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◇旋律と蒼天のブライニクル◇  作者: 天弥 迅
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−絶対的な天才②−


このまま降参をしてしまえばきっと私はこれからも何かのしがらみを理由に蓋をしてしまうのではないだろうか? ここが限界だと決め付けて諦めてしまうのじゃないか? こんな高みにいる数多の天才にこれからも負けてしまうのではないだろうか?


もし今日この瞬間、全てを出し尽くして負けていないのを言い訳に負けた事に胸を張れず、満足しないままに限界を迎えてしまえばきっと自身の未来を、視野を閉ざしてしまうだろう。


そんな情け無い話はごめんだ。私だって皆に負けないくらいに意地や矜恃がある。くだらない小さなものだが、背負っているそれを下ろす訳にはいかない。


ーーまだ戦える。


ーーまだ負けてはいない。


「………ま、まだ、諦めない」


「動けるようになってきましたか。ですがーー」


この絶対的な天才を信じてもう少しだけ我儘な私に付き合ってもらいたい。


諦めが悪い神門 光華をーー。


「ーー!」


前へ踏み出そうとする栗毛の少女は足を止めた。絶対絶命な私から何かを感じたのだろう。絶対剣、或いはそれ以上に匹敵する脅威を見るように警戒をする判断は大正解だ。


空気が震える。いや、裂けるような勢いだ。バリバリと天すら割りそうな程に今から始まる出来事に世界が震撼する。


私自身もそれがどれだけ影響を与えるか未知数であり、思い出すだけでも冷や汗を流す悪魔の果実のような力。与えられたものじゃない。得たものではあるが、気軽に扱って良い代物では確実にない抑えの効かない神の御業。


そして神の一手。


「これが最後だ………」


持てる魔力が全て持っていかれようとする。その魔力を糧に紫煙が渦巻き、異形の姿を形取ろうとする。


地が鳴く。自身を中心にひび割れていく力の波動が強まるのを感じ、締め付けられるような苦しみを覚えながら獣のように声を荒げる。


自分が自分じゃなくなる感覚。何か別の存在に変わってしまうような特殊な感情が私の中を駆け巡る。


気分が高鳴り、高揚感が溢れ出し、溢れ出る無限の力が神門 光華を支配してーー。


「私の全てだ………」


在らん限りの闘争心を解放する。




「さあ、続きをーー」

「ーーさせませんわ」


冷徹な声と同時に肉体が地面に崩れる。強制された崩され方によって解放されようとした私の悪あがきにも近い力は封じられた。唐突な状況に一気に本来の自身が闘争心だけの私に割り込んで理知的な思考を働かせる。


ただ状況は既に詰んでいた。


重力? いや、重さによるものじゃない。これはまるで地面から引力で引っ張られるような感覚だ。


何をした? 何をされた?


尋常ではない地への圧迫に呻き声も上げられないままに次の一言はーー。


「降参はもう求めませんわ。貴女は強過ぎました」


「ーーッ!!」


これまでのシルビア・ルルーシアとは思えない低く感情の消えた声が雷鳴に混ざってーー。


「終わりですわ」


辺りが閃光に包まれた。





静まり返る会場。


試合場の中心付近には一息吐きながら栗毛の髪を掻き上げる少女。そして彼女が視線を向けるその先には僅かながら身体を痙攣させてはいるが、確実に意識を失って倒れているであろう灰の少女。


最後の最後。果たしてあの瞬間にまだまだ熾烈な戦いがあろうかと思ったその矢先に遊びは終わりとばかりにあの強敵相手との勝負を決着と言う形で切り上げた絶対攻略。予想を裏切られてしまった会場は呆気なく終わった戦いに言葉を失う。


その時の情報量の多さから現在の場面までの状況に会場の誰しもが全くついて行けていない。恐らく勝負が付いたのすらまだ理解が追い付けずにいて唖然とする者ばかりだ。


やがて静まり返る中で各々が立っている者と倒れている者を交互に見ながら過程の展開を置き去りにして結果だけを見極める。


『しょ、勝者!! シルビア・ルルーシア選手!! 決勝戦に進出ですッ!!』


そして実況のマーガレット・サラが皆の内心を代弁するかのように勝者の名前を挙げる。


会場はとにかくと言った感じで騒然とした。


「ごめん、私もう分からないわ。現役だったとしても正直最初から最後までしっかりと解説出来る自信が全くない」


「同感だ。シルビア選手………彼女は魔導師としても戦いに置いても飛び抜け過ぎている。学生としてじゃない意味でだ。はっきり言って完璧な天才だ」


ルナとフェイルもこの度でシルビア・ルルーシアと言う魔導師がどれだけの存在かを知り、賞賛の言葉しか漏れない。この試合は特に絶対攻略の二つ名に相応しい戦い振りだったろうし、他国に対しての優秀な魔導師の存在を大きく誇示出来たと思う。


