–天才とは良い意味でも悪い意味でも天才なのだ–
大都市セントラル。そこは名前に負けないくらいな規模と栄振りを見せていた。
まずは見上げても高さを図りづらい山のような外壁。よじ登りたいなら勝手にすれば? どうせ無理だからと断言したくなる途方もない馬鹿げたものが都市一帯をぐるりと囲んでいる。
広さなんて大都市と名称をつけるに相応しく、列車から眺めた目測でも優に街が7つ程合体したものだろうか? 曖昧な表現だが、正直数日程度で観光出来る計画が浮かばない広さだとだけは言い切れる。
そんな割に内部への入り口は東西南北の4つだけだ。まあいっぱいあっては折角の外壁の意味が半減するから妥当なところだけど。
確かにこれなら外部からの侵略に対しては十分を超えて過剰な守りだ。空襲すら間々ならない高さの壁を最初に見て一体7年前の事件はどれだけ凶悪だったのやらと思うくらいだ。設計者の臆病な顔が見たくなるわ。
そんな天才の私も魂消る魔王の城と呼べる要塞の内部もこれまた圧巻であった。
入るのすら時間を掛ける厳しい検問のチェックを経た先に広がるのは焦点を何処に合わせたら良いか迷う世界が映された。
果てしなく続く催し時の行列の通路も兼ねてそうなメインストリート。端から端まで走れば十分体力作りが出来るだろう長さで、歩いてその先にある政府本部まで行こうとする気が失せる。街外から来た行商人や観光客も基本は馬車か、中を走る簡易列車を使うようだ。
事前に調べた情報だと、セントラルは産業区域、政府区域、民間区域、共有区域で分けている。
名称で予想はつくだろうけど、産業区域は科学や魔法と生産関係である経済の要が固まる場所。政府区域はまんま都市や世界の情勢管理をする政府や九大貴族の一部、エイデス機関等の大雑把に言えばお偉いさん居住区。民間区域もそこから外れた純粋な市民の居住区。共有区域は外部から来た者達も許可を貰えば利用出来る自由スペース。基本観光地が集中してもいる場でもあるのだ。多分ノーライズ・フィアナが書き留めていた場所の全ては共有区域だと思う。
そんなこんなで都市の機能が成される規模の光景に田舎出身丸出しで私は目を輝かせる。
外からは気付かなかったが遠くに見える政府本部だって砦の中に砦があるようなものだし、それ以外を見渡しても高層建築されたものが幾重にも存在して、前述で証明した広さなのに歩く人々の数も比例した規模なのだから喧騒が凄いのなんの。あちこちが学園の昼休みの廊下みたいな雰囲気に包まれていて、経験した例えで現してる見知らぬ世界の刺激は強烈だった。
贅沢を言えばそれを全て一人で数十分は堪能したいのだが。
「よーし! まずはあそこだ!!」
「さあさあ、いきなり単独行動しないでね。私の同行人でもあれば貴女の同行人でもあるんだから」
「なあ? 政府区域にあるあたしの庭が良い広さなんだ。そこでヤろうぜ?」
「まだ私は一言も同意していないし、物騒な言葉を使うのは止めて」
とりあえず猫みたいな俊敏さで動こうとする菖蒲の少女の首根っこを掴む要領で襟を持ち。待ち兼ねない雰囲気でウズウズする深紅の少女を犬に待てをさせる感覚で抑え込む。
厄介なのが上乗せされて傍迷惑過ぎる。こんな事なら学園側からの教員を同行人した方が良かったかもしれないと後悔するカナリア・シェリーであった。
過去一番の危機だわ。
「列車の中で言ったでしょ? 私はエイデス機関に用があるの」
「えー、そんなの後でも良いじゃん」
「人の就活を貴女は何だと思ってるのよ?」
最初に就活と一言で片付けたのも彼女だった。一応あそこって魔導師なら夢見る道なのにそれより観光地を優先したいってある意味大物ではあるけど。
ただ此方もお願いして同行してもらっている立場である。二つ返事で軽く了承してたのはさて置き、フィアナの希望も尊重して上げないと公平ではない。流石にそれは私も宜しくは思わないからどうするべきか苦悩する。
と、そこで何故か付き纏う【無暴】はこんな提案をした。
「ジャンケンだな」
