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◇旋律と蒼天のブライニクル◇  作者: 天弥 迅
第一章 始まる物語
11/155

‐天才とは良い意味でも悪い意味でも天才なのだ ②‐


仕掛ける織宮 レイ。大地を蹴り上げ爆音を響かせるような猛烈な移動ではなく、忍足の速さで音もなく姿を消して接近する。気配すら静めて瞬間移動を成す技は独特の足運びと身体を極限まで高めたものである。

瞬きすら許されない俊敏さで勢いもつけた大刀を縦に一線する。重さを感じない振り下ろしの速度は音の速度よりも数段上だ。

しかし銀の悪魔は身体を半身にして簡単に避けてしまう。顔色は涼し気であった。

予想の範疇ではあるだろう。が、避けた結果よりも避けられた過程の方が問題だ。必要最低限の動きで宙に舞う羽みたいに斬撃をかわす動作は完璧に大刀を見切っているからこそ出来る行為。

ただこれで攻撃の手を緩める彼ではない。


「せあぁッ!!」


二刀流の片割れから手を放し、もう一つの小太刀で喉元目掛けて斬りに掛かる。揺らめきながら迫るそれはまるで描かれた線に合わせて裂くようにして吸い込まれていく。


「良い気迫だ」

「ーーッ!」


だがこれもあっさりと彼女の人差し指と中指で刀身を挟まれて被弾せずとなる。

堪らず距離を取る。その間の相手は何かをするでなく、不動のままに笑みに包まれていた。


「ほう。大刀よりもその小太刀が要か? 速さはなかったが、中々の力を帯びていたぞ?」

「逆転さ。本来の法則を入れ換えて隙を狙った攻撃で致命打を図ってたんだけどな」


要は大刀と小太刀の性能を交換した訳だ。大体見掛けに騙されて想定する所に漬け込んだ初見殺し。まさか人並みの全長である大刀からあの速度が出るとは考えないし、小回りと急所狙いに優れてそうな小太刀から岩を斬れる破壊力とは思いもしないだろう。しかも性能を元に戻すのも出来るから使い方によってはもっと力を引き出せる。

そもそもどちらも通じなければ意味がないから現状大した効力は得ないが。


「人間とは変わった事をするものだな」

「知恵を絞っているんだよ化物」

「ハッ。では余がどれだけの化物かを目に焼き付けろ人の子」


言うが早く、背後に漂う紫炎の鬼が動き出す。

単純な動作。冥天のディアナードが右腕で空を薙ぐと一緒に鬼の右腕が織宮 レイ目掛けて攻撃をする。

速い訳ではない。寧ろ自身よりも遅いくらいな芸も捻りもない殴るだけの物理的な技。容易く目に焼き付けられるその攻撃をーー。


「ッ!!」


受け止めずに真っ先に自身並の拳から逃げる。彼は正面から立ち向かう選択肢はとてもなかった。何故なら良い意味でも悪い意味でも判りやすい力であったから。

確かに単純ではあった。単純な動作で単純な速さでーー。


「………嘘だろ?」


単純な破壊力。その拳から放たれる波動。

全てが遅れて発生した。空を貫いたそれは渓谷に風穴を開け、雲を割り、大気を震わせる。一帯はおろか世界全土にまで轟きそうな最上級魔法をも凌駕してしまうデタラメにも程がある圧倒的な力。まるで兵器だ。

当たっていたらどうなるかなんて考えるまでもない。ただ木っ端微塵に肉体が砂ぐらいの粒子に変わるだけだ。直撃していたら跡形もなく消え去るのは容易に想像できる。

目を疑うくらいに桁違いな力の強さ。目だけではなく、脳裏にすら刷り込まれる恐怖。一糸一毫のやり取りにも関わらず、疲労がドッと押し寄せて大量の汗が吹き出し身体がこの場を拒絶する。

勝てない。勝てる筈がない。いや、逃げる事すら許されない。

勝敗の有無ではなく、諦めるか諦めないかの二択でしかなかった。

だったら彼の答えは決まっている。


「まだ、立ち向かうか?」

「アイツなら………多分そうするさ」


大刀を拾い上げ、前傾に構えて後には退かない姿勢で黒髪の青年は口にする。例えここで倒されようがせめて一矢報いる事だけでもしようとの覚悟。

表情には未だ歓喜のある銀の悪魔だが、この眼前の人間に対して油断や驕ろうとはしない。もしすれば逆に寝首を搔かれる可能性のある雰囲気を彼は身に纏っているのだ。命のやり取りの緊張を抱かせる程の実力を持つと彼女は判断した。

