発揮するのだから編み出す事に迷いはなかった。


が、やはりこれも欠点とは言えない欠点は少なからず存在するのが此方にも彼方にも露呈してしまう。


視界封じは効かないが視界の範囲外や情報量の過多に弱く、視えたところで動けなければ意味がない。


そして心眼は私自身が強くなった訳じゃない。


「先見の明がどうした? 視えたからどうした? その場凌ぎの力で俺に勝てはしない」


並大抵の相手なら抑え込める。しかし並大抵じゃない相手が心眼の能力を織り込んでしまえば脅威にはならないのだ。つまり読まれた攻撃に対処する私に合わせて付け込めばやがては追い込まれて潰される。分かっていてもそうするしか道がない遊戯に興じるような負け筋に動かされる。起死回生の打破をするには更に今の戦況の角度を上げた戦い方をしなければ突破は困難。どれだけ壁が高い相手かと嘆きたいが、だからこそ一番厄介な瞬間で登場してきた。


「ーー何で貴方はそこまで強いの?」


素直な疑問。


天才はいる。私よりも天才だっているのはもう変えようのない事実だろう。ただ、何があればその域に辿り着ける? カナリア・シェリーは色々と思惑があって異端の天才になるべくして生まれたようなものだ。


知識の転生? 魔女の力? そんな特別な力を有している存在とはまた違うのにも関わらず、それに並ぶ彼の原点は何なのだ?


「お前みたいな異端には分からないさ」


「………言ってくれるじゃない!」


猛攻の隙間を掻い潜り無理矢理退けさせた。


一旦距離が空いたお互い。


一息がてらなのか細身の男性は浅く息を吐きながら語る。


「言うさ。俺は元々魔法すらろくに使えない所謂落ちこぼれの魔導師だったのだからな」


「ーーは?」


いきなりの告発は考えていたものとは全くの逆だった。彼が落ちこぼれ? 心眼を使っている私と互角以上に渡り合い、あのエイデス機関の翠の悪魔すら抑えた彼が?


意味が分からない。


「俺がまともに強力な魔法を使った場面を見ていないだろ? それは未だ修得をしていないから使ってないだけなんだよ」


「………笑わせないで、それで貴方はダリアス・ミレーユの魔力の糸を使ったり私の空間魔力変換の仕組みを真似たり出来たって言うの?」


「契約さ。堕天のルーファスとのな」


「契約………」


「ああ、奴と契約が成立している間は奴の力を借りる事が出来る」


つまり、今相手にしているのは半分は堕天のルーファスと言っても良い程だ。通りで操られていない者でも協力をする訳である。


私が悪魔に魂を売るなら彼は悪魔との契約だろう。


要は成立している状態が切れたら元来の素養に戻るみたいだが、果たしてその借りている力がどれくらいのものなのだ? また他人に力を与えている契約の間は悪魔自体の力は衰えていたりするのか? だとすれば姿をずっと隠し続けているのも頷ける。


そしてそれこそが堕天の呼び名に繋がる意味合いだろう。これまでに戦った悪魔達の頭文字も力に連なるような要素を持っていた筈だ。名は体を現すーーか、まさか自身に限った話じゃなかったとはこの場で予想出来まい。


仕組みは理解したが、結局はあまり状況を動かす流れにはならない。これを織宮さん辺りに知らせれば有利に働いてはくれるけど、まあそれが出来ないのも計算した上での告発だろう。


この感じだと契約の効果を無力化する方法も現状の中では選択肢に入りはしないと思う。やはり彼は時間稼ぎを第一に意識した戦い方であり、その為に此方が困惑する展開を作り出そうとしている。


かと言ってそれを看破した所でって話だ。寧ろ嫌でもこのやり取りを進めた方が進行するくらいである。


「どうして貴方は奴とーー?」


もう問うしかない。焦って急いた所でユリス先輩は上手く誘導して来る。きっと私の心境を読んだ上での戦い方を。


だからハッキリとスッキリと今一度心の整理をする必要があるのだ。


甘いと言うか優しいと言うのかは分からない。だけれどどうしても彼と言う人間が何も無しに、いや何かはあるのだろうが論理的思考から離れた取引に応じるとは考えられないのだ。


弱味なのか、またはそれ相応の大きなものを与えられたのか。今一度戦う理由を明確にするべきだと判断した。


構えを解く。仕掛けられれば直様対応出来る用意はしているが、戦意は見せない体勢だ。急ぎたい場面には違いないけど。


「………」


その意思を読み取ったのかユリス先輩は浅く息を吐く。面倒臭がりな彼が気持ちを切り替える際によくする癖だ。


問いに対しての解答をしてくれるのだろう。


「良いだろう、教えてやる。とは言え、深く説明するまでもないくらいに単純な話だがな」


単純? えらい雑な語り方に捉えられた言葉が意味するのは何だ? やはり契約する為に何かを与えられたのか?