優秀過ぎて逆に危険な爆弾とならなければ良いくらいな勢いだが。


「………」


そんな二人の傍らで沈黙するアリス。その表情は彼等とは大きく掛け離れた険しさに包まれていた。


彼女に関しても確かに底知れない若過ぎる天才魔導師に思わずカナリア・シェリーと並んでしまうのを認めるしかない程に驚かせる試合をしてくれていたとは考える。素直に新生の世代達の活躍を喜びたい。


だが、最後の最後ーー。


神門 光華がしようとしていた真の答えに近い位置にいる彼女としては其方に震撼する他なかった。何故なら彼女が振るおうとした力は国中はおろか世界さえ脅かす危険性を秘めているのを知っているからだ。


あれは正しく。


「アルターデーモン………薄々宿っているんじゃないかとは思ったけど………まさか本当に」


先の戦いで冥天のディアナードが振るっていた鬼神の力。紫炎に包まれし鬼を背に扱う力の一つ一つが最上級魔法と同列以上の最悪な強さを見せたもの。悪魔が使っていたから質が悪かった訳だが、アレのヤバさをよく知っている彼女からしたらヒヤヒヤな気持ち半分、事実上カナリア・シェリーすら超える力を持つ存在として畏怖すら覚えたのだ。


対戦側の身になったら反則だ。と声を大にして言いたいくらいに。


アレを相手にしながら悪魔を倒すのに死を覚悟し、多勢ではないにしろ大陸内で指折りの魔導師四人で数撃抑え込むのすら苦労したのだ。いや、正確にはあの異端の天才だけは一人でも互角手前まで戦えてはいたが。


恐らくは奪われた力と前に述べていたから宿主先が消えればどこにその力は渡っていくのか気にはしていたが普通に考えれば稀代の神門家の者ならば十分に授かれる資格はあったし、鬼の加護をそもそも宿していて絶対剣を持つ彼女なら何の違和感もない。


問題はない。が、大問題には発展する。


シルビア・ルルーシアがどんな技を駆使したかは不明だが、確実に不味いと判断したからこそ決着を早々につけた。先見の明がそうさせたのだ。


このアズールで既に弱点を克服したかに思った矢先に見せた更なる力は神門 光華には鬼に金棒と言った具合である。寧ろ鬼達に金棒くらいな比喩の方が正しい。


当然皮肉しか込められていないが。


ともあれ、アレの力は過去に暴れた黒の使者と呼ばれた魔導師やそれを打ち倒した落ちこぼれの英雄と同等の域のものである。つまり世界の流れを大きく傾ける災害級の力を公然で扱うのは国家間にまで影響を及ぼす筈だ。


若過ぎる少女には本来は持つべきでもないし、持つならばそれだけの意味があるのだ。


もう悲願が成就した彼女に必要な力ではないがまだ何かが彼女の身に降り注ぐ示唆とも捉えられる以上もはや放置は出来ないだろう。と東洋人の女性は考える。


早い話今の内に手綱を握って下手に全土に広まらないようにしたいのだ。


巻き込まれた行先に待つのはいつだってろくでもないのだからーー。


「はあ。彼女もエイデス機関に勧誘が始まりそう」


「え? アリス何か言った?」


「いいえ、最近の若い子ってもう何でも有りなんだなって思っただけ」


「ちょっと見た目はまだまだ童顔の貴女までそんな歳食った言い方すると凄い世代交代感やばいわよ?」


「もうとっくに入れ替わってるよ。このアズールだけでも痛感したでしょ?」


「やけに投げやりだが認めざるを得ないな」


各々が複雑な気持ちを抱き、苦笑いで締め括るのであった。





コツコツと試合場を後にして控え室の通路をゆっくりと歩く栗毛の少女。その表情にはまだまだ余裕を感じられるが、想定外の連続によって崩された部分は少なくなかった。


彼女もまた神門 光華と言う天才に畏怖を覚える。


決して才能だけでは届かない力。選ばれし運命の元に運ばれたとすら言える神の片鱗。


特別過ぎる天才の存在はシルビア・ルルーシア自体にはないものだ。彼女は持ち得る才能と勝ち続ける為に磨いた知識と頭脳。幼い頃からあらゆるものを犠牲にした末の今だ。限界はいずれ来る。


あの力を前にすれば馬鹿らしくすら感じる努力だろう。


結果的に勝てはしたが、あのまま彼女を放置すれば負けていたのはきっと自身だろうと確信する程に強敵だった。それ以前からも随所で判断を誤れば流れを持っていかれたのは間違いないくらいには危うい。


