−天才達の舞台③−
◆
『ねえアリスさん。貴女の眼って呪いによってもたらせたものなのよね?』
『………チッ』
開口一番って訳でもないが、閑話休題がてらにそんな話題を振ってみた。ただし、内容が内容なだけに地雷を踏んだ私は彼女から凄く嫌そうな視線を向けられた。と言うか舌打ちされたような気がする。
いや、したよね?
割と最近は神経質な性格に変わりつつあるらしいが、露骨な反応がキツ過ぎるわ。まあ無神経に聞く私も悪いのだけれど流石に傷つくわ。
『だったら何?』
『うわぁ………棘しかないわね。まあ、つまりその眼は魔法を介した力って認識で良いのよね?』
『ええ、今じゃ忌々しい授けられた力だけどね』
『その、授けられた力って貴女が特別な体質だからとかそんな理由なのかが気になったのよ』
アリスさんじゃなきゃ駄目な事情は果たしてあったのか? 仮にあったとしたら少しばかり酷な質問かもしれない。
『そうね、東洋人特有な体質はあるかも。ほら、レイの魔法だってかなり変わってるし』
確かに納得はする。彼等は他の国の人物達とは異なる部分は多い。そうなると根本的に特別な力を授かりやすい面はあるのかもしれない。或いはそれに合わせて呪いの性質を変えたか。
何方にせよ、邪眼や魔眼と呼ばれし代物は魔法の枠組みに加わる力だ。
それが意味するはーー。
『………まさか貴女』
『あまり試した事のない分野だけどね。恐らくは可能な筈よ。魔眼や邪眼のような性質の力を疑似的に再現する事は』
我ながら恐ろしい事を口にしている自覚はある。が、この先悪魔はさておきその手引きしている仲間の中に彼が居るならば私は今の引き出しだけでは多分勝てない。何故なら経験はともかく純粋な才能の差だろう。
『………ふざけてる?』
『いや、真面目大真面目。彼は、ユリス先輩は私より才能がある』
異端の天才って呼び名を冠する私が言えば流石に嫌味に捉えられるのは仕方ないかもしれない。だけど例によって自身の持つ才能は知識の転生による産物ならばこれはカナリア・シェリーの才能の有無よりかは知識量が他者と既に始まりから違ったから才能があると誤認しているだけ。
人一人の生涯の魔法の知識が産まれた瞬間から知っている。それは確かに異端ではあるだろう。ただし才能って話ならまた違う。もしそんなズルを抜きに比較した時に私と彼のどちらが天才と呼べるかと問われたら間違いなくあの細身の男性と答える。
何故かは知らない。そこまで掘り下げた事情は詮索しない約束だった。が、既に行動によって彼の実力は示されている。私の空間魔力変換を真似したり、エイデス機関首位に入るダリアス・ミレーユとすら互角以上の戦いを繰り広げた。そんな人物が敵に回って全力で此方を妨害するとなればどれほどの強さになるのかは未知数だ。大体、ある程度と言った予想を立てはしたが、それでも五分五分の想定になる。
手札は多い方が良いだろう。
加えてーー。
『連戦になるかもしれないわ。体力を温存する意味燃費の悪い魔法ばかり使ってはいられないのよ』
つい先日だが、魔臓器を代替にして魔法の使える制限はされていたにも関わらず私はその限界を超えて魔法を使えている理由が判明した。
謎らしい謎でもなかった。
単純に空間魔力変換と自身の扱える魔力総量が大幅に向上していたのだ。いやはや何と言うか相当毎回無理をしていなければ普通は有り得ないだろう。
前回ダリアス・ミレーユと衝突した時だ。確か私は【強制中断】の原初魔法をその日にニ回使用できたのがきっかけだ。それまでは一度使えば暫くは使えないの期間が一日以上は空いていたが、どうしてその間隔が短くなったのかの理由を追求するとやはり魔力量が大きく関係している可能性に辿り着いたのだ。
元々私の使う魔法は燃費が悪い。回数制限が入るくらいに消費量がある事実に気がつくのも遅すぎたけどつまりはそうなのである。
カラクリが分かれば話は早い。
これまでの派手な魔力消費量の高い魔法にばかり頼っていては駄目だ。冥天のディアナードの二の舞いになる事もあるしきっとユリス先輩もそこら辺は看破している筈だ。彼にはのらりくらりとかわされて消耗戦に持っていかれるだろう。
皆に心配を掛けない意味でもーー。
『貴女なら出来そうだからそこに関しては口は挟まないけど…』
『けど?』
何だその勿体振った感じのまるでその先の台詞が良くない事を暗示するような言い方は。あれか、呪われているからこその目線から抱くものが存在するのか?