一番発言権もないから公平に扱う必要もないけど提案は合理的だ。それなら文句の言いようもないし、負けたら仕方ないと菖蒲の少女も納得するだろう。
だが問題はそうするとへカテリーナ・フローリアも参加する権限が出来てしまう。実際に彼女はもう自分もジャンケンをする気満々だ。とすれば私の勝率は三分の一になって下手したらエイデス機関の目的が最後に回ってしまうかもしれない。
何が悲しくて自分の目的の外出が付き添いみたいな観光やアホらしい勝負で潰されなければならないのだ。
そう考えを天秤みたいに揺らしているとノーライズ・フィアナは悪ガキみたいな笑みを浮かべて言った。
「あ、もしかしてシェリーちゃん勝つ自信がないんだ?」
「む」
「自分に有利が見込めないから賛同しないなんて天才ってのはズルいなー」
「いや、その………」
「はっ! 天才なら運もあるだろうが。それでも逃げるのか?」
「逃げっ………」
何故か苛立ちを覚えた。軽い挑発を二方から受けて冷静にならないとと考えるが、盛り上がっていく彼女達は更に煽り出す。
「臆病者ー! そんなに自分が可愛いか?」
「名誉より地位が欲しいなんて天才でも凡人でもくだらねえ奴だぜ」
「………」
プルプルと身体が震える。何でジャンケンをするだけの話で自分がこんなに言われないとならないのだろうか? 挑発じゃなくて普通に虐めの罵倒にすら近い。
流石に天才の私もそれを看過する事が出来る大人には些かなれなかった。
黙って聞くのも限界よ。
「上等じゃない!! ジャンケンすれば良いんでしょ!? しなかろうがしようが、どうせ行き先は私から一番なのは決まってるんだから要は無駄な遊戯だけ付き合えば問題ないのよ!!」
そうだ。天才なのだからジャンケンだって負ける訳がないわ。勝つのは私だってのは既に確定しているのよ。
この時、二人は心中でしめしめと上手く挑発に乗ったとしてやったりな表情をしていただろう。まあ、問題はそれよりも何の根拠もないのにジャンケンも天才と称した自身に後悔した。
よくよく考えれば私はこれまでにジャンケンで連勝無敗な記憶はないし逆に負けていたのと、つい数時間前は滅多に巻き込まれない列車で強襲に合う強運ならず、凶運を持っているのにこんな運任せ勝負に無駄な自信を持っていた事だ。
冷静さを取り戻した頃には手遅れだった。
もうジャンケンは掛け声を開始していたのだからーー。
こうなれば、南無三と祈りながら運に任せるしかなかった私は哀れな天才である。
◆
世界の裂け目と呼ばれているイルムガム大陸の中でも全く手を伸ばすのを躊躇い、運路としてもあまり使用されない場所が存在する。
名前の通り底がないような広大な渓谷が広がっており、下から吹き出るように昼夜問わずに薄っすらと視界を妨げる霧が漂っている。非常に気味の悪い草木一つ生えない滅びたような地帯。
特に大戦の被害地であった訳でもなく、いつからここがそうなっていたのかも不明である。だからと言ってこれまでに事件が起きた試しもない謎に包まれた場所を政府は厳重区域に指定だけして放置をしている。
そんな渓谷で全体では微々たる規模だが爆発音が響き渡った。発生地は霧も風に舞い上げられて澄んだ部分となる。
その原因の正体とはーー。
「ちッ………おいおい。こんな手強い奴とは聞いていねえぞ?」
舌打ちをしながら愚痴を漏らす織宮 レイであった。彼にしてはやけに危機を感じさせる雰囲気で爆煙に包まれながら見せる影に最大級の警戒をする。自身が7年前の事件から更に鍛錬して昇華した魔力で形取る愛用の刀を握り締め、いつでも対応出来る姿勢は並大抵の敵ではない。
ボアッ、と煙を薙ぎ払うように散開させて姿を現したのは頭部に湾曲する角を生やした銀髪の女性だった。
「久しぶりの人間は中々頼ませてくれるではないか。余は嬉しいぞ?」
妖艶さを帯びる彼女は人間の姿こそしているが、明らかにそうではないのは見た目からも判る。しかしそれ以上に発している圧力が人外を超えていた。
地が震え、大気が不安定になり、重力が倍化する。これまでに黒髪の青年が対峙して来た中でも最上位に立つくらいの並外れた化物。