「深く考えないでも良い。俺が元々どんな人物だったのかを語るだけなのだから」


「貴方がどんな人物だったか………?」


嫌な前振りに感じてしまった。


何故ならその話を聞く事で私の芯が揺らいでしまう内容ではないかと感じるからだ。揺らぐその時が怖い。情けを掛けずに、知らないまま終わらせてしまえば楽だとは思う。


後悔はないが、後悔はするだろう。


後はどれくらいの後悔になり、ある意味私の本当の戦いが始まるか。



ーーと。


彼が魔力を込める。


「待て、とある物を魔力で作るだけだ」


片手で静止を促すような突き出し、もう片手が何かを具現化させていた。


何だ?


何をカナリア・シェリーに見せるつもりだ?



ーー。



目を見開き、私は騒然とした。


少し考えれば行き着きそうな結果を前にし、ようやく絞り出せる言葉も無い程にその光景は衝撃的であった。



「それ………はッ」


「………こう言う事さ」


そうして彼は形取られた物体を慣れしたんだように扱いーー。



座った。


車椅子にーー。





カナリア・シェリーとヴァナルカンド・ユリスが睨み合う最中の様子を時節アースグレイ・リアンは気に掛けながらも次から次へと迫り来る見知らぬ魔導士達を捌いていた。一応九大貴族の次期当主を担うのに加えて今正にこの世に三本しか存在しない絶対剣同士を交える傍らの神門 光華にも喰らいついた実力を持ってすれば苦しいながらも押さえ付けながら周りに気を配る余裕はあるだろう。


正直問題はこの状況をひっくり返せるのが彼ではないと言う事だ。あくまで他の二人を万全な形で戦ってもらう為に後ろをき綺麗にするみたいな動きをするから現状を打破する役回りではない。


が、やはりそうは意識していても自身が何とか流れを作りたいと考えてしまうのは必然。何故なら先ずはカナリア・シェリーを一人で戦わせてしまう場面を作ってしまったから。仕方ない事ではあるが、この前の件もあって彼女が精神的に不安定な状況は続いている。単純な戦闘力や魔法の才が伸びている反面、どんどんと精神の方は揺らぎが増しているように感じるのだ。理由は分からない。ただ何らかの均衡を保つかのように見えてならないが、それが今の問題ではない。


ヴァナルカンド・ユリス。リアンや光華と言った彼等ですらあまり実態を知っていない相手であり、元々は味方陣営だと思っていた存在。しかもカナリア・シェリーがここ最近好ましく行動を共にしていたのだから正直荷が重い組み合わせである。しかしあの二人の域にいる実力者を代替するなら神門 光華しかいないのだが、それも現状は叶わない。


懸念事項だらけだ。そんな中、複数の魔導士を相手にしながら俯瞰的な視点で状況を把握する必要がある。


「(最も一番揺さぶられているのは僕自身かもしれないけど)」


流石に天器を持ちながらの戦闘は対複数だと距離次第では弱さの方が目立ちそうなので徒手と魔法を混ぜたやり方で対処する。


絶えずに放たれないように止まりはせず、止まるとしたら時には魔導士を盾にする勢いで至近距離をしたり不意に天器を刹那的に顕現させ、一気に押し込んだりと様々だ。幸い才には恵まれた面々だろうが、戦い方は素人そのものだ。最短最適を出せずに思考と動きが連動していない者達が幾ら集まろうが正面きってぶつからなければ怖くはない。寧ろその中枢で立ち回る方が楽だ。


きっとそれすら面倒臭がって真っ向から潰す天才は見渡せばいるが。


「(とにかくはシェリーは時間を稼がれた戦いに持ち込まれてそうだから危険はまだないだろう)」


チラッと尻目に映る二人は何やら会話を繰り広げ出していると感じ、一先ずは向こうは倒すよりも目的を優先し出したと見た。確かにあの異端の天才を地力で抑え込むのはヴァナルカンド・ユリスと言う人物がどれだけ凄かろうが厳しい筈だ。彼女は慎重派だから無理な突貫はしないが、もし本気になれば長くはも持たない。それは碧髪の少年や灰の少女にすら適応される。ただ今の光華やシルビアに関してはどうなるかは予想は難しいだろうとしてもこれは周囲の人々からしたら明確に断言出来てしまう。


カナリア・シェリーだけが分かっていないのだ。


彼女自身がどれ程に天賦の才があるか、どれだけの異端か。出し惜しみや切り札を温存って状況さえ無ければ決着が早まるのはリアンでも理解出来た。故に早く事態を収集を可能なのは彼女であって彼女ではない。回数制限がある魔法やそもそも本人の身体の事情もある。彼からしたら何故あんなに無茶をして元気なのかが不思議でならないくらいだが。


