魔王の平穏は遠そうです。(中身はヘタレ)
人の寿命があるように---
世界の理は、覆せんよーーー
そう、誰かが言った。
そして、俺はそこに居た。
魔王としてーーー
俺は覚えているのだ。
ヘタレな人生を送った前世の記憶を。
いらねぇだろ?
魔王に、そんな記憶。
というか、なんで俺なの?!
あきらかに人選(魔選?)間違ってるよね?!
俺は内心で叫んでいた。
――
気づいたら、深い森で仁王立ちをしていた。
素っ裸でも、赤ん坊でも、性転換でも、魔物でもなかった。
俺はやっぱり俺だった。
というのも、周りに誰もいないので、確認できる範囲でしか、わからない。
手がある、足がある、体もある、男だ。
なら、俺は俺だろこれ。
俺が以前着ていた黒いカッターシャツに細身のスラックス、ファンタジーらしくアレンジされた服装だ。魔王側のな。異世界ではお約束の外套は羽織っていなかった。
記憶にあるのは、切り取られた丸い空。雲におおわれて星さえ見えなかったけれど、俺は確かに日本で暮らしていたのだ。
コンビニ帰りに地面が消え、重力の法則に従い落下。
あ、これマンホールに落ちたんじゃね?とか。
あまりの衝撃に現実から逃避した俺は、頭の片隅でそんなことを考えていたら、この場所に居たのだ。異世界トリップというものなのかもしれない。
人間関係については曖昧かつ希薄で、誰が親で誰が仲良くてというのは顔にモザイクがかかったように思い出せなかった。
これって、精神的なセーフティーが働いているよな?俺がどんだけ心が弱いかがわかるだろ?
ヘタレな俺が納得の魔王仕様だ。
俺が魔王だっていう、笑える刷り込みがされ、俺は今いるこの世界に生まれ落ちたと知っていた。
そんな前世では知らない記憶があるのだから、可笑しくて可笑しくて仕方がない。
俺ついに、魔王デビュー!!
な、笑えるだろ?
俺は魔王という職業(肩書き?)なだけあって、腹は減らない。酸素を吸うように、空気中に漂う魔素を吸収し魔力に変換しているようだ。
何日も森を徘徊しているが、漫画のような魔族の僕は一人も会っていない。魔王の仕事は配下を増やすこととその統率、何より規律を乱す阿呆に鉄槌を下すことらしい。ヘタレの俺にはかなりハードな仕事内容だ。
前世界で置き換えると平凡な社員がいきなり会社を変えて大手会社の社長になるようなものだろう。
ポッと出の目的もないヘタレな社長に、誰が付いていきたいか?と問えば、『それは嫌だな』と俺でも思う。
そんな俺は地味で、どこにでもいるような平凡な人間だ。
魔王なんて誰も必要としていないんじゃないか?責務なんてあってないようなものだし、誰も俺のこと気づいてないしな。
自力で開拓しろと謂わんばかりの薄暗い森の中で、まさかのぼっち。
そろそろ姿を見せてくれないと、寂しいです。
森の中を人里求めて、徘徊し、徘徊し、最近気づいたことがある。
俺の顔が凶悪な件について。
それを知ったのは、つい先ほど。
小川を発見したときに魚がいないか覗いたら、イケメンが山を幾つか通り越した面をした奴が、こちらを睨んでいたのだ。
俺のビビリ様を見せてやりたかったくらいだ。
俺が引っ込むと、もちろん奴も引っ込む。
俺が右手をヒラヒラさせれば、奴も同じように手をヒラヒラさせる。
そこで初めて、俺だとわかったのだ。
うん、危険なし。俺、慎重。
そんな状態の水面に揺れ映る俺の表情は、微塵も揺らがなかった。なにこの能面!怖いわっ!
中身はヘタレなのに、外見がイケメン過ぎて凶悪ってどうなの!?しかも、以前と同じ顔だと信じて疑わなかった俺のピュアなマインドをどうしてくれるのよ?!
しかし、体格も以前から考えれば、逞しくなっているのだ。夢のシックスパック!!鶏ガラだなんて、言わせない!
そして、更に森からの脱出を試みて、念願の第一村人発見!!
目が合うと村人の時が停止をしたように、固まった。そして、何を思ったか、そのまま大声をあげて腰を抜かした。
「ママママゾッマゾッ…!!」
『マゾ』の連呼って…何よ…出会い頭にマゾ呼ばわりは対面的にマイナスだよ?
俺の姿を見て叫んでいるのは、茶色いショートカットの青年だ。
背丈は以前の俺と同じ170くらいで、ソバカスが浮かんだ顔には涙を溜めた茶色い瞳の平凡な青年がこちらを凝視している。
泣くくらいなのか!俺だって顔を引っ込めるくらいだったのに!
「貴様、死にたいのか?(大丈夫ですか?)」
…あぁ、言葉が勝手に翻訳されてる。これがお約束の変換機能!