だから戯れは終わる。

両者を渦巻く魔力が騒めく。今か今かと解放する瞬間を待ち望むように辺りに小規模な被害を与えていく。地に亀裂が走り、小石が重力を無くして浮かび上がる。

互いに実力差はあるものの高次元の領域。それが全身を刺激させて冥天のディアナードは満足していた。


「久方ぶりに地上に出た甲斐があったぞ? 人の子」

「残念だな。また元の居場所に帰してやるよ」

「ハッ、ほざけ」


そうして二人の人間と悪魔は激突して激闘する。

世界の裂け目でーー。



あー。人生の汚点だ。

私は昼間の自身の愚行さに陽が暮れた今も後悔していた。どれだけ引き摺っているのだと言う話だけど、やはりどう良い方向で前向きに考えて振り切ろうとしても色々な意味で愚かだったとしか思えない。主には天才の体裁面的な所重視なのがまた悲しい。

結局のジャンケンの結果は神が操作したかのように菖蒲の少女が勝ってしまうありがちな展開になってしまった。

因みに私は2番で深紅の少女は3番だ。まあ、彼女が負けるのは良いとして、最初に負ける事で抜けた後の自分とフィアナの二人の死闘の末に負けたのが悔やまれる。

あいこを5回もして僅差で向こうに軍配が上がった感が尚拍車をかけてしまう。勝つ確率よりも何であいこ5回もする低い確率を引いて負けてしまうのよ。無駄に運を使った気分だわ。

当然誘いに乗った私は道化も良い所だ。誇りを守るつもりがズタズタにされたし、勢い付けた彼女からは負け犬の烙印を押されるし散々だった。

ジャンケンで勝っただけでどれだけ偉くなったのだと怒りたくなったが、それも全て挑発に引っかかり調子に乗ったカナリア・シェリーの自業自得である。

過去の私を叩きたい。最上級魔法すら打ちたい。

と、そんな訳で不本意過ぎながらも勝者の菖蒲の少女の言う事に絶対となり、彼女の行きたい場所を全て網羅したのがつい先程。

ようやく。ようやくあの飼い犬が動く気ないのに無理矢理引っ張って散歩するような振り回し地獄から解放されて遠回りなエイデス機関へと辿り着くがーー。


「………今はご多用の為、案内出来ません。だとぉぉぉぉ!?」


落ち着け私。女性らしさがとんでもなく欠落しているぞ。フィアナはともかく、女子力皆無な口調のへカテリーナ・フローリアまでが怪訝な目で見ている。うん。これは自分の壊れっぷりに問題があるのは間違いないし、否定のしようがないからここは深呼吸して冷静になろう。

ーー。

じゃなくて!!


「な、何の為に遠路遥々来たのかしら………」

「しぇ、シェリーちゃん。気持ちは判るけど仕方ないよ? あのエイデス機関なんだし、こんな日もあるよ」

「案内端末の更新時間が小一時間前だけど」


つまりジャンケンなんてしないで、当初の私の予定をしっかりと遂行していたら途中退場は有り得たかもしれないが見学は出来ていただろう。

昼間なんて随分と前なのだ。小一時間前くらいに案内出来なくなっても全然大丈夫だ。既に粗方見学終わって後にしているか、フィアナの予定に付き合って上げているくらいだ。

これを仕方ないで済ませられるのか?

