−【決戦前夜】−
大魔聖祭。年に一度の有名学園代表格の四校が催しの主軸として開催される大規模なお祭り行事だ。当然学園側以外にも九大貴族や政府にエイデス機関も加わって全力で学園側の出し物や競技、そして全体的な運営を補助しながら5日間に渡って行い、各国からの来客者も開催場所であるセントラルに入場させての長いようで短い時間を楽しむ数日間だ。
が、それもかれこれ4日目。折り返しは過ぎて大体の企画は終了していき、いよいよ最終日目前の前夜となる。この日だけは一番の目玉である学園代表の生徒達による試合形式で行う魔法競技のアズールもお休みとなり、箸休め的な一日の時間。何せ5日間だ。働く人達はおろか来客者達でさえ疲れが出る為に活動が極端に減る。故にこの前夜は街中が静まり返る。
唯一休みがないと言えば騒ぎが起きたりした時の沈静化を担う衛兵達とエイデス機関達の者であろう。多少の交代制はあるが、常駐場所にも色々な情報が入る為にいきなり休み中に現場に向かう事もあるのでしっかり休めやしない。
ただ、運が良いのか此度は特に何の問題もなく時間だけが過ぎていく。
ある者はホッとしているだろう。ある者は呑気にサボり気味な勤務態勢を取っているだろう。
そしてある者はーー。
「不謹慎だが騒ぎが起きない事に不気味さすら感じてしまうぜ」
「仕方ない。明日を考えたらさながら嵐の前の静けさみたいなもんだしね」
セントラルの産業区域から街中を一望出来る工場地帯の建物の屋上で夜風を浴びながらエイデス機関の二人が言葉を交わう。彼等も問題が発生しない夜は巡回ばかりであり、業務時間以外でも進行しなければならない活動に追われて正直睡眠不足だ。
それでもゆっくり意識を飛ばして休んでる訳にはいかない。何故なら明日には一世一代とも言える世界の危機が訪れるやもしれないのだ。目が覚めた頃には世界が滅んでいましただなんて笑えない冗談にだけはしたくない。
「ルナとフェイルには説明したの?」
「ああ、すげぇ怒られたよ。そんな一大事を前日まで黙ってるなってな」
「まあ、彼女じゃなくても文句の一つや二つは出るよね?」
明日悪魔が召喚する大魔王が世界を滅亡に追いやるから何とかして召喚食い止めるのを手伝ってね? なんていきなり言われたら卒倒ものだ。しかも話さないままに解決している状況ではなく解決しないで転がり込んで来た案件なら尚更。
が、何やかんやで拒否をしないで力を貸してくれる辺り良い仲間に巡り会えたと東洋人の二人は互いに静かに笑う。
もしかしたらこうやって笑い合うのも最後の可能性もあるのだ。以前の黒の略奪者の時よりも規模は遥かに上がって世界を巻き込んでいこうとしている。前は心強い連中が沢山居たのもあって何とかなったが、今回は数の問題に留まりはしない。正に世界を滅ぼす厄災が降臨してしまうのだ。どれだけ頼もしい連中が居ても素直に安心は出来ないし、率先するのは彼等だ。何も考えないで真っ直ぐに対峙して戦うだけの当時よりも荷が重い役目を背負っている。
だから今の内に心の余裕を作らなければいけない。
失敗しない為に、悔いが残らないようにーー。
「セラには私から説明はしたけど、前線には出ないようにだけは言ったよ」
「助かる。あいつは俺達とはまた違う助ける力を持っているからな。彼女が万が一なんてあれば百や二百で効かない重傷者を生むかもしれない」
医療魔法の権威にまで今では駆け上がった彼女は確かに英雄の一人に数えられる戦力の魔道士でもあるが、それ以上に後々に積み上げた活躍が偉大過ぎた。だからこそ彼女の戦場は別にある。
「本音は加わりたそうにはしてだけど………まだきっと助け足りてない気持ちが強いんだろうね。少しの無言の後に二つ返事だった」
「そこは思ってそうだけどあいつは賢い子だ。自分の領分をしっかり理解して理性的な判断をしてくれてるんだよ」
「流石ね。昔はルナと同じくらい感情的だったのに」
「良い意味で大人になったんだよ。仲間として誇りに思うぜ?」
「男性を取っ替え引っ替えとか言ってなかったっけ?」
「くぅぅぅぅ! 俺じゃ駄目なのかーーって痛い痛い痛い痛い!? アリスさんッ!?」
どこが良い意味の大人なのか分からなくなるやり取りである。そして羨ましがるレイを見てイラッとした彼女はかなりの強さで向こう脛に蹴りを与える。そんな煩悩は明日までに払ってもらいたいくらいに腹が立ったのだろう。
