−天才達の舞台②−
それはーー。
「………む」
不意に碧髪の少年が小さく違和感を帯びた声を漏らす。続いて先程まで柔和な表情を浮かべていた灰の少女も引き締まる。
当然私も感じ取りはした。
これは結界魔法。まるで初めてセントラルに訪れて堕天のルーファスと対峙した時と同じ空間だ。私も学習力がないのかまんまと同じ仕掛けにハマってしまった。こうなると外部からはアリスさんやオルヴェスさんみたいな特殊な探知を可能とする人達にしか援軍は期待出来ない。それが叶わないとしたら後は結界魔法を使った元凶を倒すしか道はないだろう。
ただ、この状況で簡単にはいく筈がない。此方は仕掛けられた側だ。
視られている。確実に此方側を複数人が明確な敵意を持って監視するような不気味な視線。
そしてそんな無数の気配の中から代表して現れる姿があった。
「そう来る訳ね………」
正直信じたくはなかった。が、織宮さんから寄せられた情報を皮切りに確かに不可解な部分が幾つもあり、戸惑いは覚えながらも確信をした自身はある程度は覚悟をしていた。
ある意味で個人的には一番敵に回したくないし、回って欲しくはなかった人物。
「もはや言い逃れは出来ないわよ?」
「そんなつもりがあるように見えるか?」
「ないわね………まさか貴方が悪魔の手引きをしていただなんてーー」
複雑な気分の表情を見せながら、しかしはっきりと敵として見据えてその存在を立ち塞がる対象として認識する。
「ユリス先輩ーーいや、ヴァナルカンド・ユリス!」
ーー
私は先日の織宮さんとのやり取りを思い返す。
『ーーッ!? 嘘でしょ………?』
試合会場付近の映像にはあの細身な男性の姿がほんの数瞬だが、映し出されていた。その数瞬の隙間には当然容疑者として挙げられていたレイニー・エリックとも一緒に映っている姿も入っているのだ。
そしてその時間は確か私がへカテリーナ・フローリアと言い争い、その後に戦いを繰り広げた時間にあたる。
彼が此方を来たのは同じ同好会の部員として仕向けられたと話していたのは覚えている。
刺客じゃない? って冗談混じりな問いをしたが、まさかの本当の刺客になってしまうじゃないか。
『で、だ。俺も流転のヴァリスの時に面識を持ったからとにかくは近辺の情報を軽くだが調べた訳だ』
『………彼は此方側の学園の生徒な筈よ』
そうだ。長い付き合いではないが、ある程度は以前からの交流を持った関係だ。まあ何かしら話せない事情を抱えた規格外な才能を持ち合わせた人物なのは知っているが、こうも偶然が重なるのか?
『ああ、確かに間違いなく奴はレミア学園の生徒だ。編入して来てのな』
『編入? ユリス先輩はそんな事………』
つまり偽の経歴が告げられていた。
何の為に?
いや、答えは割とはっきりしているだろう。
『シェリーちゃん。恐らくはお前の監視役として編入して来たんじゃないかと思われる』
『そう………ね。それしか考えられないわね』
同好会の件こそ偶然が重なったと言われた方がこの流れなら納得がいく。本来はそんな目立たず、此方が警戒しない場所から監視する予定が不意な私の動きにより邂逅してしまったと何ともまあ予期せぬ状況を作り出す羽目になった。
そのおかげで今でも疑えるだけの心情になれない。
だが実際セントラルまで来ての監視役とレイニー・エリックと言うきな臭い相手とまで接触があるのだ。そればかりは偶然なんかじゃ済まされない。
『編入前の情報も調べたのかしら?』
『ああ、元々はセントラルに住まいを持ち、セントラル第二ミネア学園の生徒だ』
『セントラル………』
そもそも私が堕天のルーファスと遭遇したのはセントラルだ。そして当時から優秀な魔導師が姿を消す事件が頻発してもいた。要するにそれくらいからユリス先輩やレイニー・エリックが繋がりを持って手引きするなんて辻褄は大いに考えられる。
優秀な魔導師ね。単に大魔王の召喚に多大な魔力がいるからの理由以外も素直に意識する必要があったかもしれない。でも確かに使える駒が多いに越した事はないだろう。加えて悪魔事態が身を隠して水面下で行動する為にも表で動かせる者が必要なのは当然だった。
もう手遅れな訳だけど。
ただしまだ腑に落ちない点が残る。
先ずは編入して監視する理由。監視する必要性はあったのかだ。ああして想定されてない接触の危険もある中で、しかもセントラルから離れた場所の学園で四六時中監視するでもない環境は意味があったとは考えられない。まあ逆に所在を確認出来ない要素もあるだろうが、いまいち編入して来た時期も分からないし何とも言えない。
『編入して来たのは丁度冥天のディアナードを倒した後くらいだ。あの話がきっと堕天のルーファスの耳にも入った事で今回の計画に綻びが出る可能性を視野に入れたのだとすれば監視する必要性も少なからず出るだろう。確か最初に戦闘した時には既に奴から目的は聞かされた訳だし』
彼の推理は少なからず当たってはいるだろう。
ならば後はユリス先輩の動向だ。悪魔側の陣営の存在だとしても幾つか私には読めない部分がある。
何故協力してくれた?