うん、うん。よくあるよね。ラノベとかでさ。楽しく拝読してます…って、いらねぇんだよ!そんな誤解をされるような魔王仕様はっ!!
せめて人間離れした俺に優しさをください。
腰を抜かしながら、俺から少しでも離れようとする村人をよく見てみれば、頭の上にふさふさとした三角の耳がついているではないか!
ケモ耳!!ほほほ本物?!ピルピルと三角の耳がペタリと伏せられている様は感激ものだった。
これで飾りだとしたら、むしるしかないよな。
そして、俺は何も考えず村人の耳に手を伸ばした。
「たぁすぅけぇてぇえええええ!!」
ええええぇぇぇ?!
再び犬耳青年が叫び始め、俺は驚きと共に伸ばした手を止めた。
今の俺は以前の平々凡々な顔をしているわけじゃなかったのだ。
この目の前で腰を抜かしている犬耳青年が、泣き叫ぶ程の凶悪な面をしていると考えていいだろう。
イケメン過ぎて凶悪だが色男には、間違いないはずなんだけど男には通用しないのかもしれない…。
「くくっ、黙らせて欲しいようだな…(あはは、もう少し落ち着いて話しましょう?)」
やべぇ…湾曲どころか、斜め上に解釈された言葉が口から飛び出てくる!
「死にたくないよぉぉぉっ!!」
…だろうね。そうだろうね。
その反応しちゃうよね。
俺も泣きたいよ…。
泣きながら俺から逃げようと背を向ける青年は、未だに腰が抜けたままのようで進まぬ匍匐前進を繰り返している。
犬耳青年からしてみれば、凶悪な面をした不審者がこんな薄暗い森の中から現れたら、俺でも同じ反応をするだろう。
俺よりもヘタレな犬耳青年を目の前にすると、俺が落ち着かなきゃいけないという気持ちになる。
ここで出会ったのも何かの縁なのかもしれない。
まぁ、十中八九…類は友を呼んでしまったということだと思う。
いいんだ。俺静かに生きていきたいタイプだから。ことなかれ主義だし。平穏が一番だと思うし。
とりあえず、犬耳青年を問答無用で小脇に抱える。不用意に言葉を発するとポロって余計な言葉が出ちゃうから。
チラリと犬耳青年に視線を向ければ、手も足もだらりと下がったままだった。気絶でもしたのかもしれない。
今ならケモ耳を思う存分モフれるだろうが…やめておこう。
モフるのならば、当然可愛い女の子がいい。
犬耳青年が居た後方の地面に、散らばったキノコや実などが入っていたのだろうカゴが転がっていた。そのカゴを俺は拾い上げ、散らばっている中身を回収する。
この犬耳青年がフラフラと出歩けるような場所であれば、危険度は低いと言ってもいいかもしれない。
俺よりもヘタレだろうからな!(喜)
きっと犬耳青年の周囲には穏やかな時が流れているに違いない!俺もそんな時間を共有したい訳だが。
この世界で生まれ直しちゃったんだから、初めて出会った犬耳青年はこの世界での言わば母親だ!いや、案内人だ!
むしろ、逃げられないように、このまま抱えていこう。きっと、町か村が近いはずだ。
とりあえず、怯えさせないように俺自身に魔法をかけておこう。一般的かつ地味めなケモ耳青年に見えるようにさ。
俺は意識のない犬耳青年を小脇に抱え、もう一方には山の幸がはいったカゴを持つ。獣道のような狭い場所は両手が塞がって小枝を避けれないので、風の魔術で切り拓きつつ前進した。
ちょっとした空間が広がったが、問題はないはずだ。
ずんずんと進んでいくと、暗かった森が明るく拓け、目の前には黄金色に輝き、風で穂先が揺れる小麦が一面に広がっていた。
穏やかな田舎の風景といったところだろうか。
絨毯で空飛ぶとか、ホウキで空飛ぶとか、空を駆けるとかさ…ちょっと期待してたんだけど、そんな非日常的なことはなかった。
魔王ができることやちょっとした記憶はあるが、文化的な知識は別らしく、学ばないとわからない。
街の辺りから、なにやら活気づき祭のような賑やかな音楽が聞こえてくる。
祭のような音楽ではあるが、俺が知っている囃子や盆踊り的な日本風ではなく、いわゆるサンバのような陽気な音楽が町から響いてくるのだ。
どちらかというと、祭は好きな方だと思う。心が踊るというかテンションがあがるというか。
さすがに、お神輿の担ぎ手に加わるなどという高等なコミュニケーションはできないのだが、遠くからお神輿を担いで練り歩く姿を観賞するだけで充分楽しめるのだ。
入り口が目視できる場所までくると、片側でだらんとしていた犬耳青年の耳がピコンと動き始めた。バタバタと両手両足を世話しなく動かしている。
「あ、あのっ…うっうぅ…離してぇぇ…っ」
泣きながらこちらを見上げてくる犬耳青年の情けない姿に、憐れみがわいてくるが、ここで言葉を発すればまた、突拍子もない言葉が出てくるのだろうな。
