−天才じゃなかったら③−
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フェシリア・ジルにとってはアズール戦は初の試合。初戦にして準決勝戦と言う奇妙な事態に見舞われていた。元々シードブロック権を有し、更にシードブロックの対戦相手が棄権する事によって全く苦労をせずに登り上って来た一番の優位性を持つ少女。更に今回の選手達で最有力使されていた本命のダリアス・ミレーユとの試合を回避出来たのがでかい。学生枠の中で唯一エイデス機関に所属する天才なだけじゃない魔導師を相手にするには本人も荷が重く、幾度となく辞退しようかと考えたくらいだ。
しかし九大貴族でもない彼女に取っては自身の家名を売るには絶好の機会。優勝なんてすれば将来性も一気に安泰になるこのアズールを蹴るなんて事も出来ない。友人達からも背を押された末に意を決して戦うと決めた。
が、まさかの本命の棄権。何と言う肩透かし。この日の為にひたすら修練を重ねた彼女にとって事実上の決勝戦に匹敵する気概は予想外の結果で終わってしまった。ただ、これ以上にない好機であり、優勝を狙える舞台に上がれたと感じた彼女は更なる意気込みを見せる。それ程に負けられない戦いが一つ無くなったなは大きい。
もう一つ懸念していたのは噂に上がっていた異端の天才。これも辞退をした事によって優勝候補筆頭が二人も居ない状況。正確にはその辞退した天才の枠にフェシリア・ジルが滑り込んだだけなのだが、それも含めて強運を持った人物なのは間違いない。この先の命運を分けるのだから生涯で一度しか巡り会わない機会だろう。
後は実力で勝ち上がれと、まるで神からお告げを貰ったように用意された試合場。
とは言え、対戦相手であるへカテリーナ・フローリアの名は伊達じゃない。九大貴族としての名も去ることながら二つ名を持つ天才魔導師だ。これまでの試合も圧倒的な実力差を見せていたのはその目に焼き付けている。実力は本物だ。
それだけの人物を前にしてもフェシリア・ジルに怯みはない。何故なら対戦相手の想定は遥か上を見据えていたのだ。幾らなんでもダリアス・ミレーユに勝る相手ではないのは明白。なら彼女に取って問題はない。既にダリアス・ミレーユに勝つつもりで挑んでいるのだからそれ以下の魔導師に何を怖がる必要があろうか?
確かに天才魔導師の集まりの中を勝ち上がり、更にはその試合に勝った先にもへカテリーナ・フローリア並に実力を備えた選手を相手にしなければいけない。
それでも後二戦だ。たったニ戦を勝つだけで優勝出来る位置にいる。優勝と言う名誉に手が届く位置にいるのだ。
なら手を伸ばすしかない。
優勝するしかない。
試合場。少しした目先には対戦相手。
観戦しているのと対峙しているのでは全く感じるものが違う。さながら猛獣の檻に入れられたような気分だ。
流石はーーと言いたい。
実際に観た魔法もかなり特殊で強力だ。触れずとも一定の範囲に入れば爆発するなんて近づこうとは思えない。加えて本来の魔法は聞く限りでは物体に魔力を与えて動かす念動魔法と呼ばれるもの。遠近に対応する力に対して弱点はないに等しい。手強い魔導師とは戦う前からその脅威を誇示出来るものだ。
が、自身はこれまでの相手のようにはいかない。
彼女は想定する対戦相手が居たのだ。遠近に穴がないなんて織り込み済み。それに相手にはない最大の強みがフェシリア・ジルにはある。
そう。彼女は既にへカテリーナ・フローリアの直近の試合を二回も観ているのだ。例え圧勝していたとしても情報は仕入れた。対して自身の魔法や戦闘法を相手は一切知らない。その時点で試合運びの有利性は確実に彼女側にある。前持って対策しているとしていないでは天と地程の差があるのだ。手堅い勝利を得る為にする努力は怠らない。自身を高め、相手を知る。そうする事で展開は準備をしている方に傾く。
きっと序盤。無暴と呼ばれる少女は様子見から入る。若しくは逆に一気に仕掛けて来ようとするだろう。気性的には後者の可能性が高い。この気性的な一面すら知っていると知らないでは勝敗を一気に決めるのだ。
しかし予想済みだ。どちらの戦法を取ろうが対処出来る。と彼女は自信満々である。
そんなフェシリア・ジル。彼女の得意とする魔法もまた普通のそれとは違っていた。