多少の差違はあるかもしれない。が、此方が邪魔になると感じたならばいつでも潰せる時間はあった筈だ。そうじゃないにせよ干渉しないままに監視をする事だって可能だった。
それなのにまるであたかも私達に手を貸すように彼はーー。
一体ユリス先輩の目的は何なのだ?
「………」
沈黙をする細身の男性を敵意を持って睨む。過程はどうであれ、事実彼は私達の前に立ち塞がってこれからの作戦を止めようとする意志を感じ取れるからだ。
その証拠にーー。
「これが噂の異端の天才かい。成る程、噂に違わぬ存在感だね。遠くから見るのと近くで対峙するじゃ全然変わるね」
彼の隣に並ぶ漆黒の羽織を着る人物は私達とそう変わらない年齢の少年。或いはそう見せかけているのかもしれないくらいの風貌を持っている。
明らかにただ者ではない。言葉をそっくり返すならば此方側こそ監視映像で見ると実際に立ち合うでは全くの別存在と思わせた。まあ映像から分かる情報なんて知れてはいるが。
しかしこの不気味さ。少年そのものが発しているにしては説明出来ないものがある。
それを同じように感じた光華は一言。
「彼は………絶対剣を持っています」
「ーー! へぇ? 分かるんだ。やっぱり同じ絶対剣の所持者特有の感覚ってやつかな?」
隠す素振りもなくあっさりと解答する。そこに私は消去法で少年が何の絶対剣を持っているかの結論を導いた。
魔剣ーーギルザイア。
所在が不明であった絶対剣の一振り。
唯一常人では触れるだけで命を落とすや災いを呼び起こすとまで恐れられるいわくを持ち、魔武器の原点とまで呼ばれる代物だ。その極限まで高められたとされる最上質の魔の力を帯びた剣とは聞いていたが、成る程と言わざるを得ない。聖剣や宝剣とはまた違った方面の力が宿っているようにすら思え、全身が魔剣に警戒令を敷く。
あれはヤバいと。
実際に何がどうとかは分からない。本能的な何かがそう理解させているだけに過ぎない。
しかし聖剣や宝剣を見た時もそうであったのだから当然ではあるが、問題は具体的な能力だ。聖剣も宝剣も十分に特殊な力を秘めていたのだから魔剣だって同等の特殊性はあるだろう。
簡単に述べるなら聖剣は穢れた存在を斬れば無に帰す力。宝剣は軌跡を描く事で斬れない事象にすら干渉する力。
魔剣だったらどうなる。
いずれにせよだ。現状私達が予定していた作戦の出鼻を挫かれた状態にあり、この場を潜り抜ける難易度の角度も上がった訳だ。
「貴方………レイニー・エリックね」
私は冷静さを務めて確認をする。向こうは意外とでも言いたげな表情を浮かべる。まあ対面するのはこれが初めましてだから無理もないかもしれないが。
「おや? 名乗った覚えはなかったけどね」
「甘く見ない方が良い。エイデス機関と情報の共有をしているのだからどこまで把握されているかも分からないぞ」
横から細身の男性が言葉を発する。その光景がどうしても私は様々な感情が渦巻くのを抱かずにはいられない。
険しくなる表情を浮かべながらどうして貴方が、とーー。
「認められないか?」
「相変わらず冷静ね。誰を相手にしているか理解しているのかしら?」
「持病持ちのか弱い少女だろ? 間違っているか?」
「屁理屈も相変わらずね」
やり取りの雰囲気はこれまでと全く変わらない。変わったのは互いの立ち位置くらいだろう。
敵か味方の。
「今は相手にしている暇はないわ。邪魔だから退いてくれると助かるのだけれど?」
「無理な相談だな。お前達を先に進ませるつもりはない」
ここを通りたければ俺を倒せ。安易に読み取れそうな返答に私は舌打ちをするしかなかった。
ヴァナルカンド・ユリス。隣に立つ魔剣の持ち手よりも更に不気味で厄介な相手だ。気が進まない相手を抜きにしても彼の戦闘能力はエイデス機関の首位と何ら遜色がないか若しくはそれ以上なのだ。
一筋縄ではいかない。
「じゃあ倒して進むわ。ユリス先輩」
「倒せるのか? カナリア・シェリー?」
一回り圧が増した。前に学園内で見せたピリピリした圧迫感を再現するように。
あの時の話はよく覚えている。だからこそこの現状になってしまったと。
天才だから特別じゃないーー。
