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また、朝が来た。

雪は降ってないみたいだ。

それでも空は曇っているのか、部屋の中は照明をつけないと、少し暗く感じた。

もそもそと起き上がりながら、私は昨日のことを思い出す。


・・・シュウさんに、未菜お姉ちゃんのことを話せて良かった。

ずっと肩にのしかかっていた重いものが、すとん、と落ちた気がする。

それに何だか、やらなきゃいけない何かを、やっと1つクリアした実感があった。

私がこの世界に来たことに意味を持たせるなら、お姉ちゃんのこと以外、何もない。

そのために私は突然世界から切り離されたんだって思えば、発狂しないでいられる。

だからまだ、私があっちに帰る方法のことは、誰にも聞かないでおこう。

だって、帰る方法がないなんて言われたら、その時は狂ってしまえる自信があるから。

つい悪い方へと考えてしまって、軽く頭を振った。

シュウさんの、何とも表現出来ない表情が、まだ脳裏に焼きついている。

喜びに震える目、決意に満ちた目、世界の向こうのお姉ちゃんを見つめる目。

きっとあの人は、お姉ちゃんを取り戻すためなら、何でもやるんだろう。

それが頼もしくもあり、怖くもなった。

だから、私にも協力させて欲しいと、お願いしたんだ。

協力だなんて、私みたいなただの大学生にそんなもの出来るわけがないと思うけど、お荷物になってでも、彼のことを見ておかないと・・・という気持ちになったから。

これは、側にいたいとか、そういうんじゃない。

ただ、お姉ちゃんを泣かせたくない、っていう気持ち。

初めて直面した日本という国に戸惑った時と同じように、私は今、お姉ちゃんの存在に支えられてここに立っている。


相変わらずの借り物の服を着る。

胸の下で結ぶ紐は、もう自分でも綺麗に整えられるようになった。

問題は、髪だ。

昨日ジェイドさんが結ってくれた髪紐を持って、鏡の前に立つ。

静かに佇む鏡の中の私は、馬子にも衣装といった感じで、完全に服に着られていた。

まだまだ、馴染むのには時間がかかりそうだ。

小さくため息をついて、髪を纏める。

・・・そういえば私、ここでお世話になりっぱなしだ。

頭の中が自分とお姉ちゃんのことでいっぱいだったから、全然気がつかなかったけど、このままじゃただの居候になっちゃう。

1人暮らし、したことないけど・・・でも、ずっとここにいるわけにもいかないし。

そうなるとお金を稼ぐ必要もあるわけで・・・。

「あー・・・無理!出来ない!」

上手く髪を纏められなくて苛々してしまった私は、考えるのも纏めるのも諦めた。

柔らかい髪が、すとん、と落ちてくる。

ピアノは10年続けたし、鉤針編みだって当時の彼氏のために頑張った。

移住してから千羽鶴の折り方だって覚えたし、絡まったネックレスも解ける。

なのに、なんで自分の髪だけは結えないんだー!

心の中で叫んで、鏡の中の自分を見つめた。

異世界の服に、完全に着られてる。

「・・・もういいやー・・・」

今ばかりは、自慢のストレートな髪質が恨めしい。

大きくため息をついた、その時だ。


ドアをノックする音と、ジェイドさんの声が聞こえた。

「リア?