精霊具現化魔法。この世界とは別の世界から魔力の対価を支払う事によって呼び出す力。仮の具現化であり、当然本物の精霊となんて比べ物にならないくらい劣化した依代の存在ではあるが、曲がりなりにも精霊だ。呼び出すだけでも十分に凄く、人よりも遥かに強き存在。
何よりもこの世界とは別の高次元なるものだ。そして名を借りる事によってその力は明確にはっきりと具現化される。
精霊の名はサラマンダー。
火を司る精霊であり、精霊の中でもドラゴンに近しき存在。
具現化されし精霊は彼女の手となり足となり魔力によって形態保持された姿で戦える。正直召喚魔法とさえ言える魔法だ。
へカテリーナ・フローリアは選手と精霊を同時に相手をする必要があるし、精霊自体の機能力は高い。それを此度の試合に合わせて作戦を練っているとなれば尚更の脅威だろう。
前門の虎、後門の狼だ。
普段どれだけの実力があれど対複数の戦闘法を考えてはいない。当然術者が倒されれば本末転倒ではあるが、そこも対応策は練っている
二重召喚。具現化と言うよりかは此方の方がしっくり来るからそう彼女は名付けている。
新たに編み出した魔法ではない。単純に精霊を具現化して使役する数が二体なだけだ。
都合二体のサラマンダー。攻める精霊と守る精霊の同時使役をする事によって弱点の穴を無くしただけではなく、更なる厄介さを増した。
同時使役の難易度は常に二種類の魔法を操作し続けているてと同じ。寧ろ状況に応じて駒のように指示するのだから並以上の頭脳と魔法の構築力が無ければ戦闘に使えはしない。それこそ前線に出ながら兵の指揮官をするようなものだ。
これが打倒ダリアス・ミレーユの為だった戦力。数の理を活かして量でを持って制する策。しかも相手がそれを知らないところから始まる試合。
間違いなく有利であり、易々と破られはしない。
そうフェシリアは確信していた。
だからこそ秘策を持った彼女は笑みを浮かべている。
恐らくこの学祭トーナメントで誰よりも意気込み、誰よりも努力して思案して準備を済ませただろう。既にシードブロック権を有した時点で才能も他者よりあるだろうし、その才能に驕らずに自身を磨き、更には運すらも手繰り寄せた彼女に果たして誰が勝てるだろうか?
いや、不安や重圧等の全てを振り払ってその場に立つ。ただそれだけで勝負は決しているのかもしれない。
神様もきっとそんなフェシリア・ジルに力を貸してくれるだろう。
もはや後退はない。
ひたすら進むのみ。
試合が終わった時に立つのは彼女だ。
そして試合は始まる。
さあ、開幕から全力で来るこの天才をへカテリーナ・フローリアはどう対処する?
この二対の精霊と術者の入り乱れた戦法に?
次の瞬間ーー。
鼓膜が破れそうな歓声が広がった。
◆
歓声で震える壁。お祭り騒ぎの行事で用意した会場の為か、手抜き制作になって防音の弱さが目立っている。まあ要は試合場なのだ。その控え室までしっかりとした作りにする必要性は何処にもないだろう。別にうるさいからと言って集中が出来ないなんて言いだしたら今更だ。それならきっとこの場にいる天才は大魔聖祭が始まる前に手を打っている。
絶対攻略の二つ名を持つ彼女なら。
そこへーー。
「あら? どうされましたのリアン君?」
控え室に入って来る碧髪の少年は少し疲労感を見せた表情を向けながら挨拶をする。どうやら何か嫌な事でもあったのだろう。
「いや、解説の人達に色々聞かれてたんだけど彼等からよく分からない妙な威圧をされて試合に興味が向いた瞬間に離脱して来たんだよ」
「そうですの。それはまた不幸なことで」
後頭部を掻きながらげんなりした姿の彼を見てシルビア・ルルーシアは苦笑いで応対する。元々二人は多少の昔馴染み柄もあるからか互いに気楽に接しているのだ。
にしても栗色の少女は平常運転過ぎそうだが。
「意外に普通なんだな」
「そう見えますか? これでも結構緊張していますわよ? 心臓が口から飛び出しそうなくらい」
「いや、絶対そんな様子はないよね?」
この茶化した態度を見れば分かる。昔から全く変わっていない。多分変わったとするなら逆にリアンが、だろう。
そんな意味では気を使い過ぎずに普段通りに話せるがーー。
「(ーーにしても余裕過ぎないか………。次の相手はあの神門さんなのに)」
昨日自身が敗退した相手だ。その試合だって目にしている筈である。ならどれだけの強敵かなんて聞かずとももう理解しているだろうに。
