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登録の事務作業を終えて、ジェイドさんが戻ってきたみたいだ。

考え事をして一点を見つめていた私は、突然視界に金色の髪が飛び込んできて、慌てて立ち上がった。

椅子ががたっと音を立てるけど、そんなこと気にならない。

彼がだいぶ近づいたところで、その表情に疲労の色が濃いことに気づいた。

渡り人の登録って、大変なんだなぁ・・・なんて感想を抱いて、私は彼に話しかける。

「お疲れさまでした。

 ・・・ありがとうございました、ジェイドさん」

言って、軽く頭を下げた。

こっちにもお辞儀って存在するのかな、とも思うけど、条件反射のように身についた仕草は、そう簡単に消せないものだとも思う。

目線を上げると、彼が疲れを隠すように微笑んでいて。

「いえいえ、無事に済んで良かったですねぇ」

目じりにしわが寄るのを見て、どきり、と鼓動が跳ねる。

それを見て見ぬ振りをして、私はひとつ頷いたのだった。


「さて、これで用は済んだわけですが・・・」

廊下を歩きながら、彼が言う。

今自分がどこを歩いているのか分からないまま、気づいたら人通りの極端に少ない場所に来ていた。

真っ直ぐ伸びる廊下には沢山部屋があって、所々にメイド服のようなものを着た女性や、騎士らしき人が立っている。

すれ違うたびに、敬礼のような仕草をしたり、お辞儀をされて。

ああ、お辞儀は存在してたんだな、なんて思ったりしながら、私は律儀にそのつど軽く頭を下げて歩いていた。

頭上から、噴出す声が聞こえる。

そんなに可笑しいこと、してないと思うけどな。

心の声が表情に出てしまったのか、仰ぎ見たら彼が楽しそうにしていた。

もうそのカオを見ても、心のどこかが、むっ、とすることはなくなったみたいだ。

私がそんなカオにしたんだと思えば、単純に嬉しい気持ちになる。

憑き物が落ちたような自分に、少し驚きつつも、悪くないかも、なんて思う。

「・・・ああ、気を悪くしないで」

言葉だけなのを感じさせる表情で言って、彼は私の背に手を当てた。

「私はこれから仕事があるんです。

 夕方までかかるんですが・・・あなたを1人で帰すわけにもいきませんし、仕事場で

 待ってもらうことになります。つまらないでしょうけど、我慢出来ますか?」

「待つのはもちろん、大丈夫ですけど・・・」

廊下には、2人の小声の会話が響く。

傍から見て、勘違いされないんだろうか。

私は見ず知らずの人ばかりだからいいけど、ジェイドさんの方は見られて困らないのかな。

「けど?何です?」

彼が、一瞬言葉に詰まった私に先を促す。

私は言葉に困りながらも、心配していることを伝えた。

「・・・仕事場に部外者がいても、大丈夫なんですか?」

「大丈夫ですよ。

 ・・・ほら、着きました」

こともなげに言うと、彼がある部屋の前で立ち止まる。

慣れた動作でドアを押し開けた彼は、そっと私の背を押して、中に入るように促した。

やんわりした力加減だったのに、踏みとどまれなかった私の足が、一歩部屋の中へ踏み出す。


部屋の中は、すでに暖まっていた。

どんな造りなのかは分からないけど、暖房がきいているみたいだ。

私は入り口に立ち尽くしたまま、コートを脱いでハンガーにかける彼の後姿を見ていた。

仕事場って、1人なのかな。

他の人の目もあるから、どこか別の場所で待っていてもいいのにな、と言おうと思っていたから、その気持ちのやり場がなくなって、なんとなく手持ち無沙汰になってしまった。

小さく息を吐いて、部屋の中を見渡す。

品よく同系色の内装で纏められていて、応接セットのテーブルに飾られた一輪挿しを見ると、気分がほんわかする。

これは、落ち着いて仕事が出来そうな環境だ。

あまり詮索するように見ているのも失礼だと気づいて、再びジェイドさんに視線を移す。

すると、後姿だった彼が、私を見ていた。

「リア、コートを」

手を差し出して、私が自分からそっちに行くのを待っている。

仕事中にあまり手を煩わせても良くないと、私は半ば駆け寄るようにして彼にコートを渡した。

それを無駄のない動作でハンガーにかけた彼は、間近にいた私に微笑む。

「ここは私専用の仕事部屋なんです。

 だから、そこのソファで昼寝をしても大丈夫ですよ?」

そんなにソファを凝視した覚えはないんだけどな。

「ジェイドさんの専用部屋なんですか」

目の前の机は、大きくて書類が沢山積んである。

細かいところは見ちゃいけないな、と思いつつも、その立派さに目を瞠ってしまう。

「そうですよ?」

「補佐官って、誰の補佐なんですか?

