−天才じゃなかったら
翌日の朝。今日はいつにも増して早起きをした。特に悪い夢を見たりした訳ではないが、正直しっかりは寝れていないだろう。折角休んどけと言われたのにだ。肉体的には割と休められてはいるだろうが、肝心の心は休まるどころか負荷すら掛かってそれがそのまま身体にのしかかった気分の今の状態を一言で表すなら最悪としか言えなかった。
寝て目を覚ませばどうにかなるなんて甘い考えはあまり効果はなく、起きても大した気力すら湧き上がらずに寝台に横たわりながらボケーッと虚ろな状態でひたすら壁を見つめる。
結局どんな話をしていたのかもあやふやになってきていた。有意義な話なんて有りはしなかったのだけははっきりと覚えているが。
少しずつ外も活気が湧いて来だし、セントラルの大型企画事業。大魔聖祭も既に折り返しを超えた。未だに攻略していない堕天のルーファスの計画の日時も恐らくは近付きつつあるが、それすら今の私には些細な事に過ぎない。
だが放置して世界滅亡を阻止しなければこの私の抱えてる現状すら解決しないままに終わりを迎えてしまう。そうなれば本当の本当に何の為に頑張っていたのかも無意味になってしまうだろう。
が、それでも身体と心が上手く噛み合わない。動けと思っているつもりでも動けずにいてしまうのは実際は動く気がないだけの話だ。
やはりそんな気分ではないと言うのが本音。
頭の中では様々な情報の欠片が並べられ、それを拾っては捨て、拾っては捨てての繰り返し。決して揃う事がないのを分かっていながらもがくしかない悪循環。
どうすれば良い?
どうしたらこの迷いは無くなる?
具体的な思考を放り捨てて誰かの解答を、導きを待つような問いかけをひたすら脳内でする。しかしそんな問いかけに意味なんてない。いや、もうどうのこうのの話は終わっているのだ。
もはや後戻りなんて出来やしない。重要な事は既に過ぎてから聞かされたようなものだから。
何もしなかったら良かった。なんて今知ったところで手遅れだ。今何もしなかったら世界が危機から解放されるのか? 私を狙っている奴が諦めてくれるのか?
否、やり直しが出来ないように動き出した歯車は止めれはしない。
そんなこんなで疲れた訳だ。
今日こそ気晴らしに散歩するべきなのだろうが、また外に出れば良くない事が起きるのではないか? と思ってしまって外にすら出れない始末。
所謂詰みである。
まあそれを言い出したら生まれた時から詰んでそうな気もするが。
「………昔の私なら何とも思わなかったのかしら?」
月日を重ねるにつれて精神面が弱くなっている。実際ははっきりとしないが、現状の自身を客観的に過去と比べたら強くなっているとは思えない。と言うよりどこかを境に肉体的にも精神的にも傷付くことが増えてすらいた。
あまり宜しくはないが、人間らしさがあると実感出来るのは唯一の救いですらある。もしそれがないままにここまで来ていたらきっと一人のままだった。
どっちがマシだったか?
他人はおろか自身の心すら犠牲にするカナリア・シェリーか、ひたすら自身を犠牲にする今のカナリア・シェリーか。
「違うわ………今は、私自身犠牲にすらしたくなくなって来ている………」
我が身が可愛い。だけど皆を守りたい。
傲慢で強欲だ。その割にはこうして動けずにいるのだからどこかで自分よりも凄くて立派な天才がなんとかしてくれる事に期待すらしようとしている。
矛盾が矛盾を孕み、また一から考え出す。
その繰り返しが朝方から昼前へ。
外から活気の他にも音声放送が聞こえてくる。
そうだ。今日も昨日に引き続きアズールだ。確か準決勝戦な筈。組み合わせは片方はへカテリーナ・フローリアとフェシリア・ジル。もう片方は神門 光華とシルビア・ルルーシア。一人の実力の程は知らないが、他の三人は正に学生の枠すら飛び越えて天才達の中で勝ちあがって来た天才中の天才。いよいよ組み合わせが組み合わせなだけに以前にも増して盛り上がっている歓声が中継機越しでも伝わってくる。
ただ、それ以上でもそれ以下でもなかった。
私を目覚めさてくれるような刺激には届かず、単純に思考をそっちに向けて自身のことからは逃げているのだ。
人は何も考えられずにはいられない。特に気になる事からはーー。
「………」
あるとしたらそれは意識の喪失。つまり眠りにつくだ。ただそれも寝るまでに膨大な思考をせずにはいられず、その行いにより寝れなくなるかもしれない。
しかも冷静に考えれば予知の力の片鱗を授かりし身でもある為、予知夢に沈んでしまう恐れもあるのだ。
怖い。
純粋な恐怖。きっと自分の弱さが招く結末すら対象になってしまうだろう。
借り物の力。借り物の知識。ひょっとしたら借り物によって私の人格すら作り上げられた可能性すらもう考えられる。
これまでの大切な宝物にもなり得るものたちが手からすり抜け溢れていくような気持ちを抱く。まるでこれまでの全てがお膳立てされた状況と思ってしまえば真に私が私の意志で手に入れたものはあったのだろうか?
答えは出ない。何故なら私にその都合の良い話はきっと何らかの手が加わっているか思惑があるから。
「それでも………予知夢を観ないのに賭けて寝てしまう方が楽なのかしらね………?」
自嘲の笑みを浮かべながら漏らす。
駄目だ。身体が休めてるなら寝るのにも体力が必要。ならばやはり多少は散歩なりして眠気を覚えるくらいには体力を消費する方が良いだろう。
こんな事なら無駄に体力だけを消費する魔法でも開発しとけば良かった。
いや、今の私が借り物の力に縋るような気分にはきっとなれないだろう。
もう私が異端の天才とか偉そうに振る舞う資格はないのだ。ある意味ではようやく普通のカナリア・シェリーになれたとも言える。
そうならばどれだけ情け無い人物なのだろうか。
はぁ、と溜息を吐きながらなんとか重い身体を動かす。
寝台から起きあがっただけだ。鏡に映る自身は寝癖も残る酷くやつれた覇気のない表情だ。こんな状態で今から出歩くのかと考えたら笑えてきた。
そういや今なら街中を徘徊したら屋店があちこちにあるだろうし気分転換に丁度良いかもしれない。
「まあ、普通に暇を弄べるかは自信なんてないけどね」
そう。私は私の意思に反してでも何かを呼び寄せたり巻き込まれたりする運命なのだ。生まれた時からのある意味素質が発揮されないなんて都合の悪い展開はきっとないだろう。
それでも何かをしないと何も始まらないと考える気持ちだけは自分のものだと信じたい。