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初めての、外。

ラズおばさまの用意してくれていた靴を履いて、玄関の前で彼がやってくるのを待つ。

この世界に来て初めて、私は外の空気に触れた。

空気も土地の匂いも、私の知ってる世界のものとは違う。

それを寂しいとは思わずに、ただ、事実として受け止めた。

空を仰ぐと、そこには冬の重々しい雲が広がって。

時折吹く冷たい風に、耳が痛くなる。

イヤーマフとか、ないか今度聞いてみよう。

ほぅ、とついて出た息が白い。

昨日降った雪は、道の端へ寄せられていて、誰かが雪かきをしてくれたのだと気づいた。

これだけ降ったら、私の暮らしていた所ではパニックだ。

車も人も滑って、電車が止まって通勤通学がままならない程に。

もしかして、今いる場所はもともと雪の多い土地なのかも知れない。

もう一回滑って転んだら、あっちに帰れるかなぁ・・・。

そんなことを考えていると、目の前に黒い車が滑り込んできた。

運転席に、ジェイドさんが見える。


そこで、ふと疑問が浮かんだ。

この世界、車なんてものがあったの?

電気みたいなものがあるっていうのは、なんとなく知ってはいたけど・・・。

エルゴンといって、人の血液から作られるエネルギーがあるらしい。

それだけ聞くと、ものすごくエグい想像しか出来ないけど・・・。

昨日ジェイドさんと話した時に教えてもらったんだけど、こっちではエルゴン税といって、成人したらスプーン一杯程度の血液を納めることになってるんだって。

血液の中に入ってる、魔力みたいなものから作る・・・らしい。

ファンタジーな単語が出てきて、それなら魔法も使えるのかと思ったら、それはないという。

ともかく、生活に必要なエネルギーを自分達の体の一部から得るんだから、エネルギーの無駄遣いもあまりない。

そのおかげもあって、スプーン1杯程度、で済むそうだ。

ちなみに、エルゴンがあるおかげで上下水道もしっかり機能しているという。

私のおつむでは理解しきれないものがあるので、この世界は、電気もどきが普及している、くらいの認識でもいいかな。

説明してくれたジェイドさんの前でへらへらしてたら、大きなため息をつかれてしまった。


どうでもいいことまで思い出して、その場に立ち尽くしていると、運転席からジェイドさんが降りてきた。

「リア、行きますよ」

よく見たら、彼の鼻もちょっと赤い。

なんだか親近感が湧いて、私はすんなり頷いた。



助手席で、車の揺れに体を預けていると、ふいに彼が口を開いた。

「彼の家に行ってみましょう。

 確か今日は、休日になっていたはずですから」

「お願いします」

視線は前を向いたまま、彼が私に問いかける。

人通りはまばらだ。

寒いと外に出たくなくなるのは、どこの世界の人でも同じかも知れない。

「あの写真は、いつ?」

やっぱり頭の中は、あの写真のことでいっぱいみたいだ。

集中力を欠いて、事故を起こさないか心配になる。

私も前を向いたまま、答えた。

「・・・5日か、6日前くらいです」

「なるほど・・・」

車内にいても、それほど暖かくなく、息が白い。

彼は鼻を赤くしながらも平然と、前を見つめている。

「私は・・・あなたが話すことを、信じることにします」

「・・・・・ありがとう、ございます・・・?」

唐突な宣言を受けて、なんとも間抜けな言葉しか出てこない私は、内心で首を捻った。

信じる。私の話すことを。

「でも、なんで・・・?」

自問するような呟きに、彼が苦笑する。

「理由は後付けで、いくらでも用意出来ますよ」

「理由は、ないってことですか?」

おちょくられたような気分になって、私はちょっとだけ声を硬くした。

それって、信じてないってことなんじゃないの。

彼はそんな私をちらりと見て、かぶりを振った。

「・・・気持ちの問題です。

 直感と言い換えてもいい」

要は、なんとなく、ってことなのかな。

彼の言いたいことが解りかねて、私は沈黙する。

それをどう受け取ったのか、彼は静かに笑みを浮かべた。

「・・・私は、そういうタイプの人間ではないと思っていたんですけどねぇ・・・」

そういうって、どういう意味なんだろう。

どうも彼の言葉は、たまに難しくて理解に苦しむ。

交差点に差し掛かるたびに、車は一時停止する。

信号がないからだ。

その都度、なんとなく私も助手席側の方に車や人が見えないか、目を凝らす。

問題ないことを告げようとして、彼と目が合った。

空色の瞳が、私を捉えて。

短い、ほんの一瞬の間に何かを言われた気がして、息を飲む。

車がゆっくりと交差点に進入して、また、先へと進んだ。

「彼に、あなたが見たことを、知っていることをそのまま話して下さい」

視線を前に向けたままの彼に、私は頷く。

言外に、嘘をつくな、と言われた気がして、重々しい空気にそっと息を吐いた。

すると彼が頬を緩めて私を見た。

道は、郊外になったのか、のどかで広い。

「私は、あなたのことを信じようと思いますから」

私はひとつ、頷いた。







大きな家の、広い庭に車が入っていって、玄関の前に横付けされる。

駐車場なんてものないから、車はそのままで、私達は大きな家のドアをノックした。

ノックするための金具がドアとぶつかって、硬い音を立てる。

