−天才の道②−
うだつの上がらない私にそれでも尚、彼は引きはしない。納得するまでずっと言い続けるかのつもりでーー。
「仮定の話に悩むな。結果が今なんだ」
「………」
「何がどうであれ、自分で選んだものだろ?」
もはやカナリア・シェリーの返答すら待ちもしない。
「だったらしっかり胸を張っても良いじゃないか?」
胸を張る?
私が?
「才能? そんなのこそたまたま得ただけだ。君が僕を救ってくれた姿に才能なんて関係あったか?いや、全く関係ないね。あんなにしつこく呼び掛けたのすら才能で片付けるなら君は馬鹿だ」
僅かに語気が強い。当時を思い出し、今と重ねてくだらない事で弱音を吐く姿の自身を叱咤する勢いだ。
馬鹿なんて初めて言われたかもしれない。
「勝手に自分を、仲間を見限ったように言うな。僕らも君も簡単に何かを認めたりしない意地っ張りだろう?」
「ーーッ」
その言葉に頭の中を衝撃が駆け巡る。
ーーそうだったわ。
思い出して見ろと。他の誰でもない自分が言う。
リアンとの記憶だけではなく、これまでの道のりを。私が進んで来た出発点から未だ見えない終着点までの道中を。
カナリア・シェリーと言う者が歩む天才の道をーー。
出会いがあった。邂逅があった。やり取りがあった。予想外な出来事があった。戦いがあった。事件があった。拒みがあった。歩みがあった。争いがあった。喧嘩があった。
笑いがあって、悲しみがあって、怒りがあって、喜びがあって、苦難があって、命懸けになって、ムキになって、意地を張ってーー。
様々な出来事は私が考え、動き、覚悟と意志を持って選んで来た。
その先にあったものまでを否定する必要は果たしてあるのか? 他の誰でもないこの私が願って突き進んだのが全部間違っていたのか?
答えは目の前にある。
「あえてもう一回言おう」
カナリア・シェリーがどれだけ弱音を吐き、嘆いていても見える先の偽りじゃない真実が前を向かせてくれる。
立ち止まっても待ってくれて、付き合ってくれる存在が。
「胸を張って良いんだ君は」
差し伸べられた手が、奮い立たせようとする言葉が私の偽りを本物にしてくれる。
「もし才能が無くなったところで僕らが君に愛想をついたり、無かった思い出になんて出来る訳がない」
変えられようのない今があるのならば変えていくのはこれからだ。未来が見えるのを決まったものにするか違うものにするかは自身が選べば良いのだ。
そうして来たのだから。
仲間が、友達が愛想を付かないのにカナリア・シェリーが愛想を付くなんて事は出来ない。
それぐらいの意地は持っている。
「なら君はゼロになったりしない。一から始まるだけだ」
「ーーッ!」
「僕らが君の一だ」
胸の奥が熱くなる。
崩れ去ろうとしていた心が燃え上がる。まだまだ折れてなんていられないと、過去にもう心が砕けようとした人物に向かって私は負けないでと言った。今こそその言葉の時だろう。
自分に負けていられない。
あの時、冥天のディアナードの力を前に諦めの文字が浮かんでいた時の誓いを忘れてはいけない。天才の逃げ道に逃げられないからってそれがなんだ?
納得出来ないと、割り切れないと葛藤していたのは誰だ?
本音は結局そこじゃない?
