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「・・・生きてるか」
「なんとか・・・」
相変わらず愛想のない声が頭蓋骨越しに響いて、私は力なく頷いた。
別に私は息を潜めて小さくなってただけなのに、なんだかものすごい疲労感だ。
「ごほっ・・・」
詰めていた息を吐き出して、新鮮な空気を肺に入れようとしたら、埃っぽくて咽た。
本がたくさん落ちてきたからか、視界が少し白けて見える。
「シュウさん、大丈夫ですか・・・?」
本が落ちてくるたびに、彼の体が軋んでいたのを感じ取っていた。
私は背中の上にまだ彼がいるのが分かって、まだ顔を上げるられないでいる。
高い所から重くて分厚い本が落ちてきて当たったら、痛くないわけがない。
今出来るのは、彼を心配するくらいだけど・・・。
「問題ない。
・・・ここがキッチンなら、死んでたかもな」
そう思うくらいには、本が次々に落っこちてきてたってことか。
私はため息をついた。
「もしかして私達・・・本の山に生き埋めですか?」
小さな声でも十分彼の耳に届くだろう。
私は囁いて、埃を吸い込まないようにして息をする。
「ああ・・・いや、本をいくらか潰してしまっても構わないなら、なんとでも・・・」
「ダメ、ダメですよ。
お姉ちゃんのことに関わりのありそうな本までダメにしちゃったら、困ります」
ノーと言った時の言い方がジェイドさんみたいになった私を、彼が小さく笑った。
よく笑えるな、と思うけど、人は異常事態になると笑ってしまうものなんだと思い直す。
「ジェイドさん、大丈夫かなぁ・・・」
丸まったままの体勢で、きっと執務室にいるだろう彼のことを思い出した。
きっと鉄子さんも側にいるし、大丈夫だ。
もしかしたら、王宮の中の人を避難させたりしてるかも。
そうだとしたら、私が今彼の側にいないのは正解なのかも知れない。
きっと彼は私が気になって、動きが制限されてしまうだろうから・・・。
これでも甘やかされてる自覚はあるのだ。
「あいつは大丈夫だろ。
・・・ああでも、リアが呼べば来るかも知れないな。
俺がお守りとして側についてると分かっていても、待っていられないだろ」
言葉の端々に愉快そうな色を滲ませた彼の言葉が、いまいち理解出来なかった。
「どうして、私が呼んだら来るんですか?」
疑問をそのままぶつければ、彼が一瞬押し黙る。
なんというか、言葉に詰まったような、変な間だ。
「・・・変なこと言いましたか、私・・・」
呆れられてるのも分かって自分から訊いてみると、シュウさんはため息をついた。
苛々はしてないみたいだけど、疲れてはいるみたいだ。
「あいつとは・・・なんなんだ・・・?」
言葉を慎重に選んでいるのが伝わって、彼の言いたいことがなんとなく読めた。
私とジェイドさんの関係を尋ねられたんだと分かって、顔に熱が集まり始めるのを感じて、両手で覆いたくなる。
もちろん、シュウさんに頭から抱きこまれてるこの状態では、そんなこと出来るはずもない。
「一応、お互いに好き、みたいですよ・・・?」
必死に動悸を抑えつつ答えると、シュウさんのため息が頭上から降ってきた。
・・・ため息ばっかりついてると、幸運が逃げるんだぞ。
教えてあげたい衝動に駆られるけど、そこはぐっと我慢して、私は真剣な声を出す。
「本当ですってば。
おとといも昨日も、ジェイドさんのベッドで一緒に寝たもん・・・」
その前に、ひと悶着あったんだけど・・・。
2人の間にあったことが、映像になって頭の中を駆け巡っていく。
いつも私を甘やかす彼とは別人みたいだった、なんて思ってしまったら、かぁぁっと顔に熱が集まってきてしまった。
胸の奥のほうが、きゅっとする。シュウさんから顔が見えなくてよかった。
「・・・ぐっすりか」
場違いにも胸の奥がざわついて仕方ない私に、彼がそっと尋ねた。
声が若干沈んでいる。
私は頷いているつもりで、言葉を返す。
「もちろん。
ジェイドさんも、すっごく良く眠れるって」
「・・・そうか・・・ま、いいんじゃないか・・・」
その言葉には、もう何も言うまい、という気持ちが滲み出ていて、私は口を噤んだ。
そんなふうに呆れられたって困る。
シュウさんやジェイドさんみたいな、歩幅の広いオトナから見たら、私みたいな、やっと大学を卒業する小娘の気持ちなんか分かるはずもないだろうけど・・・。
今度は私がため息を吐く番だった。
息を吐ききったら、沈黙が降りてくる。