声にならない悲鳴を漏らしながら彼は涙目で地面を転げ回る姿は大人として失格であろう。寧ろかなり情け無い男の姿がそこにはあった。
本当に以前と全く変わらない光景を見せる東洋人の青年。
呆れて笑いながら彼女はーー。
「何で好きになっちゃったんだろう」
夜風に掻き消されるような静かな声量で漏らす。
しかし理由はもう分かっている。そしてどう答えを示したら良いのかもアリスは分かっていた。
きっと今が頃合いだろう。
「レイ、これを貰って欲しい」
「………えっ」
そんな流れじゃなかったやん。的な予想外な流れでとある物を彼は貰い、いつの間にか左手の薬指に通される。
それは街中から貰う光だけでも十分な輝きを見せる夕焼けのような緋色の宝石が付いた指輪だった。触るだけで火傷でもするんじゃないかと思わせるくらい綺麗で鮮やかな色彩に目を奪われるばかりのレイ。
物自体は差したる高価な代物ではない。実際に街の屋店で見つけたのだ。探すのもアリスより年上の少女にも手伝ってもらうくらいだ。物に拘るつもりはなかったが、何が一番喜ぶかを考えに考えて最終的に決まったのがこれだ。
だが、込められた想いには値段は付けられない。値段以上に色々なものが詰まった贈り物なのは言うまでもない。
彼も瞬時に理解した。
いや、気付いていた。
気付いてなかったのは自分の気持ちだ。
初恋以外は恋より友情ばかりに恵まれてしまった彼。壮絶な過去や経歴と数多の戦いに身を投じてしまい、何よりも抱え込み過ぎて冗談ばかりしか言えなくなってしまった。正確には本音と建前を使い分け過ぎて様々な事に対する気持ちに蓋がされてしまっていたのだ。
今この瞬間に手に入れたものと置いていったものが走馬灯のように思い出される。
「(そういや、戻るって約束した人の元にも戻れてすらねえな。ってか戻れる程に立派な奴にもなれてないし、気付いたら成り行きでこんな役回りもして、親父だって捕まってるし………俺が守りたいものや成し遂げたい目標も結局分からないまま今日まで来て明日には世界滅亡の危機)」
元殺し屋。元軍人。そしてエイデス機関。彼の行いは誰かしらを助けたり、救ったりはしたかもしれない。が、彼自身が自覚するような明確な活躍をしたかは本人ですら把握してなかった。結果何がしたくて生きて来たかとは幾度も考えていた。ただでさえ過去の行いが良くなかった彼からしたら常に後悔ばかりをして来た人生と言えよう。そんな明確な決意が、指針がないままに誤魔化すように少しずつ返せてるかも分からない罪の清算をしてきた。がむしゃらに守り続けて来た。
が、今は少し違う。
守りたい中で気付けば一番が決まった人物が居た。
如月 愛璃蘇。
彼女だけはこれ以上悲しい表情をさせたくない。暗い顔をさせたくない。居場所を与えたい。居場所じゃなくても不安を取り除ける環境にしてあげたい。笑わせたい。例え誰かが好きだって知っても居心地悪い空間にさせたくない。
いつしかそう思っていたのは事実だ。
別に振り向いてもらうつもりじゃなかった。
それは甘えだ。
逆だ。
いつでも振り向いた先で一番に見てもらえる人物なかなりたいと、そう願って頑張った姿を嘘には出来ない。彼女が道に迷わないように直ぐに手を差し伸ばして握ってくれる良い男でいたい。
だから。
今振り向いてくれている彼女の気持ちは。
絶対に捨てられないかけがえのない宝物へとなったのだ。
「良いのかよ? 誰かにそんな贈り物なんて渡すの初めてなんじゃねーの?」
「良い、レイにしか今後渡さないから」
結構言ってて恥ずかしくないか? とレイは心中で思う。それは実際に当たっていた。ただ、こんな夜中に彼女の真っ赤な顔なんて分かる筈もない。アリスもそこは考慮してての強気な姿勢で今度こそはこの鈍感野朗に気付かせてやる気持ちでいるのだ。
随分と焦らした。
もう本音ではっきり分からせてやれば良い、と。
これを乗り越えたら明日なんて、世界の滅亡なんて可愛いものに違い無い。
「だって………レイがーー好きだからっ………」
「ーーッ」
今度は夜風に掻き消されなかった。
しっかりと、はっきりと、明確に、素直に、直接、誤解すら間に入り込まない程に真っ直ぐな気持ちを彼女は彼に伝えたのだ。
指輪はもはやきっかけに過ぎない。