「だったら君が何に悩む必要がある?」
突き付けられた問いにゆっくりと首を横に振る。
事実を知って何かが終わった訳じゃない。終わっていなければまだ続けられる。選び続けられる。
立ち上がれる。
「そうだろ?」
そうだ。
私が選んで求めた仲間が、仲間の言葉が迷いを消し、異端の天才と呼ばれるだけじゃないカナリア・シェリーを誇れる。
大した奴だって誇れるのだ。
「僕らの知るカナリア・シェリーがそんなつまんないとこで躓いても止まるような弱い奴じゃない」
「それは才能関係無しに?」
問いに自信満々に彼は「ああ」と即答した。
きっと織宮さんの言っていた事はこれなのだろう。ここまで来てようやく意味が分かった気がした。
誰も信用出来ない? 狭い視野で考えているからだ。聞いた話だけで戸惑い、くよくよするのはもう止めだ。
わざわざ難しく考える必要なんてない。
色々ある状況だけど。
「だから恐れるな」
悩んだ時、挫けそうな時、泣きそうな時、何も考えたくない時、辛い時、苦しい時、逃げ出したい時、叫びたい時、震えそうな時、諦めたくなる時、どうにもならないと思った時、終わりだと感じた時、迷った時、信じれなくなった時、訳が分からなくなった時、未来を閉しそうになった時、失いそうな時、手から溢れ落ちそうな時、絶望しそうな時。
自分を、見失いそうな時ーー。
「前を向け」
ほんのちょっと振り返る勇気さえあれば。
「胸を張れ」
そこにはーー。
「その後ろには僕らがいるから」
信じられる大切な仲間が居る。
だったら。
仲間が信じてくれる私を私は信じてみても良い筈だ。
「ほんと、前とは逆に今度は私が言われる番だなんてね………」
「ーー!」
前向きに考えていこう。
もしこれが障害なら超えて行けば良い。天才と今は胸を張れない代わりにカナリア・シェリーとして胸を張り、いずれは本物の天才として胸を張れば良い。
「目が覚めたわ………ううん。振り切れたって方が正しいかもね?」
それが天才への道だ。
そう思いながら私は歯に噛んだ笑みを浮かべるのだった。
「どうやら調子を取り戻したようだね。正直君の悩む内容の半分も理解してないんだけど」
「良いわよ、私も聞いただけの話だからそれで何が変わる訳でもなかったのよ」
「ふむ。益々謎が深まるばかりだけど、これで少しでも恩を返せたら良かったさ」
「まだ気にしてるの? 私が勝手にした事なんだから貸しだとか思わなくても良いわよ」
「その貸しに救われたんだから貸しを作るってのも案外悪くないだろう?」
確かにね。おかげで助かっている事実があるのだから今後は貸し一つとか口約束だけでも作っていくのはおおいに有りである。
「それより貴方、光華に無様に負けたばかりの割には随分人を心配する余裕があったのね?」
あまりずるずる引き摺りたくもないので平常運転の空気に引き戻しながら他人の痛いところを抉りに掛かる。
でもよくよく考えたらこれは恩知らずではないか?
「なっ!? 会場に来てない割にしっかり結果だけは把握してるのかい!?」
「当然よ。前に私がちょっとした助言して上げようとしたのに断るからどんな結果になるかくらいは耳に入れるわよ」
これは所謂ズルだ。まあだからこそ彼は遠慮して聞かなかったのだが、私からしたら出場しないから面白くなれば良い程度の感覚ではあるが。
「はあ、何か損した気分だよ………。じゃあ負けた今だからこそ聞くけど君の助言って一体何だったんだい?」
「負けた今教える方がリアンにとって損だわ。自分で考えなさい。男の子でしょ?」
「くそ!! どんどん助け甲斐のない事ばっかり言って!!」
やり過ぎた。
あはは、と私は笑いながらもこうして不躾なやり取りが出来るのがとても楽しい。まあ、ほんと客観的に見たら救いようの無さは際立ちそうだけど。
と、他愛もない会話で和んでいる矢先。
「やっと見つけたぜシェリーちゃん」
「あら?」
ここに来て散々羽を休めろと指示していた張本人である東洋人の青年が何処からともなく、まるで忍のように唐突に姿を現して声を掛けてくる。
まさか彼も私の状況を察してーー?
女性に対して節操がないし、彼なら気配を消して女性に付き纏う可能性が高い。ましてや一度私にチャラい告白をしているから尚更危険に駆けつける騎士を装ってるやもしれぬ。
いや、怖すぎでしょ貴方。
「ちょっと待て、今めちゃくちゃ失礼な感想を抱いただろ!?」
「え、いや何か頃合い的に………まあちょっと遅いから赤点だけど」
「凄い論点のすれ違いを感じるな!? 知らない内になんか値踏みして落第点付けるな!!」
探していた素振りの割にはやけにいつも通りで安心はした。かなり当人は憤慨しているが。
まあ冗談はそれくらいに。
やっと、と言うからには随分とあちこちを駆け回っていたのではないだろうか? 血相を変えた様子ではないかもしれないが、彼の雰囲気からして軽い用件ではないのが伝わる。
いや、寧ろ逆なのではないか?
ここ最近の私と彼のやり取りは主にこの度の様々な騒動に対する内密な情報の共有ばかりだ。つまり向こうが必要な情報だと感じて私を探していた方がしっくりくる。
前述するが、羽を休めろと言った張本人だ。
急かす必要があるのだとすればそれはーー。
「何か分かったのかしら?」
その問いに織宮さんは頷いたりの明確な反応は示さなかったが、僅かに引き締められた表情が答えを物語っていた。