 私のいた国、補佐官、って職業がなくて・・・」

残念ながら、お姉ちゃんの話を半信半疑で聞いていたから、ジェイドさんのことは補佐官で、お金持ちだということくらいしか覚えてない。

いやたぶん、ちゃんと話してくれたんだと思うけど。

それに、私が落ち着いた夜の質疑応答の時も、彼の仕事の内容については興味が湧かなかったせいか、全く質問しないままだった。

彼は私の質問に答える前に、大きな椅子に座って肘をついて。

上目遣いに、何かを隠した笑みを見せた。

「そうですねぇ、誰の・・・・・。

 人で言うなら陛下ですけど・・・国のためのお仕事ですからねぇ・・・」

難しい質問をしますね、なんて、さらりと言い放たれる。

「へいか・・・?」

そういえば、お姉ちゃんの口からもその単語が出てきていたような気がする。

ああもう、ちゃんと聞いておけばよかった。

彼が私の呆けた声にも、律儀に頷いてくれる。

「そうですよ、陛下です。この国の、頂点に立っている人ですね。

 私はその補佐官、なんていうか、陛下のお守りみたいなものですよ」

ジェイドさん、そのお守りっていうのはちょっと。





彼は、私にひとつ嘘をついた。

お昼寝なんか、最初からさせるつもりはなかったみたいだ。


あの後、彼は部屋の外に常時控えているという侍女さんを呼んで、お茶と本を持ってくるように命じたのだ。

運ばれてきたお茶は、とっても美味しかった。

すごく丁寧に淹れてくれたのだと、詳しくない私でも、すぐに分かったくらい。

でも、お茶の隣に、だん!と置かれた分厚い本の数々は、私の精神を攻撃した。

それを読むように言われた時の衝撃は、夏休みが補習授業で潰れかけた時のような、途方もない気持ちを呼び起こして。

何故読まなくちゃいけないのか、勇気を持って尋ねたら、「渡り人がこの世界で起こしがちな非常識な行動を纏めた本です。お勉強しておいて損はないですよ」とか、「渡り人がこの世界で生きていく上で、気をつけることが書かれた本ですよ」と説明された。

突っぱねられなかったのは、「自分に必要だと思う情報を拾って下さい」という言葉と、「本当は説明してあげたいけれど、忙しくて時間がとれそうにない」という申し訳なさそうな表情だった。

