−天才の定義②−
「当然戦い方がそもそも違うからこんな展開を作り出すかは分からない。だけど今はあくまで技術を披露しているだけでそれが純粋な勝敗に繋がる訳じゃないならあの娘ならまた違った状況を生み出すと思う」
「具体的に言えばどう言う意味だ?」
「そうね。彼女の前でなら単純じゃないけど技術的にどうにかなるものなら自分のものに瞬く間に昇華すると思う」
「は? つまり直ぐに真似しちゃう訳?」
「うん、仕組みさえ分かっちゃえばシェリーからしたらその穴を突くだろうし、相手からしたら引き出しをある意味潰されたに等しい」
サラッと言うアリス。それを聞いて彼等は誠に信じ難い反応をするが、きっと普通の反応なのだろう。いや、ある意味当然とさえ言える。
恐らく彼女もカナリア・シェリーと一緒に居る時間があった分常識が、価値観が変わって来たのだろう。
天才の定義がーー。
「一先ずこのままだと流れはシルビアって娘が支配しているからどう崩すかなんだけど」
「太刀筋が見切られ、間合いすら把握された彼女に勝ち目があるのか?」
ルナとフェイルのやり取りは正に現状の一番の課題点だ。既に中盤の戦況に移っているのならば相当に追い詰められている事になる。
が、東洋人の女性ははっきりと流れを変える方法は存在すると考えていた。
もし灰の少女も同じ結論に至っているのなら次なる手はーー。
◆
対峙するシルビア・ルルーシア。
初めて見た時から只者じゃないのは分かっていた。何故かと言われれば普段の振る舞いが全てを物語っていたからだろう。
歩き方、目配り、波打たない感情、呼吸法。あらゆる仕草に目を見張るものを私は感じてしまったのだ。これを理解していたのはきっと自身だけだろう。研ぎ澄まされた集中力にだけ関しては長年鍛えられたおかげでカナリア・シェリーにさえ負けない結晶になっているのは自負している。故に気付けた脳ある鷹の存在。欺く事こそ戦いの基本だと言わないばかりに演じる姿は賞賛に値する。
やはり答えは正解だった。と言うか向こうも恐らく気付いていたのかもしれない。だから相対した瞬間から彼女の気配は普段のものから駆け離れたものになっていた。底を覗き込まれるような視線を感じるようになる。
私は戦慄を覚えずにはいられなかった。
まだまだ未熟だがそれでも彼女の持つ才が、力が私の知る誰よりも高みであったのーー。
当然カナリア・シェリーや冥天のディアナードみたいな一線を凌駕する面々を除くに限りはするが、仮に彼女達を含むならきっとシルビア・ルルーシアは手が届いてしまう程に桁外れな枠にいるのは保証出来た。
確信したのは序盤。
実況でもあったように私は静かな立ち上がりから様子見をする展開を想像していた。
しかし、その考えはあっさりと崩される。
不意に仕掛けて来た彼女の攻撃。私のどの返技でも対応出来ない隙間を潜って懐に潜り込まれ、なす術が全くない間合いに入り込まれた映像を栗毛の少女の視線一つから読み取ってしまった。
否、読み取らされてしまったのだ。
精々悪あがきに柄を握って刀を抜く意志を見せるくらいしか出来ない目には見えない想像の読み合いが刹那的な時間の中で繰り広げられた。
まるで盤面の駒を操作している気分だった。まさか自身がこんな形で遊戯に触れるとは思わなかったと知る機会である。
リアンと試合をした時も要所要所で似たような現象は発生したが、あくまで絡め手の一つ。互いの立ち回りを活かすべく牽制の役目に扱った技術。要は囮を織り交ぜるに近い駆け引きだ。
だがシルビア・ルルーシアの場合はその更に上をいく戦況の支配だ。私の引き出しを目配りで全て潰していく圧倒的な洞察術。置く駒の先々に対策を打たれた袋小路の局面に誘導する正に手の平で踊らされるような戦術。
これが絶対攻略ーー。
ならば攻略されてない部分からの行動はどうか?