ともかく彼方は長引くと想定する。かと言って此方がそれに合わせて長引く訳にはいかないだろうと考えるリアンは既に何人かの魔導士の意識を奪って余力を持ち出していた。


まだまだ数は少なくはなってはいない。が、一人減る度に碧髪の少年には有利になっていく。


「(後は神門さんの方だけどーー)」


彼の目に映るの場面から判断したのは牽制し合う様子である。やはりと言うか、絶対剣を持つ者同士の戦いは静かなのは必然だろう。それを抜きにしても彼女は元来から立ち上がりは静かだ。戦い方の問題もあるが、相手が相手なのもある。


絶対剣ーー宝剣の名を冠する天地冥道と魔剣の名を冠するギルザイヤ。この二刀が交える展開を誰が予想出来たであろうか? 何ならこの場には居ない自称剣聖も合わせたら同じ地にて絶対剣が全て集うと言う天文学的な数字にすらなる確率だ。そんな絶対剣同士の戦いが生半可な筈がない。


神門 光華の実力を彼は十二分に知っている。だからこそ彼女と同じ絶対剣を持つ相手が決して弱いなんて訳がないのだ。


下手したら何方かが死んでしまってもおかしくはない。


それくらいの気持ちで見守るリアンを他所にーー。



「貴方は何を理由に魔剣を振るうのですか?」


灰の少女の静かな問いが始まった。


正直明確な敵対勢力に投げかける質問があるかと言われたらない。彼からしたらそれで会心する悪ではないのはこの状況が全て物語っている。


が、彼女の場合はその絶対剣を持つ者としての純粋な興味を超えた戦いに身を投じる理由を欲している。絶対剣に選ばれた人物は選ばれるだけの何かを持っている故にその役目を打ち砕くのは果たして正解なのか? それだけ持つべき力が強大なのを一番分かっているのは神門 光華自身だ。しかしだからと言って変化を恐れていてはいけない。加えて臆する彼女でもないだろう。


最終確認。遠慮なく斬り捨てなければならない存在として相対する為の。


「ふむ、理由か。確かに君にとっては大事な事なんだろうね」


「はい、それは何かを果たすべくして持ち手を剣が選んだに等しい強大な力。一体貴方と魔剣は何の為にーー」


「残念ながら君が想像するような大層な使命感の類はないよ」


あっさりとした返しであった。途中までは互いに会話が噛み合っていた風に見えた筈なのに、それに対しての解は肩透かしと言っても良いだろう。光華からしたら腑に落ちないと言うのか納得がいかない。


人が剣を選ぶならまだしもそうではなく、絶対剣が振るう人を選ぶのだから選ばれた人は相応の役割があるのは自明の理だと思われた。しかし、彼の言葉が事実ならば魔剣とは人を選ばない強力な絶対剣ではないだろうか?


「僕の理由は単純明快さ。この世界を混沌に陥入れる。ただそれだけの事」


「世界を混沌にですか………」


「かつて兄がそうしたように、僕も兄の悲願を叶える」


「その叶えた果てに何があると言うのですか?」


「逆に君は興味がないのかい? この平和ボケした世界を歪めた先を?」


口元を弧に歪めながら逆に質問するレイニー・エリック。当然そんなことが判る訳なんてない。神門 光華の刀と心には悪の美学が割って入る隙間なんてない。いつだって真っ白で透明で儚く。


そしてーー。


「愚問だ」


静かに熱く燃えている。


「興味があるのは友が目指す高み、それだけだ」


振り抜く刃、震える大気。魔刀を左手に、宝剣を右手に二刀の構えをする。最強の布陣とさえ言える構えで同じ絶対剣を持ち、同じ九大貴族に戦意を伝える。


つまり意思表示だ。貴方の思想は相容れない、同調もしない。それでも尚動くのならばこの二刀で斬り伏せると。


確かに大層な理由はなかったかもしれない。が、ある意味無垢な悪意だからこそ魔剣は彼に力を貸しているとも考えられる。それが世界をも巻き込む程の規模ならば余計だ。


なんだ、充分大層ではないか。戦うに値するだろう。


前は悪魔を倒し鬼神の力を取り戻す為に、そして今回は世界を守る為だ。単純明快で迷いもない。


「僕は世界を染める。混沌の暗闇に」


「させはしない。この二刀に、友に、鬼の血に懸けて」


両者が構える。


息すら止まる覇気を纏い、互いの信念を鋭い眼光でぶつけ合う。


そしてーー。


「(動く!)」


リアンはこの二人の一挙一動に目を細める。これまでのアズール戦とはまた違う命のやり取りすらも視野に入れた本当の実戦が。


天才達の舞台がーー今幕を開ける。





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