−天才の推理−
一先ずはあの場を後にし、リアンにも今日は解散してもらい私は織宮さんととある場所へ向かっていた。彼には申し訳ない気持ちは募ったが、残念ながらあまり情報公開を大っぴらに出来ない部分の都合があるらしいので最少人数でとなってしまう。
そして現場に向かう中、アリスさんとも合流。これまでに彼女を加えて話し合いがなかった事から個人的には今回相当な動きがあるのではないかと踏んでいる。もはや動き出す計画を練るくらいの勢いだ。
もう制限時間も制限時間だ。包囲網作戦はともかく、他の視野からの発見がされてもおかしくはない。きっとそんな類だと思う。
私は私で些か厄介な抱え事をしている困った重荷がついさっき楽になった側からこれなので休む暇がない。それが負担にならなければ良いが、生憎進展がある話を聞き逃すつもりもない。
ともかくはまだ具体的な話すら東洋人の青年からも聞かされてはいないので先ずはその外堀から埋めていく必要があるだろう。
もう役者が揃った中で私は尋ねる。
すると彼は少しばかり咳払いをする何やら気不味そうな気配を出しながら口を開いた。
「正直まだ確証がない段階だ。だがこの厄介な時期に合わせたような不可解な動きをする奴等がついさっき見つかった」
「不可解な動きね………」
「ああ、多少なりその奴等の素性も調べてはいるんだが、それも含めてお前達にも判断してもらおうと思ってな」
「やけに慎重ね? 間違いなら間違いで次に回る方が良くない?」
「そこは慎重な方が良いわアリスさん。容疑の掛かる息の人に最大限の警戒を持たれたらきっと煙に巻かれて姿を消してしまうわ」
その不可解な動きをする奴等が何を考えているかは分からないが、今は尻尾が掴める程に近づいているのだ。仮にワザとそうさせているとしてもどう対応するかは慎重に考えなければいけない。
ただ判断を委ねるくらいに何かしら不穏な様子の割には断定するには複数人の意見を挟むくらい絶妙な位置。
果たして何がそう悩ませるのかを考えていると。
「着いたぜ。説明はするがとにかく中に入ってくれ」
とある場所。
そこは政府の息が掛かる政府区域の隅の一角。あまり立ち寄らない場所なだけあって周辺を巡回する上級魔導士や兵士が多い。九大貴族の一部や上流貴族が主に扱う為か、他の区域に比べてかなりの豪勢な施設の建物ばかりだ。日も暮れた為か、辺りを照らす街頭や店内の鮮やかな彩りの照明で綺麗な色彩を灯している。
ざっと見回すだけで外装や装飾を見ただけで分かる高級宿舎。和洋もしっかり揃い、一見さんお断りな空気を醸し出すくらいに一般客を寄せ付けない。他にも宝石店から有名銘柄ばかりを取り扱う食品店や酒造店。様々な教養訓練室や大人から子供まで楽しめる娯楽施設。奥になればなる程に多少大人向けな建物がちらほら見え隠れする。とにかく民間区域とかにもある建物が更に豪華絢爛になった地と言えよう。お金が幾らあっても足りないような富裕層向けの区画であり、誰もが一度は夢見る世界が広がっていた。
ただ、私は割と質素な生活を送って生きて来たからこんな夜も騒がしい場所は苦手だ。
歩く街路でさえ綺麗過ぎて空気が合わない。
よく済ました顔で歩いていられるものだ。と思いながら今から入る場所は宿舎にしては少し少人数しか扱えなさそうな建物を前にする。と言うか店名らしきものも人が出入りしていそうな気配もない。寧ろ民家に近いものがある。
そこで彼から一言。
「一応俺の隠蓑だ」
いきなり俺の家だと言われた。
「え、まさか私達に何かする気………?」
「ちっげーよ! あんま大きく話せないが、ここから街中にある監視映像が記録出来るように仕掛けを施しててだな」
「まさかレイ………覗き?」
「お前も悪ノリするな。だからその監視の中で少し怪しい映像があったんだよ。とにかく入ってくれ。あまり目立ちたくない」
ずっと仏頂面で真剣な話ばかりするのが似合わなくてついついふざけてしまった。やはり私達も調子が狂うくらい付き合いが長くなってしまったのかもしれない。
言われるがままに建物内へと案内される。先程は悪ノリが働いたが、意外に貴方も割と怪しい行動をしているのは間違いない。それこそ付き合いが浅ければ真面目に叫ぶと思う。
隠蓑って辺りが余計だろう。
で、監視映像と彼は述べた。つまり外勤の見回り以外での別の監視をしていた訳だ。確かに実際人一人があちこち歩き回っても限界があるし、目の届かない部分を補助する意味では有効的だ。ただ、言い方的には本来別の部署に行き届く部分を勝手に中継しているようだから褒められた話ではない。故にその記録映像を一人でずっと確認するのだから手間はかなり掛かるだろう。いつ寝てるのだろうかこの人は?