これまでの出会い、過程、結果。その様々な思い出であり、苦労であり、悲しみであり、痛みであり、過去であり、心境であり、歴史であり、仲間からであり、笑いであり、記憶であり、語りであり、繋がりであり、想いであり、涙であり、夢であり、忘れられない道であり、歩みであり、寄り添いであり、それら全てが込められた彼女の気持ちであった。
「………情けねえ。お前に言わせてしまうなんて」
「仕方ない。レイは世界一鈍感だから」
「俺結構自分で敏感な奴だって思ってたんだけどなあ………」
「それはまた違った意味の気遣い的な方でしょ?」
「違いねえ………」
軽口で笑い合う二人。
が、その後にアリスは不安そうな声色でーー。
「レイは………どうなの?」
問い。
もはやそれ以外の言葉で何を説明したら良いのかすらも不粋なくらいに単純で真っ直ぐな質問。
勇気を振り絞って、長年伝わらずにいた東洋人の少女の秘められた想いを伝えたのだ。寧ろ女性側に言わせたって状況である。
彼女が答えを求める事は必然であり、しっかりと伝え返さないといけないだろう。
ーー答えは決まっていた。
「ああ、俺だって好きさ。アリスが好きだ」
「ーーッ」
暗い空間で街灯だけの対面する彼女。
その表情は泣きそうなものではあったが、嬉しさや喜びにあたる涙であった。もしこれが求婚の場面だとしたら泣き崩れていたかもしれない。長く待ち過ぎた。待ち焦がれた。ようやく、ようやく知れた本音が嬉しくない筈がない。
それでもまだ彼はこれまで伝えられなかった気持ちを重ねるように告白する。
「お前の事が好きだ」
「ええ………」
「理由はいっぱいある。きっかけもいっぱいある。だが色々な苦難を乗り越えられた時やどうにもならないくらい辛かった時もお前が居たから頑張れた。嘘じゃないぜ? もしこれが他の人だったら違った結果になってたかもしれないし、同じ結果だったかもしれない。だけど俺はお前で良かったって思う。ただきっと無理していた姿を誤魔化して頼らなかった場面も多かった筈だ。それは心配させたくもなかったし、かっこつけたかった部分があるからだ。けどこれからはいっぱいお前を頼りたい。いや、これからはもっとお前と色々な景色を見る為に一緒に頑張っていきたい。そして絶対にお前だけは守り抜きたいんだ。そんな色々な気持ちをひっくるめて俺はお前に好きって言葉で伝えたかったんだ。まあ、昔から変に見境いないような格好を見せていたが、それは大目に見て欲しい。今はお前だけしか映らない。そう。お前が良い。アリスが良いんだ。アリスじゃなきゃ駄目なんだ。少し幼い雰囲気が、しっかりしてそうで抜けたりズボラな感じが、口数は少ないけどはっきりとした物言いをする姿が、たまに小さく笑う笑顔が、表現が弱いがちょっとした幸せでも素直な喜びを見せるところが、意外にちょっと怒りっぽい可愛いさが、実は食べ物の好き嫌いが多くて頑なな意地らしさが、なんだかんだ言って俺に愛想を付かないで優しく見守ってくれる健気さが、どんな状況下でも奮い立たせてくれるお前の言葉が、少し精神的に弱くて困ったら頼ってきてくれる甘えん坊な姿勢がーー」
これまでに見せてくれた東洋人の女性の全部がーー。
織宮 レイは好きであった。
「お前と出会えて一緒に今日まで過ごして来た時間が俺を変えてくれた」
「………」
今一度彼は告げる。
「お前が、如月 アリスが好きだ」
「………はい」
「これからも傍に居てくれ。絶対に一緒に幸せになろうぜ」
「………はい」
求婚の話ではなかった。が、ここまで来るにはあまりにも二人は近いようで遠い距離感の関係性であったのもまた事実。
遅過ぎた告白。
だから足りなかった分の気持ちがまるで決壊して溜まりに溜まっていた水が流れ込むように語られる。
もう二人の未来は歪まない。何かが空回りしたらすれ違ったりする事はないだろう。そうならない意味での告白でもある。
だからーー。
「だからしっかり明日にケリを付けてからこれからの未来を今度は二人で考えような?」
ようやく憑き物が取れたみたいな迷いもない、後ろめたさや不甲斐なさも、肩の荷が降りた屈託のない笑顔で彼は喋るのであった。
それを聞き、安心してやんわりと笑い泣きに昇華させた同じ境遇で心を擦り減らし続けて自分を見失っていた彼女はーー。
「うん。レイが一緒なら何も怖くない!」
この日を持ってようやく黒の略奪者のアリスだった頃に終止符を打ち、如月 アリスとして生まれ変わったのであった。
そしてレイも殺し屋だった頃の肩書きが無くなり、織宮 レイとして新たな未来に歩き出せるのだった。