『邪眼にしても魔眼にしても本来は人が持つべき力ではないのよ。それを貴女は自らの力で体現しようとしている』
『………』
『もしその力に染められるか或いは呑み込まれたりしたら化け物って比喩で止まっている貴女はいずれ正真正銘の化け物になるかもしれないわ』
『正真正銘の………』
『そう、身も………心もね?』
結論やはり良くはなかった。
思い当たる節はなくもない。例えば【竜の腕】。具現化魔法による想像上の模倣とは言え、肉体強化よりかは肉体改造をしている要素が濃い。腕や脚、眼はまた別だがどんどん化け物となっている。
まるでカナリア・シェリーが別な存在になろうとしていくって方が正しいかもしれない。
そう考えると少し怖くなってきた。気付かないうちに身も心も化け物になっていく自身の姿を考えると。
正に悪魔に魂を売るってやつか。
いや、まだ大丈夫な筈だ。可能性の話である。実際そうなる根拠も証拠も無い憶測の域を出ない推論。現に今の私が問題ないと感じているのだから当面は頭の隅に置いとく程度で良いだろう。
ただ、アリスさんのその言葉はしかと聞き留めてはおこう。
いつ何が起こるか分からないのだからーー。
◆
「………金色の眼か」
小さく彼は漏らす。が、私も僅かに驚いた。まさかこの魔法を使用中の間だけそんな風になっているなんて。
まあ副作用の類ではない。これは一時的に魔力を眼に集約させ、部分的な強化をする事によって本来なら実現し得ない力を発揮する。
ーーではない。
流石にそんな単純に済むなら私以外でも大体は使えるだろう。
限定解除【コンバートアーツ】と言う魔法を鍵に編み出した副産物とでも言える。限定解除が瞬間的な魔力を爆発的に加速させるなら限定解放は制限を取り除く魔法。そうすると解放した部分が変質し、所謂魔眼の一種に近付ける事に成功したのだ。アリスさんの使う魔眼とはまた違った効果を持ってしまったが、恐らく根本的な原理が違うのに結果が同じ方向に進んだと言った具合である。そもそも呪いの類ではないので全く同じ結果になる訳はない。正直魔眼よりかは邪眼の方が性質的には似ているくらいだ。寧ろあれこそ限定解除と限定解放が合体した完成形かもしれない。個人的に邪眼と言い張るのは縁起が悪過ぎるからその名称は使いたくないけど。
だから私は魔眼でも邪眼でもない名称を付けた。
「それが心眼ーー貴方にはこの試運転に打って付けよ」
「そうか。………なら早速お手並み拝見といこう」
閃光が走る。詠唱すらしない電撃が一直線に駆け巡って来るのが視えた。
これは布石だ。電撃の後ろに隠れて別の術式があるのを確認。あれは遅延で発動する別の魔法だろう。多分目眩し系の種類に違いない。最初に私の眼を潜り抜ける手法を絡めてくる戦法。
しかしそこまでが囮なのだ。電撃を避ければその魔法が駆け抜けた先に増幅陣に吸収され、更なる力を持って背後から襲撃する。実は初手が本命と言う訳である。
これがお手並み拝見の水準。相変わらず嫌な性格をしている。
私は電撃を望み通りに避け、次の遅延で発生する目眩しの魔法に背を向けて増幅陣の対処をする。
そしてーー。
「ここで貴方が仕掛けてくるーーでしょ?」
「読まれたか」
危な気なく彼の手刀を抑える。まさか臨機応変に全てを囮に変更しての直接攻撃は流石過ぎた。ただ、最終的にがら空きになる場所は背後なのだから当然の判断である。正直途中までは駆け引きを読んだから対処していたが、今のは心眼の力のおかげでその先を見抜く事が出来た。
「視界は封じたんだがな………」
「残念だけどこの眼が映し出すのはまた別の景色になるのよ」
勿論普通の視界だって機能している。平たく言えば何重にも層になっており、視界が封じられてもその層だけが閉じた状態の景色に変わるみたいなものだ。今の状況ならば色や繊細な形が見えないだけで魔力や温度、普通の眼では視認出来ない部分だけが視えている。これで視力が戻れば意識した部分の割合によって映り方が変換されていく。ちょっと人が透けたような風に視えるのが気持ち悪いが今までよりも何をするかの初動や視える者や物すら状態が理解しやすい。魔法を使おうとすればその流れが事前に教えてくれたり、怪我を隠そうが表情で悟らせないように見繕おうが身体的な部分がしっかり視えちゃうので誤魔化せない。
