−絶対的な天才−
◆
天地冥道を握って、更に天地衝動も振るいながら未だに致命的な起点が作り出せない。完璧には見切られてはいないものの心を読まれているかのような回避行動をする相手に私は嫌な汗が出る。
底が見えない。防戦一方な展開に側から思われていてもその実私は何とか休ませる暇を与えないよう必死なだけだ。
休ませたらあの天才は考える。そして打開策を練り出す。そう感じてしまうのだ。
向こうに攻め手がないのは攻略外の立ち回りを、彼女の想定を上回った結果ではあるだろうが、何も事前に攻略されていないからと言って戦いの最中で攻略されない確証は何処にもないのだ。
でなければあの間際にあんな不気味に笑みを浮かべられるだろうか?
理知的な天才が見せたのは図に乗らせない為の虚勢でも闘争心から来る武者振るいでもない。
あれは知的好奇心。
未知に対しての圧倒的な興味。そしてそれだけに留まらず、それを攻略する方法。攻略した後の先すら想像した故の翌日の行事を楽しみに胸を膨らませる無邪気な少女のような笑みだ。ただし天才。
悪い意味で例えるなら正に冥天のディアナードが見せたような邪悪な笑みに質が似ている。
良い意味でーーいや、これも個人的な枠組みで考えるなら悪い意味で似ているのだろう。
似ている。
未知に触れた時のカナリア・シェリーに。
が、私だって鼻っから勝ち目がないのにこんなに粘ったりはしない。
確実に伝わる感覚。消耗戦に入った現状で自身の攻撃は確かに届いて、そして削っている。全てが読まれない内に挽回が効かないように。
付け込めるのは楽しむ程に考えに夢中になっている内。
素の戦闘力だけで真っ向から挑まれる前に攻略不可能な状況に追い込めるかが神門 光華が勝利する条件だ。
その為の陽動として魔刀すら織り交ぜた最も対人戦で最適解な戦術をこの場で発揮しているのだから。
ただ、それでも彼女は想像以上に力を隠し秘めている。これだけの戦いで実質物理的な被弾がまだ心理戦が終わった直後の一撃だけなのだ。それも敢えて被弾したに近いから実質まだ捉え切れていない。
要は速すぎる。
見切られている太刀筋とは言え、リアン君ですら相当苦戦していたし防ぐだけで精一杯だった。なのにシルビアさんは防ぐ手段を抜きに純粋な洞察力と反射力と速力だけで躱しているのだ。天地冥道に斬られたら真っ二つになると意識しているのは分かるが、にしてもこれだけ通用しないものか?
そんなに私の身に付けた技は安くない筈だ。と思いたい。が、最も自負するべき技が通用しなければ剣筋に迷いが生まれる。そして鈍る。そうなれば私は敗北を認めたと同義だろう。だからこそまだ諦める場面ではない。
私は踏み込み位置を前めにする。前傾姿勢から繰り出す居合はあるが、適した距離感とは程遠い。それは偽りだ。そこにどれだけの警戒心を持つかで次なる一手が変わる。囮すら全部避けるつもりでいるのならば必ず何処かで失敗は発生してしまうのだ。
逆に謀略を読まれようものならばそれは構わない。読んだ上でどう動くかは知らないが、偽りの手法から無理矢理に魔刀を抜いてとにかく体勢を崩させるだけだ。代わりに自身も体勢を崩すが。
そうして策は通じた。しっかりどの居合を使うかを判断して彼女はその範囲外に逃れる。
この試合の勝敗は戦闘不能になるだけが全てではない。
二度目は読まれた。が、無理矢理別の技に繋げる事で後退を余儀無くさせる。三度目はワザとゆっくり緩急を見せ、天地冥道の鞘に手を掛ける姿を見せながら詰め寄る。まだどんな仕組みかを捉えられていない今だからこそこの圧力は通用する。
そこまでした時には試合場の端に追い詰められているのは言うまでもないだろう。
リアン君の時と全く同じ状況。ただし今回は絶対剣を交えている。前回とは圧の掛け方はまるで違うのだ。
私は絶対剣を振るう。器用に上体を剃る事で太刀筋の軌道上からは逃れてはいるが、残念ながら本質の狙いは叶っている。
僅かに鈍い声を漏らす絶対攻略。何をされているかはある程度理解はしているだろうが、どうして避けられないのかまではまだ分かっていないようだ。
だから王手が掛けられた。この場面で軌道上で斬られればどうなるかを把握していないが避けたつもりでも斬られている相手はこれ以上下がる事は許されない。しかし次の一手はどうやっても避けるのは不可能。
刀をゆっくりと抜く。
右手には天地冥道。
左手には天地衝動。
二刀流。居合術だけが私の剣技ではない。抜いた先からの技も存在する。二刀流自体は実戦では初の試みではあるが、意表を突いた展開をどう対処出来る?
下がるか反撃するしかない。
軌跡を描いたらなんでも斬る刀を前に?
それに対応した瞬間もう一つの魔刀はどうする?