「私には託された私の使命がある。だから倒すわ」
「………」
目を細め、覗き込むような姿を見せる。意図は不明だ。ただ、当時のやり取りを振り返ればこれは決別の瞬間になるのだろう。
しかし。
「ーーッ」
斬撃が二人を隔てる如く、いや正確には私を捉えた明確な攻撃を後ろに下がる事で避けただけだ。
それを行うのはレイニー・エリック。
敵意に敵意を持った視線で返すがその様子を伺うに感情的な行動をした訳ではない。
寧ろ本来の目的を定めた初志貫徹を貫くような冷静な佇まい。
「何やら普通に正々堂々ってぶつかり合う感じになってるけど忘れてないかい? 僕らの目的を」
中指と親指を擦らせ、渇いた音が響く。
するとそれを皮切りに周囲から無数の気配が姿を現した。レイニー・エリックと同じ漆黒の羽織を着たい者達が正面の彼等の裏から、背後の小道から、無人の建物の窓からや屋上からとありとあらゆる場所から私達を意識した視線を感じる。既に囲まれていると言う訳だ。
当然これらがただの一般人ではなく魔導師だ。これまでの経緯を踏まえたら恐らくは堕天のルーファスによって攫われた行方不明者だと思われる。
果たして操られているのか? それとも従っているのか?
兎にも角にも向こうは私達を止めるべく大部分の戦力を投入している。正確には私一人にか。まあ、これまでの成果に加えて私の動向をよく近くで見ていたユリス先輩の報告も考慮した上での判断だろう。
多勢に無勢。かと言って逃げれもしない。
「卑怯だとは言わせないよ? 君も含めた三人の実力ならこれでようやく倒せるくらいだよ」
「もう少し過小評価して欲しいものね………」
出来ない相談だろう。何せ私達は事実上ではそれぞれの悪魔にトドメを刺した面子であるのだから。
アースグレイ・リアンは魔天のエルドキアナを。
神門 光華は冥天のディアナードを。
カナリア・シェリーは流天のヴァリスを。
残された悪魔からしたらこれらの魔導師こそが最優先すべき排除対象なのだ。
「まだまだ厄介な連中はいるけどつまりそう言う事さ」
「他の人は止めなくて良いのかしら? それとも別の裏切り者にでも任せてる訳?」
「それは君の眼で確認すれば良いよ。この包囲から抜け出せればの話だけど?」
ジリっと漆黒の魔導師達が構える。優秀な魔導師を攫っていたのならば生半可に相手は出来ない。
ならば仕方ない。
試作段階の新たな技を試す絶好の機会としよう。
「シェリーさん。私にあの魔剣を持つ人と戦わせて下さい」
「光華」
「絶対剣を相手にするなら同じ絶対剣の方が都合が良いでしょう」
理由は分かる。が、同じ絶対剣とは言え性質の差は全く違う所が不安要素だ。相性みたいな概念が大きくあるかもしれないし、この場面で天地冥道が砕けるなんて事になれば後々の手札が減る。
ちらっとリアンに目を向ける。すると彼は心配は不用とでも言いたげに首を横に振る。まあそれなら彼の援護に任せていけば良いだろう。
「シェリーさんは其方の方に集中して下さい」
「ああ、それ以外は僕らに任せてくれ」
頼もしい限りだ。逆に言えば私は責任重大な気もしないでもない。必然的に自分の対峙する相手はあの細身の男性となる。最初からそのつもりではあるのだから大して重圧に感じはしないかもしれない。
とは言えこの場面は早々に決着を付けなければならないだろう。わざわざこの時点で仕掛けて来る向こうもこれ以上に余裕はない筈だ。そしてこの陽が隠れた天候。いつ皆既日食が始まるかも判断が難しい分もたもたここで時間を取られたくはない。
手短に済まして会場に向かう。
「早速新技のお披露目をさせてもらうわよ?」
「好きにしろ。先輩後輩の嘉だ。待ってやる」
「どうも」
そうして私は周囲から魔力を集める。大分その作業に慣れては来たが多少の時間は必要である。その間に他の魔導師が仕掛けて来ようとするが光華とリアンが牽制してくれている。
これで目の前の相手に専念が出来る。
さあ、じゃあ始めましょうか。
後輩対先輩であり、カナリア・シェリー対ヴァナルカンド・ユリスの最初で最後の戦いをーー。
天才達の舞台ってやつをね。
限定解除応用篇。
「限定解放ーー【心眼】」