更にはそれらの情報が次に相手がどう動くかすらも映し出すので一手先までは把握出来る正に未来予知を実現しているのだ。まああくまで一手先の姿形を脳が予測で伝えてくれているだけで自身の視ていない場所には適応されないし、どれだけ頑張っても人一人くらいしか映せない。それ以上を望もうが情報処理が追い付けないから視界がブレて視えてしまう結果になる。普通に限界なのだろう。負荷が掛かりすぎて目眩や吐き気まで発生する。魔法の恩恵による補助があるにしろ万能ではない。もしその先に手が届くのだとしたらそれこそ人間の為せる技じゃない化け物の機能になってしまうだろう。
既に十分な能力を持っているので欲張りはしない。
「厄介ではある。ただ、長くは持たない類じゃないのかそれは?」
「安心して頂戴。常に全開で捉えない限りはある程度の時間は維持出来るから」
不適に笑って見せるが実は半分真実で半分虚言である。確かに意識的に調整の効く代物だが、実際この一部始終の攻防だけで魔力的によりかは体力的な負荷が大きい。慣れない感覚が疲れに現れているのと脳に強いる消耗が強く、全力を出せば脳に直接ダメージが来そうな感じだ。現に僅かに頭痛がするのだから無理させているのだろう。
あれ? 燃費抑えようとして別の場所が負担を代替しただけなのでは?
冷静に失策の懸念を抱くが逆に無理さえしなければそこまでの消耗にならないし、向こうからすれば動き辛くなるだけでも十分なのは確かだ。
所謂ハッタリ。
でもユリス先輩になら効果的面だ。
彼は駆け引きによる予測行動で最速最短の動きをするやり方だから。冷静に失敗をせず相手の失敗を突いて反撃する手法。前回もダリアス・ミレーユをそうやって失敗するように動かした。時には挑発をして、時には弱さを見せ、最後には危機を装って何手も先を見た罠を張り巡らして失敗をさせた。どこかしらには即興の動きはあったのかもしれないけどそれを感じさせない彼の冷静さが全てを手の平で操ったかのように思わせる。想像以上に頭脳派であり、対人戦が得意だ。
戦いは殴り合いや魔法の打ち合いだけではない。
この会話の応酬すらも次の展開を決め兼ねないのだ。
正直私はその土俵で勝負するつもりがなかったから心眼と言う技に頼る訳だがーー。
「私は失敗ばかりな天才なのよね。だから貴方の戦い方には乗らないわ」
「お前はチェスをするよりも駆けっこ勝負に持ち込みたいようだな」
「ええ、得意分野で戦いたいでしょ?」
「それに関しては否定はしないがーー」
ゾッ、と背筋が震えた。
自身は余裕の笑みを貼り付けた装いをしているつもりだったのにいつしか釣り上げた口角は下り、余裕を無くした唖然とする表情に変わってしまう。駆け引きをするにあたって見せてはいけない部分だ。だがそんな状況ではなかった。
「俺が手も足も出ないと思うか?」
率直に答えるならば思わない。
まだまだ序の口に過ぎない戦闘なのは理解している。あの細身の男性の実力はこんなもんじゃないなんてのは折込済みであり、想定していた。
筈がーー。
「お前と一緒だ、カナリア・シェリー。俺も本気を出して戦う必要がないから最低限の立ち回りで戦っているだけであってこれまでの戦い方が俺の本来の姿ではない」
以前にへカテリーナ・フローリアと私の状況をそのまま置き換えた口振りで語る。つまり私が見せた手札によって向こうに本気を出させる形となってしまったようだ。
「………なんて殺気を出すのよ」
「可愛い後輩にする事じゃないってか? そうだな、もう可愛いさは感じないさ。だから本気で戦わせてもらう」
ジリっとユリス先輩は僅かに歩を進める。それは心眼によって攻め込む姿を捉えられはしない。しかし、その寒気を覚える殺気を身に浴びてこの眼に視えてる景色とは別なものの映像に襲われて身体が後ろに下がろうとする。脳が理解していても肉体が動かない意味をようやく知った気分だ。実際にこの感覚は経験した記憶はあるが、その時よりも今は余裕の持てない状況だ。
何故かと言われたら先ずは味方には他を任せている以上私一人で抑えるだけではなく突破するから。そして自身もこれまでにない新たな手札を駆使しているにも関わらず有利的状況を持てない相手の底が見えない実力。結論私は彼の事を詳しくは知らない。
所詮先輩と後輩の距離感。
だから怖い。
文字通り味方から敵になった相手と戦うのが。