そして一体何が彼の目に映ったのであろう?
話し方的にはまだ何かが拭えない状況だが、限りない黒に近い誰かが映り込んだのは間違いない。
乗り込む隠蓑は薄暗さが際立つ室内。普段は寝泊まりを主にするような質素な空間。必要最低限の物しか置かれておらず、まるでいつでも放棄しても問題ないくらいの空き家にしか見えない。短い通路の角の階段を上がり、上階の廊下を歩いて奥の部屋に入る。が、そこには外を見渡せる部屋に事務机が一つあるだけだ。もはや不気味に感じるくらいに人が暮らせる要素が少ない。
ーーと、彼はいきなり奥の壁に手を置いてその一部分を横にズラす。そうする事で現れるのは新たな空間の入り口だ。
「こっちだ」
「隠し部屋なんて随分と用心しているのね?」
「やっている事がやっている事だしな」
サラッと語るが、ここまで周到さが目立つとその内何かヤバい事が起きるのを予見しているのではないか?
織宮さんはいつも何かしら先読みをして動く。危機察知能力が高いから故の行動かもしれないが。些か抱え込んでいるものが多いような印象だ。いつの間にか消えてしまう生き方をしているように見えてしまう。
そんな思考をしている間に通路を抜け出す。
「ここで監視映像の記録を中継して観ている」
隠し部屋には幾つもの映像出力機器が設置され、彼が電源を入れると街中の映像がそこには映された。
これはかなりの量だ。大通りから小道まで、しかも全区域のものがくまなく観れる。正直何か問題が発生すれば直様その場に駆け付けられるくらい正確な監視網だ。流石に建物室内までは設置されていないようだが、下手に歩き回るよりかはずっと効率が良い。
つまり、私の場所が分かったのはこれでって話だろう。
"やっと"も何もない。普通に筒抜けじゃない。
まあ、一先ずはそこへの突っ込みは置いといてーー。
「怪しいのは間違いないが、一先ずはこいつは分かるか?」
そう言いながら一つの画面に映る人影らしき存在を拡大させてそれの姿を鮮明にしていく。
その映る先にはーー。
「この人って九大貴族の………?」
アリスさんの疑問に肯定しながら私はその人物の名を発する。
「レイニー・エリック………アズールにも出場してた人ね」
レイニー家の次男。
割と除外されている人物がここに来て浮上する予想外さに内心驚きを禁じ得ない。が、確かにこれまでの推測に該当する可能性はある。特に考えられる魔王召喚の術式範囲で最も怪しいのが試合会場であり、そこに侵入する手段を模索していた中で手引きしている誰かがいると考えた。
そのまま話は流れたが、もし手引きしている案が正しいならかなり最重要人物になる。
まあまだ黒と決められない理由があるのだけど。
とりあえずは織宮さんの説明を一通り把握する。
どうやら普通ならこの数多にも設置された監視網があれば、いつ何処で何をするのかもまるっきり筒抜けな訳だ。しかし、あくまでそれは映像内での情報があればだ。ただ、どうにもレイニー・エリックと言う人物は要所要所で監視映像に捉えられはするが、肝心な詳細が掴めないらしい。何故かと言えば単純に映像内で動いている時間が少ない。つまり意図的に監視網に引っ掛からないように行動している可能性があるのだ。たまたまで割り切ればそれまでなのかもしれないが、少ない時間に映し出される彼の行き先を予想してみるとーー。
「試合会場に数回………しかもよく分からない時間帯に出入りしているようね?」
「選手目線で仮に試合会場の偵察をするって真面目君にしてもちょっとばかり出入りが多い」
「加えて会場の監視映像には姿がない。と言うよりかは監視映像に入らない場所しか行き来していない?」
すると何で? 何の為に? って疑問が生じる。かなり現段階ではこじ付けに近いが、そもそもアズールもあまり目立たない形で早々に敗退して幕を閉じている静けさからも不気味さはある。
そしてここからは織宮さん独自の調査で発覚したものがある。
「何の偶然かはたまた必然的にかは不明だが、どうやらこのレイニー・エリックって野郎の兄にあたる人物がレイニー・アーノルドって名前らしいんだよ………」
「アーノルド!?」