彼女の二つ名の由縁が文字通りの研究されつくした情報から来る知略の才能で敵を攻略してくるならば向こうの想定外に付け込めば同じ土俵に上がれるのではないか? 綺麗にハマらずとも陽動になればそれだけで展開は大きく動かせるかもしれない。
当然想定内に組み込まれてしまっている可能性が全く無いなんて事はないだろうが、私の持つその力を直に見た者は限られている。今日この時までに残した奥の手みたいなものではないが、布石としては役に立つ筈だ。
シルビア・ルルーシア。
貴女は強い。まるでカナリア・シェリーのような多才で異端な能力を秘めた存在である。同じ世代とは思えず、特別な宿命が無いにも関わらず持ちし知恵と技術と精神。
だから敬意を表してお見せします。
本来なら使うつもりのなかった手をーー。
使わずに済んだら良かったが、全身全霊で挑まなければ貴女には届かないと痛感した今こそ必要な力。
そう。
絶対剣ーー天地冥道を。
使うつもりがなかった理由は大きく分けて二つ。
一つはその絶対的な能力は到底人に対して振るうものではなく、正に悪魔のような規格外の存在を倒すべくあるべき力。これは天地冥道じゃなくとも他の絶対剣にも言える事だが、加減が上手く効かない剣でもある為に全力の時にしか使用出来ない。
寧ろどれだけ力を抑えようが軌跡を描いて振るえば斬れてしまうし、失敗すればその脆さ故に砕け散ってしまうなんて使い所の悪さったらありゃしない。もし必要な場面があるとはつまりは砕ける覚悟も、失う覚悟も必要になるのだ。他の絶対剣とは違い時間が経てば刀身は再生をするが、いざと言う時に壊れてましたなんて話は論外である。
だから多用するのは好ましくない。
だから並大抵の相手に天地冥道は使えない。
並大抵?
彼女が? シルビア・ルルーシアが?
否、対峙する存在は並大抵なんかで収まる枠じゃない。
絶対剣が壊れるかもしれない重圧を背負うのは嫌だがーー。
私はきっと負けるのがもっと嫌なのかもしれない。
「絶対剣ーー【天地冥道】。すみません。貴女相手で残された手はもうこれしかありません」
ここからは全身全霊を持って戦う。アースグレイ・リアンには申し訳ない気持ちは出るが、もはやそんな遠慮をして戦える相手ではない。
そうして新たな制空権を築き、シルビア・ルルーシアに向き合う。
「お手柔らかにお願いしますわ」
それでも不敵な笑みを浮かべる彼女に戦慄を覚えながら次なる衝突が再開された。
◆
「あれが………噂の絶対剣」
「天地冥道………か」
解説席に座るルナとフェイルはその光景に圧倒されたような言葉を漏らす。取り立てアリスは驚きはするも既に記憶に新しいものだから彼等ほどの反応は見せない。それだけ追い込まれている証拠だ。ここからは更に苛烈な戦いになるのは容易に想像出来る。
「初めて見る訳だが、成る程。確かにあれを使うには相手が並大抵では扱えないな」
「何を想定して生み出されたのか、あの纏われる神々しい気配は簡単に見れるものじゃない筈なんだけどね」
「ただあれを使うと言うのならこの試合………下手したら選手の命が関わってくるぞ」
話に聞く力を本当に発揮するのならば確かに命を奪うのは容易い凶器だ。このアズールはそんな企画の戦いではない。これではまるで決闘だ。生死を賭ける舞台にまで飛躍してしまうのは緊迫感が盛り上げはするが、同時に問題が生じる。
故に止めるべきなのか? と言う事を意識し出す。しかしこの域の戦いとなれば最早軽い怪我で済めるものではないだろう。加えて選手の人格次第では扱う力云々になってくる。殺す気で戦いたいと殺すつもりで戦わなければ勝てないでは意味が大きく違うのだ。
ならば後は選手達の判断か若しくは観客達の判断か?