 起きてますね?」

私は慌てて居住まいを正して、ドアに駆け寄った。

もちろん、鏡の前で髪を整えて笑顔を作ってから。


ドアを開けて、固まったのはジェイドさんの方だった。

今日も空色の瞳が綺麗だなぁ。

瞬きしないで見開いた彼の目に、吸い込まれそうになる。

すると、彼は和んでいた私を険しい目で見返すと、半ば強引に部屋の中に入ってきた。

おっと、と私はたたらを踏んで、彼に道を譲る。

彼は部屋の中に入るのと同時に、後ろ手にドアを閉めた。

ばたん、と少し乱暴に。

そして呆気にとられた私に向かって、

「だから、髪を結いなさいと言ったでしょう」

恐ろしく低い声で言い放たれた。

「う、」

変な声しか出せない私に苛々したのか、彼が大きく息を吐く。

「ごめんなさい・・・」

自分でもびっくりするくらい、しゅん、とした声が出た。

なんか、久しぶりに怒られた気がする。

ママのお小言とは、全然違う。

「今やってたんですけど、全然出来なくて・・・」

言い訳がましく、手にした髪紐を見せると、彼はもう一度ため息をついて。

そして、私の手から紐を抜き取った。

小首を傾げたら、髪がさらさらと流れた。



昨日と同じようにソファに腰掛けて、髪を結ってもらう。

彼の大きな手が流れるように動いているのが分かる。

こうして髪を触られているの、結構好きだな。

彼はすごく器用なのか、髪を引っ張ることもなく、私には背後で何が行われているのか、さっぱり分からない。

「今日は、」

おとなしくしていよう、と決めて、私は黙って彼に髪を結われていたんだけど。

先に口を開いたのは、彼の方だった。

もう怒ってないってことなのかな。

私は静かに彼の話に耳を傾けた。

「あなたを渡り人として、登録しに行きますよ」

「・・・登録?」

そのままオウム返しに呟くと、彼はちょっとだけ声を漏らす。

もしかして、笑った?

彼の機嫌が直りつつあることを感じて、私も少しだけ気持ちが上向く。

「そうですよ、登録しに行きます。

 渡り人は、然るべき機関に登録して、戸籍を作る必要がありますから」

「戸籍・・・」

受験の時と、パスポート申請の時と・・・あとは教習所の申し込みの時くらいしか、戸籍関係で役所のお世話になったことがない私には、いまいちピンと来ない説明だ。

それが伝わったのか、彼がまたひとつ笑ったのが分かる。

・・・もしかして、これは失笑ってやつか?

微妙な気持ちになって、私は黙り込んだ。

「戸籍を作っておかないと、いろいろ不都合が生じます。

 身分を保証出来ないままでは、働き口も探せませんし、結婚、も、出来ません」

しゅる・・・と紐が擦れる音が、耳元で響く。

彼の手が休むことなく動いて、少し髪が引っ張られる。

「あの、てことは、私でも働けるってことですよね?」

「ええ」

すぐに質問が肯定された。

彼は髪結いに集中しているらしくて、それ以上の言葉は返ってこない。

私は、髪が引っ張られる感覚が、少しの痛みを伴っているのを無視した。

「良かった、働けるんですね。

 お世話になりっぱなしで申し訳ないし、1人暮らし出来ないかなって、思ってたんです」

言った瞬間、ぴたり、と彼の手が止まった。

それを追いかけるように、大きな、盛大なため息が頭上から降ってきた。

そして、後ろから両肩を掴まれる。

「・・・1人で髪を結えないあなたが、1人で暮らす・・・?」

「・・・・・!」

ぐぐ、と力を込められて、私は声にならない悲鳴を上げた。

ジェイドさんが怒った!