しばらくの沈黙の後、ドアの向こうで何かが動く気配がしたと思ったら、ゆっくりとした動きで、ドアが開かれた。

出てきたのは、1人の男のひと。

茶色の髪に、濡れた葉のような、深い緑色の瞳の人。


一瞬で、分かった。

この人だ。


2人で並んだジェイドさんと私を交互に見比べて、訝しげにジェイドさんの方を見た。

眉間のしわが、深い。

目つきも、悪い。

でも、まつげは長い。

それから、目の下にクマが出来てる。

ちょっと格好良い。

「ちょっと、やつれましたねぇ・・・」

つぶさに観察していた私は、隣でジェイドさんが呟くのを聞いた。


とりあえず入れて下さい、とジェイドさんが言って勝手に中に入ったのを見て、私は慌てた。

目の前に立ちはだかる男の人は、じっと私のことを見ている。

え、ジェイドさんが入っていったのは構わないの。

どうしようか迷って、視線を彷徨わせると、目の前の彼がひと言。

「・・・ジェイドの、何だ?」

バリトンの声が、地を這うようにして問いかける。

威嚇されているのかと勘違いしそうになって、思い出した。

そうだ、本当は良い人だって、言ってたよね。

私は思い切って目を見て答える。

「何と言われると、分かりません。

 とりあえず、新人渡り人です」

私の言葉に、探るような視線を送った彼は、やがてなんとなく頷いた。

「・・・そうか」

納得はしてないけど、とりあえずジェイドさんの連れてきた人間を放置するわけにもいかない、と判断してもらったようだ。

ドアを開けて、中に入るように促された。


家の中は、暖かかった。

寒いところから暖かいところにくると、急な温度の変化で顔や鼻が赤くなる体質の私は、じんじんする手で顔の熱を取ろうと頬を押さえる。

ほぅ、と息を吐いていると、ジェイドさんがこちらを見ていた。

「リア、コートを」

いつの間にかキッチンにまで上がりこんでいたのか、彼はマグカップをキッチンのカウンターに置いて、こちらへやって来る。

それとすれ違うようにして、男の人がキッチンへ入っていった。

私はお礼を言って、携帯を取り出してから、コートをジェイドさんに渡す。

そうこうしているうちに、男の人がお茶を用意してくれて、私達はソファに腰掛けた。

私の隣にはジェイドさん、向かいには、男の人がいる。

ものすごく面倒くさそうに、ソファに身を沈めているけど・・・。

温かいマグカップを両手で包むと、指先の冷えが段々と解けていくのが分かる。

もうそろそろ頃合かも知れないな、と膝の上に乗せた携帯に触れた。

隣のジェイドさんと、男の人が挨拶代わりの世間話をする。

王宮の中のこととか、この辺の治安のこととか。

でも絶対に、触れない話題があるのを、私は知ってる。

2人には分からないように気をつけながら、呼吸を整える。

緊張に手が震えそうになるのを、必死に抑えて、私は口を開いた。

「あの、」

携帯を握り締める。

2人が私の方を見た。

ジェイドさんは、柔らかい笑みを浮かべて。

うん、大丈夫。

男の人は、何の感情も伺えない、視線を送って。

私は、言う。

「シュウさん、ですよね」

瞬間、男の人の目の色が変わった。

見開いたまま、動かない。

やっぱり。

確信を得て、私は少し前のめりになる。

彼から質問攻めにされる前に、私は携帯を開いて、用意しておいた画像を見せる。

そこに映っているのは、黒髪黒い瞳の女性。

一緒に映っているのは、私。

目の前で、息を飲む音を聞いた。

身を乗り出す彼。

今にも掴みかかられるんじゃないかって、身を引いてしまいそうになるのを必死に踏みとどまる。

「それは・・・?!」

掠れた声が、私に向けられる。

ジェイドさんは黙って、彼の様子を見守っていた。


「ごめんなさい、ジェイドさん」

隣の彼に向かって、言う。

彼は、一瞬目を細めた。

「ジェイドさんにも、お話してないこと、あるんです」

でも嘘はついてないんです。

心の中で謝罪して、私は続ける。

この際、彼の視線には気づいてないふりをしよう。

「後でちゃんと、お話します。

 でもその前に・・・」

まだ目を見開いて身を乗り出したままの彼に、向き直った。

携帯を渡す。

彼は受け取った物を恐々と両手で包むと、画像を食い入るようにして見つめて。

やがて、思い出したように息を吐き出した。

「シュウさん」

呼びかけに、視線が返ってくる。

緊迫した空気に、息が上手く出来ない。

私は、携帯を手放して震える両手を、ぎゅっと握り締めた。

祈るような気持ちで、言う。

「未菜お姉ちゃんは、あっちの世界に戻ってます」

2人が、息を飲んだ。

刹那の沈黙があって、私は矢継ぎ早に告げる。

彼らに伝えなくちゃいけない。

「無事です。

 ちゃんと、生きてます」




シュウさんの反応を見たら、とてもじゃないけど、「毎日泣いてたみたいですけど」だなんて、口が裂けても言えなかった。

だって、お姉ちゃんが彼の話をしてくれた時と、同じようなカオだったから・・・。














お読みいただき、ありがとうございます!

たくさんの方に足を運んでいただけて、とても嬉しいです^-^


「こかげ」から読まれている方、ミナお姉ちゃんは「渡り廊下」の主人公です。

もし良かったら、そちらもどうぞ(宣伝してすみません)

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