本当は放したくない…いや、逃げそうだし。走ったら速そうだし。
しかし、それではあんまりだろう。渋々と小脇に抱えた犬耳青年を地面へと降ろした。
「あ、ありが…とうございまづっ」
づっ…って、鼻水垂れてるからな。この世界にティッシュなどという優しい品はない。俺ができるのは、浄化の魔法で清めるしかないので、サッと犬耳青年の頬を撫でると垂れてた鼻水が涙と共に綺麗に消えた。撫でるなら女の子を撫でたい…なんて、思ってますよ。もちろん。
しばらく硬直した犬耳青年が我に返ると、俺は持っていた山の幸が入ったカゴを犬耳青年の目の前へとつきだした。
無言で。
俺とカゴをいったり来たりする瞳の忙しないことといったらない。俺は黙って犬耳青年の様子を伺っているのだが、やはり怯えていることに変わりはない。
普通に見える魔法効いてるんだろうな?…そこまで怯えられると、若干不安になる。
目線を合わせず、プルプルとした手でカゴを受け取り、恐る恐る中身を確認している。
意外としっかりしているな。
俺だったら知らんやつから解放された瞬間に脱兎のごとく逃げるだろう。実のところ俺よりも肝が据わっているんじゃないだろうな…ずっとヘタレ仲間でいてください。
両の耳はぺたりと臥せっているが、小さな声で俺に話しかけた。
「あ…すみません。魔族かと勘違いをしてしまいました…」
「ほぉ…」
「魔族じゃないですよね…?」
何を疑った目で見ているんだ?思いっきり魔族です。しかも、魔王という厄介な職業です。言いませんけど。
「…」
犬耳青年は、片手に俺から受け取ったカゴを提げ、町の入り口である狭い門扉へと誘導し始めた。
「あ、そうです。これをどうぞ」
犬耳青年が肩にかけていたフード付きのケープを外し、俺の肩へと掛ける。
赤い色じゃなく茶色だが、赤ずきんみたいだ。フードを被れば隣から、あきらかにほっとしたような気配があった。
こいつに魔法効いてない?…おかしいな。母親認定したからとかないよな?いや、案内人認定だった。
それにしても、顔が見えないだけでも、違うよね…とか思っているんじゃないだろうな…。この薄布隔てただけでこの安堵感?
まぁ、その気持ちがわかっちゃうから、仕方がない。
「僕は山菜取りにきていたんですけど。夢中になって森の中まで、入り込んでしまいました。…本来は入ってはならない場所なんです」
入っちゃいけない場所で生まれた俺は魔王でした。
ここは魔王の森と呼ばれているはずだが、今も変わらずその名称である可能性は低い。なぜなら、時間と共に呼び名など、変化していくからだ。俺が沈黙していると、犬耳青年は話を続けた。
「先日この森から勇者が誕生したんですよ。ですから、町ではお祝いの祭りが開催されているんです」
それ魔王じゃね?とか思わなくもないが、魔王がそうポンポンと誕生するわけでもない。魔王が死んだら新しい魔王が誕生するからだ。
魔王の森どころか対極に位置する勇者誕生の知らせを聞くことになるとは思わなかった。
勇者がこの森から生まれないと俺は知っているから。
名称を変更した切欠ってなんだろ?
それにしても、勇者か…響きが、格好いいなぁ。俺とは大違いだ。
大方、この森を通り抜けた誰かを勇者として、祭り上げたというところかもしれない。
まぁ俺は、一般人を装いたいが…この口がな…災いをもたらしかねない。難しく話そうとするから、変換されるのだろうか。ならば、端的に言葉を最小限で伝えることができれば、なんとかなるかも?
先程までは頷いたり、首を振ったりで誤魔化していたが、声をかけてくる犬耳青年に答えてみることにした。
「あなたはどこからいらしたんですか?」
「記憶にない」
「もしかして、あなたも勇者…とか」
「それはない」
「えーと、僕はフィルと言います。あなたのお名前を伺っても?」
おぉ、会話が成立している!
え、名前…えー、魔王が名前じゃないし、日本の名前をいっても浮きそうだよね~。
「貴様に何故名乗らねばならんのだ(やっぱり名乗らなきゃだよね~)」
「…」
ぶわっ!と、眼球へ一気に盛り上る水の膜!!
顔が困惑通り越して、泣きそうになってる!
名前だよね!名前を聞きたいだけなのに、なんでこんなことになってんの?って、顔だよね?!
「うっ、うわぁぁぁっ!!」
まさかのギャン泣き?!
「貴様、覚悟は出来ているようだなっ!」
焦った俺からの言葉もヒドイ!!
というか、俺のコミュニケーション能力が皆無になってるじゃないかぁ!円滑に行かないんですけど!
犬耳青年フィルくんの背中を擦ってやって、もう言葉と行動がチグハグだ。
魔王生活の平穏は遠そうです…。