怖くて後ろを振り返ることが出来ない。

地を這うような声が、気持ちの逃げた私を追ってきた。

「そういう台詞は、1人で髪を結えるようになってから言いなさい」

「はいっ!」

背筋がぴん、と伸びているのが分かる。

「それから、」

「はい」

条件反射のように、返事をしてしまう。

いつだったかテレビで見た、高校球児たちみたいだ。

ああそういえば、ママのお小言を聞く時も、こんな感じだったかも。

すると彼が、またしてもため息を吐く。

「・・・もう終わりましたから、こちらを向きなさい」

なんだか呆れ返った風な言い方に、私は内心首を捻りながら言われた通りにした。

2人で並んでソファに腰掛けているこの状況が、なんだか不思議だ。

テーブルを挟んだ向かいにもソファはあるんだから、私がそっちに移った方がいいのかな、なんて、視線を彷徨わせたところで、彼が言った。

「いつまででも居て下さって、結構ですよ」

「・・・はい」

そんなことを言われても、気にする人間の方が多いと思う。

私もそれに漏れることなく、疑わしげなカオをしていたんだろう。

彼が、苦笑を浮かべて言った。

「これでも相当稼いでいる自負はありますし、散財する時間の余裕もなかったんです。

 私があなたに利用されて散財させられたとしても、金銭的に困ることはないですし。

 たとえあなたが誰かから入れ知恵をされて、私を陥れようとしたとしても、です」

「やっぱり、」

彼の発言を受けて、私は頭の芯が冷えていく。

じっと空色の瞳を見つめれば、何の感情も浮かべていない私の顔が映っていた。

見ていられなくて、すぐに視線を逸らす。

「出て行きます・・・」

「え?」

彼が思わず、といったふうに声を漏らす。

私は抑えていた気持ちを吐き出した。

「ジェイドさんがお金持ちなのは、お姉ちゃんから聞いて知ってます。

 仕事が出来る、頭の良い人だっていうのも、一緒にいて分かりました・・・」

「何が言いたいんですか?」

一瞬の揺らぎを抑えた彼が、訝しげに私を見つめているのが分かる。

ちらりと彼を見れば、少し怖いカオをしていた。

「私、あんまり頭が良くないんですよね」

「あまり卑下しない方が、いいんじゃないですか」

至極真面目なカオで、言われる。

それには答えずに、私はさらに言い募った。

「・・・疑ってるなら、そう言って下さい。

 優しい人の振りしてるんなら、やめて下さい・・・」

膝の上に置いた手を、きゅっと握り締める。

「・・・そういうことですか」

彼が感情のこもらない声を投げてきた。

ぶつけられた、と言ってもいい。

いや、今の私に、受け取るだけの気力がないと言った方がいいか。

「あなたは、私が昨日車の中で言ったことを覚えてますか?」

こくん、と小さく頷いて言われたことを肯定する。

「リア、こっちを向いて」

ちゃんと聞きなさい、と言われて、私はゆっくり顔を上げた。

そこに居たのは、こちらを静かに見つめる彼。

「あなたの味方でいると言ったのは、本当ですよ」

小さくため息をつくのが聞こえた。

困ったように微笑む彼は、怒っているようには到底見えない。

「私が思うに、疑っているのは、リア、あなたの方ですね」

諭すように言われて、私は押し黙った。

「だから、私が言うことにいちいち疑心暗鬼になる。

 ・・・違いますか?」

「・・・ごめんなさい、自分でも分かりません・・・」

素直に謝れば、沈黙が落ちる。

もう頭の中が、ぐちゃぐちゃして、何も考えられなかった。

結い上げられた髪が、重い。

「どうしたら、信じてもらえますか?」

小首を傾げた彼が、私をじっと見つめている。

単純な、言葉通りの疑問なんだろう。

でも、私は正面から彼を見ることが出来なくて、少し視線をずらした。

真っ直ぐ見ることが出来ないってことは、私がいけないんだって、心のどこかでちゃんと分かっているからだ。

「・・・困った子ですねぇ・・・」

小さな呟きが聞こえたかと思えば、ふいに彼の手が私の背を撫でた。

そしてそのまま、とんとん、と子どもを寝かしつける時のように、リズムを刻みだす。

「でもね、そういうところ、可愛いと思いますよ?」

