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◇旋律と蒼天のブライニクル◇  作者: 天弥 迅
始動
103/155

−天才の定義−


『さあ! 準決勝第二ブロック! 神門 光華VSシルビア・ルルーシア。試合開始!!』


マーガレット・サラに合図と同時に歓声が轟く。前回、前々回の試合にて魅せる勝ち上がり方をした灰の少女の戦いともあって本日の主役と化したからだろう。


そして先程の試合の勝者は順当にへカテリーナ・フローリアになったのもあってか、派手さはあるにしても玄人さを見せる試合とまではいかなかったのもあり、盛り上がり切るには少々物足りない。だからこそこの対戦の組み合わせは良い勝負になると観客達は踏んでいるのだ。


更に付け足せば昨日試合をしたシルビア・ルルーシアは勝ちはしたもののどう相手を攻略したかがいまいち分からないくらいには実力差があり、未だに具体的な強さを測れないでいるからこそ神門 光華にどう底を見せていくかが楽しみなのだ。


ーーが、立ち上がりはかなり静かだった。


互いが初期位置から全く動く気配を見せずに見つめ合う。


しかしそれも無理はないのだ。


「シルビア選手は分からないけど神門選手の持ち味は居合を使う待ちの姿勢から切り崩す使い手。当然最初は先制を譲るでしょうね」


「が、シルビア選手も彼女の強みを把握している。ならば不用意に仕掛けないのは必然だ」


解説をする英雄達は直様にこの膠着状態の真意を読み取る。この域の戦いになれば流れを奪われた方が圧倒的に不利になるのは自明の理。ただしどこかでその流れに乗らなければ奪うもないのでこの様子見に意味が無くなったと判断した方が先に動くであろう。


ならばどっちが先に動くか? になる訳だが。


フワっと。羽のような軽さを思わせる足取りでゆっくりと歩き出したのは栗毛の少女だった。


何の構えもせずに無防備に真っ直ぐ神門 光華に向かって。


その行動に僅かに刀の柄を握る手に力が入る彼女だが、間合いに入られても全く微動だにしない。


「以前に彼女から悪魔と対峙した時に間合いに敵が入って来ても刀を抜けなかった理由を聞いたけど、どうやら仕掛けて通用する展開が全く出来ないと抜きづらいらしいよ」


「つまり一見互いが見合っているだけじゃなくて既に彼女達の脳内では攻防が始まっていると?」


「何それ? 達人の域じゃない?」


達人よりかは天才なのだが、そう言う観点で戦況を伺うなら今有利なのは動いているシルビアになるのだがーー。


「まさか目配りだけで二人は動きを制限しているのか?」


「ちょっと待ちなさいよ。流石に幾らなんでも神門選手の昨日までの実力を見てもそんな技術は無かったわよ?」


「きっとしているのはシルビア・ルルーシアって娘。だから神門 光華は鞘から抜けない状態でいる」


いやまさかそんか事はないだろう。と一蹴するには彼女達の立つ舞台がでかすぎた。この英雄達を前にすれば熟練された技術なら見抜けない訳がないのだ。


次節光華の刀の柄を握る力が強くなったり、弱くなったりしているのが証拠である。つまり何らかのシルビアの立ち回りによって彼女は迷わされているのである。この側から見た分析で考えられるとしたら目配りしかないだろう。


視線の動き一つに何らかの意図を感じさせる技を使えばどれだけ未熟でも伝わり、強者すら怯ませる。


「殺気ね………」


「へカテリーナ・フローリア選手も使うには使えてはいたが」


「あれは単純な圧力がそのまま殺気になるもの。ここまで高度に相手を操作するような殺気じゃない」


唯一学生枠で使っていたとすればそれこそカナリア・シェリーやダリアス・ミレーユくらいだろう。だがこうまで相手に何もさせない使い方はかなり特殊である。それも魔法を介さないでーー否、自身の力を何一つ相手に披露してない内からどうやって脅威を伝えさせるのだ?