変わらなさ過ぎるいつも通りの姿にこれから試合をしに行く人とは到底思えない。まるで散歩にでも赴くような落ち着きだ。
疑念する碧髪の少年。
正直昔からの馴染みで分かっていたつもりなのだが、全く彼女の実力が読めた試しはなかった。確かに癖のない綺麗な戦いをするのは拝見してはいたが、いずれも実力差のある戦いだ。しかもシルビア・ルルーシアの活躍して絶対攻略の二つ名が轟き始めた頃は彼も色々塞ぎ込んでいた時期でもある。と言うか大半が塞ぎ込んでいたのだから結局は昔から顔見知り程度なのかもしれない。
いつも声を掛けてくれたのも向こうからだった。拒絶の姿勢を幾度と無く見せていたにも関わらず彼女はやれ委員長だからだの会長だからだのと無下に出来ない建前を振り翳しながらも一切の打算を表さずに接してゆっくりと警戒の糸を解いて来た。おかげで学園には通うまでには自然と行えたのだ。
まるで姉の意志を尊重して代わりに生きる為の手助けをしてくれるようにーー。
やはり分からないことだらけかもしれない、がリアンの感想だ。
だから彼は尋ねた。
「君はどうしてあの頃からこの日まで僕に声を掛けてくれていたんだい?」
聞きたいことが果たしてそれで良かったのか? と言ってから思いはしたが多分考えてからでも質問する内容に大差はなかっただろう。
何故ならこれが初めての純粋なシルビア・ルルーシアに対する興味に繋がる糸口だからーー。
が、その返答は彼の予想も付かないものとなる。
「大層な理由じゃないですわ。ただこうなる事が分かっていただけ」
「え、………それはどう言う………?」
「貴方が立ち直ってここに立って、何げない会話をする今を私は分かっていたーーいいえ、そうなる未来になるように仕組んだ。ま、カナリア・シェリーに役目が変わったのは予想外でしたが」
「まさか………、そんな未来予知みたいに………」
「確かに私が起こした訳じゃないですから言うだけ負け惜しみみたいな感じかもしれませんね」
優しく笑う少女。しかし、冗談や嘘の類じゃない真実味を感じる雰囲気に徐々にその異質さを覚えずにはいられなかった。
何年? 十年? そんな年月の行く末に何の不安も無く堂々と自分の考える未来通りになると言えるのか?
言えはしない。それこそ後付けで言っていると考えた方がしっくりくるくらいだ。
「私から言わせたら既に詰んでいるのですよ。チェックメイトですわね」
「随分と言いきるね………」
「絶対攻略ですから。ですのでーー」
シルビア・ルルーシアは立ち上がる。
直後に試合が終了した実況の声と歓声によって控え室が微弱な振動をする。
リアンは「まさか………」と冷や汗を流す。今の頃合いがもし分かっていたからの動きなのなら全てが彼女の想像通りに進行しているようなもの。今も尚、脳内で視界には入っていない世界が進行しているのを視ているに等しい。そんな未来予知は有り得ないと考えていた彼だが。
ーー未来予知に匹敵する先見性は少なくとも存在するのではないか?
そして。
「もう次の試合も結果は決まっていますわ」
笑う栗毛の少女。しかしその気配はこれまでに知る彼女のものとは思えない静かな覇気を感じられた。
空気が一変する。
へカテリーナ・フローリアのような獣みたいな力強さでもなく、神門 光華の持つ冷静さの中に熱を帯びた武士道のそれでもない。
自身みたいに上を目指す挑戦者ですらなかった。
強いて言うのならばーー。
「(シェリー………でもないけど。異質さだけならばもしかしたら彼女とーー)」
一切触れて来なかったシルビア・ルルーシアの別の一面。正直控え室に来るまでは神門 光華に彼女が勝てる映像が全く想像出来なかった。
が、この全てを見透かしたような笑みを浮かべる天才に負けはおろか苦戦をする姿すら見えて来ない。
どんな戦いをするのか?
どんな展開に動いていくのか?
普通なら楽しみを覚える組み合わせであり、戦いであろう。どちらが勝つか負けるかは両方が友人であるので複雑ではある。が、アースグレイ・リアンはそんな純粋な気持ちにはなれなかった。
まるで身近にいた人が遥か遠くに先に行ってしまうようなそんな気持ちだ。
きっとあの深紅の少女が異端の天才に抱いたそれに近いかもしれない。
「でわ、行って参りますわ」
「………ああ」
頑張れとかの声援すら送れずに彼は彼女の背中を見送るしか出来なかった。