子どもじゃないんだけどな、なんてぐるぐるする頭で考えていたら、突然の爆弾発言に膝の上で握っていた手が浮いた。

耳まで真っ赤になっちゃう。

心臓が音を立てて、血液を循環させているのが分かってしまった。

そして口をぱくぱくしている私を見て、彼は噴出した。

「真っ赤ですよ」

「え、あ、いや・・・」

何を否定したいのか分からないまま、言葉が飛び出るのを止められない。

ダメだ、これ、完全に彼のペースに巻き込まれちゃってる。

そう思った時には、頭がぐるぐるする感覚は消えうせていた。

マイナス思考は、羞恥に勝てないってことか。

これはこれで、心臓が酷使される気がするけど。

「・・・ちょっとふざけ過ぎましたね」

苦笑しながら言った彼の表情が、すっと真面目なそれになる。

私は熱い頬を押さえて、彼の顔を見た。

空色の瞳が、私をじっと見据える。

「昨日言った通り、私はあなたの味方です。

 あなたが嘘をついていないことも分かりましたし、ミナをこの世界に呼び戻すことに

 関しても、共感しています。手助けも、するつもりでいます」

彼の言葉が、不思議と静かに耳に入ってきた。

顔に集まった熱が、感覚を鈍らせてるのかも知れない。

私はこくり、と頷いた。

神妙な面持ちの私に、一瞬彼が頬を緩める。

「信じて欲しいとは、言いません。

 それはあなたが選ぶことですからね。

 でも、疑われているのを知ってしまって、今は少し傷ついてますけど」

悪戯な表情を浮かべた彼は、ちくっと棘を刺した。

「ごめんなさい」

素直な言葉がするすると出て、自分で驚く。

心が、世界を渡ったら頭より素直になったのかも知れないな。

ううん、もともと頭で考えて行動するタイプじゃないのに、ちょっと無理してたのかも。

私は、彼の大人な対応に有り難く、頭を下げたのだった。





その後、またしても車に乗せてもらって、たどり着いたのは白の騎士団が管轄するという、戸籍を管理する機関。

国の4つの主要都市と、王都に存在しているんだそうだ。

いわば役所のようなものらしい。

役所がどんな仕事をしてるかなんて、詳しいことはあっちの世界でも知らなかったけど。

王都にあるその機関は、王宮の中にあった。

・・・王宮なんて、初めて来たよ。

まるで中世のお城みたいに石が綺麗に積み上げられていて、そう、これぞお城、という感じ。

たくさん部屋があって、たくさんの人が行き交っていた。

よく見たら、オリーブ色の詰襟を着て剣を下げている人たちや、黒い服を着た人たち、それに普通の格好をした人たち。

働いている人もいれば、私のように用があって来た人もいるみたいだ。

私はジェイドさんにはぐれないようについて行くのが精一杯で、どこをどう歩いたのかさっぱり分からなかったけど・・・。

とりあえず、着いた場所で椅子に座って待つように言われて、ただ待っていただけ。

あんまりキョロキョロしても恥ずかしいから、ちょっとぼーっとしてみたり。

私のことなのに、忙しそうにしているのはジェイドさんばかりで、ちょっと申し訳なかった。

書類を書いたり、呼ばれたりして、行ったり来たりしていて。

・・・今度何か、出来ることでお礼をしたいな。

忙しなく働く人たちの中に埋もれて、ようやく冷静になって考えたら、彼は私のために手を尽くしてくれているのに、私はずっと、自分のことばかり考えていたんだな、と思う。

突然こういう状況に追い込まれたんだから・・・なんて考えていいのは、私を養ってくれている彼の方で、私が当然のようにそう考えるのは、ちょっと違う。

そう思えるようになった。

虫が良い、切り替えが早すぎる。

頭の中でもう1人の自分が囁いた。

でも、時間は待ってくれない。

流れる時間に、私が合わせなくちゃ、ただ流されて終わってしまうから。

・・・感謝しなくちゃ。バチが当たる。

空色の瞳が、柔らかく細められるのを思い出して、私はそっと頬を緩めた。




彼が戻ってきた時には、立ち上がってお礼を言おう。

日常に突然私が入り込んだんだから、彼の方が疲れてるに決まってる。





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