これに普段中々見せない焦りすら募らせる東洋人の女性の驚愕な声と表情が露わになる。名で呼ぶ辺り、知り合いのようにも感じる。
「シェリーちゃんは知らないが、実は先の事件の構成員にアリスは元々居たんだよ」
「………成る程ね」
「ごめんなさいシェリー。その内機会があれば話そうと思っていたのだけれど………」
「え、………ああ。そんな意味の成る程じゃないわよ? 誰だって話したくない事情なあるもん。私が納得したのはダリアス・ミレーユの時のやり取りが繋がったからよ」
あの時の彼女は到底側にいる物静かでちょっと抜けた乙女心を持った彼女とは全く別の人物だった。相当に話されたくなく、知った風に語られたくない拒絶と怒りを曝け出した理由はそう言う事だ。
まあそこについての言及は今する事ではないだろう。とにかくはその元同僚の存在に驚きを見せるくらいには目立つ人物であったのは見受けられる。
「当時の組織内ではNo.2実力を持った戦闘狂ね………元傭兵だったらしく、通り名は"暴君"なんても呼ばれていた」
「そんなヤバい奴がレイニー家の人物ならその弟ってだけでかなりきな臭いわね」
「ただ兄であるレイニー・アーノルドは死んだと聞いているのだけど、話によれば禁忌魔法の多用による副作用で悪魔が現れて殺されたとか」
「ここに来て繋がってくるのね………」
やけに悪魔って身近な気がしてきたわ。とは言え、何やら関連性は更に増したようではある。ただ、根も葉も無さそうな噂を鵜呑みにするとどちらかと言えば此方側に付いてもおかしくない過去なんだけど。仇なしたい敵にどうして協力するのかが疑問になる。
「どうだろうな? そもそもレイニー家にそんな秘密が隠されていたのも問題有りだからどんな思惑を抱えているのか予想出来ない」
「当時のアーノルドの思想を継ぐ考え方をしたならかなり危険。何せあの連中は世界を混沌に陥入れようとしていたのだから」
「目的が合致するな文字通り悪魔にでも魂を売る………とにかく厄介な立ち位置に置かれた要注意人物ってのは間違いないようね」
こそこそ動いている事実はほぼ確定なので疑って掛かるしかないだろう。が、一先ずはどう対応するかが考えものだろう。
下手な場面で絡めば何が起きるかも分からない。
その上ーー。
「流石に卑怯とは言わせないわよ? 抑えるならそれなりの面子で押さえ込まないと。アズールではあっさりと敗退しているけど実力がないとは思えないわ」
「だな。ここまで尻尾を掴ませていないのだからその点も考慮して逃さないようにしなければいけない」
「話はまとまった。なんなら私の眼で覗けばある程度の狙いは読めるかもしれないね」
確か思考が読めるみたいな話だった。それならば確実な裏を取る手段になる。探偵なんて顔負けな技も良いところだ。人の内を覗くなんてかなり反則ではあると思うが、千載一遇の展開に必要かもしれない。そしてこの手段は以前にも話したが、あくまで最終手段まで取って置く予定にしていた。つまりもうその大詰めの場面まで来ている訳だ。
「仮に間違っていたとしたら? アリスさんの能力があれば直接確認しないで済むけど間違っていた時点で振り出しに戻るわよ?」
まだ確証や決定的な証拠が現れた訳ではない。悪魔だってこれまでの流れから用意周到である。ずっと誤魔化し続けられるなんて向こうも思っていないだろうから何かしら対処方を計画に確実に組み込んでいる筈なのだ。一番最悪なのはレイニー・エリックが囮に使われてしまう可能性だ。此方の行動を予想されている裏付けになるともはや向こうが何枚も上手な事実だけ突き付けられる。そうじゃなくともこれ以上に情報がないからお手上げな状況に追い込まれるのだが。
と、そこへバツの悪い表情を浮かべながら。
「………これを観てくれるか?」
違う映像を映し出す。
少しの間、口を開く事も忘れて写り出す人物を凝視して僅かな時間で情報の整理をしていく。
ややあって根拠も動機も解明は出来ないが、脳裏の隙間で少なくとも加担出来る可能性は有り得たと結論が出てようやく驚きの声が上がる。
「ーーッ!? 嘘でしょ………?」
最初から歯切れの調子が悪かったのはこれが理由なのは納得した。
しかし、理解が追い付かなかった。