もし可能なら見せて欲しい。
シルビア・ルルーシア。
ーー貴女の絶対的な天才を。
鬼気迫る阿修羅の如く。
両刀で現状可能な最大の剣技を放った。
「ニ太刀ーー【天衝】」
斬る斬撃と破壊する斬撃。
動きを見せない彼女を見て未知なる王手になす術がないのだろう。正直自分自身が陥ればそう考える。追い詰め、逃げ道を封じた。これで雌雄を決するつもりで挑む気迫を殺気として解き放つ。向こうはそれに応じるしかない。
だからこそ言える。
私の勝ちだ。
絶対攻略をされる前に攻略した私のーー。
ーー。
そう。
ここまでが本気で立ち回っていた彼女だったならばーー。
本当に追い込まれていた状況ならばーー。
そんな事を梅雨知らずに全力で挑む私に彼女はーー。
「ーー【俊電】」
嘲笑うかのように私の先を進んでいくのである。
◆
閃光と雷が弾け、遅れて爆音が鳴り響く。一瞬静まり返ったが会場で歓声が一段と増した。何せ人一人の姿が一瞬にしてその場から消え、試合場の端から気付けば中央に移動しているのだから驚きの声が上がるのは当然。
そして解説側にいる彼等もまた。
「は? あれってあいつのーーッ!?」
「馬鹿な………咄嗟の機転でも信じられないぞ」
二人のよく知る人物を思い浮かべるのは無理もない。何故なら今シルビア・ルルーシアが見せた技は確かに当時の落ちこぼれの英雄が死にものぐるいで編み出した誰よりも速くなる為の技なのだ。
いや、正解にはそれを劣りながらも真似たアリスの技術だがーー。
「きっと私以外の誰かのを見て扱った………そんな芸当が出来るとしたら彼女しかいない」
カナリア・シェリーが病院に担ぎ込まれた日に居合せた人物達に聞けば答えが出そうだ。恐らく東洋人の女性と同じように真似て使ったのを栗毛の少女は見ている。元々試合開始から雷系統の魔法を多用していたから得意魔法なのだろう。あの才能なら理屈さえ分かってしまえば扱うのも難易度は下がる。
とは言ってもあれだけ繊細に移動するのは異常過ぎるのだが。まるで遥か前から身に付けていたくらいに昇華されている。
驚愕の中、砂埃が吹き荒れる中心で髪を掻き上げる絶対攻略の身体からは帯電した状態を維持している。一体その姿でどうしたのか?
簡単だ。神門 光華の真横を潜り抜けただけ。それだけの行為が何をもたらすのか?
答えはーー。
『神門選手! 左手に刀を握っていない!? 今の間で何があったのでしょうか!?』
実況の言葉が轟く。それに答えるのはーー。
「怪我………多分折れているわね」
沈痛な表情で朱髪の女性が語り。
「同時に全身が雷によって麻痺している。立っていられるような状態じゃない………」
冷静に深刻な状況分析を説明する短髪の成年。
音速に届く動きの余波による衝撃波と帯電する電流がその波に乗って巻き込まれた対象に流す合理的な攻撃。
更にはあれだけ追い詰めた場面からの打開に対してである精神的な被害。覆らないと考えていた優位性はあっさりと無情に崩される。様々な角度から与えられた衝撃は対戦者側からしたら壮絶なものだろう。
これまでにないくらいのーー。
それが意味するのを理解した時にはーー。
ーー上手くいきましたわ。
そう発言するシルビア・ルルーシアを見て一同は戦慄を覚えた。
「計算通り………だった?」
「ちょっとそれはあまりにも………」
「この展開は彼女の手の平と………」
絶対攻略。
これが意味するのは果たしてどこからだったのか?
まるで自分達とは違う土俵から傍観する異質な何かがそこには居た。
◆
「………どうし………て?」
何とか上手く言葉に出来た問い。身体中が痙攣してどこにも力が入らない中、逆に動かない身体がその場に立つ状態を維持してくれた。ただ幸いになどと思える状況ではない。もはや満身創痍だ。
意識も朦朧とする最中で何が何だかも理解出来ないが、とにかく私の出し尽くした全ては軽々と碁盤をひっくり返すようにして覆された。
覆したすら仰々しい比喩かもしれない。結局は一切の物理的な消耗を与えず、逆王手に持ち込んできたのだからこれは完璧な戦略か、お遊びだったに違いない。願わくば前者であってもらいたい。でなければ今日までの自身を磨いた集大成が瓦解する。
「申し訳ありませんわ。これ以上は貴女の絶対剣に斬られたら次の試合に支障が出る可能性がありましたので」
そうあっさりと謝罪と事実を混ぜて答える彼女に私は全てを見抜かれていたと理解すした。どこまで思考を張り巡らして俯瞰しているのだろうかこの天才はーー。
「いつから………ですか?」
「ニ回目の絶対剣を振るった時に確信をしましたが、予想していた段階を指すなら戦う前からですわね」
それはつまり私の宝剣を目の当たりにする前から大方の結論が出ていた訳だ。が、流石に噂に尾鰭が付いた情報からこの刀の仕組みを把握なんて無理がある。そんな根拠もないものを戦術に組み立てるなら絶対攻略なんて呼ばれはしない。
「以前に、軽くですがシェンリンからそちらの刀の話は伺っていました。彼女もなんとなくな印象でものを言っていましたのでそこからは私なりに予測を立てはしましたが」
「そんな前から………?」
どう考えても大魔聖祭が始まるよりかは前。きっと悪魔との一戦が終わって私が転入した直後くらいの話ではないだろうか?