ただ彼も窮地に対しての経験値が高い為、焦りや臆しを見せやしない。
「そりゃあどうも。で、何者だあんたは?」
事の発端は世界の裂け目で強大な魔力を感知したのが始まり。厳重区域で起きる謎の現象は何かしらの他国による仕業ではないかと考える政府はこれをエイデス機関に調査を依頼し、それに選ばれたのが織宮 レイな訳だ。
まさか予想の斜め上をいく事態になるとは思いもしなかっただろう。
「知りたいか? 余はこの世から隔離された異界の悪魔。冥天のディアナードだ」
「まさかそれはーー。ちっ、いよいよヤベェかもしれねえな」
別にどんな実態なのかを把握してはいない。が、7年前に彼の知らない場所で悪魔を目撃した人物は同じ世界に存在していなくて助かったと述べていた。
どれだけの出来事が昔にあったかは不明だが、過去の人達は隔離と言う処置を強行せざるを得ない世界の危機の敵だったと考えるのが正しいだろう。
その悪魔が再び此方に現れた。隔離効果が薄れたのか、または何者かが解除したのかの原因も追及すべき課題ではあるが、何より直で伝わるこの脅威をどうにかしなければならない。
エイデス機関だけでは手に余るだろう。
「ほう。この余の名を聞いて動揺を見せないとはな」
「生憎詳しくは知らねえんでな。驚きも一周して普通になってしまってるよ」
「ならもう少し余のお遊びに付き合ってもらうとするか」
口端を釣り上げながら彼女は魔力を放出する。濃密過ぎるそれは完璧に具現化されたもう一体の化物を作り上げた。見上げる程の紫炎に包まれた鬼の顔と腕のみが宙に浮かび、個の意思を持っているかのように銀の悪魔の背後で静止する。
魔力を目視出来る例はよくある話で、魔武器みたいな類に見えない事もないに関わらず、黒髪の青年はいよいよ馬鹿げた次元に居るのだと実感する。
あれは全く現代の魔法常識から逸脱した禁忌級の危険性を帯びていた。
「冥炎鬼ーー【アルターデーモン】」
吠える化物。簡単な動作で辺りを覆う霧は拡散し晴れていくだけに止まらず、辺りの大地が悲鳴を上げてひび割れていく。見るだけで足が竦みそうな重圧。まともに相対出来る未来すら浮かばない。
「まるで召喚獣みたいだぜ」
「これでも口数は減らないか。貴様は余と同じくらいの敵と対峙した経験でもあるようだな」
「どうだろうな?」
素直であり、真面目な感想であった。彼は7年前の事件の首謀者を倒した英雄の一員であるが、この相手はその首謀者と同じかまたはそれ以上にすら思えてしまう。
恐らく一人や二人なんて数ではないだろう。軍勢を率いる可能性もある。
冗談じゃない。
「さっさとズラかって対策を練らねえと………」
「聞こえているぞ。人間」
「どっちでも対して状況は変わらねえさ」
半分投げやりな口調の彼。しかし目に灯す光は曇ってはいない。諦めない確固たる意志がそこには存在した。
織宮 レイは刀を構えて多量の魔力を練り上げる。相手程の濃密さや異質さこそ有りはしないが、十分に人間枠としては飛び越えた所にある力。
同時に彼の雰囲気がガラリと変わる。お気楽な雰囲気は影を潜め、刺々しさを醸し出す善人から掛け離れた姿。それはかつて自身が行っていた罪。人間である部分を極限まで削いだ生業の集大成。
レイではなく、羚治と言う過去に捨てた忍の姿を呼び戻す。さしたる変わりがあると考えられない単純な気持ちの問題かもしれない。
だが化物を相手にするには化物に近付かなければいけないのである。
彼は一刀の刀とは別に更にもう一つ魔武器を精製する。片手に持つ大太刀とは違い、半分にも満たない軽やかな小太刀だ。
二刀流。どちらもが霞むように滑らかに揺れて見える朧な存在。まるで蜃気楼のような実態である刀身は凝縮された魔力の塊だ。
これが黒髪の青年の本領である。
「天器ーー【スサノオ】」
漆黒の双刃を構える。神々しさを纏う彼は7年前の戦いを経て更なる成長を遂げていた。大事な者を失わない為と救える英雄を目指して。
冥天のディアナードは歓喜に満ちた笑みを浮かべる。
「くく………片鱗を扱うか人の子よ。益々余を楽しませてくれる」
「笑ってられるのも今の内だ!!」