それが絶対攻略の抱く危機感。


全くとんだ化け物だと溜め息を吐く。


そこへーー。


「猫被った奴だとは思っていたがよぉ………」


「………!」


通路の先から姿を現すのは今にもその真紅の髪を逆立てそうな勢いの圧を纏う暴力の体現とも呼べる天才だった。


シルビアは小さくその名を漏らす。


へカテリーナ・フローリアと。


「何者なんだ? 何の為にそこまで強くなれやがる?」


「何の為に………ですか」


「あんたが天才なのは知っていた。だが想像以上に努力家だったのは知らねえ」


彼女は驚く。日々接し合う上でもそのような姿は見せた覚えはない筈なのだから真紅の少女はきっと今の試合から見定めたものなのだろう。


あの攻防を理解出来なければ語れないことだ。


ならば彼女もまた成長をしているのだろう。シルビアすら予想出来ない速度でーー。


神門 光華のように。


「強いて言うならば私はこのアズールで優勝する必要がありますわ。だから使えるものは何でも使う所存ではございます」


「へっ、策士らしい発言するじゃねえか。嫌いじゃないけどよ」


愉快気に語る真紅の少女だが、その身体から滲み出る好戦的な気配は正に獣。若しくはそれ以上の何かだ。


カナリア・シェリーが出場しない消化不良になりつつあったこのアズールで再び闘志を燃やすには今の試合は十分だったと言えよう。良い刺激になったのだろう。


彼女は指を指して警告する。


「決勝戦。全力で来いよ? ぶちのめしてやる」


発言自体に悪気は篭もってないと思われるが、どうにも戦闘狂みたいなヤバい感じしか臭わない。


しかしこれに栗毛の少女はクスクスと笑う。ここまで来たら今更謙遜したりして猫を被る必要はもはやどこにもない。


「全力で、ですか。果たして貴女の実力で私をそうさせる事が出来ますか?」


「あぁ?」


「少しばかり進歩したところで貴女はカナリア・シェリーにも神門 光華にも及ばない。でしたら私に全力を出させるまでもないと言う事です」


寧ろそうなる前にあらゆる手段を用いて敵を封殺するのがシルビア・ルルーシアの真骨頂。並大抵の魔導師は策のみでどうにでもなる。


並大抵の魔導師ならば。


「いいや、あんたは全力を出すさ」


「ーーッ」


強大な殺意が彼女を襲う。学友として付き合いのあった存在にこうも獲物を狩るような圧力を掛けられるのだろうか? そして自身のお箱を奪われるように確信めいた宣言。そこに嘘は感じられない。だとすれば見誤ったら負けるのはシルビアだ。


栗毛の少女は目を見張る。以前までのへカテリーナ・フローリアならば少しばかり腕の立つ魔導師くらいの認識しかなかった。が、こうして対峙する少女に警戒心を今では覚えてしまう。


まるで先程の神門 光華が見せようとした力を前にした時と同じように。


「あたしをどれくらいの物差しで測っていたのかは知らねえ。だけどな、あたしが認めた奴と同等に近い存在と戦えるなんてなったら倒すしかねえ訳だ」


「………」


この飢えたような闘争力。野生が似合い、その気配から来る目には見えない力がこれまでに見たどの相手よりも強大で圧倒的。


しかし手の内は粗方把握している。何を憶する必要があろうか?


いや、これ以上とない戦意で安い挑発にも乗らないこの無暴の二つ名を冠する彼女はきっと絶対攻略を脅かす。


何故ならあの異端の天才すらも形はどうであれ打ち負かしているのだ。


生半可に、中途半端に相手をしたが為に。


「(………)」


そして徐々に眼前の存在感が大きく見えてくる。まるで栗毛の少女が獲物として捉えられているかのように。


再びフローリアは忠告する。


「良いか? 最初から全力で来るのをお勧めするぜ? 今のあたしの力は加減が効く程万能じゃねえ。しっかり防がなきゃ怪我でも済まねえからよ」


彼女が言うからには嘘ではない。逆に嘘であって欲しいくらいな忠告だ。あの魔力爆破をまともに加減無しでくらえば下手したら命に関わる。


脅しにすら近い。全力を出さざるを得ない程の。


更にーー。


「あんたが最後に使った魔法。あたしには通用しねえ」


「!」


神門 光華にとどめを刺す為に動きを封じた魔法。確実に彼女はそれを言及していた。


今の言葉。もしハッタリの類ではなく本当になのなら、あの戦闘とも言えない短い時間の中で見破った事を意味する。


まさか、と考える。あの魔法について情報を漏らした記憶も無ければそもそも公の場で見せた事も身近な知人の前で使った記憶も無い。それを完璧なまでの初見で、しかも観戦側かは観察しただけで理解出来るものじゃない。


仮に分かるとしたら同じ種類の魔法を扱う者くらいか若しくはーー。


「………そう言えば貴女は感覚的な部分が少し変わっていましたわね」


真紅の少女は単純思考ではあるが、馬鹿では無い。寧ろ物凄くキレる方だ。しかも直感的な一面による対応が機能するせいで判断が早い。加えて他者とは異なる方面の感性を持っている。


それが以前よりもそれに磨きが掛かっていた。


何をきっかけに?


「最初からもう答えは出ていましたか………」


上を知ることで自身の限界と思い込みでいた蓋が開かれる。


先程の神門 光華に限った話ではない。


アースグレイ・リアンも。


そしてへカテリーナ・フローリアも。


その才能がこのアズールを経て開花されていっているのだ。


特別なのは自分だけじゃない。


立ち止まってはくれない。


だからと言って負けるつもりは当然ーー。


「はあ、良いでしょう。全力でお相手しますわ。どうなっても責任は取りませんので」


「上等だ!」


確約されたやり取り。


まだまだ優勝者が誰になるかは分からない。


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