黙っていると、丸くなった背中から、シュウさんの鼓動の音が伝わってくるのが分かる。
規則正しくて、力強い鼓動だ。
力だけじゃなくて心臓も強そうだな、なんて変な感想を抱きつつも、私は少しだけ自分の鼓動が早くなるのを感じていた。
相手はお姉ちゃんの旦那様だとはいえ、これだけ密着して、しかも黙ったままだと嫌でも意識してしまう。
シュウさんにとっては、お姉ちゃん以外の女性はその辺に転がってる石ころと似たようなものだろうから、何かが起きる心配も予感もしないんだけど・・・。
それでも男慣れしてない私には、緊急時とはいえ、この距離は毒でしかなかった。
頭を抱きこむ腕もがっしりしていることに気づいて、ドキドキしてしまう自分に、罪悪感を覚えてしまう。
そんな時だ。
「おーい」
キッシェさんの、間延びした声が聞こえてきた。
さっき会った時と変わらない声音に、地震の被害が大したことはなかったんだと安心する。
「ここだ」
ばさばさっ、と音がするのと同時に、シュウさんが片手を上げたらしい。
私の頭のところから、彼の片腕が離れていった気配がしたからだ。
ややあって、どさどさどさっ、ががっ、という音がして、空気が頬に触れるのを感じた。
「無事?」
「ああ」
シュウさんの体が離れていくのが分かって、私は彼らの短いやり取りを聞きながら、ゆっくり体を起こす。
私達のいた場所の本のバランスが崩れたからか、足元にざざーっと本が流れ込んできた。
ずっと同じ姿勢でいたからか、体のそこここが軋む。
立ち上がると、じわーっと血の巡りが戻ってくるようだった。
「・・・う、わ・・・」
思わず声が出る。
見渡せばそこは、本の海だった。
あちこちに、本棚が斜めになったり横になったりして、岩場のようになっている。
これはこれで芸術的、なんて、変な感想を抱いてしまったのは仕方ないと思う。
「どうしたんです・・・?!」
ジェイドさんの駆け寄りながら絞り出したような声に、胸が痛む。
「いやいやいや大したことないんですよ、シュウさんがちょっと大げさで・・・」
「俺は間違った判断はしてないと思うが」
言いながら、シュウさんが私をソファに下ろす。
しばらくぶりに地に足が着いた私は、そっと息を吐いた。
あの後、本の海と化した図書館の資料室から出る時、足場が悪くて私は足を軽く捻った。
本当に軽くだ。
捻ってからしばらくは、歩くのもほとんど問題なかったくらい。
なのに、細かいところにいちいち気づいてくれる蒼鬼さんが、私のことを、ひょい、と抱き上げて歩き出したのだ。
まるで大きなダンボール箱を抱えているかのように、さくさくと。
ごちゃごちゃになった図書館の中では、誰も私達のことを気にしている余裕はなかったみたいだけど、外に出たら違った。
すれ違うほとんどの人が、異色の組み合わせになった私達を凝視しては目を逸らして、急いで駆けて行ったのだ。
シュウさんが、その中から赤い髪をした騎士を見つけて尋ねたら、地震で被害が出ていないか、それぞれの騎士団から数十名ずつ街へおりて、見回りをするのだと言っていた。
「団長・・・ミイナちゃんというものがありながら・・・」と恐々言った彼は、シュウさんとお姉ちゃんのことを知っているんだろうか。
シュウさんは、「勘違いするな」と不機嫌そうに言い放っていたけど。
ともかく、歴史書の捜索は打ち切って、渡り人の史料を抱えた私をシュウさんが抱えて、王宮へ戻ってきたというわけ。
「軽く足を捻っている。
今は緊張状態で痛みに気づいていないと思うが、夜になって痛むかも知れない。
歩かせるのは良くないと判断したんだが・・・」
「ああ、なるほど。
・・・他に、本が頭に当たったとか、そういうことはないですね?」
「ああ、それは心配ない。ちゃんと守った」
頭上で交わされる会話に、なんだか居心地が悪くて私は姿勢を正した。
無言でお茶のセットをしている鉄子さんと目が合って、まだお見舞いのお礼をしていないことを思い出すけれど、今は言葉を発していい雰囲気じゃない。
彼女と目が合うけど、小さく頭を下げるだけにしておいた。
見上げれば、ジェイドさんの空色の瞳がこちらを静かに見下ろしていた。
目が合って、それが柔らかく細められる。
自分の中で、ふわりと何かが浮き上がった気がして、私は息を飲む。
思わず服の裾を掴むと、彼はゆっくりとした動作で隣に腰を下ろした。
密着しているわけでもないのに体温を隣に感じて、私はやっと詰めていたものを吐き出す。
そして、足がじんじんと痛むのを感じ始めていた。