彼が申し訳なさそうな表情をすると、何故か私の胸が痛んでしまう。

そして悲しいことに、ちょっと読んでみたら興味を惹かれてしまって、どんどん読み進めてしまったのだ。

持ち上げたカップの軽さに、何杯目かのお茶を飲み干していたことに気づく。

ふう、と息をついてカップを置くと、今度は目の奥のじんじんとした痛みにも気づいた。

一度目を閉じてから、少し離れた場所を眺めると、視界がぼやけてしまって。

ちょっと熱中しすぎたかな。

目頭を押さえていると、ふいに声がかけられた。

「一気に読まなくてもいいんですよ。

 体に負担をかけないようにと、書いてあったでしょう?」

「・・・ありました・・・」

ちょうどその部分を、読んだばかりだったのに。

私は首や肩をぐるっと回して立ち上がった。

目と頭に血液が集中していたのか、じわーっと血の巡りが戻ってくる感覚に一瞬視界が白くなって、目を押さえてソファに逆戻りしてしまう。

目を閉じているのに、暗闇に染まった視界がゆらゆら揺れているような。

少し離れたところで、ばさばさ、と紙が擦れる音がした。

「どうしたんです」

執務机で仕事をしていたはずの彼が、やけに近くに感じる。

体の左側、ソファが沈んだ。

背中に温かい何かを感じて、彼が隣に座ったんだということに気づく。

「あ、だいじょぶです・・・」

空いている方の手をぱたぱた振って言えば、彼が黙り込んだ。

小さく息を吐くのが聞こえる。

そんなに近くにいるの、ジェイドさん・・・。

視界の揺れが弱くなってきたら、今度は彼の近さが気になって目を開けられなくなってしまった。

振っていた手が、むぎゅ、と握られる。

いや、捕まったというべきか。

ちょっと、痛い。

そしてそのまま、ぐい、と体を引き寄せられる。

引き寄せられるというか、体が浮く。

もう眩暈なのか何なのか、自分でも分からなくなってしまった。

体にかかった引力の勢いで、目を押さえていた手が離れてしまって、ばっちり彼と目が合った。

吸い込まれそうな青に、息を飲んだ。

「顔を見せて」

頬に手を添えられて、上を向かされる。

手が熱い。

熱いのは、私の頬かも知れないけど。

「ち、ちか・・・!」

もう、言葉を発するのさえ躊躇してしまう距離に、空色の瞳があって。

私の中をじっと見つめていた。

心臓が破裂しそう。

慌てて視線を逸らしたら、今度は自分が彼の膝に乗せられているのが分かって、気絶しそうになる。

さっきの引き寄せられる感覚は、これだったの。

一度視界に入れて自覚してしまえば、自分の足に伝わってくる彼の足の感触がいやに生々しくて、ほんと、のぼせてしまいそう。

いやもういっそのこと、気絶してしまいたい。

「眩暈ですか、頭痛ですか」

彼はそんな惨状になっている私を置き去りにして、至極真面目なカオで問いかけた。

本気か。本気で心配してるってことなのか。

さっき読んだ本の異世界ルールには、体調不良の女子をこうやって介抱するなんて、どこにも書いてなかったよ。

「どっちです」

緊迫した声音。

今までのふわふわとした、真意を探れないような声じゃない。

彼の目も真剣そのもので、気づいた時には必死になって答えていた。

「め、めまいです・・・」

近すぎて、声が小さくなってしまうけど、そこは頑張って聞いて欲しい。

ひと言頑張った私は、このまま消えてしまうんじゃないかというくらいに身を強張らせた。

恥ずかしさに内心悶えていた私の頬から手を離し、彼がそっと息を吐く。

「そうですか・・・」

明らかにほっとした感じが伝わったかと思えば、軽く抱きとめられた。

とん、彼の肩口に頬がやんわりぶつかる。

首元から男の人の匂いがして、またしても心臓が跳ねる。

いやだ、こんな時にそんなこと、意識したくない。

きっと彼にとっては、渡り人を保護しているだけに過ぎないんだから。

あっちの世界にはない感覚で、きっとそれは、傷ついた動物を保護して世話を焼くのと大差ないくらいの・・・・・。

そう思うのに、跳ねる鼓動は心よりも正直だ。

「よかった、それならいいんです」

言葉と一緒に、大きく息をついたのが聞こえた。

落ち着いた声で言った彼は、私の背中を何度か、ぽんぽんと叩いて、膝から下ろす。

一体、なんだったんだろう・・・。

疑問は残るものの、彼がてきぱきと私を横たえて、自分のコートを持ってくる。

何か言葉を発していいような雰囲気でもなくて、私は黙ってされるがままだ。

なんだなんだ、と思っているうちにソファは簡易ベッドのように扱われて、いくつかあったクッションが頭と足首の下に挟み込まれた。

最後の仕上げとばかりに、彼が床に膝をついて、横になった私の顔を覗き込む。

今度はお腹のあたりを、ぽんぽんと叩かれた。

子どもじゃないのにな。

「まだ顔が赤いですから、しばらく横になってなさい」

いやそれは、ジェイドさんの仕業だと思う。

・・・とは言えずに、素直に頷いた私を見て、彼は微笑んだ。

「寝ちゃってもいいですよ」

その囁きが、とっても甘くて優しくて、頷いた私は目を閉じる。

空色の瞳を思い出して、背中がむずがゆくもなった。

「じゃあ、お言葉に甘えて睡眠学習してきます・・・」

そっと囁けば、

「・・・何を言ってるんですか」

またしても彼の甘い、苦笑交じりの優しい囁きが降ってきて、ついでにつつかれる程度のデコピンをもらったのだった。

・・・帰りたくなくなっちゃったら、どうしたらいいんだろ・・・。





結局私は熟睡したらしく、起きた時にはもうそろそろジェイドさんが仕事を切り上げようかという頃になっていた。

慌てて飛び起きた私に、彼が苦笑していたのはきっと忘れないと思う。





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