更なる奥の手を使う神門選手に対し事実観客の反応は盛り上がりを見せる。つまり次なる展開に期待をしているのだろう。
「私達からしたらヒヤヒヤものね。とは言えあの女がいたら多少の重傷はどうにかなるって思えばどうなのかしらね」
「正直止めるのが速すぎても駄目で遅すぎても駄目。私達は慎重な判断で情勢を見極めるのが一番なのだと思う」
「大変ではある。がーー」
「ええ、彼女達の方が余程過酷な戦いになるわよ」
「そうね。それをもっとも理解しているのもーー」
直後、二人に動きがあった。三者の会話は遮られ、一同は選手の動きに釘付けになる。同時に動き、仕掛けたのは神門 光華。出し惜しみなく絶対剣で軌跡を描く。
綺麗な動き、音の無い踏み込み、鎺から鳴る金属の残響。観客にその太刀筋は見えない。気付けば刀は鞘に納め直している姿だ。その刹那の彼女の上体もブレて消えている。
きっと速度が増した。無駄が一切削がれた動きが更に剣速を加速させたのだろう。そんな説明では簡単に言える理想的な展開を実行する彼女は素直に化け物だ。
ーーが、それを避けたシルビアも化け物である。
否、ギリギリの紙一重だ。それは栗毛の少女の予想外を見せ付けられた驚愕の表情から読み取れる。無理もない。誰しもが想定なんてする域じゃないし、想定していようが見切るなんて不可能だ。それでも常人以上の反射神経か或いは洞察力を持ってして初見から回避する異常性にも彼等は舌を巻く。
ただ今は灰の少女の真価に注目が集まる。
「有り得ないわ………まだ速くなるの?」
「いいえ、あれが本来の実力よ。慣れしたんだ半身に等しい武器と一体になる事で無駄の無い動きとそれに呼応する絶対剣が力を与えている。そして冥天のディアナードと交えた時から更にこのアズールで強くなった彼女は多分私の速さにもついて来れるでしょう」
「まさか、勝てるのか?」
「どうかな? って言いたいけど今の全力の光華なら勝とうが負けようが大きな経験となってくるのは間違いないと思う」
「だけど向こうも黙って流れを呑まれる気はないわよ」
締めくくるように次なる動きが始まる。
シルビアを中心に魔法陣が展開し、そこから時限を超えて超常的な具現化がされる。
それは雷撃の槍。計四本の矛が黄色く発光し、迸りながら放たれる。地を擦るように二本、左右から湾曲するような軌道をなぞって目にも止まらぬ速さで灰の少女に襲い掛かる。珍しく攻めの手であり、尚且つその技術を見せ付けるかのように一切の遅れも無い精度も抜群な攻撃。威力はないが、その分数と速さを追求した魔法で当てるか動きを止める陽動程度の捨て駒。ただし、相手が相手なだけの事であり、普通の魔導師ならこの雷撃で十分に仕留められてもおかしくない力なのだ。
案の定、槍は斬り捨てられる。ただ魔法を斬ると言う概念、更には雷撃と言う現象を斬って霧散させる所業はいわく通りのものと言った具合だ。魔法を斬る技もさる事ながら雷撃の速さを追って軌跡を描く技術は魔導師の為すソレとは程遠い。
「軌跡を描けば全てを斬る………神業ね」
「だが次があるぞ」
フェイルが言葉を漏らす頃には次なる一手が繰り出されていた。
僅かな時間差を利用した上空からの稲妻。下と左右に注意を寄せてからの再び速さを追求した魔法。しかし、これは少しばかり威力が高い中級に位置する魔法だ。小出しにしている風にも見えるが並の魔導師なら十二分に上手く扱っている。四方八方から間髪入れずに発生する雷は正に嵐の中心に閉じ込められたようだ。
ただその落ちる稲妻に避雷針の如く絶対剣を突き上げる事で八方に稲妻が散る。あっさりと防ぐその姿は同じく絶対剣を扱う剣聖の実力に匹敵する。
「ーーまだだ」
バン!! っと両手で地を叩く絶対攻略。そこから暴れ狂う電撃が生き物のようにうねりながら神門を喰らおうとする。まるで雷の竜だ。底上げした威力は上級魔法。息をつく間もなく放たれる魔法の練度は非常に高く正確だ。しかもまだ次の一手の準備を進めている。
器用に複数の重ねた魔法陣を展開しながら彼女は言葉を紡いでいた。