「恐らくは東洋に纏わる技術を用いての戦い方ね。私は知らないけど多分光華は知っているのかも」


険しい表情を見せながら愛璃蘇は語る。彼女が言うのだからある程度の信憑性はあるにはある。


が、その技術をどうしてシルビア・ルルーシアが身に付けているのかだ。


そこで東洋人の女性はハッと何かを思い出したように表情を驚愕なものへと変える。


「まさか………レイのお父さんの………」


彼女に釣られて驚く二人。


何の話かも現時点では全く不明ではあるが、この流れで織宮 レイの親族が混ざってくる程の話題に広がるのなら考えている以上に大事な内容だ。


何故なら彼は元殺し屋だ。当然その父親なんて殺し屋家業の人物なのは必然。あまり過去を話したがらない東洋人の青年が僅かながらに話してくれたもの。


動揺を隠せずにはいられないだろう。


「話したらダメって言われた訳じゃないけど………ごめんねレイ。少しだけ皆に教えるね」


今は街中を警備している憩いの人物に申し訳なさを感じながらも試合場にいる栗色の少女に繋がる話を上手く説明するにはこの話していない内情から言わなければならないと彼女はルナとフェイルにお願いし、解説用の音響魔法を一旦消してもらう。


英雄が元殺し屋だった話なんて聞かせるものでもないし、そこから親族に繋がる事情なんて尚更だ。


これには表情に焦燥感を皆が浮かべ、それを語る愛璃蘇もシルビア・ルルーシアにちょっとした嫌悪感を持つ視線を向けながら口を開く。



「実はレイのお父さん。今はエイデス機関の施設内で収容されているの」


「なっ………」


「………まさか」


「理由は正当性がある。レイとは違って現役の殺し屋家業を続けていたのもあるし、雇い主が大和国を狙う工作員でもあったからエイデス機関が動かない理由はなかった」


実際レイは当時死亡扱いにされ、新しい身分を得て軍人として活躍したのだから彼は捕われはしない。


しかしそれで実の父を捕まえる仕事をするのは並大抵の心情ではなかっただろう。まだ収容扱いなだけ救いかもしれないが、身内としての手助けが出来ないままに身近で囚われの身になり続ける状況はどれだけの苦痛だろうか。


そしてアリスは更に掘り下げた真実を知っている。


織宮 レイが和の国を離れて軍人になるまでに父親に死んだと偽装までして殺し屋家業の宿命から解放してもらった事。


そんな父親が投獄されて何も思わなかった訳がない。あの檻の中に座っていた窶れた顔をした父親を見て立ち止まった瞬間のレイの表情を彼女は忘れられなんてしない程に。


父さんとも言えず、普通に声も掛けられない。


それでも普段の業務は明るく振る舞っていたのは愛璃蘇も覚えている。その時は彼女も色々重い悩んでいた時期だったから。


だから多分彼女の気持ちが揺れ動き始めたのだろう。


しっかりと過去にも振り向き苦しみながら今を生きる仲間の前で不安がらせないようにするその姿にーー。


そして不器用過ぎたからこそ。


「そこでレイのお父さんを捉えたのが、いや捕らえるところまで追い詰めたのに九大貴族が活躍したって話を聞いた」


「それが彼女って訳………?」


「恐らく。主にその後の組織を壊滅させた功績で彼女が有名さを帯びたのは知っていたから忘れていたけど………」


「だが、それなら俺は納得がいく。レイが興味を示したのが他の誰でもないシルビア選手だった事が」


「ええ、私でも織宮家の当主がどれだけの対人に優れた技術を持っていたかは知ってるからもしその技を盗んだのなら辻褄は合う」


「そしてレイは彼女がそうなのだと知っていたのね」


過ぎた話であり、栗毛の少女自体は全く持って悪くはないのだから仕方ない。わだかまりが残りはするがそんな単純に解決出来る世の中ではない。彼は全てを分かった上で何も言わないのだから彼等にもどうしようも出来ない。


「全く………あいつはどれだけの重荷を抱えて生きていくつもりだ………」


一人は溜め息混じり、しかしその表情は同じ思いをしてしまったかのような苦しいもの。


「ヘラヘラばっかしてね………馬鹿よ。辛かったら辛いの一言も話せないくらい不器用」


一人は鼻水を啜る音を出していた。口調は厳しいが、まるで代わりに泣いてくれてるのではないかと思わせる。


「そうね。………いつも損な役回りにばっかり回って………」


目を細めて色々な過去にふけて考える。きっと彼は辛いものより楽しかった事などに強く影響されてしまったから今があるのだろうと。


前向きなのは良い事だ。


だけどそれではいつしか彼の心が壊れてしまうのではないだろうか? 或いは既に壊れてしまってるのではないか? と心配が減らない。


不器用で、鈍感。


放って置けない世話焼きのようで世話が掛かる人物であった。


閑話休題。


つまりだ。色々な事情が有りながらもあのシルビア・ルルーシアと言う少女はそんな一部のみが扱うような高等技術すら身に付ける程の才能を持っている。既にどれだけの実力者なのかは嫌でも理解してしまうであろう。