驚くべきはそんな時期からまるでこうなる事を知っていたんじゃないかと言うくらいに前準備に入っている事実。
「そう遠くなかったアズール。私は優勝をしなければいけない立場なので強敵に値する魔導師の情報は当然調べています。寧ろ直前に仕入れる情報がどれだけ周りに影響を与えるかの方が怖いですから何気ない日常で聞いた情報が一番頼りになる訳です」
色々と気になる内容はあった。が、それ以上にこの勝つ為ーーと言うよりかは目的を達成する為の用意周到さはただただ彼女が天才なだけではないと思わせた。
とてつもない隙間のない存在。ゾッとするくらいに積み重ねる努力が彼女を絶対的な天才へと後押しさせているのだ。相手が誰であろうと少しでも可能性があるなら対策を打って出る。
シルビア・ルルーシアのそれは正に私が冥天のディアナードを討つだけに全てを注いでいた頃に近い。
ただし私が見ている先よりも更に視野を広げ、更に向こう側であり頂きを超えた先を見ている。
そこへ紐解くように。
「絶対剣ーー天地冥道は軌跡を描いて全てを斬る。ではありません。その刀は軌跡と称して別次元から物理的存在以外を斬る刀。刀身は振るった瞬間に別の空間に消え、本来斬れない現象ーー魔法や魔力、魂や呪い等の触れられない物を斬る力」
「ーーッ!?」
「刀身は自然界の魔力を集めて象る原石。干渉出来ない物に干渉が出来るが故に脆い。軌跡ではなく本当に奇跡を発生させている。当然振るった人以外からしたら色々な尾鰭が付けば軌跡を描いて何でも斬れる評判を貰う訳ですわ」
由来からその宝剣の在り方までをも全て正解させる。間違いは一切ない。説明書通りに語ったくらいに彼女の言葉で暴かれた。
満点である。扱う私自身が太鼓判を押すくらい正確な見立てだ。
そしてーー。
「貴女が先程から斬っていたのは私の魔力の源。普通なら考えられないので意図が分かりませんでしたが、恐らくあのまま斬られていたら私は当分の間魔力を上手く扱えず戦えない状態になってしまっていたでしょう」
「………はは、その通りですシルビアさん。全く貴女は………」
タネは割れた。現状で引き出せる手段は殆ど出し尽くし、純粋な戦闘力で並べる余力ももはや少ない。形勢は逆転ーーと言うよりかは最初から此方に転んでもいなかったが。全ては脚本通りな訳だ。
だが、正直ここまでの地力をどうやって引き出しているのだ?
身体強化魔法だけであの速力もそうだし、幾ら音速に届く移動方を行ったとしても振り抜かれた二刀よりも先に動けたは流石に速過ぎる。
一体何がーー。
「私の得意魔法が雷系統である事は既に御承知済みですわよね?」
「………!」
ほぼ断定していたが、改めて告げられる。
雷系統。全魔法の中で最速の攻撃を可能とし、近代のあらゆる産業魔法にとって欠かせない。先程のような音速を超える移動方もしかり、派生していけば数えきれない可能性を持っているのだ。
「人は肉体の限界を超えない為に脳が無意識に制御を掛けています。私達が普段引き出している身体能力は魔法の助けを受けた所でその本質である限界値は超えていません。よくて引き出せるのは精々二割程度でしょう。魔法による身体能力の向上はそこに付け足しただけに過ぎません。ですが私はその限界を魔法によって外すことで貴女みたいな域の速度に追い付く事を可能にしていますわ」
「………そんな方法が」
「あ、真似をするのはお勧めはしませんわよ? 外し方を失敗すれば忽ち肉体が負荷に耐えられないはおろか脳の本来の動きを魔法で無理矢理操作するようなものですから最悪脳が壊れて廃人になる場合も考えられます」
サラッと恐ろしい解答をするがそれでも尚、制御を外した戦い方をするなんてそれは自身の命を削るに等しい行いではないだろうか?
つまり、私はそこまでさせた相手に対して何の代償もない中途半端な覚悟で挑んだのではないか?
舐めたものだ。
勝つ為の準備も、勝つ為に背負う覚悟も全く話になってない。彼女に比べて私はまだまだ未熟だ。歯が立っていない事すらしっかりとした意味で理解していないのに負けない為に出し惜しみしていた力を披露していくばかり。
最初から伏線を貼りながらの戦術と勿体振っている戦術の差。確かに話にならない筈だ。