莫大な魔力を放出しながら。
「詠唱魔法………」
「待て、重複詠唱をしている………複数の魔法を………」
「上級までを詠唱破棄どころか無詠唱で詠唱魔法と同じ質で扱っていたのならつまり今ら放つつもりの魔法はーー」
最上級魔法ーーと、三者が揃って口にする。
それを重複詠唱で複数となれば彼女達も固唾を飲むしかない。
驚くべきはその軽々しく扱う技術と体力であり精神力だろう。ここまでの魔導師がいち学生として存在しているのだ。
最上級魔法の質を知っているルナでもあんな簡単には使おうとは思わない。魔力が持たなく、直ぐに息切れをするからだ。現役を離れたからもあるが、当時の魔法技術では非効率な消耗をするから軽々しく使えばその分反動が強い。かと言って今は出来るからと行使する筈もない。現役魔導師のアリスですら最上級魔法の重複詠唱をする域には達していないのだ。と言うよりかは得意な技術を活かす為に捨てたに近い。最上級魔法とはその破壊力が下手をしたら都市を壊滅させるくらいに大規模な力であるのだから個人に対しての対人戦では過剰になる方が高いのだから必要性は少ない。それこそ反乱分子組織を相手にするくらいの集団に対してが及第点だろう。つまり神門 光華はそんな一個大隊と同等の戦力に匹敵するのだ。同じく個人で大隊級の戦果を見せた聖騎士と呼び高いフェイルもあの連撃の嵐をやり過ごせるかは怪しい。
この三人が容易とは思えない技術を発揮する絶対攻略は確実に世界の十本指に入る魔導師と認めざるを得ない。これはあくまで彼等の知る範疇の話であるからどこまで比較出来るか分からない。が、僅かな攻防だけで英雄達にそう思わせるだけのものを見せたのは確かだ。
そしてーー。
ーー雷鳴の嘆き【千鳥】。閃光の鉄槌【トール】。
数多の針のような電撃と天から落ちる柱のような雷。どちらもが質、量共にこれまでとは一線を超える桁外れな最上級魔法に分類される力。重複詠唱と言う高難度な技を使いながら無駄なく最短で放たれる。
抜け穴のような脱出口はない。神門に逃げ道を与えない隙のない強力で正確無比な魔法。
しかし、軌跡を描けばそんな抗えない力にすら抗えるのである。
抜刀ーー【天上天下】。
四方八方から迫り来る雷撃を一太刀で無に帰させる。それは最上級魔法すら紙切れのような扱われ方。
異質過ぎる。絶対剣もだが、その刀を振るう灰の少女もだ。まるで名は体を表すようにその剣技は天上知らずだ。こうなれば極大魔法ですら斬って捨てる芸当も難しくはないと思わせる。
「流れが、形勢が大きく変わるわね」
「正直反則級だ。絶対剣とはそんなに不偏たる武器ならばもはや打つ手無しではないか?」
「軌跡を描けない場合は刀身が脆さ故に崩れるとは聞くけど………」
「そこが不思議よね。あれだけの猛攻すら一振りの軌跡で崩せるなんて幾らなんでも変じゃないかしら?」
「つまり、絶対剣にも何らかの法則があってそのような結果が生まれると?」
長年の勘なのか、彼等は絶対剣と呼ばれる秘密の仕組みを分析する。それはある意味分かれば打開策を練るきっかけとなり、対処方が可決すれば勝ち筋を導けるものだ。
しかし分かるのか?
「アリスはそこら辺どうなんだ? 大方の予想はついたりしないのか?」
「正直その推理をしなかった訳じゃない。秘密があるとすれば私は軌跡を描く条件に何かあるとは思う」
「私もずっと気になっていたけど、何を基準に神門さんは軌跡を描いて斬っているの?」
「そして軌跡を描いたら斬れるが、出来なければ刀身が崩れるのもだな」
単純に物凄く切れ味を追求したが故に正確な剣筋で振るえば斬れないものはないと考えても良いが、それだけなら一振りで四方八方の攻撃をどうにかする結論は些か無理があるのではないだろうか?
確かに神が生み出したものだからで納得しようと思えば可能かもしれないが、ならばどうして軌跡を描いて斬らなければ刀そのものが壊れる仕様になるのか? 十分に反則級な力はあるが、代償も相応に値する諸刃の剣のような性質が付随するのはどこか違和感がある。