「だけど、神門 光華も何も出来ないような未熟な人ではない」


幾ら栗毛の少女が高等技術を用いて来ようとそれが小細工の一部でしかないと彼女なら割り切って動き出す。


あの悪魔である冥天のディアナードを斬り伏せた灰の少女だ。易々と退くような真似はしない。


そして彼女にも動きがあった。


抜刀ーー。


基本的にどの居合斬りも速度がある技ではあるが、その軌跡を描く過程でどうしても前動作に癖が存在しているのが目が良い人なら分かる。


例えば斬りあげる軌跡なら僅かに握る柄が低い斜め下を向いたり、横一閃なら外側に柄を置いたりと事前にどんな太刀筋を放つかを読む事は不可能ではない。


残念ながらアースグレイ・リアンはそこまでの動体視力をその時点では持っていなかった為、距離で技を予想する洞察力で致命打を避けていた。


こればかりは実戦の数や鍛錬の経験に差が出たのが大きかったのだろうから見切れないのは仕方ない。逆にあの僅かな時間で技の種類に応じた位置取りで把握する技量も同じくらいには凄いのだから一長一短である。


と言う具合に英雄達から、特に速さでなら並ぶ者が少ない域にいるアリスからしたら太刀筋を柄の角度や位置、握り方で把握さえすれば初見だろうと抜いた刀がどのように振られるかを読める。もっと極端に言えば刀身が不可視な加工をされていようと持ち手が軌道を教えてくれるから避けるのは決して高い難易度ではない訳だ。


しかし、この認識で立ち回れば例外的に初見だけ避けるのが困難な太刀筋が存在する。


それに気付くには恐らく剣技の心得がある程度無ければならない。


「あれはーー刺突!?」


東洋人の女性もこの初手にしては悪手と言わざるを得ない戦法に驚きを見せる。


刺突、つまり突きだ。


刀でするにはかなり珍しい分意表を突くには申し分はない。が、果たしてそれが開幕の今か? と言われたら判断は難しい。


何故ならまだまだ様子見の序盤で見せていない技を披露するって事は引き出しの数を確実に減らすのだから見返りが弱い。確かに当たれば見返りはあるが、当然起点を作られたら崩され易い最初は一番警戒する。


避けられたら後続に繋げにくい刺突なら尚更だ。寧ろ集中力や注意が散漫になりやすい中盤以降に披露する方が効果的な技を一番最初に持ってくるのはそこそこ以上の熟練者からしたら悪手としか思えない。


ただ、何故それを選択するかを考えたら自ずと予想は出来る。


「もしかしてもう選択肢がそれしかなかった………の?」


攻防は既に高等技術を用いて始まっていた。間合いに入られた時点で神門がこうしよう、ああしようの動きに合わせてシルビアがそうしたらこうします。その手は効きません、と目配りだけの駆け引きで潰していってたのなら?


「戦いは序盤じゃなくて中盤に差し掛かっていたなんて………」


対峙していない観戦側からしたら理解不能だろう。


エイデス機関で現役の愛璃蘇すらここまでの展開に、事態に陥っているのを結果論からしか読み取れないくらいに戦況の水準が高いのだ。


灰の少女も十分にエイデス機関の首位に近い潜在能力を発揮してはいるが、それ以上に栗毛の少女の技術が高すぎていた。


何よりそんな意表を突いた刺突でさえ彼女は避けているのだからーー。


しかも。


『おーと!! シルビア選手の頬から僅かながら出血!! 私は目で全く追えていませんでしたが、これは神門選手の突きによる攻撃の負傷でしょうか!?』


マーガレットの説明は間違ってない。


ただ、普通に斬れない刀と前評判を頂いているのにどうして切れ味を感じさせる出血をしているのか?


そう。


ワザとだ。当たるか当たらないかのギリギリの間合いに敢えて被弾を最小限で受けにいったのである。そんなやり方じゃなければ瞬き一つしないで立っていやなんてしないのだから。


実況と観客は刹那の時間に満たない速度の抜刀に驚愕を、英雄と呼ばれる程の実力者達はその状況になる過程から結果に驚愕をする。


「ねえフェイル? 貴方なら勝てる?」


「正直対峙しなければ分からない。と言いたいが、素直に負けないとは言えはしないだろう。あそこにいるのは紛れもない天才だ。特別性だけで言うならアイツや黒の使者の首謀者と違わぬ程の」


彼等すら確実に連想してしまう異端級の高みに既に試合場の選手は手を伸ばしていると理解してしまう。過去の死闘を潜り抜けて来た彼等でさえだ。


当然東洋人の女性もそうだがーー。


「悲しいかな。自身と比べるよりも先にシェリーならどうしたかって想像が先行してしまうのは」


「あのガキいつの間に遠くに行ったのよ………」


そんな発言に反応するルナも引き攣った笑みを見せるしか出来ない。

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