そこに関しての突っ込みを入れると明後日の方向に顔を逸らす始末の菖蒲の少女に段々と腹が立ってきた。


「ぐだぐだ言ったってもう今日は無理なんだから諦めろ。別に明日でも良いんだろ?」


呆れた様子で一番邪魔をしていたような気もする深紅の少女がごもっともな意見を発する。確かに今更駄々を捏ねても取り返せるものではないし、明日で困るなんて話はないのだ。

ここはすっぱり諦めて今日は素直に色々と疲れた肉体を休ませるべきか。


「んじゃあ次はあたしの順番だな」

「それは無し。貴女最初からそのつもりだった訳ね」


単純に自分の私用を繰り上げたいが為の言い分だったようで、流石に拒否権を行使する。やはり彼女の発言を肯定してはろくな目に合わない。何せ思い返せば半日のへカテリーナ・フローリアの言動や提案が良い方向よりかは悪い方向にしか転じた印象しかない。

どうやら天才とは良い意味でも悪い意味でも天才なのだと示してるような存在が丁度似合っていた。

とりあえずそんな彼女を無視して今日の宿泊先を目指す。

陽が暮れてから月が大分上がり始める時間帯。もう食事の時間ですらあるのに未だに騒いでいるこの集まり。周囲に人気がなく鎮まり返っているのが余計に私達の声を反響させていた。


 ーー。


3歩。歩いてようやく気付く。その事実が多少なり、いやかなり違和感のある事に。

市街地の大通り。夜に差し掛かる時刻だとしても大都市セントラルでこんなに静寂になるのは明らかにおかしい。

いつから? それはつい今し方かもしれなく、もしかしたらかなり前からかもしれなく、平たく言えば判らない。ただとても不気味でおかしい。そして何かしらの介入があったとしてそれに私でも気付かせない程の技を使っている誰かの存在が気持ち悪かった。

嫌な予感がする。

足は止まり、辺りを見回す。この疑問を解決する糸口を探す為に。

するとーー。


「………何よこれ」

「え?」

「おいおい」


灯は月の光と街灯のみ。それ以外は暗闇に包まれている。風景は貼り付けた絵のように歪な線で描かれ、まるで別空間に飛ばされたみたいな不可思議な場が広がる。先程まで見ていた私達の知っている場所ではなく、完璧にしてやられていた。

恐らく空間系の結界魔法。外部からも気付かれずに家と外みたいな隔りを作られた場所。だから叫ぼうが誰も助けはしないし、一緒にいる二人や私にすら気付かせない技法を使っているのだからいよいよ変な期待は抱けず自力で何とかするしかない。

一応結界の解除法はあるにはあるけど、それなりに時間掛かるからこの場合は術者を倒して強制解除した方がてっとり早いだろう。

解除している間を相手も黙って静観なんてしていない筈だ。

目的は必ずある。


「シェリーちゃん………あれ………」

「!」

「あいつか」


三人は同じ方向に視線を向ける。

数ある中で一つだけ点滅している街灯に佇む謎の人物。その部分だけ薄暗くてよく見えはしないが、紳士格好である黒の燕尾服らしきものを着ている姿から男性なのは判る。

ただ放たれる気配は何故今まで感じ取れなかったのかと思うくらい人間が纏える領域を超えた異質な何かだった。

即ち人間ではない。形が人間に似ている怪物のような存在だ。距離が空いているのに対峙しているだけで精神が乱れそうな息苦しさに陥る。

そこで私は思い出した。ついついいきなりだった為に思慮も出来なかったが、これで納得がいく。


「魔導師失踪事件」

「………あ」

「ふん。例の隣国の騒ぎか」


ノーライズ・フィアナとへカテリーナ・フローリアもその言葉に全てを理解する。

以前にも話題になった国内での出来事だから此方へと進出してくるかもしれない予想がズバリ的中した。有能な魔導師ならこの場に並ならない天才が二人もいるから狙われやすくなるのは必然だろうし、今日エイデス機関が忙しい理由も十中八九その件についての情報を入手したからと思われる。

もし一連の流れが正解だとするなら状況は一番最悪な展開だ。

再三に渡って掘り返すけど、ジャンケンをせずに私が無理矢理にでもエイデス機関を優先していたならば事情も把握してこの結界魔法を凌げたかもしれないし、有能な魔導師として異例な天才の自身と九大貴族の中でも実力派の深紅の少女が揃っていればエイデス機関が保護すらしてくれたかもしれないのである。

やはり挑発に乗るんじゃなかった。目先にいる人物絶対に普通じゃないわよ。

昼間よりも更に危険度が増した現状に私は内心で嘆く。列車での過激派と言い、これと言い、仕組まれたくらいの巻き込まれ具合だ。






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